呼出符号/JH1EAF(再割当)

無線局開局年月日/1987年8月10日

資格/第3級アマチュア無線技士

常置場所/東京都杉並区

主なQRV周波数帯

A1・7050KHz/10W

F3 A3J A1・52MHz/10W

使用無線機/1.8MHz〜430MHz/YAESU FT-817・IC-705

7MHzCW/MIZUHO P-7DX

144・430MHzFM/STANDARD VX-3

空中線/50MHz帯/CREATE CLP5130-1(ログペリ)約8mh・ミズホPAN-62/7MHz帯/DP・3.5〜28MHz帯/UHV-9/RH-770

特定小電力無線コールサイン/すぎなみYA34

QRZ.COM JH1EAFサイト


アワード

WAJA・特記CW・NO.21564・取得日/2007年8月25日

50MHz-100・特記/SSB・NO.8453・取得日/1988年10月31日

JCC-100・特記/50MHzSSB・NO.27332・取得日/1988年10月31日

AJD・特記/50MHzSSB・NO.44142・取得日/1988年10月31日



リグ/アンテナ設備/DX経歴の御紹介

1.FMDXの遍歴

私がアマチュア無線やFMDXに本格的に取り込もうと思ったのは1986年頃からです。

もともと1970年代半ばのBCLブームからラジオの遠距離受信を趣味としており、主に国内中波DXをメインとして楽しんでいました。

当初使っていたのはナショナルのRF1150

通称クーガーと呼ばれたBCLラジオでした。MW用フェライトバーアンテナが外部に出たジャイロアンテナが特徴です。無論周波数の読み取りはアナログなのでスケール表を作成して選局していました。

但し当初FMはローカル局を聴く程度にしか合わせませんでした。FM多局化はずっと先の話でDXの対象ではなかったのです。

1980年の夏の深夜だったでしょうか。ペルセウス流星群が出るとニュースで知った私は流星反射で何か受信出来ないかと自室2階の窓からこのラジオのロッドアンテナを延ばしFMバンドをワッチしていました。

すると微かに聴きなれない局が80MHzFM東京の少し上の周波数で入感していました(当時NHKFMは零時で終了していたのでそれ以降翌朝までFMバンド内はFM東京だけだった)。

フェーディングで時々浮かび上がってくる程度でしたが、暫くするとこの局がFM愛知であることに気が付きました。

都内でロッドアンテナだけで名古屋のFM局が受信出来たのです。

今思い起こすと、流星反射ではなくてラジオダクトだったようです。

この時改めてRF1150のFM感度が良いことに驚かせられました。後にソニーのICF2001Dを導入したのですがFMの感度はいまいち。BCLラジオのFM帯域性能はばらつきがあり、必ずしも高性能機が優っているとはいえません。

もともとFMはDXの対象として設計されていないのでしょう。RF1150は音声重視のラジオということもあってFM受信性能にはある程度工夫がされていたと推測されます。

1980年代前半から、県域民放FMの開局が各地で相次いだのですが、首都圏では未だFM東京だけ。それでもなんとかRF1150のロッドアンテナを自宅2階の窓から突き出し、静岡や群馬の民放FMを受信したりしてDXに励んでいました。

そして、1985年夏、Es伝播にて北海道や、沖縄、そして熊本や長崎の民放FMがこのRF1150+付属ロッドアンテナで受信出来た事で、遂に自分の中のFMDX魂に火が付いてしまったのです。

しかし本格的にFMDXに取り組むには専用の屋外八木アンテナは必須アイテムです。また受信機も多信号特性の優れた高性能なスペックが求められます。

当時、FMDXに関してはBCLよりもFM多局化が進行中のオーディオ界の方が熱心に取り組んでいたような印象でした。

ですのでコストパフォーマンスの面からも通信型受信機は選択せずオーディオコンポのFMチューナーをFMDXに活用しようと考えました。

最初に購入したFMチューナーはビクターのTX-900という5万円ほどの製品です。プリセットした局に合わせ、選局するとローテータ−が自動的に設定した方向に向くという性能を持っていました。結局その機能は使わなかったのですがFMDXとしての性能は十分なFMチューナーでした。

一方、アンテナは5エレのFM八木アンテナをローテータ−付で2階の屋根から地上高約10mに上げることにしました。

幸い当時発行されたFM雑誌『FMファン臨時増刊カセットデッキとFMエアチェックの本1986』にローテータ−付八木アンテナの設置記事が載っていました。

正に自分が求めていたFMDX用アンテナとピッタリ合致したので、そのラインアップをそのまま導入しました。

以下はその抜粋です。

アンテナ取り付けセット/スタンダードCKB-01-A 46000円

FMアンテナ/八木F-F5D(これは購入時、都合でマスプロ社製に変更) 5050円

ローテータ−/ケンプロKR250 14800円

コントローラー用6芯ケーブル 2500円

同軸ケーブル5C-2V15m  1700円

グラスファイバーロープ15m

(いずれも1986年当時)

これをそのまま、当時秋葉原にあったT・ZONEトヨムラでオーダーし業者に設置を頼みました。

全部で材料設置費用込みで10万円ちょっと掛ったでしょうか?

