〜10years Episode25〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

※その翌日
「知ってるか?」
 こう問いかけられて『もちろん』と答えられれば、その2人の間柄はなかなかのも
のだろう。いわゆる『ツーカー』と言うヤツだ。付き合いが長ければ自ずと身に付い
てくる感覚である。
「何を?」
 だが、問いかけた方と、問いかけられた方の付き合いはさして長く無く、その領域
には達していなかったようだ。故に友美は目の前に座るいずみに対してそんな答えし
か返さなかった。
 もっとも、本当に友美がいずみの言いたい事が分からなかったかどうかは定かでは
ない。そんな訳で、いずみは自分の言いたい事が伝わらなかったと言う前提で話を進
めるしかなった。

「いや…、綾瀬のヤツがC組の女の子にちょっかいを出してるって噂をさ」
 どちらかと言えば龍之介の方が受け身っぽい気がしないでもないが、こういった場
合は男の方が損をするものである。
「ふーん…」
 別段驚いた風もなく、気が無さそうに返答する友美。

 今日は週一で弓道部が休みの日。友美も図書委員の当番では無かったので、暇つぶ
しがてらに『Mute』でお茶をしている、というのが現在の状況だった。

「なんだ、知ってたのか」
 その『気の無さそうな返事』が面白くなかったのか、その声はやや落胆気味だ。もっ
とも友美にしてみれば、『知っている』のは当然の事だった。なにしろその気がなく
ても色々と回りから聞こえてくる。
「…の割には落ち着いてるじゃないか」
 いずみとしては、いつも沈着な友美が動揺してくれる事を期待したようだ。この辺
は愛衣をからかう愛美の心理に近いのかも知れない。
「別に龍之介くんが何処の誰にちょっかいを出そうが、私には関係ないじゃない」
 なんの抑揚もなく答えてくれる。これ以上ないくらいにつまらない答えだった。
「ま、友美がそう言うんだったらそれでいいけど…。でさ、私もチラッと見たんだけ
 ど、結構可愛いんだよこれが。なんてゆーか、こう…守ってあげたいっ! みたい
 な?」
 自分自身を抱きすくめるように『守ってあげたい』を身体で表すいずみ。
「知ってるわ。昨日私の所に挨拶に来たもの」
「………へ?」
 それを聞いた瞬間、いずみは椅子からずり落ちそうになった。どうやらこれは初耳
だったらしい。
「そ、そんな事があったのか? よく大騒ぎにならなかったなぁ」
 若干の騒ぎはあったが、それ自体が噂に上らなかったのは、直接的に友美へ降り掛
かったものではなかったからだろう。
「でも、そんな大それた事をするような娘には見えなかったけど… で、向こうはな
 んて?」
「別に。ただ『こんにちわ』って」
「……は?」 
 ありのままを伝える友美に、いずみが呆けた顔で聞き返す。
「だから、『こんにちわ』って」
「なんだそれ? 挨拶そのものじゃないか」
 どこか落胆したように呟くいずみ。それはそうだ。単語自体は『挨拶』だが、この
状況でのそれは『宣戦布告』と言って良い。それが『こんにちわ』の一言だとは……。
「で、友美はなんて答えたんだ?」
「なんて答えるも何も、『こんにちわ』って言うしか無いじゃない」
 なにしろその時点では、何が起こっているのかさっぱり分からなかったのだ。
「まぁ、そりゃそうか。……それにしてもさ」
 何かを言いかけたいずみだが、ふと言葉を切り、友美の手元に目を落とす。そして
にやりと笑い、
「度が過ぎるヤキモチも嫌われるけど、全く妬かないってのも可愛く無いんじゃない
 か?」
「どうして今そんな話が出てくるの?」
 いたってクールに問い返す。いや、内心では分かっているのだが。
「いや、なんか内心穏やかじゃ無さそうなのに、冷静さを装ってるからさ」
 今にも鼻歌を奏でかねない口調のいずみ。
「そう? いずみちゃんの気のせいじゃない?」
 それに対して、あくまでもその姿勢を崩さない友美。
「……そうか。友美がそう言うんじゃそうかもしれないな。……ところで」
 一旦言葉を切り、再び友美の手元に… そこに置かれているシュガーポットとコー
ヒーカップに落とす。
「砂糖… そんなに入れて大丈夫か?」
 どのくらい前からその動作を繰り返していたか分からないが、いずみが数えただけ
でもその回数は5を数えていた。
「えっ!?」
 慌てて手を止めるも、その反動で数粒の砂糖がパラパラとカップの中へ…。
「いやぁ、友美がそんなに甘党だとは知らなかった」
 明らかに分かっていて言っている。友美はそれに答える事無く、恐る恐るスプーン
をカップの中に入れようとしている所だった。
 ぞりゅ…
 なんとも言えないおぞましい感触がスプーンを通して伝わる。言うまでもなく沈殿
した砂糖の粒子だ。それを攪拌することはダイエット的観点から見て『極めて危険』
であった。大人しくスプーンを取り出し、中身が(もっと言えば沈殿物が)揺れない
ように口へ運ぶ。
「………」(哀)
 それでもコーヒーは絶望的に甘かったらしい。


