〜10years Episode25〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

「その話なら、この前キチンとお断りしたはずです」
 放課後の図書室。その貸し出しカウンターの中で、水野友美は回りの他者に注目さ
れぬ程度の声で、目の前にいる上級生に対し拒否の回答を示した。
 だが、その拒否の姿勢も『風紀』の腕章をした上級生には大した効果が無かったよ
うで、
「一度断られたくらいで引き下がっては、良い人材は得られないからね。中国の故事
にも『三顧の礼』と言うのがある」
 つまりここで断わっても、少なくとももう一度押し掛けて来ると宣言しているよう
なものだ。
「申し訳ありませんが、何度来ていただいても、私の答えは変わりません」
 そして返却された本を持って立ち上がり、
「それに、私はもう図書委員です」
 付け加えた。
 八十八学園では基本的に希望した部活動、委員活動に参加出来る。しかし2つ以上
の掛け持ちは許されておらず、それはこの学園の良識と呼ばれている風紀といえども
例外では無かった。
 つまり、図書委員である友美には、既に風紀委員に参加する資格は無いのである。
もちろん風紀委員である目の前の上級生もそれを知らぬ筈がない。
「いや、図書委員を辞めれば参加は可能なんだ。君にその意志があれば……」
「ありません」
 間髪入れずにきっぱりと言い切る。この間、僅か0.3秒。その後に続くのは重苦
しい沈黙。それを打ち破ったのは風紀委員の意外な態度、そして言葉だった。
「……頼む! 君以外に奴の暴挙を食い止められる人間がいないんだ」
 そう言って平身低頭する風紀委員。『奴』と言うのが誰を指すのかは考えるまでも
ない。それほどまでに風紀委員は龍之介に手を焼いているという事だった。

※
「はぁ…」
 午後5時半。委員活動を終え教室に帰る廊下で、溜息を吐く。結局あれから1時間
以上粘られ、まともに図書委員としての仕事が出来なかったばかりか本来の目的であ
る、図書委員としての身分を利用して読書を存分に楽しむという密かな楽しみまでも
奪われてしまった。
 結局、その場はなんとか断ったものの、
「また来るから」
 という去り際の言葉からすると諦めてくれた訳では無いだろう。それを考えると溜
息の一つも出てくるというものだ。

 そもそも友美が風紀の面々に目を付けられた(と言うと聞こえが悪いが)理由は、
龍之介の素行の悪さに因るところが大きかった。入学式の外国国旗掲揚に始まり、弓
道部の看板を持ち逃げしたり、校内備品でノミの市を開いたりと何かのタガが外れた
ような事をしでかしている彼を風紀が放置する訳が無い。だが龍之介がそう簡単に風
紀の手に堕ちるわけが無く、結局苦い思いをするのは風紀の方だった。
 そこで彼らが白羽の矢を立てたのが友美だったと言うわけだ。どこでどう情報が間
違って伝わったのかわからないが、《龍之介は友美に頭が上がらない》という事になっ
ているらしい。
 もちろんこの事は友美にとっていい迷惑以外の何物でも無かった。彼女が何か言っ
たぐらいで龍之介が大人しくなるわけが無い。
 だが風紀委員の面々はそうは思ってくれなかったらしい。

「なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」
 龍之介が何かしでかして、自分にお鉢が回って来ることには悪い気はしない。むし
ろ龍之介と1セットで考えられている事に密かな優越感すら覚えるのだが、それとこ
れとは別問題である。
「せめて1ヶ月は大人しくしてて欲しかったわ……」
 自分の教室がある西棟へ続く渡り廊下を歩きながら、溜息混じりに呟く。それが無
理な事はハナから分かっていた。1ヶ月どころか1週間だって危ない。
 などと考えながら、渡り廊下を渡り終え、西棟の廊下へ……
「あ……」
 曲がりかけて慌てて身を隠す。

