〜10years Episode25〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

「お会計は1596円になります」
 結局3人は小一時間ほどを『Mute』で過ごした。
「…と、ひとり頭532円ね」
 計算が速い摩耶が素早く金額をはじき出す。取り敢えず割り勘であることに桜子は
ホッとした…… のも束の間、彼女にとってはこれから先が正念場だ。
「すみません、ちょっと聞きたいんですけど……此処に良く綾瀬って人が来ますよね?」
 キッカケを作る為と、摩耶の情報を確認するために美弥が切り出した。
「綾瀬? ああ、龍之介君の事?」
 3人がほぼ同時に首を縦に振る。
「ええ、良く来ますよ」
 後輩とは言え、あくまでもお客様なので丁寧口調の愛美の返答に、
「ほら」
 美弥が肘で桜子をつつく。小一時間のほとんどを費やして書いた手紙を出せという
意味だ。摩耶がわざわざ『Mute』にまで引っ張り出してきた理由がこれらしい。
 しかし桜子はあまり乗り気じゃ無いようで
「やっぱり…… 明日学校で渡す」
 などとボソボソ……
「往生際が悪いわね。いいけど、別に。明日は土曜で半ドン。渡せなかったら『はい、
 お終い』でね」
 明日渡せなかったら見限ると言うことだろう。
「う――――……」
 唸ってみるが自分でも想像が付く。下足入れに入れようとするも、他の生徒を気に
して入れられない自分。直接手渡そうとしても結局渡せない自分。こうなると頼りに
なるのは……
 拝むように2人の友人を見る桜子。……が、『甘えんな』という目で睨まれた。
 なるほど、摩耶が正しい判断をしたというのが良く分かる。

「龍之介君に何か渡す物があるなら預かって置きましょうか?」
 窮地に立つ桜子を救ったのはそんな愛美に一言だった。それで一気にハードルが下
がったと感じたのか、
「そ、それじゃ… あの…… こ、これを……」
 おずおずと先程認(したた)めた手紙を差し出す。
「渡せば良いのね? ……最悪、明日になっちゃうんだけど構わないかしら?」
 受け取った手紙をエプロンのポケットにしまいながら尋ねる愛美。ここ3日ほど龍
之介は顔を見せていないが、土曜には必ずと言って良いほど訪れる。
「は、はい。よろしくお願いします」
 ホッとしたように愛美に向かって桜子は頭を下げた。


※
「なんだったの? さっきのは」
 正規バイトの特権とでも思っているのか、カウンターバーでお代わりのコーヒーを
勝手に注ぎながら、桜子達が引き上げたテーブルを後かたづけしている愛美に愛衣が
尋ねた。さして広いと言うわけでも無いが、3人が座っていたテーブルからだと(愛
衣に聞く気が無かったからかも知れないが)会話の内容が聞き取れなかったらしい。
 幸いと言うべきか……。
「ああ、あれ? 預かり物をね、頼まれたの。ここ(『Mute』)の常連さんに渡
 してくれって…」
 一瞬の躊躇もなく言ってのける愛美。こんな時には限りなく真実に近い嘘を吐くの
に限る。いやこの場合嘘ですら無いのだが……
「ふーん……」
 何やら含みのある御返事。長年(と言うほど長くもないが)の付き合いの賜なのか、
愛美はその返事に込められているある感情を読みとってしまった。
(バレた…… なんで?)
 愛美が知っているだけで『Mute』の常連客はかなりの数に上る。にもかかわら
ず、愛衣はその『常連客』を特定した。
(ひょっとして超能力?)
 などと考えてしまう愛美。だが実際はちょっと推理力を働かせれば分かることだっ
た。
 まず、八十八学園生であったこと。これだけで大半の常連客は除外されてしまう。
 そして女の子であったこと。これで同性である友美は除外できる。女の子に人気が
ありそうないずみに関しては微妙だが、まあこちらも除外してもいいだろう。
 そして、これが一番わかりやすいのだが、愛美がその『常連客』の名前を伏せてい
るという事実。それだけで該当者は1名に絞られてしまうのだ。
 その辺が全く分かっていない愛美だった。