完成したのが1987年7月。これだけ費用を掛けて果して効果があるのか不安でしたが、それは杞憂に終りました。

常置場所の都内から静岡のFMが安定して聞こえるのは予想出来たのですが、300km以上距離のある愛知、仙台、三重までがフェーディングを伴いながらもほぼ常時受信出来るのには吃驚しました。

後に開局した、長野、新潟、山形、福島等も地表波、あるいは山岳回折で入感。更にラジオダクト発生時には約500km遠方の岩手や香川までが受信出来たのです。

当時は東京都内からそんな遠距離のFM局を5エレ八木レベルで受信出来るとは常識的に考えられなかったので、この結果をFM雑誌等に投稿するとFMエアチェックに詳しいスタッフの方々も随分驚かれていたようでした。

また、三才ブックス刊「ラジオライフ」編集部から取材を受けて1987年12月号の『私の自慢』コーナーに「究極のFMファン」として紹介された事もありました(画像は一部加工)。

当時は県域民放FM開局ラッシュとも重なり、また周波数が重複する近隣ローカル局も少なかったのでFMDXに熱が入りました。

いずれにせよ、この「最強」のFMアンテナを駆使してEs伝播も含め1988年11月当時全国で28局あった民放FM局の内、北陸、東北、近畿の一部地域を除いた23局を受信するに至りました。

つまり全民放FM局の82%をこの東京杉並にて受信してしまった訳です。

改めて自分でも吃驚する程の成果でした。

その分アンテナもFMチューナーもかなり酷使したため、消耗もはげしく3年くらいで故障したりガタが来て交換せざるをえなくなりました。

2台目のFMチューナーはケンウッドのKT1100D。1990年に導入。これも価格は6万円以上した高級チューナーですが、FM多局化に対応した多信号特性に優れた製品で、現在でもサブ機として使用中です。

またアンテナも1991年3月よりクリエイトのログぺリアンテナCLP5130-1に交換しました。

これはアマチュア無線と共用のもので帯域は50〜1300MHzあります。スペースの関係でFM専用アンテナは諦めました。但し初代の5エレ八木は2008年現在も予備としてベランダに西固定で設置してあります。しかし老朽化と地上高が低いため、かつての威力はありません。

メインのログペリも地上高8mと若干低く、FM帯専用でもないため以前の5エレと比べて受信能力は落ちてしまいました。

1987年当時と単純比較は出来ませんが、長野、三重、新潟は殆ど受信が難しくなってしまいました(現在の常置場所でのFM局受信リストはこちら)。

また、同時期、ログペリアンテナ導入に合わせてTVDXにも挑戦しようと広帯域受信機八重洲FRG-965にTVユニットを付けて購入。

しかしこの製品はFM帯の受信感度がFMチューナーに比べ劣悪でまったくDXには使い物にならず閉口しました。Es時に韓国のTV等を受信しそれをビデオプリンターで出力したりしましたが、お金を掛けた割には収穫が得られず、現在は埃を被った状態です。

2002年に3台目のFMチューナー、現在でも名機と謳われるパイオニアF-777を導入(この機に関してはこちらに詳しく述べています)。現在に至っています。

また移動運用時、屋外でのFMDXにはソニーのAMステレオラジオSRF-M100をメインに使っています。

通勤型小型ラジオながらも感度が良く周波数もデジタルなので山頂移動などで重宝しています。

2008年現代、FMDXのターゲットは今尚開局相次ぐコミュニティーFMです。しかし首都圏 ローカル局の増加やNHKFMの24時間放送などでFMDXの環境は20年前と比べてかなりな困難を伴うようになりました。殆どが混信との戦いです。

それでも毎年Es伝播などで新局を受信することがあり、まだまだFMDXは魅力あるBCLジャンルのひとつです。


2.アマチュア無線の遍歴

アマチュア無線のライセンスを取りたいと思ったきっかけは、このFMDXが起因だったかも知れません。これだけ熱を入れている趣味なのだから何かしら資格になるものが欲しいと考えた訳です。

