Mind
〜10years Episode23〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

「へぇ、ここが友美の部屋かぁ」
 開けられたドアの前で、篠原いずみは溜息ともつかない声を漏らした。

※
 篠原いずみが今、水野友美の部屋にいるのは、ちょっとした偶然と、大いなる必然
があったからだ。
 と言うのも、今日は今年から彼女が通う事になった高校の入学式だったのだが、夕
方から篠原創業○○周年のパーティとやらが予定されてもいて、父親からそれに間に
合うよう帰るよう言われていたのだ。
 が、彼女にしてみれば、パーティなぞには行きたくないと言うのが本音だった。先
々月初めて引っぱり出されて以来、1ヶ月半の内に3回も駆り出されている。
 その場で好き勝手に振る舞って良いというなら、パーティに出るのも構わないかも
しれないが、適わないのはフランス人形よろしく来客者に笑顔を振りまかなくてはな
らない事だった。
 更に言うなら、居並ぶ豪華料理を指をくわえて(本当にくわえていたら問題なのだ
が…)眺めていることしか出来ない事が辛い。

 そんな訳で、入学式が終わっても家に帰らず、部活見学と称して校内をぷらぷらと
見回っていた時、ばったり出会(でくわ)したのが友美だった。
 渡りに船とはこの事だ。そもそも友美とは父親を介して知り合った。……というよ
り、引き合わされたと言った方が正しいかも知れない…。
 とにかく、その友美が絡んでいれば、帰りが遅くなっても言い訳になるだろう。
 そんな経緯を経て、いずみは友美の部屋にお邪魔することになったのだ。


※
「ふーん…」
 首を巡らし、もの珍しそうに部屋を眺め回すいずみに
「もう、そんなに眺め回さないで。なんか恥ずかしいわ」
 別に疚しい事など無いのだが、不思議と気恥ずかしさを覚える。それはいずみにも
わかるのか、
「悪い悪い。いや、洋風でいいなと思ってさ」
 ちょっとバツが悪そうに、頬の辺りをポリポリと掻いたりしている。
「そうかしら? 普通だと思うけど……」
 現に唯の部屋もヌイグルミの数が一桁ばかり多い事と、2帖程小さい事を除けば似
たようなモノの筈だ。

「わたしの部屋、畳敷きでさ、ベッドとか置いてないから余計にそう思えるんだよ」
 なるほど…
 友美も中にこそ入ったことはないが、いずみの家の前を何度か通ったことがある。
その門構えは確かに純和風の雰囲気を醸し出していた。どうやら中の造りもそれに準
じているらしい。

「いずみちゃんの家って、そんな感じがするものね」
 取り敢えず無難な相槌を打っておく。彼女自身、旅行などで畳敷きの部屋に泊まっ
たりするのは好きだが、畳敷きの自室が欲しいとは思わないからだ。

「あ、適当に座って。今お茶を用意するから」
「ありがとう」
 そんなやり取りの後、友美は部屋を出、部屋に残ったいずみは改めて部屋を眺め回
した。 
 知り合って日は浅いが、いずみの持つ友美の印象そのままの部屋だ。本棚にぎっし
り詰まっているのは、辞典や参考書、ハードカバーの小説、一段には文庫が収まって
いて、間違っても漫画の単行本など入っていない。それがまた想像通りで、思わず苦
笑が漏れた。
 意外だったのはベッドの脇に置かれたマガジンラックで、中に自分も愛読している
漫画雑誌が挟まっていた事だった。今月号と先月号だから、毎月購読なのだろう。先
程とは別の意味の笑みが漏れる。ホッとしたという意味かも知れない。
 あとはファッション雑誌。所々に付箋が付いているのが見える。

「ん?」
 机の上に視線を移そうとしたとき、ふとそれが目に入った。
「中学の時の写真か……」
 サイドデスクにのったフォトスタンドには4人の女の子が写った写真が挿まれてい
た。4人が4人とも制服を着て円筒の筒を持っていること、目が真っ赤なまま微笑ん
でいる女の子がいることから、それが卒業式の時の写真だという事が想像できる。
 自分にも同じ様な友達はいた。大企業の社長令嬢という家の事情などお構いなしで
付き合って来られた仲間。
 残念ながらその2人とは別々の高校になってしまったが……

