ひとりじゃない

構想・打鍵:Zeke

 この作品はフィクションであり(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を使用しております。
 尚、ここに登場する、人物、名称、土地、出来事、名称等は実際に存在するものではありません。



 目を開けると天井が随分と遠いところにあった。心なしか布団の感触も固い。それ以
前に目に入った天井が、自分の部屋のモノとは明らかに違う。
 …と、そこまで考えて叶愛衣は、ようやく今、自分が何処に居るのかを認識した。

 むっくりと上半身を起こして周りを見回すと、16畳程の和室には自分一人しか居な
い。つまり誰も起こしてくれなかったというワケだ。
 枕元に置いた筈の腕時計を見ようと身体を捻ると、
『ねぼすけ 先に行く』
 と、お世辞にもきれいとは言えない文字でそう書かれたメモが目に入った。十中八九
洋子の字だろう。ちなみに腕時計は8時を少し過ぎた辺りを指している。朝食は8時ま
でに採るよう言われていたような気がするので、寝坊助と言われても仕方がない。
 さてどうしよう、とほんの僅か思案するが、海に来て旅館の中に閉じ籠もっている手
はあるまい。さっさと着替えて泳ぎに行く事にする。
 いそいそと髪を三つ編みに束ね、水着の上からショートパンツとパーカーを着込み、
某バイクメーカーのロゴ入りキャップを被った格好で外へ出るようと食堂の前を通り過
ぎ…、何気なく中を覗き込んでみる。朝食が残されているかもしれない、という期待が
無かったと言えば嘘になるが。
 果たしてそこには、朝食の痕跡は無かった。代わりと言ってはなんだが、1つのテー
ブルの上にオニギリの群が整然と並べられているのが目に入る。更にその隣のテーブル
では彼女の見知った2人が背中を向けて何かに精を出している様が見て取れた。わずか
に背の丈が違う2人のその後ろ姿は、仲睦まじい姉妹のように見え、その事に愛衣はほ
んの少しばかり嫉妬を覚えた。2人の内の1人が彼女の妹に瓜二つだったからだ。
「…ったく、愛美に嫉妬してどうすんのよ」
 声に出ないように呟くと、今度はその呟きを払うように
「おはよう」
 と2人の注意を引く。ほぼ間を置かずに、
「…おはよ」「おはよー」
 の声が返って来た事にちょっと安堵した。それ程までに2人の間に入り難い何かを感
じたのだ。
「ごめんね。起こそうと思ったんだけど、洋子ちゃんが…」
 そんな風に考えた愛衣に、申し訳なさそうに謝ろうとする唯の声。それをいーよいー
よと言う風に手で制し、
「これお昼? 何か手伝おうか?」
 隣のテーブルに並んだおにぎりの群から、2人が向かっているテーブルに目を移す。
鶏の唐揚げを作っているらしく、そこには唐揚げ粉をまぶされたもも肉が、揚げられる
のを待つばかりと言った具合に皿の上に積まれていた。
「うん。海の家だとお金掛かっちゃうし…」
 確かに。海の家に長蛇の列を作って並んだ挙げ句、空腹という名の調味料に頼り切り、
具が少なくてその割には値段が高いという負の三拍子が揃ったカレー、ラーメン、ヤキ
ソバを食すよりは、自前で用意した方がナンボかマシというものだ。尤も龍之介に言わ
せれば
『バカめ、海に来て具の少ないシリーズ(?)を食うのは半ば以上常識だぞ』
 という事になるらしいが。

「そうよねぇ。私と唯ちゃんの献身的な犠牲行為でみんなの懐が幸せになるなら、乙女
 の本懐ここに極まれり、だわ」
 と、それまで黙っていた愛美がボソッと呟いた。今まで愛衣に無言の圧力を掛けてい
たのだが、当の愛衣は唯と談笑してしまっていてちっとも圧力になっていないことに気
付き、それでも普通に2人の会話に割ってはいるのは癪だったのでこの様な注意の引き
方をしたらしい。なにゆえ愛美がこんな恨み言を口にするのかというと、
「仕方ないじゃない、負けたんだから」
 女性陣を2つに割ってのポーカーゲーム。各々の最下位1人づつが飯炊きに抜擢され
たわけだが、愛美から見るとまるで仕組まれたように自分と唯が弁当班に回されたのが
納得出来なかったようだ。しかも、
「愛衣ちゃんがあんな卑怯な手を使わなきゃ、少なくともビリは免れたのに」
「卑怯じゃなくて駆け引きでしょ。そもそもポーカーっていうのは駆け引きを楽しむゲー
 ムじゃなかったっけ?」
 てな事を言われても、フルハウスを手にしながら愛衣のノーペアに負かされた(強気
にチップを積んでいく愛衣に騙された)愛美にしてみれば、駆け引きと言われても納得
出来ない。
「ま、私だって負けたく無かったし。それよりなにより、私は洋子に料理をさせるほど
 酔狂じゃないから」
 隣で唯が「うわぁ…」と嫌そうな顔をしたところを見ると、洋子の料理の腕前は相当
なものなのだろう。しかし、という事はつまり…
「やっぱりハメたんじゃない!」
 愛美と愛衣のグループは3人1組だったので、愛衣と洋子が手を組むとそういう事に
なる。
「だから手伝うって言ってるでしょ」
 悪びれもせずに愛衣が言ってくれる。とは言え手伝うと言っている辺りで多少は悪い
と思っていたらしい。
「…じゃあ卵焼き」
 それでも納得が行かないのか、愛美がむくれた顔で10ヶ入りの卵パックをずいっと
差し出した。それを受け取り立ち上がり掛けた愛衣が、
「おやすい御用…って、勝手に調理場使っちゃって良いわけ?」
 そんな疑問を愛美にぶつける。保健衛生上、部外者勝手に出入りして良い場所とは思
えなかったが、
「うん。朝御飯の片付けも終わってるし、夕御飯まではずっと空いてるって。あ、調味
 料とかも好きに使って良いって言われてるから」
 何か旅館と言うより民宿のようだ。もっとも、実際に去年までは民宿だったらしいの
だが。
「じゃ、さっさと片付けて泳ぎに行くとしますか」
 そう言って調理場へ入って行く愛衣の背後では、何かを言いた気な顔の唯に、愛美が
悪戯っぽくウィンクを送るという謎の行為が行われていた。