「ホントホント。嘘じゃないって」
「ほんとぉ? あやしいなぁ」
「なんなら今度一緒に行ってみる?」

 ひと組の男女の会話が友美が隠れた防火戸の向こう側から聞こえる。
 別に龍之介から隠れる必要は無かったのだが、そこはそれ。
 一応、学校での友美と龍之介の関係は『幼馴染み』なのだが、その評価の裏側には
それ以上の意味があるのだ。ここで出て行くと『幼馴染みの水野さん』の登場となり、
龍之介の隣を歩く女の子に余計なプレッシャーを与えることになる。見えないところ
で色々と気を遣っているのだ。
 それを良いことに……、なのかどうか分からないが、楽しそうにお喋りしながら友
美が身を隠している防火戸を通り過ぎる2人。
「ふーん…。綾瀬くんってこんな風に女の子を誘うんだ」
「あ、そーゆー言い方は無いよなぁ。誰でも誘うって訳じゃないんだから」

(えーえー、そうでしょうとも。少なくとも私は誘われてませんよ)
 俯いているので表情までは分からないが、友美の肩は小刻みに震えていた。
 龍之介が口にしたその場所を知らない訳ではない。一緒に行った事すらある。ただ
しお供数名を伴いぞろぞろと、だが。それだって、龍之介から誘ってきた訳ではなかっ
た筈だ。
 それはともかく、彼のせいで理不尽な目に遭っている友美としては(色んな意味で)
飄々と女の子とお喋りしている龍之介は許せないモノがあった。
 なにもこんな思いまでして気を遣うことはない。こうなったら隣にいる女の子が萎
縮しようが何しようが構わない、この場で少し言ってやろう。
「なにやってんだ?」
 背後から掛けられた声が、今まさに廊下へ飛び出そうとしていた友美を引き留めた。
「隠れん坊か?」
 わさわさと派手な衣擦れをさせてやって来たのは篠原いずみ。弓道部に入部したと
は聞いていたが、袴姿がなかなか様になっていた。
「ん…、まあね」
 曖昧な返事で応じ、
「出来たんだ。よく似合ってるわ」
 話題を逸らす。何しろいずみの場合、
『袴姿がかっこいい。的に当たったら気持ちよさそう』
 が入部の動機なのだから、これを話題にすれば食いつかない筈がない。案の定とい
うか、顔中の筋肉を弛緩させ、
「へへぇ。これを着るために入部したようなもんだからさ。嬉しくって学校中歩き回っ
 ちゃったよ」
 弓道部顧問が聞いたら、嘆きかねない事を平気で言う。新車を買って1週間で千キ
ロほど走り込んでしまう感覚と同じようなモノなのかもしれない。
「もう弓とか持たせて貰えるの?」
「ぜ〜ん然。型とか礼儀作法ばっか。あとは筋トレかな」
 どこの部に入っても最初はそんなモノだろう。
「友美の方はどうなんだ?」
 図書委員に対して『どうなんだ?』も何も無いもんだが、
「相変わらず……よ」
 どうやらいずみの言いたい事は伝わったらしい。
「はは…。相変わらず来るんだ? 風紀」
「まあね」
 溜息とともに、友美はちょっと肩をすくめてみせた。


※
 がららっ
 友美といずみがいる場所から離れること十数メートル。同じようなドアが並ぶ教室
群のひとつ。その扉が開き、1人の少女が入って来た。先程龍之介と一緒に歩いてい
た少女だ。と同時に、
「おっそぉ〜い。待ちくたびれたぁ」
「ホント。何やってたのよ、たかがプリントを職員室に持っていくくらいで」
 複数の声が彼女に掛けられた。一様に不満の質を帯びている。
「ごめんね。途中でプリントをばらまいちゃって…」
 申し訳なさそうに弁明する少女。つまりその現場に居合わせたのが龍之介らしい。
拾い集めることを手伝うだけでなく、上手く取り入る辺りはさすがだ。
 その少女の弁明に、彼女の友人らしき女の子2人は、互いに顔を見合わせると、
「ほぉ。…この娘、誤魔化しましたよ、摩耶さん」
 机に腰掛けたショートカットの活発そうな女の子が、その机の椅子に座るおさげの
少女へ目配せする。会話の内容から察するに、その娘の名前が『摩耶』と言うらしい。
「嘘は良くないよねぇ、美弥」
 それに応えるようにショートカットの娘(彼女の名前は『美弥』というらしい)を
見上げる。
「え? な、なんの事?」
 狼狽える少女。背格好は今この教室にいる3人の中では一番華奢だろうか。栗色が
かったたっぷりの髪はきれいにまとめられ、胸の辺りで束ねられている。2人の会話
について行けないのか、それとも惚けているのか…多分後者だろう。仕草が不振で如
何にも『何かを隠してます』といった態度だ。
「なんのこと、だぁ?」
 またも誤魔化されたと思ったのか、美弥(ショートカットの娘)はすとんと机から
降りると、栗色髪の少女の肩に腕を回し、
「さっき一緒に歩いていた男の子は誰かなぁ、桜子ちゃん?」
 少女の名前は、杉本桜子と言った。