「お待たせ」
 思いを馳せていると、不意に部屋の外から友美の声がかかった。トレーを抱えてい
るのか、ドアを開けるのに難儀しているようだ。
「あ、今開けるよ」
 慌てて駆け寄り、ドアに手を掛ける。
「ごめんね」
「いやいや」
 などと他愛のないやり取りをして、部屋の中央にあるガラステーブルにトレーが置
かれた。


※
「そう言えばさ……」
 友美お手製のクッキーを頬張りながら、それまでの話題を打ち切って、思い出した
ようにいずみが切り出した。
「友美ってクラスは何処になったんだ?」
 本来なら真っ先に出てきて然るべき話題だったのだが、パーティに対する愚痴がそ
れを遙かに上回り、人心地着いた今になって、ようやくその話題が表層に上がってき
た。

「わたし? Dよ。そういういずみちゃんは?」
「わたしはAだよ。随分と離れちゃったな…… あ、そーそー。あのお調子者がさ、
 やっぱりAなんだよ。やんなっちゃうよな」
 眉根を寄せて、苦虫を噛み潰したような表情だ。誰の事を言っているのか友美には
わかり過ぎるほどわかっていたが、
「お調子者って?」
 聞き返さずにはいられなかった。
「ほら、式の途中でさ『国旗』と『校旗』の間に、南米の……何処だったっけ?」
「チリ?」
 日本から見ると丁度地球の反対側にあたる国チリ。
 一通りの知識は地理(シャレではない)の授業で得ていたが、最近その国に少し詳
しくなっていた。
 と言うのも、隣に住む某大学助教授が、かの国で何やらやっていたらしく、先日み
やげ話を山と聞いたからだ。

「そうそう。そのチリの国旗を掲げたヤツだよ。ついでに『君が代』の代わりにチリ
 の国歌も流した……」
 多分、その国旗も国歌も隣の助教授が持ち帰って来た物だろう。何処の誰とは言わ
ないが、それを持ち出して掲げ(流し)た人間がいたというわけだ。

「いるんだよなぁ、あーゆー風に目立とうとするヤツが。で、大抵目立とうとするだ
 けで、何も考えてないんだよ」
 言葉もない。多分その通りだからだ。
「でも… インパクトはあったわよね?」
 それでもなんとか良い方へ解釈させようと軌道修正を図ろうとする友美。涙ぐまし
い努力である。
「ああ、インパクトはあったよ。一生忘れられない入学式だろうな」
 それには肯定的な意見を述べたいずみだが、次の瞬間顔をしかめて、
「……悪い意味でだけど」
 そう付け加えた。友美の努力はあんまり効果が無かったようだ。

「いずみちゃんって、思ったより堅いのね」
「そういう問題か? それ以前にアレを肯定するのか?」
 大きな瞳を更に見開いて反駁する。
「あ、そ、そういう意味じゃないんだけど…… ね」
 まさか『もう慣れた』とは言えない。  

「全く…  あんなヤツがよく八十八に入れたもんだよ」
「そ、そうね…」
 ひきつった笑いを返すことしか出来ない友美。片棒を担いだとも言えなかった。
「まあいいさ。私はなるべく係わらないようにして、平々凡々と学園生活を送らせて
 もらうことにするよ」
 達観したように言い切る。
「……せっかくの高校生活を、平々凡々と過ごすなんて勿体ないんじゃない?」
「いーのいーの。平々凡々と暮らせるなんて今の内だけかもしれないしな」
 なるほど。大企業の社長令嬢である彼女からすれば、『平々凡々』という言葉も多
少は違った意味に聞こえる。
 しかしそんな彼女のささやかな願いは数分後に瓦解することになった。
 自らの一言によって……

「ところでさ… なんでそこのカーテンだけ閉まってるんだ?」
 顎をしゃくるようにして、その場所を示す。

 友美の部屋は東と西そして南側に窓を備えている。今は午後2時過ぎなので南と西
の窓からだけでも十分の光が得られているのだが、それでも東側の一枚だけにカーテ
ンが掛かっているのは少々不自然である。
 少なくとも篠原いずみはそう思った。
「え? …ええ。ちょっと……」
 言い淀む友美。何しろ今までの会話が会話である。ここで鉢合わせたら一悶着は避
けられないような気がした。
 しかしここで隠していても、いずればれてしまうだろう。すると今度は『なんで黙っ
ていた』という事になりそうな気がする。
 去年と同じ轍を踏むのは御免だった。