※
 一方、そんな旅館食堂での出来事など知る由もない龍之介は、
「んーっ! 良い天気で良かった」
 じりじりと夏の陽射しが照りつける浜辺で大きく伸びをしていた。他の面々はその龍
之介の後ろで黙々と陣地の構築に勤しんでいる。もっとも、龍之介以外の全員が黙々と
作業を続けていたわけではない。
「開放感に浸ってないで、手伝えよ」
 その筆頭。浮輪に空気を吹き込んでいた天敵、いずみが口を尖らせた。
「ふぅ…、お前らにはこの大自然を目の当たりにした感動というモノが無いのか?」
 黙々と蟻のように働く面々を見回し訴えてみるも、同じ海に何度も感動出来るほど豊
かな感性をしているのは龍之介だけらしい。
「やることやってから感動すれば? 現状ではサボってるようにしか見えないわよ」
 という綾子の言葉に同意するかのように、数名が龍之介に非難の視線を向ける。どう
やらサボっているという事実は誤魔化しようが無いようだ。
「へーい… ほれ貸せ、その程度の浮き輪を膨らますのにいつまでかかってんだ」
 素直に手伝う事にしたらしい。手近にあったいずみが膨らましかけている浮き輪に龍
之介が手をかけると、
「な、なにするんだっ!」
 慌てていずみはその手を振り解いた。その慌てぶりに龍之介が怪訝そうな目を向け、
「なにって… 膨らますんだろ? それ」
「だからって、私が膨らませている途中のを取る事は無いだろ! そこのカバンん中に
 入ってるから、それを膨らませばいいじゃないか」
 傍らにあったカバンを指さしてやる。
「あ、ほんとだ」
 それを覗き込み、そこから畳鰯のようにペシャンコになった浮輪を取り出す。
「まったく…」
 危うく間接キスを奪われる所だった、と安堵の息を吐くいずみの耳に、
「おい、友美。これお前のだよな?」
 届く龍之介の声。見るとスポーツドリンクの缶を掲げ、中身を確かめるように左右に
振っている。確か旅館から浜辺まで来る間に友美が買って飲んでいた物だ。
「そうだけど?」
「まだ残ってるぞ。飲んじまって良いか?」
「どうぞ」
 友美の返事を最後まで聞く素振りも見せず、龍之介が飲み口に口を付けようとしたそ
の時、
「ああーーーっ!」
 いずみが声を上げた。と同時にそれぞれの作業をこなしていた面々が一斉に声の主、
いずみの方へ顔を向ける。
「どうしたの?」
 その面々を代表して友美がいずみに向かって首を傾げる。
「あ、いや…、だってこいつ、缶に直接口つけようとしたんだぞ」
「それがどうした? ……まさか友美、ひょっとして何か悪い病原菌に犯されて…」
「いるわけ無いでしょっ!」
 あまりに失礼な龍之介のセリフを、友美は一喝で否定した。
「じゃあ、問題ないじゃないか」
 あっさりと結論づけてくれるが、いずみが問題にしているのはそんな事ではない。し
かし問題にしたい事をそのまま口にするには、少々いずみは純情すぎた。そもそも自分
以外にそれを指摘しようとする人間が1人もいない上、当の本人達がまるきり気にして
いない。下手に追求すると、自分の方が恥ずかしい目に遇いそうだった。
「え、えっと… いや、私も欲しいなーとか思ってたから…」
 仕方がないので、照れ隠しに「あははー」とか笑いながら誤魔化してみる。
「そりゃ残念だったな、早い者勝ちだ」
 そう言うと、龍之介は勝ち誇ったように缶の中味を一息に飲み干した。相変わらず他
の面々はそれに関知せず、黙々と作業を続けている。
 いずみは心の中で叫ばずにはいられなかった。
(お前ら絶対変だーーーっ!)