「さてと、もうひと頑張りしますか。……ピーク時には手伝うから」
 とだけ言い残し、自分のテーブルに戻って行く愛衣。ピーク時に身内がテーブルひ
とつを占拠する訳にもいかないので、これはまあ当然の事なのだが、その冷静さにど
こか寒気を覚える愛美だった。


※
 そしてそれから更に小一時間程が経過し……、
 かららん
 哀れな子羊(龍之介)がやって来た。カウンター席腰掛けると同時にバタッとそこ
に突っ伏す。体力が尽きたらしい。アップダウンの激しい16kmはさすがの龍之介
にもきつかったようだ。
「大丈夫?」
 心配そうに愛美がカウンター越しに声を掛けると、
「大丈夫じゃない。くそー、天道の野郎…… 一緒に走るなんて言いやがって。自分
 は原チャじゃ……」
 そこでふと言葉を切り、顔を上げる龍之介。カウンターの主が違う事にようやく気
付いたようだ。中を端から端まで見回すが、お目当ての人物は見つからなかった。
「誰かお探し?」
 愛美の悪戯っぽい声に、慌ててその視線を声の主に定める。
「いや、別に」
「ふふ。ちょっとワケありで代わって貰ったの」
「ふーん。あ、レモンスカッシュね」
 どうせ愛美にはバレてしまっているのだから、開き直ってしまえば良いものだが、
やはりそう簡単にはいかないらしい。オーダーする事ではぐらかそうとする。
 そんな龍之介の態度に笑いをかみ殺しつつ、テキパキと仕事をこなしながら、
「でも代わってて良かったわ。もしこれを直接愛衣ちゃんが預かっていたらと思うと…」
 そう言って、先程桜子から預かった手紙をポケットから取り出し、龍之介へ渡す。
「なに? これ?」
 受け取った封筒を何気に裏返す。ハート形のシールが目に留まった。
「さっき八十八の女の子が3人来て、その内の1人の娘が『綾瀬君に渡してください』
 …って」
 綾瀬君に云々…辺りでちょっと声音を変えてみせたりする愛美。
「ふーん……」
 気が無さそうに返事をする龍之介だが、その頬は思いっ切り弛んでいた。それでも
平静を装いつつ、
「どんな娘だった?」
 愛美に尋ねる。確かに声だけ聞いていれば特に普段と変わりないように思えた。
「えーとね、髪をこんな風に……」
 そう言って後ろで束ねた自分の髪をひょいと前に回す愛美。
「…して、ちょっと気の弱そうな娘……だったかな?」
「へぇ」
 心当たり有りだった。尚一層弛む龍之介の顔。いそいそと、しかし丁寧にシールを
剥がし、封を開ける。中にはたった一枚の便箋。

 『今度の日曜日、10時に如月駅北口改札で待っています。
                         杉本 桜子』

 文面はこれだけだった。疑いようもない。これはまごう事無くデートのお誘いだ。
「♪」
 鼻歌を歌い出しかねない様子で便箋を畳み、出した時と同じように丁寧に封筒へし
まい込む。昨日唯に言われた事を忘れてしまったわけでは無く、ただただ単純にラブ
レターを貰えたことが嬉しいのだ…… と思いたい。
「あのね、はしゃぐのは良いんだけど……」
 そんな龍之介に冷水を浴びせ掛ける愛美。もちろん本当に冷水を浴びせ掛けたわけ
では無く、言葉の冷水。
「……見てるわよ、こっち……」

 ぎしっ……
 固まった。そぉ言えば何か刺すような視線を感じる……
 出来るだけ身体を動かさないよう、恐る恐る肩越しにその方向を見やる……と、
 ………
 ……見てた。
 と言うより、睨んでた。

「………」
「………」
 一瞬目が合う。と同時に、
 つん……
 という具合に愛衣の方から視線が外される。目が合っていたほんの一瞬が、龍之介
には無限の時間に感じられた。
「ほら、フォローフォロー」
 そんな龍之介をカウンターからせっつく愛美。賭けたって良いが確信犯だ。
「なっ……」
 何か言いたそうな(実際言いたい事は山ほどあったらしい)龍之介を遮り、レモン
スカッシュのグラス2つを手渡す。
「はいこれ。私からのオゴリだって伝えてね」
 観覧料かも知れない。選択の余地は無いようだ。