「お隣の家が近いのよ。それで……」
「へぇ、ひょっとして男の人?」
 本人は何気なしに聞いたつもりらしかったが、友美にすれば、いきなり核心を突か
れた格好だ。
「え… えぇ…… まあ………」
 なんとも歯切れの悪い返答に、いずみは一瞬の間を置き、
「へぇ〜、あ、そ〜なんだぁ〜」
 その顔にニンマリと笑みを浮かべ、瞳を爛々と輝かせる。
「あ、…だからって、そういう事じゃないのよ」
 その笑みの意味を察し、友美が慌ててフォローを入れるがそれは逆効果だった。
「わたし、何も聞いて無いぞ」
「う……」
 してやったり。以前同じ手を友美に食らわされたのだ。もっとも、いずみ自身には
想い人がいたわけでは無いので、ここで友美を追求するのは気が引けたのか、
「はは、冗談だよ。……でもさ、ちょっと見るくらいなら良いだろう?」
 何故そうなるのだろう。しかしこれでは断れない。
「別に見ちゃいけないなんて言ってないわよ…… でも、いずみちゃん、平々凡々と
 した学園生活を送るんでしょ?」
「はあ? それとこれとどういう関係があるんだよ?」
 大いに関係があるのだが、いずみが知る由もなかった。
「それに、帰っているとは限らないし……」
「別に『彼』を見たいわけじゃないよ。どのくらい離れているかが見たかっただけ」
 嘘である。ここまで友美が引き延ばしているのだから「帰っている」という確信が
いずみにはあった。

「だから『彼』じゃ……」
『無い』と友美が言い切る前に、いずみがカーテンを開け放つ。同時に2人の視界が
開けた。

「わ…」
 ところがどうしたことか、いずみは小さく声を上げると、開けたばかりのカーテン
を慌てて元に戻してしまった。
「どうしたの?」
 訝しげに友美が尋ねると、
「い、いや。裸が…… 着替え中みたいだった……」
 それは友美にも見えていたが、
「別に良いんじゃない? 上だけでしょ? 一応背中も向けてたし」
 さすがに友美が龍之介の目の前で着替えることは無かったが、逆はしょっちゅうあ
る。もちろん上半身だけの話であるが。
 だが、本来ならいずみの反応の方が自然なのだ。長い付き合いはその辺の感覚を麻
痺させてしまうらしい。
「そりゃ友美はお隣さんだから良いかも知れないけど、私は全然知らない人なんだか
 ら…… ところで、学生服が見えたんだけど、高校生か?」
「……そうよ。八十八学園生」
 もうヤケである。どうせ数秒後にはばれるのだ。
「ほほぉう」
 すまして答える友美をいずみが肘で小突く。完全な冷やかしだ。

 ほどなくして、向こうの窓が開く音、続いてこちらの窓をノックする音が伝わる。
「いいみたいだな」
 それを受けて、再びいずみがカーテンに手を掛け、それを左右に開く。同時ににっ
こり微笑み、挨拶のつもりで軽く右手を……
 上げようとしたところで一連の動作が止まった。微笑んでいた表情も瞬時にして強
張った。

「…………」
 動きの止まったいずみに代わり、友美が溜息混じりに鍵を外し、サッシを引く。
 部屋に流れ込んできた外気がいずみの呪縛を解いたのか、それとも何某かの臨界を
超えたのか、次の瞬間いずみは「ガッ」と身を乗り出し、龍之介を指差すと、

「お、お前わ―――――っ!」

 キングギドラも裸足で逃げ出しかねない怒声を張り上げた。
 この瞬間、篠原いずみの平々凡々とした学園生活は終焉を迎えた。わずか数時間の
短命生活であったという。


※
「なにこれ?」

 ほぼ時を同じくして、ピザハウス『Mute』では、安田愛美が妙な布を両手を一
杯に使って広げていた。13本の赤と白のストライプ、左上は青地に50個の白い星
を描いた巨大な布地は、どこからどう見てもアメリカ合衆国の国旗、いわゆる星条旗
だ。
「見ればわかるでしょ」
 素っ気ない返事を返したのはもちろん愛衣だ。
「そうじゃなくて、なんでこんなのが此処にあるの?」
 日本がアメリカの51番目の州になっていたら不思議は無いのだが(それだって多
少の無理はあるが)、幸か不幸かそんな事態には陥っていない ……筈である。