※
 さて…
 そんなこんなで時間は過ぎて、唯をはじめとする糧食隊が浜辺に着いたのは、それか
ら30分程が経ってからだった。砂浜へ下りる階段の手前で先行した連中の姿を探すが、
ちょっと人が多くて判らない。
 結局浜辺へ下りて、荷物を確認しながら探す事になったのだが、
「ああ、いたいた」
 荷物を確認するより先に、人間の方を確認した愛衣が声を上げた。指さす方へ目をや
ると、パラソル下のビーチチェアに寝そべってヘッドフォンをしている洋子の姿を見つ
けることが出来た。サングラスを掛けややハイレグ気味の赤い水着を身に着けた彼女は、
どこぞの雑誌から抜け出て来たよう様な雰囲気を醸し出していて、何気に周囲の注目を
集めている。唯などは最初、それが本当に洋子なのか判らなかったくらいだ。男性陣よ
りも女性陣の目を引いている事から「色気がある」と言うよりも「カッコイイ」と見ら
れているのかもしれない。
 もっとも本人は自分がどう見られているかなど全く気にしていない様子で宙を見上げ
ている。
(寝てんじゃないでしょーね)
 そう愛衣が思った瞬間、洋子がサングラスを外して上半身をむっくり起こした。どう
やらちゃんと起きていたらしい。
「遅かったじゃないか。このまま照り焼きになるかと思ったよ」
 待ちくたびれたと言うように洋子はヘッドフォンを外して立ち上がると、軽くストレッ
チを始めた。既に泳ぐ気満々のようだ。
「他の連中は?」
 こちらはパーカーとショートパンツを脱ぎながらの愛衣。その下は当然水着だ。ツー
ピースのスポーツタイプと言えば判るだろうか。
「あそこら辺で波と戯れてるはずだよ」
 洋子が指さす方へ目を向けると、ひと塊になっている集団があった。浮き輪で波と戯
れたりビーチボールで戯れたりしている。周りにいる女性海水浴客に声を掛けるという
ような無謀な事をしでかす輩はさすがに居なかった。
「本当に海水を浴びるって感じね。もうちょっと沖へ出れば良いのに」
「しょうがないさ。足の立たない所だと沈んじまうって奴がいるらしいんだ」
「ああ、彼?」
「じゃなくて、柔道バカ」
 愛衣が思ったのは樹の事だったのだが、それを読みとった洋子が否定する。この辺の
やり取りは長年の付き合いの賜だろう。そんな会話をしつつ身体を解す2人の背中を、
複雑な表情で見る唯と愛美の姿があった。
「なにやってんの2人とも?」
「海に入る前には準備運動ぐらいした方が良いぞ」
 その視線に気付いた2人がストレッチの手を休めて振り返る。
「あ、あぁ〜… み、みんなで行っちゃったら荷物番が居なくなっちゃうから、お先に
 どうぞ」
 なんとなく煮え切らない返事をする愛美だが、言われてみれば確かにそうなので、
「じゃあ、向こうにいる連中を代わりに寄越すから、ちょっとお願い」
 後ろ手を振り、ついでに蠍の尻尾を思わせる三つ編みをふりつつ遠ざかって行く2人
を見送りつつ、
「はぁ…」
 と息を吐く、こちらは唯と愛美。
「…なんで洋子ちゃんってあんなにバクバク食べて、あんなに細いんだろう?」
 昨日の夕食と今朝の朝食は言うに及ばず、学校でもその健啖ぶりを見ている唯にとっ
て、それは大きな謎だった。
「隠れてダイエットの努力してるとか?」
「200%無いです」
 愛美がちょっとフォローを入れてみたが、即座に否定&断言された。なにしろ唯はこ
の旅行に備えて10日間、甘い物を断つという努力をしたのだ。主な理由は(見栄でウェ
○トサイズの)ちょっと小さい水着を買ってしまったから。
 で、ひたすら努力して何とかなったワケだが、その努力以上の努力を洋子がしている
と言うのは認めたく無かったのだろう。唯にとって『甘い物を断つ』というのはそれほ
どの努力だった。
 そんなワケで唯が出した結論は、
「いいなぁ、いくら食べても太らない体質の人は…」
「何をぶちぶち言ってるのよ」
 リボンを解いた髪を三つ編みにしながら見えざる神の手に愚痴々々と悪態を吐いてい
た唯に戒めの声が降り掛かる。
「だって、唯なんか10日も甘い物を断ったんだよ」
「そのお影でそのサイズの水着が着られてるんでしょうが。洋子のアレは体質なんだか
ら比較するのは止しなさいって。それよりもむしろ凶悪なのは叶さんね」
 2人と入れ違いで浜に上がってきた綾子が顎に手をやり「むぅ…」と唸った。
「洋子は胸が無いのが救いだけど、叶さんって結構有りそうじゃない。おまけにウェス
 トとヒップは洋子並だし」
 スタイルの話をすれば友美も結構なものなのだが、本人がそれを隠そうとしているの
か水着が地味なのか、あまり目を引かない。対して、あの2人にはそれが無い、どころ
か洋子に至っては周りを挑発しているようにも見える。もっとも本人にその自覚は無い
らしく、選んだ理由は身長的なサイズの問題と色だけだった。
「とにかく、海にいる間はなるべくあの2人とは距離を置くようにしよう、うん」
 どこまで本気か判らない呟きを漏らす綾子に、
「私も… でも綾ちゃんと一緒だとホッとするよ」
 邪気のない笑顔を唯が向ける。
「どーゆー意味よ」
「他意は無いよ」
 綾子の追求を躱し、先に到着していた自分の荷物を漁る唯。と…、
「あれ?」
「…何? 何か忘れたの?」
「うん… 昨日仕舞ったあと出してない筈なんだけどなぁ、浮輪」
 別に泳げない訳では無いが、浮き輪を使って波に身を委ねる事が出来るのは海ならで
はだ。それが無かった。昨日使ったので、考えられるのは旅館に忘れてきたか…、
「あのペンギン柄の浮輪? 綾瀬君が『唯の物は俺の物』とか言って持ち出して行った
 わよ」
 誰か(限定1名)が勝手に持ち出して行ったかのどちらかしか無い、と思う前に証言
が出てきた。
「え〜っ、散々『浮輪なんか使うなよ、お子様』とか言ってたのにぃ!?」
「つまり綾瀬君もお子様って事でしょ」
 いつものレクレーションだ、と言わんばかりに綾子はスポーツドリンク代わりの烏龍
茶を手に取った。これもダイエットの一貫だ。
 そんな綾子の涙ぐましい努力には唯も敬服したが、龍之介の所行にはもちろん納得行
かない。
「取り返してくる」
 と言い残し、一団の方へ掛けだしていった。

