〜10years Episode23〜
構想・打鍵 Zeke
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30分後…… 「……と言うワケなのよ」 決して端折ったワケではないが、『色々と複雑なワケ』も話してしまえば10分に 満たなかった。尤も、これは友美の説明だからなのかも知れない。 「なるほどねぇ」 その隣では何に感心したのか、いずみが頻りに頷いている。 「『事実は小説よりも奇なり』ってヤツだな」 この場合の『小説』とは『少女漫画』に属するのだろう。 (カッコイイ『お兄ちゃん』に、可愛い『妹』。そしていぢわるな『幼なじみ』) そんな図式を脳裏に浮かべ、 (この場合、当たっているのは、「可愛い妹」だけだな) 一人で忍び笑いを漏らすいずみ。 「わかってんだろうな?」 龍之介はその忍び笑いに気付いていたものの、敢えてそれには触れず、 「他言無用だぞ」 と念を押す。 「安心してくれ。こう見えても口は堅いんだ」 真面目な顔で応えるいずみだが、 「なにが『口は堅い』だ! こーゆーのを『ゆすりたかり』と言うんだよ」 龍之介が美佐子に聞こえないように声を荒げた。 『憩』の方が話がし易いと言うことで、友美が提案したのだが、口止め料を言い出し たのは龍之介だ。 『奢ってやるから、誰にも言うな』 と言う事らしい。但し、龍之介が奢るつもりだったのは、一番安いホットレモネー ド……。しかし 「どうせ奢って貰うなら…」 と言うことで、いずみが要求したのは、 「いいじゃないか。パフェひとつで口の堅い同士が得られたんだから」 そう言っていずみは勝ち取ったパフェを口へ運んだ。 友美の説明が10分足らずなのに、30分も時間が経っているのは、残りの時間を 2人が費やしたと言うことだ。 その差額は150円。メニューを夾んでの 「パフェ!」 「レモネード!」 という壮絶なやり取りは枚挙に暇がないので割愛する。 「奢り損にならなきゃいいけどな」 ふん、と鼻を鳴らして龍之介がふんぞり返る。結局パフェを奢らされる事になった のがよっぽど悔しいらしい。 「あ、そうゆう事言うんだ? 秘密ってのは、それを持つ者同士の信頼関係が大事だ と思うんだけどなぁ」 そう言って柄の長いパフェ用のスプーンを龍之介に突きつける。こちらは希望が通っ て御満悦ないずみ。 握った手札が思いの外強力だったのもその一因かも知れない。 「いずみちゃん……」 そんないずみを困ったような顔をして友美が諫めた。付き合いが浅いとは言え、友 美も彼女が信頼に足ると判断したからこそ秘密を打ち明けたのだ。 いずみにもそれがわかっているので、 「ごめんごめん」 笑って謝ってみせるが、本気で反省しているかあやしいモノだ。 「でもさ、なんで『お兄ちゃん』なんだ? 同い年なんだろ?」 龍之介の眉がそれとわからないほど僅かに動いた。 「龍之介くんの方が、唯ちゃんより誕生日が早いからね」 もちろんそれに気付かぬ友美ではない。いずみの疑問を横取りし、さっさと答えて しまう。 (なんでこんなヤツを庇う) 龍之介がそんな友美に非難めいた視線を送った。 いずみが龍之介を快く思っていないのと同様に、龍之介もまた、いずみが信頼に足 る人物には見えなかったからだ。 そして不幸なことに、篠原いずみにはその2人の会話が読めなかった。いや、雰囲 気だけでも感じていれば、次の言葉は出なかったかもしれない。 「しっかし、なんかイヤらしいよな。同居している女の子に『お兄ちゃん』なんて呼 ばせてさ。お前じゃ夜中にあの娘の部屋に忍び込んで、変な事しかね……」 ばしゃ… 一瞬にしていずみの顔が水浸しとなった。前髪も少し濡れ、卸したばかりの制服に も少し水が掛かってしまったようだ。 「なっ、何する…ん……だ…」 椅子を蹴って立ち上がり、猛然と抗議しようとした声が急速に萎えていく。最後に 『よ』の音が入るはずだったが、その声は掠れて消えた。 空になったコップ。 睨み付ける龍之介。 それだけがいずみの視界を専有していた。 「この程度で済んで有り難く思えよ」 ぞくり… その声に、いずみは本気で背筋が凍った。とても怒っているようには見えない表情、 そして声なのに、もの凄い威圧感――或いは恐怖――が感じられたのだ。 呆然とするいずみに向かって、更に龍之介が言葉を… 威圧を与える。 「ただ…」 そこで言葉を切り、そこで初めて龍之介が感情を、怒りを顕わにした。 「同じ様な事を唯の前で言ってみろっ! 俺は女の子には手を上げない主義だけど、そんなのいつでも放り出してやる。 大体、篠原重工の社長令嬢だかなんだか知ら無いけどな、おふざけもいい加減にし とけよっ!」 