〜10years Episode22〜
構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。

「じゃ、4月から頑張って」
 そう言って入学案内の入った大判封筒を手渡してくれた愛美に別れを告げ、校門を
出ようとした龍之介だが、
「何処へ行くの? 学校(中学)はこっちでしょ?」 
 そこで待ち構えていた友美に捕まった。樹も一緒だったが、唯は帰ったようだ。 
「お、お前ら、俺より後に並んだのに、何で俺より早く出て来られるんだよ」 
「誰かが途中で列を変えるからでしょ」
 呆れたような声で友美が告げる。
 確かに中ほどまで進んだ列を、愛美を発見した時点で放棄したのは龍之介自身だっ
た。
「あれ? そうだったっけ? ま、いいか…。んじゃ、俺は遊びに……」 
「何言ってんのよ、学校に合格の報告に行くのが先でしょ」
「あん? いいだろ、そんなの。郡司ちゃんだって俺が落ちるとは思ってないだろう
 し……」
 郡司とは3人のクラス(G組)担任の名である。
「G組の予想不合格者リストのトップにいる人が、良くそんな事を言えるわね」 
 もちろん表だってそんな物(予想不合格者リスト)は出回っていないが、クラスの
中でそれは公然の秘密だった。
 ちなみに龍之介の位置は、それが話に昇った時点から不動の一位。友美の言う事も
もっともだろう。

            ☆            ☆

 1時間後…
「全く、冗談じゃ無いぞ」
『Mute』の前に立つ龍之介は憮然と呟いた。 
 取り敢えず大人しく学校へ合格報告に向かった彼らだが、職員室に入った龍之介に
気付いた担任教諭の第一声は、
「ここと、ここと、ここが二次募集を行うみたいだけど、どうする?」 
 だった。どうやらハナから不合格だと思われていたらしい。
 それだけならまだしも、 
「合格だ」
 と言ったにも係わらず、
「いいのよ見栄張らなくても…。あそこの学力じゃ落ちても恥ずかしい事じゃないわ」
 などと言われてしまう始末。如何に普段の学校生活が無茶苦茶だったのかが伺い知
れる。なにしろ樹と友美が『本当です』と言って、やっと信じて貰えたのだ。 
 まあ、それはそれで良い(本当はあまり良くない)のだが、いよいよ帰れると思っ
た龍之介の前に、またも友美が立ちふさがった。
 曰く、
『小学校の恩師に……』

 さすがに付き合いきれなくなり、隙をみて逃げ出してきたのだ。彼にとって小学校
の恩師に合格を伝えるよりも、賭に勝った事の方が遙かに重要だった。
 もちろん賭の対象者はこの店でバイトをしている人物である。 
「こほん…」
 咳払いなぞして、ゆっくりとドアを押す。『カララン』というカウベルの音を伴い、
龍之介は店内に足を踏み入れ……

「あれ、お兄ちゃん。早かったね」
 最初に飛んできた声は、彼が期待した声では無かった …って言うか予想外の声だ。
「お前なぁ、休みの日ぐらい美佐子さんの手伝いをしろよ」
 別に美佐子の手伝いを強要しているわけではない。要はここには居て欲しくないの
だ。だが唯はそんな龍之介の考えなど何処吹く風で、
「だからしてるよ。ライバルのお店の偵察」 
 言い返す。誰に似たのか屁理屈が上手くなって来ていた。

 話は横道にそれるが、利用者から見るとこの2店は、昼時に『憩』のランチにする
か『Mute』のランチにするかを選択されるくらいの関係である。
 が、本格的なコーヒーを飲ませる『憩』と、ピザハウスの『Mute』ではその棲
み分けが違う。
 それでも同じ飲食店ということで、ライバル視される傾向があるのだ。