※
 その一団はというと…、
「いくぞぉー 樹ぃ、と見せかけてフェイント!」
 唯がその場に着くと龍之介は浮輪ではなく、ビーチボールで遊んでいた。
「…と、何度もそんな手に引っ掛かってたまるか、明!」
「きゃっ、最近いずみちゃんも意地が悪くなったんじゃない? はい、都築君」
 いずみから回ってきたビーチボールを友美が手首を返すだけの仕草で樹の方へ送る。
「ぅわっ…」
 が、これまでの流れから、まさか自分に来るとは思わなかったのか、樹が咄嗟に受け
たビーチボールは目標を定めぬまま大きく弧を描いて龍之介の頭上を越えていった。
「あーあ… 樹、お前少しは人を信用しないとダメだぞ」
 頭上を越えていくビーチボールを見上げながら龍之介が窘めるが、この状況で言われ
ても欠片ほどの説得力も無い。やっている人間が人間だけに、まともなボール遊びにな
っていなかった。
「いや、まさかフェイント無しで来るとは思わなかったから…」
「そこが友美の恐ろしい所だ。ある意味、俺等の中では一番ひねくれた性格をしている
 かもしれない」
 自分の事を3光年ほどの彼方にある棚に放り上げ、反撃が来る前に後ろへ逸らしたボー
ルを拾おうと、振り返った彼の目の前に目的のボールがあった。
「お… なんだ唯か。入るか?」
 龍之介がその手からボールを取り上げると、むくれた唯の顔が現れる。そしてそのむ
くれた顔に相応しい声音で、問いただす。
「浮輪、何処?」
「……浮輪? ああ、その辺に……」
 と龍之介が見回すが、見あたらない。
「その辺って、どの辺?」
 どこか引きつったような笑みを浮かべつつ龍之介に問う唯。今年買ったばかりなので
無くされると困る。それに、ちょっと値がはった。
「えーと…、さっきまでは確かにこの辺に浮いてたぞ?」
 再度周りを見回しつつ苦しい言い訳を続ける龍之介。どうやら管理を怠った事は認め
ているらしい。そんな彼の窮状を知ってか知らずか、唯は一言。
「弁償」
 はっきり言って一番聞きたくなかった台詞だ。
「まあ、待て。俺はだな、唯の大好きなあのペンギン達を海に帰してやったんだぞ」
 無茶苦茶な理論を展開し唯を丸め込もうとする龍之介だが、
「弁償」
 同じ言葉を繰り返す事で、唯は龍之介の無茶苦茶な理論を断ち切った… つもりだっ
たのだが、
「上手くすれば親潮に乗って、故郷の北極に帰れるかもしれない」
 言い訳はまだ続いていた。しかもその場の凌ぎの言い訳であるため間違いだらけだ。
「ペンギンは南極にしか居ないんだよ」
「新種の北極ペンギ…」
「弁償」
 トドメとばかりに唯はにっこりと勝利の笑みその顔に浮かべた。
「……いくらだったんだ、アレ」
 ここに至って、龍之介もやっと観念したらしい。もっとも、金額が提示された後で償
却分であーだこーだ言い、値引きするつもりだろうが。
 だが、唯が4本の指を立てると、以外にもあっさり
「400円か。随分高いな。まあ、いいか。後で払ってやるよ」
 値引く事無く交渉は成立した……りするわけが無かった。
「よんせんえんっ!」
 桁が一つ違ったらしい。
「…嘘吐け。あんなへっぽこなペンギン柄に、なんでそんな大袈裟な値段が付くんだ」
「へっぽこじゃないよ。かわいいもん。ウチの学校でも人気あるんだから」
「なにぃ」
 どうやら登録商標かなんか取っているらしい。となると、へっぽこ具合の割には値が
張るのも納得出来る。納得出来ないのは、なんであんなペンギンが女子高生に人気があ
るのかだ。
「如月一女の7不思議のひとつだろ、それ」
「知らないよ。とにかく、見つけられなかったら弁償だからね」
 話題が逸れそうになったので、唯は強引に話を元に戻した。下手をするとうやむやに
されてしまう。
「わかったわかった。覚えてたらな」
 渋々ながらに了承する龍之介だが、こんな言い方をされてはとてもじゃないが安心で
きない。
『確実を期すなら取引材料が必要だ』
 そう思った唯は咄嗟に龍之介の左腕にしがみついた。目標は手首に巻かれているダイ
バーズウォッチ。唯にはその価値が如何ほどの物か判らなかったが、龍之介が丁寧に扱っ
ているので大事な品だと言うことは知っていた。取引材料には打ってつけだ。
「な、なんだよ!? いきなりっ」
 突然唯に抱きつかれ、硬直する龍之介。唯にその気は無いのだろうが、肘の辺りにむ
にむにと柔らかい『何か』が当たっているのだ。
 結局、その動揺から彼が立ち直った時には、ダイバーズウォッチは唯の手に収まった
後だった。
「ばっ…、返せっ。それはマジで桁が違うんだぞ」
 瞬時にして立ち直った龍之介が唯に食ってかかるが、
「だからちゃんと私の浮輪探してきたら返して上げるよ」
 取り付く島もない。
「海は地球の7割を占めるんだぞ。いくら俺でも無理だ」
「じゃあ、弁償だね。買って来てくれたら返して上げる」
 これがまた龍之介には受け入れがたい屈辱だった。金を払えば良いと思っていたのが、
『買って来たら』になってしまったのだ。恐らく『ATARU』内にあるファンシーショッ
プ辺りで売っているのだろうが、女の子達がわんさと居る店中で、あんな物を買わされ
るのは拷問以外の何ものでもない。
「金は払うからすぐに返せって。大体お前の細い腕じゃ落としちまうだろ」
 という龍之介の心配を余所に、バンドを一番きつく締めたダイバーズウォッチはやや
緩いものの、唯の腕にそれなりにフィットしていた。ダイバーズウォッチの作りがゴツ
イため、全体の見た目はかなりアンバランスだったが。
「だーめ。ちゃんと同じの探して買って来なきゃ」
 実のところ全く同じモノは既に手に入らないのだが、それはそれで取引の材料になる
筈だった。あわよくばもっと良いモノを…
 などと考えていた唯の目に『それ』が飛び込んできた。先程まで彼女がいた場所から
手を振りながらやって来る愛美。
 その愛美が脇に抱えた『それ』を見て、龍之介は猛烈に嫌な予感がした。チラと隣に
居る唯の表情を見ると、やっぱりというか目を爛々と輝かせている。さっさと逃げ出す
に限る、とその場を離れようとしたが時既に遅く、しっかと腕が握られていて逃げられ
なくなっていた。
「ね、お兄ちゃん、アレあれっ!」
 龍之介の腕を掴んでいない方の腕で愛美の方を指さし、その脇に抱えられた『それ』
に気を引かせようとする唯。
 しかし龍之介の方は既に『それ』… イルカ型の浮き袋に気付いていた。大きさは抱
き枕くらいで、如何にも唯好みというか…。
 大方、
『アレのペンギンさんバージョンがあったらそっちが良い!』
 とか言い出すに違いない。と思う間もなく、
「アレのペンギンさんバージョンがあったらそっちが良い!」
 大的中。作者的にはカットアンドペーストで楽な事この上ない。もちろん龍之介的に
は受け入れがたい提案なので、残念ながら唯の思惑は、
「却下だっ!」
 という一言に粉砕された。