※
 同じ頃、渦中の人物杉本桜子は、八十八駅前のとある本屋にいた。いつもならこの
時間は学校に残って美弥や摩耶とお喋りに興じている時間なのだが、今日は早々に下
校を決め込んだ。残っているとあの2人になんやかんや言われるだけだからだ。
「美弥も摩耶も綾瀬くんの事、誤解してるのよ」
 昼休みに待ち合わせの中庭に行こうとした時も2人に散々言われ、結局5分も龍之
介を待たせることになってしまった。にも関わらず、
「いや、今来たところだよ」
 と気を遣ってくれたりもした。なのにあの2人ときたら……

「猫被ってるだけ」
 とか、
「他にもわんさと女の子を託(かこ)っていて、桜子はその他大勢」
 とか
「その内に本性を現して、ボロボロにされた挙げ句捨てられる」
 とか、終いには、
「貢がされるだけ貢がされて、風俗店に以下略」
 とまで言われる始末。尤も、龍之介の周りにいる人間に言わせれば、上2つの項目
は否定されないかもしれない。

「そんな高校生が居るわけ無いじゃないっ!」
 ちょっと大きめに口の中で呟く。回りには誰もいなかったので聞かれる心配はなかっ
た。気を取り直して本を探すことにする。
 最近摩耶に借りた本が面白かったので、同じ作者の本を探しているのだが、これが
見つからない。図書室で借りるという手もあるのだが、昨日の今日ではさすがに行き
難かったのだ。

「あった…」
 暫く探して見つけた本は、桜子が手を伸ばしてやっと背表紙に手が届くかどうかと
いう位置に立てられていた。
「何で欲しい本は手に入れ難い場所にあるのかしら」
 ブツブツ呟きながら回りを見渡す。脚立の類は(桜子の目に届くところには)見あ
たらない。
「う〜ん……っ」
 背伸びをしてみるが、どんなに頑張っても背表紙に指が触れる程度だ。
「もう〜、なんでこんなに高いところにあるのよぅ」
 その場でぴょんぴょんと跳ねてみるも、ひざ下辺りまでの台が出ていて、そこにも
本が積まれている為、思い切ってジャンプすることが出来ない。
 結果、桜子の指は虚しく本の背表紙を擦るだけ。途方に暮れて目当ての本を見上げ
る桜子の背後から手が伸び、その本の隣に掛かったのはその時だった。

「これ?」
 その声だけで… いや、もう気配だけで分かってしまう自分が妙に嬉しかった。
「えと… その隣」
「こっち?」
 今度はその手が目当ての本に触れる。
「うん、そう」
 先程までの暗澹たる気分は何処へやら。自分でも信じられないくらい弾んだ声が出
る。
「はい」
 目の前に差し出される本を受け取り、そこで初めて桜子は振り返った。
「ありがとう、綾瀬くん」

