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1.糞上挿し木・移植技術

1−1 牧草の生えていないところに牧草を生えさせる方法(一般的に行われている方法)

糞上挿し木・移植技術を説明する前に、それと比較する意味で現在どのような方法が用いられているかを概括的にお話しします。

1−1−1 播種

播種はブリサンタ、デクンベン等種子の入手が容易なものに適する手法です。

機械(大型の機械から人力の機械まである)を用いると効率的に播種できるので、広い面積を一度に草地にするような場合に適します。

しかし、生えてきた牧草が小さい時は雑草との競合に負けやすいので、播種を行う前に既に生えている耕起や除草剤処理等により野草等を抑制する必要があります。なお、牧草を播種する前に耕起することや、除草剤でそれまで生えていた草を処理に関してはパナマでも行われています。

1−1−2 栄養繁殖(Propagacion vegetativa)

牧草の茎を刈り取り、地面に挿す方法、あるいは刈り取ってきた牧草を地面にばらまき、軽く耕す方法があります。

種子が得られない、ないしは得にくい牧草(スワシ(Swazi)、アリシア(Alicia)、タネル(Taner)、アラチピントイ(Arachis Pintoi)等)はこの方法によるしかありません。スワシ、アリシアにおける栄養繁殖技術もパナマでは既に行われている方法です。

ブリサンタやデクンベンのように種子繁殖が一般的であるものでも技術的には栄養繁殖は可能です。これらを草地に導入する場合、通常は播種しますが、部分的に牧草が生えていないような所に牧草を生えさせようとするような時に、手持ちの種子が無いような場合は栄養繁殖(挿し木、株分け)を行うこともできます。

1−2.糞上挿し木・移植技術

移植
挿し木

これは日本の畜産草地研究所(National Institute of Livestock and Grassland Science)の佐々木寛幸氏(Dr. Hiroyuki Sasaki)が開発した手法ですが、今述べた区分からすれば栄養繁殖の一つの方法です。私はこの技術を当地の状況(牧草の種類、気候)に応じて多少改良しました。

これは牛の糞に牧草の茎を挿し込み、そこで根付かせるものです。まだ根が出ていない茎を用いる場合は「挿し木(cortando)」になりますし、既に根が出ているものを用いる場合は「移植(trasplantando)」ということになります。用いる牧草の茎に根が付いているかいないかだけで、方法はほとんど同じです。

1−2−1 この技術の特質

  1. 排泄されたばかりの牛糞は柔らかい。このため、牧草の茎を土に挿すよりも、牛糞に挿す方が容易です。ただし日数が経ち糞が固くなってくると次第にこの特質は失われます。
    牛糞が特に柔らかく、挿し木を行う牧草の茎が固い場合は道具を何も用いなくても挿し穂を糞の中に差し込むことができます。
  2. 牛糞は十分な水分を含み、ここに挿入された挿し穂は牛糞から水分の供給を受けることができます。また牛糞の外側は次第に固くなり、中の水分が急速に蒸散し牛糞全体が乾燥してしまうのを防ぐ働きがあります。このため、晴天が続いた場合には土壌表面よりも牛糞内部の方がより多くの水分を有していることが多い。ただし、地表にある牛糞は時間の経過と共に緩やかに乾燥していき、長時間経過した牛糞は牧草の挿し木に適した水分条件を失なってしまいます。
  3. 牛にとって嫌いな臭いがあり、牛は糞の近くの草を食べません。牧草を挿し木したところに牛糞が無いと牛は挿し木した牧草を食べてしまうことがありますが、牛糞内に、あるいはそのすぐ近くに挿し木を行うと、としばらくの間は挿し木した牧草を食べません。その間に牧草は定着することができます。このため、牛を放牧したままで牧草を導入することができます。
  4. 糞は次第に腐っていき、牧草が生育するための肥料となります。

1−2−2 適用草種

この技術はバーミューダグラス(Cynodon dactylon:パナマでは使用されている系統名から一般にはアリシアと呼ばれている)及びスワシ(Digitaria swazilandensis)で実証済みです。これまでの経験からすればブリサンタ(Brachiaria brizantha:パラセイドグラス)及びデクンベン(Brachiaria decumbens:シグナルグラス)はこの方法では活着しにくいようです。

1−2−3 実施時期

雨季で、安定して降雨がある時期が適します。乾季には牛糞の下の土壌が乾燥しており、牧草の根が土壌中に伸長していきません。また牛糞も早く乾いてしまい、挿し木を行った牧草も枯れてしまいます。

乾季に入る前に乾季を耐えるだけの状態(牧草がある程度大きくなり、根が深く張ること)になっている必要があります。このため、遅くても11月、安全を期するならば10月までに実施することが望ましいと思います。

1−2−4 用いる牛糞

放牧地に落ちている牛糞を使います。新しくてまだ水分が多い方が良い。新しくて柔らかい牛糞は牧草の茎を差し込みやすい。特に茎が柔らかいスワシを用いる場合は牛が排泄したばかりの柔らかい牛糞が良い。柔らかく水分を多く含む牛糞の場合は牧草の茎を差し込んだときに糞と牧草の茎が密着し、牧草が糞から水分を吸収しやすい。しかし少々固い牛糞も工夫次第では、活着率は低くなるものの用いることができます。