※
 人間の時間感覚というのは、なかなかバカに出来ないものである。
 正午近くになって誰が音頭を取った訳でもないのに、海水浴客がゾロゾロと浜に上が
り始めるのを見て、いずみはそんな風に思った。斯く言う彼女も、
「そろそろお昼かな?」
 と感じて浜に目を転じた所で、その細い腕に似合わないダイバーズウォッチをした唯
がそそくさと海から上がって行くのを発見したのだ。
「どこに行くんだ?」
 と声を掛けたら、左腕のダイバーズウォッチを指し示し、
「そろそろお昼だから…」
 と唯が微笑み返してきたので、
「じゃ、私も手伝うよ」
 という事になり、二人してビニールシートの上でお昼の用意をしていたのだ。

「それにしても… これだけの量を愛美先輩と一緒に作ったのか?」
 たかがオニギリとは言え、10人分以上の量が並ぶと圧巻ですらある。紙皿や割り箸
を置いた時点で、どこに人が座れるんだ、という状態に近くなっていた。
「同じ作業の繰り返しだから、大した事無いよ。時間は掛かっちゃったけど」
 そう言って笑う唯に、
「同じ作業を延々繰り返して出来るって事の方がすごいと思うぞ。私なんか、シンクの
前に立つだけで目眩がするっていうのに」
 さすがにそれは大袈裟だが、少なくとも目の前にある量を2人で作れと言われたら目
眩を通り過ぎて卒倒してしまうのは間違いない。
 そんないずみに唯はちょっと笑って見せ、
「それはちょっと困るよ ……そう言えばいずみちゃん家って、誰が御飯作ってるの?」
 ごくごく当たり前に考えれば母親が作る筈なのだが、いずみの家の場合ちょっと普通
じゃないので、住み込みのシェフか何かが居て料理を作っているのかも知れない、と唯
は思ったのだが、
「家(ウチ)? ちゃんと母様が作るぞ。言って置くけど、外面は凄いらしいけど内は
 ごく普通の家庭だよ。私の部屋は8畳だし、小遣いだって月7000円だ」
 かなり私的な事情も入っている気がしないでもないが、それでも唯はびっくりしたよ
うに、
「えぇっ!? じゃあ、あの広い敷地内に普通の家がちょこんと建ってるの?」
 いずみの家は門や塀に囲まれていて外からだと中が伺えず、中にどんな家が建ってい
るかまでは想像するしかない。唯の部屋は6畳なので、そこから考えるとそういう事に
なるらしい。
 そんな唯の思考がいずみにも読めたのか、
「違う違う。私の部屋は8畳だけど、その他の部屋が広かったり、数が多かったりする
 んだ。父様お付きの運転手さんとその家族とかも一緒だし」
 他にも祖父の代からのお抱え庭師さんも別棟に住んでいるのだが、いずみの口からそ
れが出る事は無く、代わりに、
「さらには敷地の北側にはハーレム。そして言うことを聞かない社員の為の隔離部屋が
 あったりするんだ」
 いずみの後上方から振ってきた声が引き継いだ。
「私の家はセガ(の人材調整本部)かっ!? それにハーレムってなんだ、ハーレムっ
 て!」
 反射的にいずみが振り返り、声の主、龍之介にくってかかるが、いずみに食って掛か
られたくらいで龍之介が動じる筈もない。
「少しは古典を勉強しろ。普通、北側には後宮があるもんだろうが。後宮つったらハー
 レムだろ? 友美が言ってたぞ」
 鷹揚に言う。ある程度事実だった。更に、
『名目は色々付いてるけど、龍之介くんが好きそうな言葉で言えば、ハーレムみたいな
 ものよ』
 と、去年受験勉強の合間に友美が言ったのも事実だったりする。それで少しでも古典
に興味が湧くのなら……と言う具合に、良かれと思って言ったのだろうが、見事に不発
に終わっていた。
「他人(ひと)の家庭に波風を立てるような事を言うな!」
 とはいうものの、いずみ自身も自分の家の全てを知っているわけではない。もちろん
そこまで広いという事ではなく、父親や祖父から立入禁止を命じられている場所がある
からだ。
「(まさか… でも……)」
 龍之介に突っ込まれ、あらぬ妄想が沸き上がる。
 いずみは知らなかったが、その立入禁止区域の中は父と祖父の書斎(…と言うには広
すぎる)があり、ある種公用の場なのだ。子供が入って良い場所ではない。
「おい、冗談で真顔になるな。それとも心当たりでもあるのか?」
 急に押し黙ったいずみに、相変わらず軽い龍之介口調。瞬時にいずみは頭に浮かんだ
妄想を放り投げ、
「あるかっ!」
 否定の叫びを上げた。

 そんないつもの風景。少なくとも八十八学園1年A組では日常的に行われている会話
を、やや羨ましげに見ていた唯に、
「唯。これ、1人あたりいくつあるんだ?」
 物欲しそうに、オニギリ入りのタッパーを見下ろす洋子が聞いてきた。慌てて洋子に
向き直り、
「んとね、2個」
「2個ぉ? たったそれっぽちじゃ私の『ないすばでぃ』を維持出来ないぞ」
 作って貰っておいてエライ言い様だが、表情が今にも泣きそうなので気に障るという
事はない。と言うよりむしろ哀れを誘う。ちなみに洋子の言う『ないすばでぃ』とは、
スタイル云々の話ではなく、女の子にしては長身の部類に入る、170cm以上の体躯
を動かす(維持する)為のエネルギー確保と同等の意味になる。
 もちろんその事は折り込み済なので、
「大丈夫。こっちに大きいのが入ってるから」
 洋子の不安を取り除くように、尺玉も斯くや(実際はそこまで大きくないが)という
オニギリ入りのタッパーを手渡す。受け取った洋子はすぐさま蓋を開け、中にあったブ
ツを見るや、
「さすが唯、わかってるなぁ」
 と先程泣きそうだった顔を満面の笑みに変えた。早速その内の一個に手を付け…た所
でその手を止め、再び唯に顔を向ける。
「これ、具はなんだ?」
 洋子にとって、出来れば梅干しは避けたい選択だった。しかしその心配は無用に終わ
る。
「ごめん、ただのオニギリ。そこまで手が回らなかったの」
 ちょっと申し訳なさそうな顔を見せ、
「その代わり、卵焼きと唐揚げ作って来たから」
 と言って、今度はおかず入りのタッパーを洋子に向ける。
「さっすが唯」
 オニギリのタッパーをビニールシートの上に置き、その手で中の唐揚げを一つつまみ
上げる。
「でわ早速。いただきまー…」

 すぱーん!