「どっかの不届き者が日の丸の代わりに掲げようとしてたから、没収したのよ」
 瞬時にその意味を測りかねた愛美だが、暫くの間を置くと感心したように、
「随分とまた豪快な事を考えたわね」
 そしてふと思い立ったように、
「これがチリの国旗だったら、ちょっとは意味があったんだろうけどねー」
「……なんで?」
 疑問を呈する愛衣に、
「え? あ、そうか」
 愛美はなにやら1人で納得し、
「あの学校、今年で開校30周年なの。それでね、ちょうど地球の反対側にあるチリっ
 て国にある高校と姉妹校提携を結ぼうって事になったのよ。たしか交換留学生も何
 人か来るって話だったけど…」
  出席日数ギリギリで卒業した誰かさんとは違い、愛美はその誰かさんの巻き添えを
食って休むハメになった数日を除いては、ほぼ皆勤賞だったのでそう言った学校の事
情にも精通している。と言うより、姉妹校提携云々の話は、知らない生徒の方が少な
い筈だ。

「それって、新入生にも伝わってるの?」
「うーん… 学校案内には書いてあると思うけど、あれって真面目に読む人いるのか
 な?」
 まず間違いなく読んだのだろう。
 と言うことは…… だ。

「ダミーを掴まされたか…」
 道理で龍之介にしては大人しくイタズラの小道具(この場合は星条旗)を差し出す
筈である。行動を読んだつもりが、逆に読まれていたらしい。
 これでは朝が弱いにも係わらず、早起きして待ち構えていた自分が莫迦みたいであ
る。それ以前に、予定を切り上げて、今日にあわせて帰国してきたのは何だったのだ
ろう?
 などと考えつつも、

「なに笑ってんの? 気持ち悪いよ。一人で……」
 愛美に言われて慌てて顔を引き締める。知らず知らずの内に顔が弛んでいたらしい。
 確かに褒められる様な事をしている訳じゃないが、全てがデタラメという訳じゃな
いのが如何にも龍之介らしいと考えると……、いや、それよりも、どういうカタチで
あれ、自分の考えが相手に、龍之介に伝わっているという事が心地よい。

「マズイなぁ… シャレにならないかも……」
 愛美に聞こえないよう、そっと呟く。
 何が「マズ」くて「シャレにならない」のかは本人のみぞ知ると言ったところだろ
うか。


※
 それよりも当面のマズイ状況はこちらにある。

「お、お前わ―――――っ!」
 と怒声を張り上げたものの、二の句が継げずにいずみの動きは止まっていた。

「えーと…。一応紹介した方がいいのかしら?」
 このまま黙っていられても困ると思ったのか、友美が2人の間に割って入る。尤も
龍之介は飄々としたモノで、
「いんや、必要ないよ。その様子だとそっちも俺のことを知っているみたいだしな」
 そう言って満足げな笑みを浮かべた。そして改めていずみの方に向き直り、
「よろしく。篠原いずみちゃん」
 ニヤリと笑って見せる。しかもウィンクのおまけ付きだ。

 ぞわわっ…
 その瞬間、いずみの背中に言い様のない悪寒が走った。初対面で、しかも同級生で
自分の事を「ちゃん」付けで呼ぶ男子にロクなヤツはいなかった。
 例えば西御寺とか、西御寺とか、西御寺とか……

「女の子の名前はすぐに覚えるのよね」
 相変わらず黙ったままのいずみの代わりに、溜息混じりの友美の声。
「そんなに褒めるなよ。普通、クラスメートの名前ぐらいその日の内に覚えるだろ?」
 そんな嫌味にも毛ほどのダメージを感じないらしい。賭けたっていいが、名前を覚
えたのはクラスメートの女子だけだ。

「ところで入学式のアレはなかなかのモノだったろう?」
 やや胸を張り、「どうだ」と言わんばかりに構える龍之介に、

「どこがだっ!」
 それまで放心状態に陥っていたいずみが堰を切ったようにくってかかった。
「なんなんだよあれは!? なんだってあんな南米の…… えと…」
 そこで言葉に詰まり、すがるように友美を見る。
「チリ」
「……の国旗なんて掲げたんだよっ!」
 一部詰まりはしたが、一気に捲し立て、ぜぇぜぇと息を切らして龍之介を睨み付け
る。怒りの臨界はとうに超え、青い光を発しながら中性子をバラ捲きかねない状況だ。
 半径10km以内の住民には屋内待機を命じた方が良いかも知れない。