1986年、晴海で開かれたハムフェア−で諸々の書類を貰ってきて、その年の講習会を受けて第四級アマチュア無線技士の資格を取りました。

翌年局免を申請しJH1EAFのコールサインを頂きました。

当時、すでに1エリアのコールサインは再割当になっており、後にこのコールサインを昔使っていた局長さんとQSOする経験もしました。

コールサインをグーグルで検索すると初代局長さんの項目も出てきてしまうのが興味深いです。

さて、最初に選んだリグは八重洲のFT690Mkという50MHzオールモードポータブル機です。でもなぜかAMモードはありません。「青春ポータブル」というコピーでYL扮する女の子の写真がパンフレットに入っていました。

なにせ都内ですので大きなアンテナを必要とするHF帯で開局するのは無理がありましたし、かといって144MHzや430MHzFMハンディーでは交信範囲が限られてしまいます。

そこでFM放送帯に近いVHFの50MHzが開局に最適ではないかと考えたのです。当時、この50MHz帯は入門バンドとしてビキナーの局長さんが多数いらっしゃいました。それにEs伝播やスキャッターなど多彩な伝播も楽しめ、移動運用も盛んでした。

飽きの来ないこの50MHz6mバンドで開局したのは正解でした。アマチュア無線を細く長く20年以上続けられたのもこの6mバンドのお陰と言って良いでしょう。

さて、開局して最初のラインアップはこのFT690MKに専用10wリニアアンプ。そして空中線は2エレのHB9CVを南西固定で2階ベランダに設置しました。南西に向けたのはEs伝播でのQSOを配慮したものです。

最初に交信したのは1987年の9月、千葉県市原市の固定局でした。

開局当初は無線三昧で明けても暮れてもQSOしていました。もっともこのラインアップではそんなに飛ばないのでもっぱら呼ぶほうなのですが、とにかく楽しかった記憶があります。

問題もありました。自宅の内線電話にSSBモード時の声が周り込んでしまうのです。後にNTTで対策を取ってもらい(フェライトコアを電話器配線に巻き付ける)事無きを得ましたが当時50MHzはTVI等インターフェア−が出やすいバンドで苦労もしました。

50MHzは若い人やYLさんも多く、移動仲間がサークル等を作ったりと無線交信以外でもいろいろ活発でした。自分も無線とイラストを楽しむサークルに加わって交流を深めることもありました。

当時晴海で開催されたハムフェア−も最大の動員数を記録したり若い人の活気があったような気がします。その中心はやはり50MHzの無線仲間だったのでしょう。

現在はその活気が特定小電力無線ユーザーに移行した感じです。

さて、1990年には第3級アマチュア無線技士の資格を取得。電信も出来るようになります。

開局以来ずっとFT690MKで6mオンリーでしたが、この機にHFにもチャレンジしようとミズホ無線の7MHzQRP電信機キットP-7DXを導入。新たに7MHz用ダイポールアンテナを屋根に張りました。

1wQRP機なので限界はありますが、それでも条件が良いと韓国の局とQSO可能でした。

この頃からQRPと電信がアマチュア無線の醍醐味と悟って今日の自分の無線スタイルとなった気がします。

2004年3月に久々に新たなリグを購入。八重洲のFT817です。1.8MHz〜430MHzオールモードポータブル機。

例えれば「壮年ポータブル」でしょうか(笑)。20年来の6mQRP移動運用好き無線家からすれば最適のリグといえましょう。

すでに常置場所にはFMDXと兼用のログペリアンテナCLP5130-1が上がっており、144MHz〜430MHzはこのアンテナでオンエアOK。開局17年目で144/430MHzデビューでした。

以後、移動運用に更に力が入って現在に至るという感じでしょうか。

移動用アンテナはミズホのPAN-62というロッドアンテナ2本で構成される6m用ダイポールを愛用。コンパクトで大変重宝しています。移動用電鍵もミズホのBK-1Sを使っています。

考えてみれば開局以来、ポータブルやQRP機だけです。出力も常置場所で最大5wと開局当時よりもパワーダウン。移動地では0.5w〜1Wしか出していません。

それでも通算交信局数は2008年現在で延べ1万局を超えていますしアクティビティーも差程落ちていません。

最近は特定小電力無線ハンディー機も移動時に携帯し、こちらもQRP交信を楽しんでいます。

2008年9月には初のアマチュア無線ハンディー機スタンダードVXー3を導入。ウエストポーチに入れて意識せず常時持ち歩けるので430FM移動運用のフットワークが飛躍的に楽になりました。

2020年には久々のオールモードポータブル機IC-705を導入。
アンテナも久々にUHV-9/RH-770を導入。

QRP、CW中心の無線スタイルは今後とも変わらないと思いますが今後とも宜しくお願いします。

JH1EAF

2021年2月改訂


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