「すいません。相席よろしいですか?」
 愛衣の陣取るテーブル席まで来た龍之介の第一声。軽いジョークのジャブで様子見
と言った所だろうか。
「どうぞ」
 まだそんなに混んでいないのに、あっさりとOKされてしまった。レポート用紙に
ペンを滑らせながら顔も上げずに。ちなみに愛想は一欠片も無い。
 こういった態度を取るときは変に持って回った言い方はマイナス要因にしかなり得
ないことを龍之介は経験則から学んでいた。こうなったら開き直るしかない。

「日曜日の10時に如月町で待ってます ……だって」
 レポート用紙を滑っていたペンの動きがピタリと止まった。
「……行くから」
 再びペンがさらさらっと動き、
「普通は『行かない』って言うもんじゃないの? こーゆー場合」
 センテンスが区切れたのか、ペンをその場に置き、愛衣が顔を上げる。表情はどう
にも掴み難かったが、目は……微笑えんでいた。
「まあ、俺は普通じゃないし……」
 グラスに手を伸ばそうとしている愛衣を目で追いながら、
「信じて……くれてるんだろ?」
 ちょっと声を潜めて問う。グラスに伸びかけた愛衣の手が一瞬止まるが、すぐに何
事もなかったようにグラスを手にし、口元に寄せる。そしてストローに口を着ける寸
前、
「まあ…ね」
 その口元には目元同様の微笑(えみ)が浮かんでいた。それを見てホッと胸を撫で
下ろす龍之介。
 そんな龍之介の頬に、愛衣が手をそっと触れる。そして導くような感じで引き寄せ、
自身も乗り出すように顔を寄せ……
「お、おい…」
 初夏。まだ日は高く、おまけに店内には数組のお客。愛美だって注視している筈だ。
「関係ないよ」
 そんな事はお構いなし、とばかりに潤んでいるような目で龍之介を見つめ返す。
(なんか最近大胆だなぁ…)
 とか思いつつ、愛衣の瞳が伏せられた事を確認し、一気に距離を詰め……
『むぎゅ〜っ』
 甘かった。
「……にゃにをひゅる」
 頬を引っ張られているので、聞き取りにくい声しか出てこない。
「いや、なんかさっきココが思いっ切り弛んでたみたいだから、どこまで弛むのかなっ
 て……」
 それはそれ、これはこれと言う事らしい。
「ひょーがにぇー……っふぇ、ひーきゃげん……」
 ぶんぶんと首を振って、愛衣の指を外す。そしてつねられていた頬を押さえながら、
「しょーがねーだろ、ラブレターなんか貰ったの初めてだったんだから…… 単純に
 嬉しかっただけだ」
 事実なのだが、それは言い訳に過ぎない。
「浮気者…」
 ねめつけながらボソッと呟く愛衣。
「いーじゃん。本気になったワケじゃ無いんだから」
 冗談めかして言ってみる。それを理解しての事なのか、愛衣は『にこっ』と微笑み……

 どかっ!
 一瞬の間も置かず、そのつま先が龍之介のスネを的確に蹴り上げた。
「ぐあっ…」
 悲鳴を上げて蹴られた場所を庇うようにうずくまる龍之介。うずくまった際にテー
ブルへ『ごんっ!』と額を打ち付けたようだが、そんな痛みはスネを蹴り上げられた
痛みに比べればどうと言うこともない。
「じ…冗談なのに……」
 息も絶え絶えに絞り出す。
「そういう冗談は相手を見て言いなさいよ。ばか」
 どうやら冗談だと云う事が伝わっていたからこの程度(スネを蹴り上げられる程度)
で済んだらしい。なんにしても当然の報いだろう。