 しかし龍之介の精神はドイツ製のフラッシュスーツでも着込んでいるのか、全く動
じた様子を見せず、
「ふっ、無知とは恐ろしいな」
 そう言って、傍らの机にあった小冊子を窓越しの2人に手渡してやる。

「学校案内?」
 それはいずみにも、隣からそれを覗き込む友美にも見覚えがあるものだった。合格
発表の時に渡された大判の封筒に入っていた小冊子だ。だが、いずみはおろか友美で
すらその冊子全てに目を通す事はしていない。それよりも目を通さなければならない
書類が山とあり、後回しにしている内に埋もれてしまったのだろう。

「その付箋が貼ってある所を読んで見ろ」
 言われるままにページを開く2人の目に、「チリ」「姉妹校提携」「交換留学生」
と言った単語が飛び込んで来る。

「へぇ。知らなかった」
 素直に感心する友美……と、
「む……」
 言葉に詰まるいずみ。更に龍之介は続ける。

「あの国旗と国歌はその交換留学生に捧げたものなんだ。国は違えど同じ学校でこれ
 から勉学に励むもの同士。
 ……なのに何故、彼らの国旗を掲げず、国歌を流さないのか!?」 

  がーん!
(そ、そこまで考えていたのか……)
 熱弁をふるう龍之介に、いずみは脳天をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。
 同時にそのワケすら考えず、ただ安直に龍之介をなじっていた自分を恥じた。
 次の友美の言葉を聞くまでは……

「詭弁ね。大体留学生って大抵2年生でしょ? 少なくとも今日の入学式に出席はし
 ていないんじゃない?」
 冷静に分析してくれる。これが付き合いの長さというモノだ。
 そして龍之介の致命的な一言…
「莫迦、黙ってりゃ信じただろ」
 どうやら確信犯らしかった。

 どっかん!
 メルトダウン
 県内及び隣県にも避難勧告を出した方がいいかも知れ無い。
 ちなみに、
「精製工場でどうしてメルトダウンが?」
 などという些細な事を気にしたら駄目だ。

 そんなわけで最期の時が来た。炉に入った亀裂から高圧高温の1次冷却水が噴き出
し、更に紆余曲折を経て水蒸気爆発が……
「こ、こ、この……」(←怒りのため声にならない)
 起こる直前

「お兄ちゃん、いる?」
 ノック、声、ドアの開く音がほぼ同時に発生して、唯が顔をのぞかせた。
 思わぬ邪魔が入り、急激にいずみの怒りが萎えて行く。

「お前な、それじゃ何の為のノックかわからんじゃないか」
 という龍之介の諫めも、窓越しに友美の姿を見止めた唯には伝わらず、
「わぁー、やっぱり八十八の制服は可愛いよね」
 窓際に駆け寄り、目を輝かせている。
「いいなぁ、ウチの学校なんて在り来たりのブレザーなんだもん」
 と言う唯は、既に着替えたのか私服姿だ。
「そう言えば、唯ちゃんの制服姿まだ見てないわね」
「そんなに大したモンじゃないよ、一女の…」
 制服なんて、と言いかけた所で唯は口を噤んだ。友美の隣にいる見慣れぬ少女に気
付いたからだ。ちなみに『いちじょ』とは唯の通う『如月第一女子高等学校』の通称
だ。
 そんな唯の態度に気付いた友美が、
「あ、同じ学校の篠原いずみちゃん。お父さんの関係で以前からお付き合いがあった
 の」
 簡単に紹介する。龍之介のクラスメート、と紹介するよりは妥当だろう。

「こんにちわ」
 にっこりと笑顔を向ける唯に、
「よろしくな」
 つられていずみも笑顔を返す。
 幸いと言うべきか、唯と友美の微妙な会話を気にした様子は無い。
「妹か?」
 続けていずみがその顔を龍之介の方に向け、聞く。いや、聞くと言うよりは確認し
たと言うべきだろう。彼女の常識では、同じ家に住んでいる女の子が「お兄ちゃん」
と呼んでいれば、呼ばれた相手は当然「兄」であり、呼んだ娘は「妹」になるからだ。
 それ故、龍之介の返事を待つこともなく、

「よかったな。兄貴に似なくて」
 余計な一言付きで納得していた。

 本来ならば、その余計な一言にツッコミを入れて然るべき所だが、龍之介は敢えて
それを聞き流し、
「で、何か用か?」
 さっさと用事を聞いて、元凶を排除する事にしたらしい。