なにも… 言い返せなかった。 今まで『篠原のお嬢様』等の言い方には食って掛かっていたが、それも出来なかっ た。明らかに自分の失言だと言う事がわかっていたからだ。 そして、もう一つ。 ひょっとして、自分は取り返しのつかない事をしてしまったんじゃ無いかと云うこ と…… 目の前のクラスメートは、自分が『篠原重工の令嬢』と知っていても、普通のに接 してくれていた。 知っていて、その事を一言も言わなかった。 知っていて、「パフェだ」「レモネードだ」と、くだらない事を言い合いをしてく れていた。 なのに…… 「それだけだ。……約束だからな。そのパフェは奢ってやるよ」 そう言って立ち上がり、友美に向かって 「……らしくないよな」 呟く。 これは決して「龍之介自身が、らしくない事を言った」という意味ではなく、「友 美にしては、らしくない失敗だ」という意味だ。 友美にもそれはわかった。わかっていたから弁解出来なかった。明らかにいずみの 失策だからだ。 そして、その友美が何も言ってくれない事に、いずみの気持ちは更に落ち込んだ。 庇って貰いたかったわけではない。友美が龍之介の言っている事を肯定しているこ とがわかったから… 自分がそれだけ酷い事を言ってしまったのだという事実を示し ていたから… 『唯の前で同じ事を言ってみろ!』 『俺の前で』ではなく、『唯の前で』 もし唯がこの場に居合わせていたら、いずみは問答無用で店の外に放り出されてい ただろう。 それに気付いたいずみが取れる行動はひとつだけだった。 「ご、ごめん…」 その一言で赦して貰えるとは思わなかった。事実、龍之介は立ち止まることなく、 もちろん何も応えることもなく、リビングに通じる勝手口に足を掛け… 「龍之介くん」 それを呼び止める声。 さすがの龍之介も、この声には立ち止まらざるを得なかった。 「なに? 美佐子さん」 龍之介が先程の怒りを微塵も感じさせず、美佐子に向き直る。 「お友達に水を引っかけておいて、そのままなの?」 怒ると言うより、諭すような口調。 「友達じゃないよ。偶々同じクラスになっただけさ」 何処までも容赦のない龍之介に、美佐子が困ったように眉を寄せ、 「でもね…」 「いいんです!」 何かを言いかけた美佐子を、いずみの声が遮った。 「いいんです… 私が無神経な事を言ったから…… 彼が怒るのも無理ないです。 ごめんなさい」 深々と美佐子に向かって頭を下げる。自分の言ったことが、美佐子すらも侮辱した と言うことに気付いたから… 「わたし、帰ります。パフェ、ごちそうさまでした」 そして龍之介に向かって、 「ごめん… それと奢って貰った分、約束はちゃんと守るよ。友美もごめん。つまら ない事に付き合わせちゃったな」 今日の事と、家の事… 過去形なのは、意図しての事だろうか? 「…いずみちゃん」 友美が何かを言いかけたが、何を言っても慰めにならないと思ったのか口を噤む。 「それじゃ… ほんとにごめん」 もう一度頭を下げ、逃げるようにドアへ向かういずみを、 「待ちなさい」 優しく語りかけるように美佐子が引き留めた。そして龍之介に向かって、 「龍之介くん」 微笑んで、 「龍之介くんは男の子よね?」 「………」 否定できる筈のない質問ゆえ、無言のまま。 「女の子があんなに謝っているのに、男の子の龍之介くんはいつまで意地を張る気な のかしら?」 少し茶化したように、それでもあくまでも優しく… 「べ、別に意地なんか張ってなんか無いよ」 事実は違うが、そう言わざるを得ない。 「そう。よかったわ」 美佐子は嬉しそうに微笑み、 「じゃあ、これを…」 そして、手に持ったタオルを龍之介の向かって差し出した。 「はぁ… 美佐子さんには適わないよなぁ」 溜息混じりにタオルを受け取ると、脱ぎ掛けたサンダルを突っかけ直し、 「ほれ。そんな顔で『憩』(ここ)から出て行かれたら、変な噂が立っちまうだろ」 いずみに向かってタオルを放り投げてやる。 ぱさり、と頭に掛かったタオル越しに龍之介を見やるいずみ。だが、龍之介は自分 と顔を合わせようとはしてくれない。 「これでも一応謝ってはいるつもりなのよ」 友美が苦笑しながらいずみの為に椅子を引き、 「座ったら?」 2人を促す。 それでようやく安堵したのか、いずみが椅子に腰を下ろし、続いて仏頂面の龍之介 がドカッとばかりに腰を下ろした。 その態度はいずみの目から見るとまだ怒っているように見えるのだが、 「ちょっと照れているみたい」 友美がコソッと耳打ちしてくれる。もっとも、龍之介にも聞こえるように、だが。 「一々解説を入れるな」 相変わらずそっぽを向いたまま、面白く無さそうに…… 振り上げた拳の下ろし場所に困っているといった風だ。