※
「でも、勿体ないよなぁ」
 こちらはその教室から十数メートル離れた廊下の一角。わさわさと衣擦れの音も高
らかに廊下を闊歩するいずみが、如何にも残念そうに言葉を漏らした。
「風紀だけじゃなく色んな部からも誘われたんだろ?」
 何処から情報が漏れるのか、中学で運動部に所属していなかったにもかかわらず、
各方面から「入部しませんか?」と誘いが友美には来ていた。その事を言っているの
だ。
「だってほら、運動部は大会だ合宿だって色々大変でしょ。私、そういうの苦手だか
 ら」
 確かに図書委員ならそんな煩わしいことはない。
「それにしたってさ。……そういえば、綾瀬のヤツも部活してないんだよな」
 どうやらこっち方面に話を持って来たかったらしい。悪戯っぽい顔で、
「アイツが何かしでかした時に臨戦態勢が取れるようにぃ?」
 友美を覗き込む。ウラを返せば『龍之介からお誘いがあった場合、すぐに応じられ
るように?』という事だ。もちろんその程度の事で動揺は見せない。
「そうなの? この前放課後に柔道着を着て歩いてたから、てっきり柔道部にでも入っ
 たのかと思ってた」
「ああ、ありゃ天道が『根性を叩き直す』とかって入部させようとしたらしいんだ。
 で、『俺を投げ飛ばせたら見逃してやる』って」
 それは聞き及んでいた。当たり前と言えば当たり前なのだが、素人の龍之介は手も
なくコロコロと投げ飛ばされたらしい。それで終わっていれば天道も溜飲を下げたか
もしれないが、窮鼠猫を噛む。油断した天道を一度だけ龍之介が投げ飛ばしたらしい。
 まあ、柔道技では無かったようだが…。天道にとっては2度目の悪夢だろう。

「ふーん…」
 いずみには悪かったが、全部知っているので大した感慨は無かった。そんな2人の
横をふっと影が過ぎる。
「何やってんだ? 2人してこんな所で」
 一瞬行き過ぎて、ブレーキを掛けるようにその場に留まったは龍之介だ。確かに防
火戸付近で話し込んでいる2人は奇異に見えるかもしれない。
「別に。それより…… どうだ?」
 本当に『どうだ!』とばかりにいずみが両手を広げ、龍之介に袴姿を見せつける。
よっぽど嬉しいらしい。そんな思いが龍之介にも伝わったのか、
「ほぅ、なかなか様になっているではないか」
 感心したように頷いている。もちろん友美にはこの感心した態度のウラに何がある
のか気付いていたが。
「で、辞世の句はもう詠んだのか?」
「? なんだよ、辞世の句って」
「切腹だろ? これから」
 まあ、こんなものだろう。直後、いずみの掌が弧を描き龍之介の頬へ
「…っと、あぶね」
 それを半歩下がって躱す、……つもりだったらしいが、
「のわっ」
 下がった所にあった何かに足を取られ、でん、とばかりに廊下に尻餅をつく羽目に
なった。何事かと思い、その物体に目をやると…… 足があった。
「あ、ごめんなさい。急に下がってくるから」
 友美が申し訳なさそうな顔で謝ってくれるが、とても偶然とは思えなかった。そし
て当面の驚異、
「ふっふっふ… 綾瀬ぇ〜 覚悟っ!」
「ま、待てこら。俺、そんなに酷いことをしたか!?」
 多分したのだろう。