 今まさに、オニギリにかぶりつこうとしていた洋子の後頭部に衝撃が疾った。
「意地汚いわね。みんなが揃うまで待ちなさい」
 振り返るまでもない。彼女にこんな所行を働けるのは1人だけだ。
「だって腹減って死にそうなんだよー」
 やや唇を尖らせ振り返って訴えるが、愛衣はニベもなかった。
「犬や猫だって『待て』くらい出来るわよ」
 左手を腰に当て洋子を見下す。右手にはイルカの浮き袋(の尻尾)が握られていた。
恐らくそれで洋子を叩いたのだろう。持ち主の愛美が見ていたら悲鳴を上げただろうが、
今はこの場に居ないので問題ない。
 唯の目は『イルカさん可哀想』と潤んでいたが。
「んぐんぐ… 愛衣の躾(しつけ)が悪かったんじゃ無いか?」
 そのやり取りを聞いていた龍之介が茶々を入れる。確かにそう言われてもおかしくな
い程洋子と愛衣の付き合いは長い。ただ、愛衣にはそれをどうこう言う前に、やらねば
ならない事があった。
「龍之介…… 私の話、聞いてた?」
 不敵に笑い、ばきばきと指を鳴らしながら右手に食べかけのオニギリを持った龍之介
に歩み寄る。誰が見ても龍之介の行動は愛衣に喧嘩を売っているようにしか見えない。
 ひょっとしたらある種のコミュニケーションなのかも知れないが。
「まあいいじゃない。みんな飢えた小犬みたいな顔してるし、あと来てないのは愛美ちゃ
 んとあきら君だけだろ?」
 それが判っているのか、この場で唯一2人の仲を認知しているマスターが自らも缶ビー
ルの開けて唐揚げを一つ摘む。
 身内から裏切り者が続出しまくっている情況に毒気を抜かれたのか、
「………」
 愛衣は無言で洋子の隣に腰を降ろした。この場に居ないのは、飲み物を買いに行った
愛美と、その守護神(ナンパ除け)のあきらだけだ。
 恐らくこのまま待っていても、
『先に食べてて良かったのに』
 とか言われるに違いない。大体洋子の事を注意できるほど、自身に協調性があるとも
言えないのだ。愛衣は早々に持論を破棄し、オニギリに手を伸ばした。
 申し訳程度に海苔が貼り付けてあるオニギリを見、
(やっぱりオニギリは海苔でくるんだ方が良いわよね)
 などと余計な事を考えていると、
「ぅんまい!」
 不意に、愛衣の思考を遮るように声が上がった。いずみだ。右手に持った割り箸に挟
まれているのは食べかけの唐揚げだった。
「なにこれ? 誰が作ったんだ? 愛美さん?」
 愛美の名が出てきたのは、自分と同い年の唯が此処までの物が作れると言う事実を認
めたくなかったからかもしれない。唯にしてみれば最大限の賛辞だろう。
「ほんと、認めたくないわよねー。同い年の唯に此処までの物を作られちゃうと、私達
 の立場は?って感じよ」
 それを聞いて綾子が何処か拗ねたような発言をするが、声音は親友への賛辞を一緒に
喜んでいるように弾んでいる。
「大袈裟だよ。作り方判れば誰にでも…」
 謙遜する唯だが、綾子はその唯の額をちょっと小突き、
「ゆーいー、謙遜は最大の侮辱だぞ」
「そーそー。で、その作り方がまたややっこしーんだよ。二度揚げだっけ? そんな面
 倒な事やってられないって」
「洋子ちゃんは二度揚げ以前の問題でしょ?」
 そこへタイミング良く友美のツッコミが入る、という如何にも女子高生的な会話を聞
き流しつつ、愛衣は龍之介の方にチラと目を向けた。洋子達の会話には耳を傾けていな
いのか、黙々とエネルギー摂取の為に食事を続けているという感じだ。
 その手がピタリ、と止まる。一口かじった卵焼きをまじまじと見つめるその目は、海
原雄山のように険しい。
 次の瞬間、龍之介はそれを作ったであろう唯に向かって、一言。
「唯、お前手ぇ抜いたな?」
 もしこのSSが『美味しんぼ』の二次創作だったら次のセリフは、「店主(あるじ)
を呼べ」になっていたかもしれない。
「な ん だ こ の 卵 焼 き は !?」
「その卵焼き作ったの私じゃ無いよ?」
 即答する唯だが、龍之介は聞いちゃいなかった。
「お前なぁ、手を抜かずに作ってやっと食べられる物になるんだから、手を抜くなと言っ
 て……何?」
 そこまで喋ってやっと前段の唯のセリフが脳に伝わったのか、龍之介が言葉に詰まっ
た。本来なら此処で「じゃあ誰が作ったんだ?」という話になるのだが、唯が作ったの
で無ければ制作者は愛美と言う事になる。キョロキョロと辺りを見回し、愛美が居ない
のを確認すると
「なんだ、そうなのか」
 バツが悪そうに食べかけの卵焼きを口に放り込んだ。
「別に手を抜いた様には感じないけどなぁ…て言うか、普通に美味しいぞ。お前の舌は
 そんなに高級志向なのか?」
 というのは、同じく卵焼きに箸を付けたいずみの意見。
「ま、唯がいつも作る卵焼きはちょっと手が込んでるからね。それに慣れてる綾瀬君が
 手を抜いたって感じても無理ないわよ」
 と、これは綾子。事実、唯の作るそれは手が込んでいた。卵焼きというより出汁巻き
卵に近い卵焼きで、卵と『さ行』の調味料だけでは出来ないシロモノなのだ。
「へぇ、それは是非食べてみたいな。でも、その卵焼きなら綾瀬も満足するんだ?」
 このひねくれ者を納得させるなら相当すごい卵焼きに違いない、と考えたいずみだが、
「そんな大袈裟なもんじゃない。俺に言わせれば『まだまだ』だな、うん」
 ある意味予想通りの答えが返ってきた。