「それなら安心しろ。10年経ってもここのコーヒーが美佐子さんのコーヒーより美
 味くなることは無い」
 きっぱりと言い切るが、多分それは間違い無いだろう。そもそも、ピザハウスでバ
イトが入れるコーヒーと、喫茶店のマスターが入れるコーヒーの味が同じだったら、
美佐子も立つ瀬がない。
 しかし此処まで言われては、逆にこの店でバイトをしている愛衣の立場が無いだろ
う。
「その不味いコーヒーをよくまあ毎回注文してくれるわね」
 そんな声が唯の影になる隣から上がる。開店して間もないので暇なのだろう、手元
にはファッション誌と思しき雑誌が広げられていた。
「誰も不味いとは言ってないぞ。値段が手頃だからだ」 
 身も蓋もない言い様だ。
「安いのが良いなら、今度からインスタントにしてあげようか?」 
「あんなまがい物で金を取る気かよ!?」
 聞くところによるとインスタントコーヒーはジャガイモ(澱粉)から出来ているら
しい。それが本当なら確かにまがいモノだろう。
「安きゃいいんでしょ? 半額にして上げるわよ」 
 気のせいか妙によそよそしい。ひょっとしてこの間の事をまだ根にもっているのだ
ろうか?
 だが、例えそうだとしても、今日の龍之介は強気に出られる。何と言っても高校に
合格したのだ。そして愛衣も龍之介の『合格した』という言葉を待っている筈だった。
 それを裏付けるように、
「それよりどうだったの? 確か今日でしょ? 発表……」 
 そんな素振りは見せないが、やはり結果が気になるのだろうか? だが、龍之介に
してみれば『待ってました』だ。
「ああ、おかげさんで… 合格だよ」
 唯の隣に腰掛けながら彼にしては珍しく、サラッと告げる。素直に告げたのだから
素直に「おめでとう」と言って欲しいという思いが働いたのかもしれない。
 ……が、 
「ふーん…。あ、そう」
 愛衣は素っ気ない返事を返しただけで、手元の雑誌に目を落としてしまった。 
「(ぐっ……)」
 はっきり言ってこれは堪えた。恐らく唯の入れ知恵だろうが、なるほど、相当に効
く。
 もっとも、最初に自分が唯に対してそう言ったのだから、あまり文句は言えない。
 故に無言で隣に座る唯を睨み付ける。が、当の唯は正面を向いて知らんぷり。挙げ
句に小さく舌を出す仕草……『思い知ったか』といった意味だろうか。
 骨の髄まで思い知ってしまった……。

 それにしてもやりにくい。
(取り敢えずこの2人を分断しなければ……) 
「コーヒーくれ……、インスタントじゃないぞ」
 断らないと本当にやりかねない。 
 愛衣は手元の雑誌を閉じると、無言で席を立ち上がり、一瞬だけ龍之介の方に視線
を向けるが、すぐにそれを外して仕事場所であるカウンターの中へ向かった。 
「?」
 もちろんそれが何を意味するのかは龍之介にはわからなかった。それよりも隣の席
にいる唯をなんとかする方が彼にとっては重要だ。
「なにやってんだよ、こんな所で……」 
 愛衣がコーヒーを入れている隙に、肘で隣の唯を小突き小声で聞く。
「さっき言ったよ、偵察って」 
 そんな龍之介に、取り合わない風で答える唯。しかしそれが本来の目的で無いこと
ぐらい龍之介にもわかる。だからといって唯の本来の目的がわかるという物でも無い
のだが……
「なら後は俺がやってやるから……」
 お前は帰っていいぞ …と言う前に、 
「お兄ちゃんこそ合格を決めたんだから、こんな所で油売ってないで遊びに行けばい
 いじゃない」
 カップを口に運びながら言ってくれる。その態度からはそれが本心でない事が簡単
に感じ取れた。
 更に唯は追い打ちを掛けるように、一度口に持って行きかけたカップを止め、目だ
けを龍之介へ向けて、
「それとも…… 唯がここに居ると何か都合が悪いことでもあるの?」 
「そ、そんな事は言ってないだろ」
 そうは言ってみるが、図星、ビンゴ、大正解である。唯も目敏く、 
「あーっ! どもった。やっっぱりそうなんだ」
 責めるように龍之介の方へスツールごと身体を向ける。龍之介もここで動揺を見せ
るわけには行かないと思ったのか、
「なにがやっぱりなんだよ」
 努めて平然と振る舞う。 
「合格したら何でも言うことを聞いて上げる約束をしたって聞いたよ」
 瞬間的に龍之介は素早く頭を巡らせた。もちろん「誰が唯に吹き込んだのか」とい
う事をだ。もっともこの状況下では該当する人間は1人しかいない。  
「(卑怯者!)」 
 思わず胸の中でそう叫ぶが、当人の方に非難の目を向けるわけには行かなかった。
そんな事をすれば、唯の術中に填ってしまうことになるからだ。
「おお、そう言えばそんな約束したっけかなぁ… で、それがどうしたと言うんだ?」
 如何にも『忘れてた』という感じで応えるが、その程度で唯が追求の手を弛める訳
もなく、
「……叶さんに何か無茶なお願いをするつもりでしょ」
 ねめつけるように言ってくれる。 
「無茶なお願いってなんだよ?」
 その『無茶なお願い』が何を指すのか龍之介には大体察しがついたので、逆に聞き
返してやる。唯が口にするには抵抗がある筈なので、これで言葉に詰まるだろうと踏
んだのだが……、
「お兄ちゃんが考えている様なこと」
 あっさりと切り替えされてしまった。完全に手の内が読まれている。 
 そして……、
「そんなに変な事を考えているわけ?」
 今度はカウンターの中から冷ややかな視線と言葉が投げかけられた。もちろん声の
主は賭の対象者である愛衣。
 この状況にあって、龍之介が『そんな事考えているわけ無いだろ』と言っても、信
じて貰える確率はかなり低かろう。なので、
「仮にそうだとしたら…… どうする?」 
 逆手にとってみる。
「……想像してみたら?」
「(………)」
 ほんの一瞬、龍之介が考える間が空く。時間にしてコンマ5秒位だろうか……