それすらも申し訳なく思っ たのか、 「ごめん。ちょっと考え無しに喋っちゃった」 タオルを被ったままの頭を下げる。何となくその姿が、雨に濡れた子犬を連想させ た。 「わーったよ。俺も少し言い過ぎた」 やや投げやりな口調。それでもまだブツブツと、 「ったく、これで赦さなきゃ、俺一人が極悪人みたいじゃないか」 どうやら正義を掲げたはずが、いつの間にか悪に成り下がっていたのが気にくわな いらしい。 「だったら、いずみちゃんにちゃんと謝ったら? コップの水をかけた事、謝って無 いでしょう?」 いらん事を蒸し返されてしまった。 「…………」 暫く無言を貫く龍之介 「………」 だったが、 「その…… なんだ… 悪かったな」 これが最大限の譲歩らしい。それを受けて、 「よかった…」 心底安堵したようにいずみが息を吐き出す。 「何が『良かった』んだよ」 面白く無さそうに食ってかかるが、いずみは気にした風もなく、 「だって、せっかく出来た友達を無くしちゃう所だったから……」 友美を見、そして龍之介も…… そのいずみの目に思わずたじろいでしまう龍之介。 「お、俺は別に……」 『友達なんかになりたくないぞ』と言おうとしたらしいが、 「………」 「コホン…」 友美の白い目と美佐子の咳払いの前では、口に出すわけに行かなかった。それでも 最小限の抵抗は忘れない。 「そりゃ身に余る光栄だ。『篠原のお嬢様』とお近づきになれるばかりか、お友達に なって頂くなんて……」 ばしゃ…… 本日2発目。もちろんかけたのはいずみで、かけられたのは龍之介だ。 「てめぇ…」 当然のようにいずみを睨み付ける龍之介。だがいずみの方も負けずに、真っ向から その視線を受け止め、 「私は普段は大人しくて可愛い女の子だけど、『お嬢様』扱いする輩には容赦しない 主義なんだ」 言い切った。 またも『憩』店内に一触即発の空気が流れた。 ……ように見えたが、 「くっ…」 「ぷっ…」 次の瞬間、 「わははははははははっ」 「あははははははははっ」 2人が弾かれたように笑い出した。 そんな2人を美佐子は柔らかい笑みで、友美は「やれやれ」と言いた気な目でそれ ぞれ見、そして 「なに? どうしたの?」 その笑い声に何事かと勝手口から顔を出す唯。 すると、ようやく収束に向かいかけた2人の笑い声が、 「あはははははっ」 「ぶわははははは」 収まるどころか、一際大きくなった。 その理由が全くわからない唯は、母である美佐子に 「どうしたの?」 と聞くのだが、美佐子の方は年齢に全くそぐわない悪戯っぽい微笑を浮かべ、 「そうね… きっと良い事があったのよ」 まぶしそうに、未だ笑い続ける2人を見つめていた。どこか不満そうに頬を膨らま す唯を、視界の片隅に捉えながら……
【Mind Circus 了】
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【後書き】
あう…
なんだか最後の最後にエラく手間取ってしまった。相変わらずツメが甘いという事でしょうか?
そんな訳で、忘れかけられそうな長編SS、『10years』です。
タイトルは中谷美紀のCD、「食物連鎖」より『MIND CIRCUS』から頂きました。
この曲のサビの部分が、
♪君の誇りを汚す者から 君を守り続ける♪
はい、お解りですね?(笑) いずみすとの皆様には申し訳ありませんが(笑)
ここ最近(っても、そんなに頻繁には書いていませんが)のSSでは、女の子達に頭が上がらない龍之介に見せ場を作ろうと言うことで、ええ(笑)
白羽の矢が立ったのがいずみと言うわけです。
んで、これのβ版を、某いずみすとの方にお見せした際、
「いずみはそんな無神経じゃない」
という御意見を頂きましたが、人間そんな簡単に第一印象は拭えないものでして(笑)
だからこそ、龍之介の強烈な一面を先に出したわけです。龍之介に対して、いずみが強烈な不信感を持つような面を …ですね(^^;
更にそのいずみすとの方は言いました。
「いずみが龍之介に想いを寄せるキッカケになるSSだね」
何度も言うようですが、ありえません(笑)
彼女にはこちらでも(も?)3枚目を演じて貰います。
でも、ま、そんな彼女に憧れる男の子もいるんですが、この辺はどうなんでしょう?
やっぱり、龍之介以外の男の子とロマンスがあるというのは、我慢出来ない事なんでしょうかねぇ…
#ちなみにZekeは、唯がそういう立場になるのは嫌です(笑)<我が侭
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