「ふーん。するとその卵焼きは『まだまだ』以下なんだ?」
 不意に龍之介の背後からそんな声が。ギョッとして振り返ると、その顔に悪戯気な笑
みを携えて愛美が立っていた。彼女は左手に持ったビニール袋からおもむろに缶コーラ
を取り出すと、
「はい、飲み物。コーラで良い?」
 ポンとふり返った龍之介の頭の上にコーラの缶が乗せられる。
「あ、はは… いや、海水を飲み過ぎて舌がバカになってるんじゃ無いかなー、なんて」
「別に気にしてないわよ。どうせ作ったの私じゃないし」
 苦しい気な言い訳を述べる龍之介に、愛美は笑みを益々深くして言った。
「え、じゃあ誰…」
 愛美の発言に、ほんの一瞬安堵の表情を見せた(旅館の誰かが作ってくれた物だと思
ったらしい)龍之介だが、すぐにそれは消え失せた。弁当を持って海岸に来た人間が3
人居た事に気付いたのだろう。

「別に気にしてないわよ。龍之介以外の評価は上々みたいだから」
 そして絶妙なタイミングでファイナルベント炸裂。事実愛衣謹製の卵焼きは順調な売
れ行きを見せていた。文句を述べたのは龍之介ぐらいだ。
「あは、あはははは この唐揚げ美味しいなぁ」
 フォローのつもりか誤魔化しのつもりか、もう一品のおかずを大袈裟にあり難がって
みるが、
「ほんと!? それ、唯と愛美さんとで作ったんだよ」
 喜色満面といった表情の唯に答えられてしまい、更にドツボに嵌る。その前の雑談に
耳を傾けていれば誰が作ったモノなのか判った筈なのだが、自分勝手に思い込んで裏目
に出まくっていた。
「あ、愛美さんと一緒に…、ってところがポイントだな、うん」
「私が手伝ったのって、オニギリ握るのと唐揚げ粉を付ける程度だったんだけど… あ、
 あと揚げる時間を計ったかな」
 オニギリはともかく、唐揚げに関しては『一緒に作った』というレベルには達してい
ない。だが、龍之介はそれを別の角度から取り上げた。
「おお、たったそれだけでこれだけ美味しくなるなんて、愛美さんは料理の天才だ」
「いつもと変わらない、いつも通り美味しい唐揚げになってるわよ…」
 大袈裟に愛美を持ち上げる龍之介とは対照的に、綾子が呆れ気味に『変わらない』を
強調する。こうなると龍之介は分が悪い。
「まあまあ、空腹効果って事でいいじゃない。食べ慣れたものでもお腹が減っていれば
 美味しく感じるって事で」
 2本目のビールを開けながら微酔い気分のマスターが龍之介に助け船を出す。彼の真
意が何処にあるのかは判らないが、龍之介はこれ幸いとその船に飛び乗った。
「それだ。空腹は最良の調味料と言うからな」
 その泥船に…
「悪かったわね。最良の調味料を使ってなお大した事のない卵焼きで」
 先程より明らかに不機嫌な愛衣の声。とは言え、龍之介の口の悪さと、それあしらう
事を心得ている愛衣の遣り取り(大人の対応)は毎度の事なので、誰もそれを気に留め
なかった。
 だが愛衣は、手にあったオニギリの最後の一口を押し込むと、
「ごちそうさま」
 の一言を残して立ち上がり、そのまますたすたと浜辺を歩いて行ってしまった。

 あまりの唐突さに一同が唖然として顔を見合わせる。いち早く事情を察したのは、や
はり付き合いの長さから洋子だった。
「愛衣姉!」
 すぐさまその後を追おうと立ち上がり、
「すまん、みんな。私がちゃんと言い含めて置くから許してくれ」
 一同に詫びを入れてから、洋子は砂を蹴って駆けだした。それを見送りながら、
「なんかマズイ事言ったか? 俺ら」
 他人事のように龍之介が同意を求めるが、そんな彼を一同は冷ややかに見返した。
「俺らじゃなくて、お前だろう? 詳しい事情は知らんが」
 さらに追い打ちを掛けるように、砂浜に腰を降ろしたあきらが、決めつける様に言う。
「詳しい事情も知らないで俺を犯人にするな」
 と反論するも、
「でも、叶さんの卵焼きにケチ付けたの綾瀬くんだよね?」
「むぅ… 人様が精魂込めて作ったものにケチを着けるとは」
「まあ、普通は気を悪くするよな」
 1の主張に対し、3の反論があっては辛いものがある。
 それに、龍之介自身も多少の罪悪感に苛まれていた。なにしろデートの時に手作り弁
当を作って貰ったのは1度や2度では無い。しかもその時は「美味しい」と賛辞を与え
たのだからややこしい。そもそも口に入れた時点で愛衣の手作りであることを見抜けな
かったのは大きな失点だった。
 そんな龍之介非難一色の空気を払ったのは、
「あー、ごめん。多分怒ったの私の所為。ちょっとからかうつもりだったんだけど、こ
 んな事ならちゃんと説明しておけば良かったかな?」
 事も無げに笑う愛美だった。
「困るなぁ、愛美さ…むぐぐっ」
 渡りに船とばかりに龍之介が調子を合わせようとするが、その口にLサイズクラスの
オニギリが押し込まれる。いずみだ。
「ちょっと黙ってろ。話が前に進まないだろ。……愛美さん、話進めてください」
 目を白黒させる龍之介に哀れみの一瞥をくれ、愛美は話を進めた。
「実は唯ちゃんから聞いてたのよ。普通に作った卵焼きじゃ絶対に文句言われるって」
 誰に、とは言わなかったがその場にいる全員がその人物が特定できた。何しろ現実に
文句を着けたのだから。
「で、作るの止めようかって話してた時に愛衣ちゃんが来て、手伝うって言ってくれて。
 その時ちょっと昨日の事が頭を掠めてね」
「昨日の事って、あの賭けの事ですか?」
「うん。あれはどう考えても納得行かないから。不愉快具合としては同等でしょ?」
 してやったり、という表情をする愛美。その一方で、
「全然話が見えないんだけど」
 部屋から追い出されていた男性陣は話が見えない。
「ああ、昨日の夜に誰が今日のお弁当を作る人をポーカーで決めたんだよ。それで…」
 いずみが掻い摘んで事情を説明する。その合間合間に愛美が割って入り、愛衣が如何
に非情な手を使って自分を貶めたのかを力説した。
「うーむ、そりゃ非道い。愛美さんが謀るのも無理ないな」
 腕組みをして聞き入っていた龍之介がうんうんと肯くが、
「…しかし、結局の所悪いのは龍之介じゃあないのか? お前が文句なんぞ言わなけれ
 ば…」
「じゃあお前は愛美さんが悔し涙に頬を濡らすのは容認できるというのか? え、あき
 ら」
「話を前後させるな。繰り返すが、人様が精魂込めて作った料理を貶すなどとは言語道
 断!」
 そう言いつつ、唐揚げを口に放り込むと、
「んむ、うまいっ!」
 続いて卵焼きを
「うむ、うまいっ!」
 叫ぶその姿は、巨大化して口から光線を吐かせれば味皇様に匹敵する。そんな彼に龍
之介が憮然と、
「どっちがだよ」
 選択を迫る。どちらが…、と比較してくれれば龍之介にも分があったのだが、そのア
テは外れた。
「どちらも美味いではないか」
「はぁ… 幸せなヤツだよ、お前は」
「でも、本当に美味しいよ、この唐揚げ。ボクの妹も時々作るんだけど、雲泥の差だね。
 冷めてても柔らかいし」
「ありがとう。あ、良かったらこっちも食べて」
 樹の賛辞に唯もご満悦で、自分の側にあるタッパを差し出す。しかし、
「つけ上がるなよ、唯。身内の評価なぞ6割はさっ引いて聞くもんだ。やはり正当な評
 価はプロにつけて貰うべきだろう」
 龍之介は厳しい目つきで唯を見、続いて厳しい評価を下して貰おうとプロ(マスター)
の方を顧み…
「て事で、この浮かれ娘に厳しい意見をお願いし…… なにやってんスか」
 唯が差し出したタッパに手を伸ばすプロに……
「いや、だって美味いよ、これ。……後で作り方教えてくれない?」
 唯の特製唐揚げは、プロも納得の出来だったらしい。