「やーれやれ、桜子ちゃんに会うと分かっていたら、もうちょっと真面目な本を買う
 んだったな」
 そう言いながら龍之介がレジに出したのは、漫画雑誌と音楽雑誌だった。お色気本
で無かったのは相当に幸せなことだろう。
「音楽… 好きなの?」
「音楽の授業は好きじゃないけどね」
 その余りにも素直な意見に、桜子が“ぷっ”と吹き出す。
「私も。なんで音楽の歴史なんか覚えなくちゃいけないの? って感じかな」
「言えてる言えてる。どこの音楽家が何年に生まれた、なんか関係ないもんなぁ」
 成り行き上本屋を出て並んで駅前通を歩く2人。大分意気投合しているらしい。
「桜子ちゃんは電車?」
「うん、3つ隣の梶谷」
「じゃ、駅まで送るよ。急行止まるんだっけ?」
「うん、でも朝はギュウギュウだから……」
(各駅停車に乗ってくるの)
 と続けようとした桜子の声は、
「綾瀬君じゃない」
 という女の子の声に遮られた。その声がした方へ桜子が顔を向けるより早く、
「や、今帰り?」
 今度は龍之介の声。その親しげな口調に桜子の身体が強張る。
『それ見たことか』
 友人2人の嘲笑う声が聞こえた気がしたが、意志の力でもってそれを払いのけた。
友美に宣戦布告(桜子は宣戦を布告したと思っていた)した今、何を恐れる事がある
か!?
 という気合いにも似たモノなのかもしれない。

「中学ン時の同級生」
 そんな気合いを削ぐような龍之介の声。取り敢えず『彼女』と紹介されなかった事
に安堵する。そんな桜子に向かってわりと気さくに、
「よろしく〜」
 などとやる綾子。
「ま、同級生とは言っても、同じクラスになった事は無かったんだけどね」
 事実小中と一緒だったにもかかわらず、2人が同じクラスになることはなかった。
「あれ? 無かったっけ。んじゃ、同じ中学の友達」
 そのお手軽な紹介に、
「はいはい。綾瀬君の私に対する評価ってそんなものなのね」
 大して落胆した様子もなく言ってのける。その綾子の言い様に、桜子の肩から力が
抜けた。
『この娘は違う』
 漠然と桜子はそう感じた。本当にただの遊び友達といった雰囲気だろうか。今まで、
『男女間に友情は存在し得ない』と思っていた桜子にはちょっとした感動だった。
 こうなると気になってくるのが、自分をなんと紹介してくれるのか、という事だ
『同級生』ではないし、やはり『友達』というのが無難な所だろうか?
 まさかいきなり『彼女』とは紹介されないだろうが、もしされたらどうしよう。
 などと余計な思考を巡らす桜子。そんな思考…というか妄想を断ち切ったのは、

「綾ちゃんお待たせ。……あれ、お兄…ちゃ……ん」
 ひょこっと綾子の背後から現れる唯。直後の状態はちょっと見物だった。
『やべっ』という龍之介の顔。
『あーあ、見つかちゃったよ』という綾子の顔。
 そして、どこか拗ねたように『むーっ…』と龍之介を睨み付ける唯。
 三者三様。

「えっ…と…… 妹さん? なの……」
 その奇妙な三竦(すく)み耐えかねたのか、桜子が口を開く。だが当の桜子も自分
の台詞がどこか整合性を欠いているなと感じていた。
 何故だろう? と綾子とその隣の唯を見比べてみる。同じ制服を身に着けていた。
確か如月女子の制服だ。別に不思議はない。中学の同級生と言っていたのだから……
 ………
 ……………
 ……同級生? …って事は高校1年生?
 その娘と同じ制服を着ているって事は、妹も高校生?
 高校1年生に高校生の妹?
 ……同い年の妹? 同い年の女の子が『お兄ちゃん』?
 ………
 いや、落ち着け。その気になれば一年間に2人生むのは無理な事じゃない。無茶な
家族計画だけど……
 ……やっぱり ……変。

