糞上挿し木・移植技術を説明する前に、それと比較する意味で現在どのような方法が用いられているかを概括的にお話しします。
播種はブリサンタ、デクンベン等種子の入手が容易なものに適する手法です。
機械(大型の機械から人力の機械まである)を用いると効率的に播種できるので、広い面積を一度に草地にするような場合に適します。
しかし、生えてきた牧草が小さい時は雑草との競合に負けやすいので、播種を行う前に既に生えている耕起や除草剤処理等により野草等を抑制する必要があります。なお、牧草を播種する前に耕起することや、除草剤でそれまで生えていた草を処理に関してはパナマでも行われています。
牧草の茎を刈り取り、地面に挿す方法、あるいは刈り取ってきた牧草を地面にばらまき、軽く耕す方法があります。
種子が得られない、ないしは得にくい牧草(スワシ(Swazi)、アリシア(Alicia)、タネル(Taner)、アラチピントイ(Arachis Pintoi)等)はこの方法によるしかありません。スワシ、アリシアにおける栄養繁殖技術もパナマでは既に行われている方法です。
ブリサンタやデクンベンのように種子繁殖が一般的であるものでも技術的には栄養繁殖は可能です。これらを草地に導入する場合、通常は播種しますが、部分的に牧草が生えていないような所に牧草を生えさせようとするような時に、手持ちの種子が無いような場合は栄養繁殖(挿し木、株分け)を行うこともできます。
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これは日本の畜産草地研究所(National Institute of Livestock and Grassland Science)の佐々木寛幸氏(Dr. Hiroyuki Sasaki)が開発した手法ですが、今述べた区分からすれば栄養繁殖の一つの方法です。私はこの技術を当地の状況(牧草の種類、気候)に応じて多少改良しました。
これは牛の糞に牧草の茎を挿し込み、そこで根付かせるものです。まだ根が出ていない茎を用いる場合は「挿し木(cortando)」になりますし、既に根が出ているものを用いる場合は「移植(trasplantando)」ということになります。用いる牧草の茎に根が付いているかいないかだけで、方法はほとんど同じです。
この技術はバーミューダグラス(Cynodon dactylon:パナマでは使用されている系統名から一般にはアリシアと呼ばれている)及びスワシ(Digitaria swazilandensis)で実証済みです。これまでの経験からすればブリサンタ(Brachiaria brizantha:パラセイドグラス)及びデクンベン(Brachiaria decumbens:シグナルグラス)はこの方法では活着しにくいようです。
雨季で、安定して降雨がある時期が適します。乾季には牛糞の下の土壌が乾燥しており、牧草の根が土壌中に伸長していきません。また牛糞も早く乾いてしまい、挿し木を行った牧草も枯れてしまいます。
乾季に入る前に乾季を耐えるだけの状態(牧草がある程度大きくなり、根が深く張ること)になっている必要があります。このため、遅くても11月、安全を期するならば10月までに実施することが望ましいと思います。
放牧地に落ちている牛糞を使います。新しくてまだ水分が多い方が良い。新しくて柔らかい牛糞は牧草の茎を差し込みやすい。特に茎が柔らかいスワシを用いる場合は牛が排泄したばかりの柔らかい牛糞が良い。柔らかく水分を多く含む牛糞の場合は牧草の茎を差し込んだときに糞と牧草の茎が密着し、牧草が糞から水分を吸収しやすい。しかし少々固い牛糞も工夫次第では、活着率は低くなるものの用いることができます。
牛糞は小さいものよりも大きくてしかも厚みのあるものの方が作業が行いやすく、また乾きにくいために、この手法を用いるには適しています。
そのため、この糞上挿し木技術は、牛を放牧している牧区で、あるいは牛を他の牧区に移した翌日ないし数日で、まだ牛糞が柔らかい時に行います。
糞内に植え付けるために用いる牧草を刈り取ってきます。既に根が出ている部分があった方がより活着しやすいのですが、他の条件(牛糞の状態、実施後の天候)さえ良ければ根がついていなくても十分に活着します。
長く伸びた茎は長すぎるので、予め20 cm(8インチ)程度に切っておくか、あるいは糞内に差し込む時に長すぎる茎は適切な長さに切ります。
なお、アリシアは長く伸びた茎の節の部分から既に芽と根が出ているものが多い。これを利用する場合は、アリシアが生えているほ場で茎を引っ張り上げ、既に多くの節から出て地面に入り込んでいる根を引き剥がすようにします。そしてこれをマチェテや鋏等で1〜2節毎に切り分けます。なお、予め切り分けておいても良いですし、糞の中に牧草の茎を差し込む際に切り分けても良い。
挿し穂・苗は採取してすぐに挿し木に用いるのが良い。時間が経過するに従い、しおれてしまい、活着しづらくなります。また、準備した挿し穂は糞に挿すまでは肥料袋に入れる等して直射日光にあたらないようにするのが良いでしょう。
![]() バーミューダグラスの茎葉 |
![]() 用いる牧草の茎葉は、日に当たって萎れないようにする。 |
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牛糞に切れ目を入れます。日本には鎌が一般的に用いられており、これを用いると作業がしやすい。しかしパナマではこのような道具はありません。このためにはマチェテの先端の部分を使うか、あるいは木の棒等を加工して専用の道具(先端がへら状になっている)を作ると良いでしょう。
長いままの牧草は適宜適切な長さに切り分けます。長く伸びた茎の場合は糞の中に入ってしまう部分の茎を軽く束ねるか丸めておきます。
準備した牧草の茎、あるいは根がでているものは根の部分を牛の糞の切れ目に差し込みます。根のついているものは根が、また根がついていないものでは節(articulacion)の部分が牛糞内に入っている必要があります。特に根がついていないものの場合はできるだけ糞の中に差し込まれた部分が多い方が活着しやすい。糞の上に出ている部分が多いと、牧草の茎葉から水分が多く蒸散し、枯れてしまいやすい。
糞に牧草を差し込んだら、靴で軽く踏みつけ、牧草の茎、あるいは根が糞と密着するようにします。
用いる糞が排泄された直後でまだ十分に柔らかく、しかも用いる牧草の茎が固い場合は、切り取った牧草の茎の部分を糞の中に差し込むだけで良いこともあります。
![]() 牛糞に切れ目を入れる。 |
![]() 準備した牧草の茎を切れ目に挿入する。 |
![]() 道具として棒の先をへら状にしたものを用いても良い。 |
![]() プラスチックの管の先を加工すると使いやすい道具になる。 |
![]() 茎を挿入した後は靴で軽く踏む(牧草の茎と糞が密着するように)。 |
![]() 牛糞が非常に柔らかい時はただ牧草の茎を差し込むだけでよい。 |
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活着した状態 |
ブリサンタやデクンベンは茎を牛糞に差し込んでもなかなか活着しません。このため、牛糞があるすぐそばの土壌にスコップを差し入れ、ここにブリサンタやデクンベンの既に根がでている茎を差し込むという方法があります。この方法は牛糞の臭いにより、差し込んだ茎が牛に食べられないという効果をねらったものです。
→ 2.除草 |