※
「愛衣姉! ちょっと待てってば」
 海水浴客でごった返す浜辺を、なんの苦も無い足取りですり抜けて歩く愛衣に向かっ
て、洋子が声を張り上げた。その声に愛衣は素直に立ち止まり、そして小さく溜息を吐
いた。
 立ち止まったのは単純に洋子が呼び止めたからだが、溜息を吐いたのは全く別の意味
だった。衝動的にあの場から逃げ出してしまった自分に対しての溜息。何故あんなにも
冷静でいられなくなってしまったのか…
 自分が以前作ったものに適当な評価をされた事に対してなのか、或いはもっと踏み込
んで、龍之介の無神経さに対してなのか、
 龍之介に特別扱いされている唯に対してのジェラシー… とは思いたくなかった。
「愛衣姉、まずいってあれは。みんな引いてたぞ」 追いついてきた洋子の声が耳を打つ。横に並んだことを確認してから愛衣は再び歩を
進めた。
「ごめん。なんかどうにも押さえられなかった」
 理由はどうあれ洋子の面目を潰したのは事実なのだ。
「まあ、言いたい事はわかるけどさ。確かにあれじゃ唯が可哀想だ… でも、」
 そこで洋子は言葉を切り間を空けた。その何処か得意げな表情を見、
「唯は舞衣じゃないって言いたいんでしょ」
 愛衣はすかさずその間に割り込み、洋子のセリフを横取った。洋子から見ると、先の
愛衣の態度は、妹として見ている唯を貶めた龍之介に対する牽制に見えたのだろう。
「ちぇ、最後まで私に言わせてくれよ」
「洋子に説教されるようじゃ私もお終いよ」
 さすがに姉としてのプライドは放棄できないようだ。しかし洋子も負けじと言い返す。
「私にフォローさせといて良く言うよ」 
 とは言え、小さい頃から愛衣にフォローされ続けて来た洋子にとって、それは心地よ
いものだった。姉と慕う愛衣の役に立っているという事実が嬉しいのだ。
 だが、その心地良さとは別に、洋子には問題あった。先程よりトーンの落ちた声で力
無く…、
「……まあ、それは良いんだけど、さ…」
「…なに?」
 どことなく言いにくそうに口ごもる妹分の顔を、訝しげにのぞき込む愛衣。
「いや…、結局オニギリ一個しか食べられなかったから、腹が減って……」
 そんな弱々しい洋子の声に、愛衣は苦笑するしかなかった。

 
後書き(2003.06.03)

ほんのー些細な誤解から〜♪
いや、SEED面白いですよ? ちょっと回想シーンが多めですけどね(笑)

いんたーみっしょん(何

日付見たら、10ヶ月ぶりですか(えー
私の中では2002年は無かった事になっているので(逃避
ひとつの話を分割して表に出すのちょっと恥ずかしいのですが(今まで散々ヤッてきたクセに)、
出して弾みを付けないとダメみたいなので(。。;

タイトルはDEENの『SINGLES+1』から「ひとりじゃない」です。
ドラゴンボールGTの最期で悟空が元気玉を作っている時に流れていたような気がします(うろ覚え
ちなみに、本文中に歌詞が引用されているけど、気付く人いるかな?
タイトルの真意は次回以降ということで(マテ

しかし時の流れを感じます。セガの人材調整本部が問題になったのって、何年前だったかな?
つまり、あの部分はその時に書かれたもの。いやー参った参った(参るな)
んでもって、相変わらず人が多すぎます。友美とか樹のセリフが少な過ぎ(あせ
まあ、この2人は次回に活躍予定なんで。
マスターなんか本当に運搬要員だもんなぁ…
初期段階では高校卒業後のエピソードが入ってたんですけどね(苦笑


今回はこんなところで。
なんとかこのエピソード、8月に入る前に終わらせたいです…

 

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