「うん。お母さんがね、『お祝いだからお赤飯炊くけど、それでいいか』だって」
「あん? なんだって赤飯なんだ?」
 唯の言う「お祝い」の意味が分からないらしい。すぐさまその場にいた龍之介以外
の全員が、
『高校入学のお祝い』というフレーズを口に出しかけたが、それよりも早く、
「あ、そうか」
 龍之介にも合点がいったらしい。
 おもむろに唯の両肩に、ぽぽん と手を置くと、
「おめでとう唯、ごッ」
 言い切る前にむこうズネが蹴っ飛ばされた。

「あとで友美ちゃんの所にもお裾分けに行くね」
「ありがとう。いただくわ」
 あうあうと部屋中を片足で飛び回る龍之介はいないものとして会話を続ける2人。
 一方、いずみの龍之介に対する評価は下がる一方だった。
 国旗の件が全くのデタラメで無いことはわかったが、それにしたって感心する程の
動機があった訳じゃない。結局単なる目立ちたがり屋だったワケだ。
 それに加えて今の冗談。あれは妹に… いや、女の子に向かって真顔で言う冗談で
は無いだろう。

「じゃあね、いずみちゃん」
 我に返ると、唯が自分に向かって「バイバイ」と手を振っている。
「あ、ああ、またな」
 慌てて手を振り返すと、唯がにっこりと笑ってからいずみに背を向けた。その拍子
に髪に結ばれたリボンが、ぴょんと跳ねる。
(あれ?)
 そのリボンがいずみの脳の奥を微かに引っ掻いた。

「んで? そっちの用はなんだ?」
 唯が部屋から出るのを待って、龍之介が窓越しに質す。
「言って置くが、説教なら聞かないぞ」
「今さらそんな無意味な事はしないわ」
 どうせ言っても聞かないのだ。
「そっちは?」
 次いでいずみの方へ声を掛ける。
「……ああ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「スリーサイズは秘密だぞ」
 そんな挑発に乗ることもなく、
「あのさ……」
 一瞬聞いても良いものだろうかと間を置くが、好奇心には勝てなかった。

「あの娘、妹じゃないのか?」

 ちょっとした爆弾発言だった。が、龍之介はさして動じた風もなく、
「まあな。なんでわかった?」
 あっさりとそれを認めた。事実を指摘され、それを否定しても良いことは無いと言
うのを学んでいたからだ。

「いや、写真がさ……」
 そう言った瞬間、友美が「あっ」っと口元を押さえる。サイドデスクのフォトスタ
ンドだ。
「ごめんなさい。私の不注意だわ」
 謝られてもしょうがないし、今さら友美を責めてもしょうがない。

「だぁ〜 もー。しょーがねーな〜」
 脱力したように、龍之介がサッシの枠に身体を預け、
「おい、篠原。この件は他言無用だからな」
 とても頼むような態度ではない。いや、それ以前に、いずみには何故こんな風に言
われるのかわからなかった。
「なんで? 従妹とかじゃないのか?」
 どうやらまだ若干の誤解があるようだ。

「………」
「……………」
「……」
「………」
 当然と言えば当然だが、いずみのわからないところで、龍之介と友美の無言の会話
が繰り広げられる。俗に言うアイコンタクト。
 ちなみに内容は、

 「どうする?」(友美)
 「俺ゃ知らん。元はと言えば友美が蒔いた種だ。ちゃんと刈り取れ」(龍之介)
 「…全部私の所為なのかしら?」(友美)
 「…そうなんじゃないか?」(龍之介)

 同じ産湯に浸かった訳ではないが、付き合いの長さは伊達じゃない。この程度のコ
ミュニケーションはお手の物だ。

「なんだよ。目と目で会話しちゃって」
 これまた当然な事に、いずみはその会話に着いていけない。そのことに疎外感を感
じてしまったのか、無理矢理その会話に割って入る。
 会話の内容によっては馬に蹴られそうな行為だ。

「あ、ごめんね。ちょっと色々と複雑なワケがあるの」
「ふーん…」
  曖昧な返事でお茶を濁そうとした友美だが、いずみの好奇心はいささかも萎えては
いないらしい。
「…ひょっとして、聞いちゃいけない事なのか?」
 本当に聞いちゃいけない事だと思ったら、そんな事は口に出さないだろう。
 友美は小さく溜息を吐くと、最後にもう一度だけ龍之介に視線を飛ばした。

(話すわよ?)

 


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