 直後、カエルの断末魔の様な悲鳴が廊下に響き渡ったようだが、敢えて無視したい。


※
「だからそんなんじゃ無いって…」
「はいはい。一緒にプリントを拾って貰って、ウブな桜子はポーッと舞い上がっちゃっ
 たのよねぇ?」
 先程の教室内。未だに桜子に対する友人2人の尋問が続けられていた。
「違うもんっ」
 拗ねたように頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向く。
「まあ、そんなに膨れなさんな。私達だってなにも面白がってる訳じゃ無いんだから。
 小中高とずっと男っ気がなかったアンタが男の子と歩いてたって言うから……」
 一応真面目な顔をして語っていた美弥だが、そこまでが限界だったらしい。次の瞬
間ぷっと吹きだし、
「まあ、春の珍事よね」
「面白がってるじゃない」
 2人の友人のあんまりと言えばあんまりな態度に益々膨れる桜子。
「ねぇ、名前とかは聞かなかったの?」
 そんな桜子の態度を意に介さず、話を進めようとする摩耶。人の話を聞かない典型
的なマイペース人間らしい。
「聞いたけど教えてあげないっ」
 大分ご機嫌を損ねてしまったらしい。桜子にしてみれば、これ以上からかうネタを
提供するのは御免だと言うことだろう。だがもちろん、好奇心旺盛を絵に描いたよう
な2人の女子高生がこんな絶好の獲物を逃す訳が無く、
「ほーぉ、名前まで聞いて置いて……」
「親友である私たちに教えない……と」
 目と目で会話する美弥と摩耶。いわゆるアイコンタクトというやつだ。直後、摩耶
が桜子の背後に回り、羽交い締めにする。そして妙な猫なで声で、
「桜子ちゃ〜ん、私達、友達よねぇ?」
 更に美弥が不気味に両手をワキワキさせ、
「本当はこんなコトしたくないんだけど……」
 桜子の胸へ手を伸ばす。『こんな事したくない』と言うわりには、
「素直に吐いた方が身のためよん♪」
 随分と楽しそうではある。
「と、友達はこんな事しないと思うんだけど……」
 怯えたようにその手を見つめる桜子だが、既に逃げ道はなく、
「問答無用、裏切りの罪は重いのだ」
 言うや、そっと桜子の胸に手を置くと、ゆっくりと円を描くように……
「やっ… ちょっと… あ… はっ…… だ、だめぇ…… くっ、くすぐった〜い」
 自由になる両足をばたばたさせるも、美弥の手が止まろう筈もなく、
「ふっ。これがくすぐったいと感じる様じゃまだまだコ・ド・モ…… それにしても
 相っ変わらず、貧相ね〜」
 くすくすと笑いながら、ふにふにと撫で回しているのか揉んでいるのか分からない
動作を繰り返す。しかしこの放言には桜子も我慢がならなかったらしい。
「ひ、人の事言えるほど……」
(胸があるの?)
 と言いかけて口を噤んだ。同情心からではない。それを口にする事で我が身に降り
掛かるであろう災厄を懸念してだ。だが、相手にはその噤んだ部分の検討がついてし
まったらしい。美弥はどこか引きつったように、
「余裕あるわね〜」
 不敵に笑うと、無防備な脇の辺りに手を移動させる素振りをみせる。
「いやぁっ、やめて! お願い」
 桜子が懇願するも、
「却下」
 の一言で“ぢごく”が始まった。

「あっはっはっはっは〜 いやぁー やめてー お願いー」
 秘技『くすぐりぢごく』。この様を男子生徒が目撃していたら、鼻血を出してぶっ
倒れること請け合いだ。
「やめて欲しかったら素直に質問に答えようねぇ」
 羽交い締めにしている方は羽交い締めにしている方で、耳元に『ふー』っと息を吹
きかけていたりする。
「あは… わか… わかったから… はひっ やめて…… くふっ、く、ください」
「な〜にがわかったのかなぁ?」
 S気でもあるのだろうか、くすぐる手を止めずに尚も桜子を追いつめる美弥。
「な、名前… はっ… 言うからっ… 男の子のっ……」
 息も絶え絶えにやっとそれだけ言う桜子に、ようやくその手を止め、「呆気ないわね〜。もうちょっと頑張ってくれると思ったのに」
 酷いことを言っている。
「で、相手の子は?」
 待ちきれないといった風の摩耶が、羽交い締めの手を緩めずに桜子を促すが、
「はひっ… はひっ… はひっ……」
 肝心の桜子の方はぐったりとその摩耶に寄りかかり、息をするのもやっとという有
様だった。もちろんそんな事で追及の手が休まる訳がない。
「美弥ぁ、まだくすぐりが足りないみたい」
「やめてっ、これ以上は本当に死んじゃうっ!」
 魂の叫びだった。
「じゃ、誰?」
「……クラスが違うから、名前だけじゃ誰だか分からないと思うんだけど……」
「美弥ぁ〜」
 或いは彼女が一番えげつないかもしれない。
「し、下の名前は聞かなかったけど、確か綾瀬って……」