牛糞は小さいものよりも大きくてしかも厚みのあるものの方が作業が行いやすく、また乾きにくいために、この手法を用いるには適しています。

そのため、この糞上挿し木技術は、牛を放牧している牧区で、あるいは牛を他の牧区に移した翌日ないし数日で、まだ牛糞が柔らかい時に行います。

1−2−5 方法

a.準備

糞内に植え付けるために用いる牧草を刈り取ってきます。既に根が出ている部分があった方がより活着しやすいのですが、他の条件(牛糞の状態、実施後の天候)さえ良ければ根がついていなくても十分に活着します。

長く伸びた茎は長すぎるので、予め20 cm(8インチ)程度に切っておくか、あるいは糞内に差し込む時に長すぎる茎は適切な長さに切ります。

なお、アリシアは長く伸びた茎の節の部分から既に芽と根が出ているものが多い。これを利用する場合は、アリシアが生えているほ場で茎を引っ張り上げ、既に多くの節から出て地面に入り込んでいる根を引き剥がすようにします。そしてこれをマチェテや鋏等で1〜2節毎に切り分けます。なお、予め切り分けておいても良いですし、糞の中に牧草の茎を差し込む際に切り分けても良い。

挿し穂・苗は採取してすぐに挿し木に用いるのが良い。時間が経過するに従い、しおれてしまい、活着しづらくなります。また、準備した挿し穂は糞に挿すまでは肥料袋に入れる等して直射日光にあたらないようにするのが良いでしょう。


バーミューダグラスの茎葉

用いる牧草の茎葉は、日に当たって萎れないようにする。

b.糞の中に牧草を差し込む

牛糞への挿入の仕方
用いる茎の部位とその用い方

牛糞に切れ目を入れます。日本には鎌が一般的に用いられており、これを用いると作業がしやすい。しかしパナマではこのような道具はありません。このためにはマチェテの先端の部分を使うか、あるいは木の棒等を加工して専用の道具(先端がへら状になっている)を作ると良いでしょう。

長いままの牧草は適宜適切な長さに切り分けます。長く伸びた茎の場合は糞の中に入ってしまう部分の茎を軽く束ねるか丸めておきます。

準備した牧草の茎、あるいは根がでているものは根の部分を牛の糞の切れ目に差し込みます。根のついているものは根が、また根がついていないものでは節(articulacion)の部分が牛糞内に入っている必要があります。特に根がついていないものの場合はできるだけ糞の中に差し込まれた部分が多い方が活着しやすい。糞の上に出ている部分が多いと、牧草の茎葉から水分が多く蒸散し、枯れてしまいやすい。

糞に牧草を差し込んだら、靴で軽く踏みつけ、牧草の茎、あるいは根が糞と密着するようにします。

用いる糞が排泄された直後でまだ十分に柔らかく、しかも用いる牧草の茎が固い場合は、切り取った牧草の茎の部分を糞の中に差し込むだけで良いこともあります。


牛糞に切れ目を入れる。

準備した牧草の茎を切れ目に挿入する。

道具として棒の先をへら状にしたものを用いても良い。

プラスチックの管の先を加工すると使いやすい道具になる。

茎を挿入した後は靴で軽く踏む(牧草の茎と糞が密着するように)。

牛糞が非常に柔らかい時はただ牧草の茎を差し込むだけでよい。

活着した状態

1−2−6 問題点

  1. 労力が多くかかる。
    放牧地に落ちている糞を探し、そこに1本づつ手で植え付けていくために多くの労 力が必要である。
  2. 十分な数の牛糞が落ちている必要がある。牧草を植え付けたい所に牛糞が無い場合もある。
  3. 糞の周囲の草(雑草、他の牧草)が糞に由来する肥料成分のため生育が旺盛になり、糞に差し込んだ牧草が生育する前にその上を覆ってしまい、植え付けた牧草の生育を抑制することがある。

1−2−7 どのような時にこの方法を用いるか

  1. 家畜を放牧しながら牧草の定着を図りたい場合。
  2. 牛は糞の臭いを嫌うため、糞に差し込まれた牧草を食べない。
    (土に挿した牧草は牛に食べられてしまうことがある)
  3. 経費をかけずに徐々に牧草地化したい場合。

  4. 牧草の播種を行ったが一部に牧草が定着しないところができたとき、この部分に牧草を生えさせようとする時。

(この技術の応用)

ブリサンタやデクンベンは茎を牛糞に差し込んでもなかなか活着しません。このため、牛糞があるすぐそばの土壌にスコップを差し入れ、ここにブリサンタやデクンベンの既に根がでている茎を差し込むという方法があります。この方法は牛糞の臭いにより、差し込んだ茎が牛に食べられないという効果をねらったものです。

1−2−8 留意事項

  1. この方法では、一度に多くの面積に牧草を入れることはできません。放牧地を見回った時に牧草が生えておらず、そこに牛糞があるようであれば、近くの牧草から茎を切り取ってきて糞の中に挿しておけば良いでしょう。これを頻繁に繰り返せば次第に良い牧草地になっていきます。
  2. 輪換放牧を行っている場合で、牛を転牧した直後に行う場合は、糞上に植え付けるだけでなく、土に植え付ける方法と併用しても良い。
    糞上に植え付けるだけでは、植え付けることのできる牧草の数を多くすることができない。むしろ通常の土壌に植え付ける方法を主体とし、糞がある所には糞にも植えるようにすれば良い。

→ 2.除草