「ま、まあそんなもんかな。はは… 行こうか」
 桜子の『妹なの?』という問いに曖昧に答え、半ば強引に桜子の腕を取りその場か
ら逃げ出そうとする龍之介に、
「綾瀬くぅーん、場当たり的な言い訳は身を滅ぼすわよぉ」
 綾子の忠告がのしかかった。
 確かにこの場で誤魔化せても後々凝りが残るだろう。だからと言ってここで全てを
ぶちまけるのもどうだろう?
 瞬時に龍之介の頭をそんな考えが過ぎった。チラと桜子の方を見てみる。

 じっ……
 猜疑心ありありの目だった。おまけに泣きそうな目だった。
(ううっ……)
 苦悶の表情を浮かべる龍之介。逃げるように桜子から視線を外し、この修羅場を作
り出した元凶(唯)を睨み付ける。
(むーーーっ……)
 睨み返されてしまった。まごうこと無き修羅場になってしまったようだ。
(うううっ……)
 何かを請うように最後の砦(綾子)を顧みる。

「まあ……アレね」
 自分にも多少の責任があると思ったのか、収拾役をかってくれるらしい。唯の肩に
ポンと手を置き、
「ちょっとワケありでさ。この娘、綾瀬君の家に同居してるのよ」
「お〜い…」
 いきなりそこまで言っちまうか? てな具合に龍之介が情け無い声で抗議する。
「外野は黙ってる! で、そのワケってのもちょっと複雑で……」
 その後、過去8年間を掻い摘んで話す綾子だが、実のところ桜子の頭には何も入っ
ていなかった。

『同居』即ち『ひとつ屋根の下』。
 桜子の頭で財津和夫の『サボテンの花』が流れた。それをBGMに幼稚園児が描く
ような三角屋根の一軒家に入っていく龍之介と唯の姿。やがて夜の帳(とばり)が降
り、ひとつしかない窓から漏れていた灯りが消える。
 その後は耳年増の摩耶から聞いたソレ系情報のオンパレードだった。

「まあ、そんなワケで、色々とあった訳なのよ。結構辛い目にあったりしてさ」
 第三者が聞いていたら涙ぐんでしまいそうな内容だったにも関わらず、前記のよう
に桜子の耳には殆ど入っていなかった。
「ふん。俺はそんな深刻に受け止めてないぞ」
 強がってはいるが、どこか照れたようにそっぽを向く龍之介を無視し、
「あ、そうだ。良かったらこれから一緒にお茶しない? 八十八での綾瀬君の活躍と
 か聞きたいし、友美の事とかも……」
(……友美)
 何も入らなかった筈の桜子の耳だが、何故かその固有名詞だけは受け入れた。
 幼馴染みで優等生でお隣さんの水野友美……

 夜の帳が降りた一軒家の隣に、筍のように幼児画の家が生え、そこから出てきた友
美が灯りの消えた家に入っていく。
 そこから先は耳年増の摩耶から聞いたソレ系情報のオンパレード。

「俺は別に構わないけど… 桜子ちゃんはどうする?」
 取り敢えず黙って聞いていてくれた事に安堵した龍之介が、緊張感無く桜子の顔を
覗き込もうとした刹那…

 ぱぁん
「不潔っ…」

 改札口から出てくる乗客2、3人にぶつかりながら改札を抜けて行く桜子。それを
呆然と見送る龍之介の頬には小さな手形。
「なんで?」
 正直な感想だった。その背後、
「自業自得だよ…」
 と溜息混じりに呟いたのは唯。多分桜子が何を考えたのか一番理解していたのだろ
う。そして、自分の話が全く功を奏さなかった綾子は、こめかみに汗し
「……あれ?」
 小首を傾げることしか出来なかった。


 


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