 その後はまあ色々とあった様だが、割とあっさり時刻(とき)は過ぎ……

※
 日曜日。
「来るかしら」
 9時30分。待ち合わせ場所である如月駅……からちょっと外れた場所に例の3人
が屯(たむろ)っていた。
「来なきゃこの後がフリーに使えて私は有難いわね」
 独り言に近い摩耶の呟きに、美弥が律儀に、しかしややトゲのある答えを返した。
「うーーー、別に付いてこなくても良かったのにぃ」
 保護者然とくっついて来た2人にぶー垂れる桜子だが、
「なに言ってんの。そりゃ綾瀬君が来てくれれば良いけど、来なかった場合2時間で
 も3時間でも待っちゃうでしょ、桜子は」
「そそ。『恋に破れ、打ちひしがれた少女に手を差し伸べる友人』っていう役が必要
 だしぃ」
 縁起でもない。
「それに長い間待っていると惨めになってくるからね。10分待って来なかったらパーッ
 と吹っ切って、どっか遊び行こ」
 既に来ないと云う事を前提に話を進める美弥。良心的に解釈すれば、そうする事で
桜子の不安を取り除こうとしている様に見えなくもない。……とは言え、
「じ…10分!?」
 そのあまりにも少ない猶予に桜子は絶句した。
「ま、電車2本分ってトコね。そういう所で割り切らないと、ズルズル行くわよ」
 他人事だと思って平気で割り切ってくれる。
「せめて30分くらいは待とうよぅ…」
「賭けても良いけど、30分待っても来ない場合、『あと10分』って台詞が出てく
 るわね」
 うぐぅ…
 美弥の言葉が図星だったのだろう、意味不明なうめき声を漏らす桜子。
「まあ、何にしてもあと25分。10分待つとしても40分以内にカタが… えっ!?」
 そんな2人の漫談には耳を貸すことも無く、時計と改札を交互に見ていた摩耶が素っ
頓狂な声を上げた。
「なによ? どうかしたの」
「来た! 来たよ桜子」
「え!?」
「嘘っ、マジに?」
 ドドッと改札が見通せる摩耶の位置に2人が押し寄せる。
「痛っ、ちょっと押さないで……」
 という抗議は届かなかったようで、
「おー、本当だ」
「い、行かなくちゃ……」
 誰も聞いていなかった。

「しかしさぁ、まだ25分前だよ。もしかして桜子じゃない誰かと待ち合わせだった
 りして」
 この期に及んでも『反・龍之介』の旗印を降ろさない美弥。今更擁護派に回れない
と言うことか。しかしそんな嫌味も第一関門を突破した桜子には通じない。
「ねぇ、ドコか変じゃない?」
 付いてもいない埃を叩いたり、前髪をやたら気にしたりして最後のチェックに余念
がない様子。こうもあからさまに無視されるとわ……
「……あんたの頭の中身」
 嫌味のひとつも言いたくなろう。しかし、
「じ、じゃあ行ってくるね」
 がっかり…
 美弥の声が聞こえていなかったのか、聞こえていても敢えて無視していたのか。い
そいそと駆け出そうとする桜子。それを、
「あ、桜子! ちょっと待って」
 摩耶が慌てて制す。なにやらゴソゴソとポーチを探り、探し当てた物を“そっ”と
桜子に握らせる。そして“じっ”と桜子の瞳を見つめ、
「もし…、もし綾瀬君にどっかへ連れ込まれて押し倒されそうになったら、せめてこ
 れだけは着けて貰って……」
 何を渡されたのかと、恐る恐る手を開く桜子、そしてそれを覗き込む美弥。
 ……アレだった。
「………(…っ赤)」
「な…な…なにっ考えてんのよっ! あんたわっ!!!」
「あら、こんなモン今時の男女交際には必須アイテムよ。エチケットって言っても良
 いかな?」
 顔を真っ赤にして怒り(多分怒りだけでは無い)を表現する美弥に対し、摩耶がケ
ロッとした顔で言ってくれる。
「何がエチケットよ、この耳年増! ………あんたも仕舞うなっ!」
 真に受けて持って行こうとしたらしい。いや、間違いではないのだが……多分。
「だって…、エチケットって言うから……」
「ハンカチ、ちり紙と同じレベルで扱うなっ」
「えー? そのぐらいの気構えは必要だと思うけどなぁ」
 中学の3年間、こんなんでよく友人関係が続いたものだ。色恋沙汰が無かったから
だろうか?
「……も、いいから早く行きなさい」
 疲れたように桜子に向かって、『もーどうにでもなってしまえ』という感じで“行
け行け”と手を振る美弥。
「えと…」
 これどうするの? という感じで掲げるソレも美弥が横から引ったくり、
「万が一ン時はヤツに責任取って貰えっ!」
 もちろんそうなる前に自分が身体を張ってでも止める所存だ。そんな訳で厚い友情
に送り出された桜子は、龍之介の元へ赴くのだった。


 


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