「俺なしでは居られない身体にして……」
「ぼでぃぶろー!」「ぐおっ」
 最後まで言い終わらない内に、唯の『ぐー』が龍之介の脇腹に食い込んだ。  
「くく…、なにすんだ、このバカ!」
 当然のように抗議の声を上げるが、唯の方は“しれっ”とした顔で、 
「そうかな? 唯の方が優しいと思うよ」
 唯がそう答えると同時に、『ひたり』と龍之介の頬に冷たい感触が伝わる。限られ
た彼の視界の隅に入ったそれは、店内の照明を見事に反射する銀色をしていた。 
「その『お願い』を果たした後の事……、考えてる?」
 低い… 声だった。もちろん唯の声ではない。ボディーブローとこの異様に冷たい
感触ではどちらが優しいだろうか?
「ちょ、ちょっと待て…、俺は具体的な事は何も言ってないぞ」 
 ここで愛衣に、『その具体的な事ってなによ?』と聞き返されたら、龍之介はかな
り苦しい立場に追い込まれた筈だが、
「ふーん……」
 愛衣は曖昧な返事を返しつつ、龍之介の頬からナイフを離してくれた。 
 まあ、ナイフはナイフでもバターナイフだったが……、しかしたとえバターナイフ
でも、龍之介には鋭利な剃刀と同等の切れ味を持つに等しかっただろう。
 何しろ持っているのが愛衣なのだ。

 とはいえ、このままでは『お願い』どころではない。一旦退いて出直そうか? な
どと龍之介が考え始めたところで、
「あら?」
 外を見ていた愛衣が声を上げた。何事かと、唯と龍之介が振り返ると同時に、店の
ドアが勢いよく開き、
 バン、ガタン! カララン
 派手にカウベルを鳴らして入ってきたのは友美だった。どうやら走り詰めだったら
しく、
「はぁはぁ… ぜぇぜぇ…」
 肩を上下させ、息を切らしている。自慢の長髪が汗で顔に張り付いていた。 
 友美はそのままよろよろと、カウンターに近づくと、そこにあった龍之介のコップ
を手に取り、中味を一息に飲み干した。
「よぉ、早かったな。小学校に行ったんじゃなかったのか?」 
(また邪魔者が増えた)
 などと考えた事は顔に出さず、龍之介が声を掛ける。友美はそんな龍之介に『きっ』
と、鋭い一瞥をくれ、次いでその目を唯に向ける。
 そんな友美に対し、唯が親指と人差し指で小さな円を作った時点で龍之介は気付い
た。唯に『お願い』云々を喋った張本人が誰であるかを……