 瞬間、その場の空気が変わった。
「綾瀬って… A組の綾瀬龍之介?」
「だから下の名前は聞いてないってば。でも… クラスはA組だって言ってかな?」
「………」
「…はぁ……」
 桜子が答えると同時に、2人の友人は黙り込んでしまった。いや、黙り込むだけな
らまだしも、溜息まで吐いている。
「な、なに? どうしたの?」
 当然のように疑問(いや、不安と言うべきか)を口にする桜子に、
「…あのね、綾瀬君ってちょっと変わった人でね…」
 後ろから羽交い締めにしていた摩耶が、その手を解き答えてくれる。
「ちょっとどころか、かなり変わってるわよ」
 摩耶に比べて美弥の方は龍之介に対し、かなり悪い印象を持っているようだ。
「桜子も知ってるでしょ? 入学式の外国旗掲揚事件」
 厳粛な入学式の最中に、日の丸の隣に南米某国の国旗が降りてきた事件があったの
だが、その犯人が龍之介だったのだ。
 その強烈な出来事を思い起こさせようとした美弥だが、
「あ、ごめん。私、貧血で倒れちゃったから……」
 確かにその通りで、新入生で栄えある(?)保健室使用者第1号が桜子だった。もっ
とも校長以下来賓客等のあまりの話の長さに、倒れたのは桜子だけに留まらず、その
後3人程が担ぎ込まれたのだが。
「ああ、そか。じゃあアレだ、学長室から運動部の優勝カップやら優勝旗が持ち出さ
 れて、体育館で売りに出された事があったでしょ。あれも綾瀬龍之介の仕業よ」
 それなら桜子も知っている。ただ…、
「でもアレは評判が良かったって聞いたわ。学長室に後生大事に仕舞ってある物を間
 近に見られてって」
 見方変われば、評価も変わるという典型だ。
「だからって盗み出す…って言うか、売りに出すのは非常識でしょうに!」
「でも誰も買わなかったって……」
「当たり前でしょっ!」
 さすがにそんな強者は居なかったらしい。
「とにかくっ! アイツだけは止めときなさい。桜子が泣くのは目に見えてるんだか
 ら」
 断定口調で一刀両断 ……するも、
「そ、そんな一方的に決めつけなくてもいいじゃないっ! 美弥、綾瀬君と直接話し
 た事ある? 無いでしょ? 良く知りもしないのに、そんな事言わないでっ!」
 なんだか自分自身を否定されたような気がして、思わずカッとなって言い返してし
まう。『あ、まずい』と思ったのは、全部言い終えてからだった。
「……」
「……」
 気まずい空気が2人の間を漂う…が、
「まま。2人とも、押さえて押さえて」
 これが私の役目とばかりに、2人の間に摩耶が割って入る。会話に割ってはいるの
では無く、文字通り身体ごと2人の間に割って入るオーバーアクションが彼女の持ち
味だった。こうする事で両者の気を削ぐことが出来ると知っているからだ。
「でもねぇ、私も美弥の言う通り、綾瀬君は止めた方が良いと思うな。美弥とは別の
 意味で…」
 含みのある言葉でやんわりと桜子を諭す。
「だから別に綾瀬君とは何でも無いって……」
「今何でも無くっても、今後そうなる可能性が無いとは言えないでしょぉ。芽は小さ
 い内に摘んで置いた方が良いし…… 明日体育あるよね?」
 最後の一言は美弥に向かって確認するような口調だった。その意味するところが分
かったのだろう。
「あ、そっか。そっち関係の方が確かにハードル高いわ」
 得たりと頷く。
「なんなのよ、もぅ」
 一人蚊帳の外の桜子。突っ込んで聞くと、また冷やかされ兼ねないのでふてくされ
るしかなかった。

 


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