唐突でなんなのだが、1年は1月から12月までの12ヶ月で形成されている。
 更に日本では地理的要因により春・夏・秋・冬という四季を持つ。12ヶ月を4で
割れば3ヶ月……
 つまり3ヶ月毎に季節が巡るわけだが、その境は明確ではない。 
 一般的には春が3〜5月、夏が6月〜8月、秋が9月〜11月、そして冬が12月
から翌年の2月までと言われている。
 だからといって3月1日から急に春めいた暖かい陽気になる訳でもなければ、2月
末まで真冬の様に寒いという訳ではないのだ。
 今日はそれを証明するかのように、2月下旬にしては暖かい陽射しが朝から降り注
いでいた。

〜10years Episode22〜
構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。

「あれ?」
 ヒラリと落ちたその紙片を唯は慌て気味に拾い上げた。
 中学生とは言え、3年生は受験が終わると殆ど学校に用はない。あるとすれば、レ
クリエーションに近い球技大会や野外授業、あとは卒業式の練習くらいである。
 それ故、高校の合格発表日(例えそれが自分が受験した高校で無くても)ともなれ
ばあっさりと休日になってしまうのが現実だ。
 唯が平日の午前中に、龍之介の部屋で捜し物をすることが出来るのは、そういう理
由からだった。
 もっとも、龍之介からは「勝手に俺の部屋に入るな」と言われているのだが、そん
な事をきっちり守っていたら、自分の持ち物が龍之介の部屋に溜まってしまう。 
 なにしろ、
「唯、○○貸してくれ」
 と頼まれ、それを貸してあげても、その○○は絶対に手元に戻って来ない。 
 もし何か言われても、
「じゃあ、貸したモノをちゃんと返して」
 と言えばいいだけの事だ。 
 今も先日貸したセロハンテープを探すために龍之介の机を探索していたのだが、乱
雑に積み上げられた書籍の間から、何かがヒラリと床に落ちてしまった。
「これって、受験票……だよね」 
 拾い上げた紙片には、大きく『受験票』とあり、その下には『平成4年度 八十八
学園』さらに受験番号と思しき『Y300367』という数字が書かれていた。 
 受験票と言えば受験生にとって身分証明書みたいなモノだ。無ければ困るだろう。
 ただ、試験当日と違って忘れても取りに戻るだけの余裕はたっぷりある。
「どうしよっかな」 
 少し考えた後、
「やっぱり届けてあげよ」
 いつもなら考えもせずに届けていたところだが、今朝一緒に発表を見に行こうした
ら、
『お前は家で美佐子さんの手伝いをしてろ』
 と言われ、渋々諦めたのだ。 
 まあ、落ちていた時の事を考えれば、龍之介の取った行動は納得が行くのだが、唯
にしてみれば面白くはない。
「でも、忘れ物を届けるんだから、文句を言われる筋合いは無いよね」 
 唯は何処か嬉しそうに自分の部屋へ戻ると、手早くコートを羽織り外へ飛び出した。

            ☆            ☆

 さて、その唯が向かった八十八学園中庭には……、 
「ない……」
 合格者発表の掲示板の前で呟く龍之介いた。場所が場所だけに絶望的なセリフだ。
しかし……、
「なにが?」
 そう聞き返す友美の声はかなり冷静だった。当然だ。掲示板の前にはかなりの受験
者が集まってはいるが、発表自体はまだ行われていない。
「いや、受験票が見当たらなくてな」 
 いくら暖かいとは言え、制服を脱ぎ去りあらゆるポケットに手を突っ込んでいる様
は、かなり目立つ。
「忘れたの?」
 慣れとは恐ろしいもので、そんな龍之介の目立つ行動も友美はさして気にしていな
いようで、呆れたように問い返す。
「いや、持って出ようと机の上に出したのは確かなんだが……」 
「……」
 要は忘れたのである。しかしその程度の事で龍之介が動じるはずもなく、 
「まあ、受験番号は覚えているから問題ないだろう」
 脱いだ制服を着込みながら事も無げに言う。そんな龍之介に向かって友美が一言、
「日米通商条約」
「……は? 何だって」
「何年?」
「……あのなぁ、受験は終わったんだぞ。そんな年表を調べれば分かるような事をい
 つまでも覚えているのは脳容量の無駄というモノだ」
 要は忘れたのである。 
「……取って来たら? そんな曖昧な記憶力で覚えた受験番号なんてアテにならない
 わよ」
 一歩間違えれば相当な嫌味なのだが、龍之介相手ではこのぐらい言わないと効果が
無いというのを友美は知っていた。
「しかしだなぁ……」
 尚も龍之介が渋っていると、急に辺りが「ざわざわっ」と騒がしくなった。どうや
らいよいよ合格者が貼り出されるらしい。
「で? 何番なの?」
 一応見て置いて損は無いと判断したのか、友美が龍之介に尋ねる。 
「……っと、確かY300376…… だったかな?」
 Yは八十八のY、次の30は30期の受験生という意味なので、問題は下の4桁で
ある。貼り出された用紙はもう300番台に入っていた。