 ……。
 結局、見張りが二つ着く形になった龍之介は、その本来の目的も果たせず、無為に
『Mute』で時間を過ごすハメになった。
 何故なら、ここで迂闊に席を立つと、 
「やっぱり、変なこと考えてたんだ。だから逃げるんだ。エッチ、変態、女の敵」 
 という罵詈雑言を浴びせ掛けらるからだ。
 まあ、あと20分もすればランチタイムなので、それまで耐えれば…… 
 そんな龍之介の考えが愛衣にも伝わったのだろうか?
「『お願い』があるなら早くしてよね。もうすぐ忙しくなるんだから」 
「あ、そう? じゃ、また出直すことにしよう」
 これ幸いとばかりに席を立ち上がろうとした龍之介。だが、彼は立ち上がることが
出来なかった。なぜなら…
「まだ忙しくなるまで、15分くらいあるよ」
 制服の右袖を掴みながら唯。そして左袖を掴んで、 
「せっかく合格発表から真っ直ぐ来たんだから、聞いて貰ったら? その『お願い』
 を…」
 友美が冷たさと、ある種の迫力を持った声で言い放つ。先程逃げ出して来たのが悪
かったのかもしれない。
 更にそれを受けて、愛衣が追い打ちを掛けるように、 
「言っておくけど……、出来るお願いと出来ないお願いがあるからね」
 言ってくれる。 
「なんだそりゃ!? じゃあその出来ないお願いと、出来るお願いの判断基準はどこ
 で決めるんだよ」
 思い切り不満を漏らす龍之介。なにしろ『なんでも』という無条件の筈だったのだ。
だが、今、彼はそれを追求出来る立場に無い。そんな彼に、
「居るじゃない、そこに。審査委員が2人」 
 そう言って愛衣が唯と友美を見やる。つまりこの2人が認めたモノなら聞いて上げ
るという事なのだろう。
 それはつまり、まともな『お願い』しか出来ないという事である。

「……仕方がない。そこまで言うなら、今ここで聞いて貰うとするか」
 諦めたのか、覚悟を決めたのか、龍之介がスツールの上で居住まいを正し、口を開
いた。
「本当なら、洋子や綾ちゃんにも聞いていて欲しかった処だが……」
「何を大袈裟な……」 
 愛衣の方はというと、平静を装っているが、内心では龍之介が何を言い出すか気が
気では無かった。今、この場で龍之介が試験前日の約束を果たそうとすれば、エラく
複雑なことになるからだ。
 しかし、龍之介はそんな愛衣の心中を嘲るように、 
「マスター」
 厨房で下ごしらえしているであろうマスターを呼ぶ。
 ほどなくして前掛け姿で厨房から出てきた彼に、 
「えーと、今日の6時までに、適当に見繕ってL版を6枚ほど『憩』に届けてくれま
 せん? んで、請求書はこっちね」
 そう言って龍之介が愛衣を指差す。次いで、 
「本当は突然ピザが届いてみんなを驚かそうと思ったんだけどな。このままじゃお前
 らに変態扱いされ兼ねん」
 憤然と言い放つが、何とは無しに疑いの視線を感じるのは気のせいだろうか? 
 他方、注文を受けたマスターは突然の展開に困惑したようで、
「いいの?」 
 指差された愛衣に顔を向け尋ねる。
「いいわけありませんっ! ……ちょっと龍之介!」 
 思い切り否定し、龍之介を睨み付ける。これは当然の反応だった。なにしろLサイ
ズは一枚で1800円である。それを6枚と言ったら……、
「何でも言う事を聞いて貰う約束だったよなぁ?」 
 睨み付けられた目線を外し、龍之介が誰にともなく呟く。
「だからって、無駄に注文するような嫌がらせは止めなさいよ」 
 更に愛衣は龍之介を挟むように座る2人に向かって、『なんとか言って』という意
味の視線を飛ばすが、
「まあ、仕方ないですね」
 何故か冷たい友美。唯に至っては 
「うん、許容範囲だよね。でも、6枚で足りるかな?」
 などと言っている。 
「お前、結構えげつないな」
「だって唯と友美ちゃんと綾ちゃん、洋子ちゃん、沙綺ちゃん、薫ちゃん、男の子は
 何人?」
「えー、ひの…ふの…み…」
 指折り数え、
「俺を含めて7人ってトコだな。まあ、連中にも『憩』に金を入れて貰わなきゃな」
「あ、そっか…」
 なにやら意味不明な会話だ。
「なにか…… あるの?」 
 そのやり取りを聞き、話に加わっていない友美に向かって愛衣が尋ねる。
「ええ。発表が終わったら合格祝いを『憩』でやろうって事になっていたんです… 
 良かったですね、この程度で済んで」
 心から安堵したように、友美がその端正な顔に笑みを浮かべる。そんな笑みを見せ
られては、
「まぁ、それはそう…なんだけど……ね」
 愛衣もそう言わざるを得ない。何とはなしに肩透かしをくった気分だった。
 


次へ 戻る

このページとこのページにリンクしている小説の無断転載、及び無断のリンクを禁止します。