 367… 368… 371… 372… 375… 378… 380…

「……何番?」
 掲示板を見たまま、もう一度友美が尋ねる
「376」
 同じく掲示板を見たまま龍之介が答える。 
 368… 371… 372… 375… 378… 380… 
 もちろん貼り出された番号が突然変わることなど無い。ゆっくりとお互いの方に顔
を向ける15年来の幼馴染みふたり……
「……無い …な」
「ど、どうしよう……」 
 呆然と立ち尽くす。半年間の努力が全て水泡と帰した瞬間だった。

「やっ、お二人さん。おめでとう」 
 そんな重力が3倍くらいになった空間に割り込んできた人物が一名……
「樹(いつき)か……」 
 やはりショックなのか、その声は地の底から響いて来たように重い。
「あれ? どしたの? 暗いじゃん」 
「暗くもなるわい… 半年間の努力がだなぁ〜……」
「実って良かったじゃないか」 
 脳天気な樹の言葉に、龍之介の額に四つ角が浮かぶ。しかしそんな八つ当たりは益
々惨めだと思ったのか、掴みかかりそうな自分をなんとか押さえつけた。
 そんな龍之介を見、 
「なにさ、まるで落っこちたみたいな顔だよ」
 火に油を注ぐような事を言う樹。 
「ちょっと…」
 さすがにこれ以上は危険だと思ったのか、友美が樹の腕を取り、龍之介から引き離
す。そして耳元でぼそりと一言、
「ダメだったの……」
「なにが?」
 この期に及んでもまだ分からないのか、樹が聞き返す。さすがの友美も樹の鈍さに
声を荒げ、
「だからっ!」
「受かってるじゃないか、3人共……」
「……は?」 
 思わず友美が間抜けな声を上げた。尚も樹は訝しげな表情でもって、
「ほら、僕の受験番号がY300368で、その前の席に座っていたのが龍之介だか
 ら…… 水野さんは2席挟んで座ってたから0371でしょ?」
 確かに友美の受験番号はY300371だ。0368も0367もある。……とゆー
ことは……だ

「そういや0367だった気もするな… そうか、6と7を逆に覚えていたんだな」
 人(友美)の気も知らないで、緊張感の無い声を出す龍之介。
「まあ、俺がほんの少し本気を出したから落ちるとは思っていなかったが、受験番号
 を間違えて覚えていたのか……」
 腕組みをして『うむうむ』とひとりで納得している。そんな龍之介に、 
「改めておめでとう」
 樹が微笑みかける。
「ああ、樹もな」
 龍之介が右手を差し出し、樹ががっちりとそれを握り返す。何とはなしに感動的な
場面だ。
 しかしそんな場面にあって、暗黒のオーラを発散している人物が約一名……

「……受験票……取ってきなさい」

 それこそ地の底から湧いてきたような声だった。互いの手を握りあったまま、声の
した方へ首を曲げる龍之介と樹。
 そこには、肩をワナワナと震わせる友美がいた。 
「取って来なさい! すぐにっ! 大体受験票も無しに、どうやって手続きをするつ
 もりなのよっ!!」
 友美が怒るのも当然といえば当然なのだが、龍之介だって負けてはいない。 
「なにおう! 受験票なんぞ無くても、俺が俺である証明ぐらい、いくらでも立てて
 やるわい!」
 相変わらず我が道を征く龍之介。そのあまりの身勝手さに遂に友美が爆発した。

 ぱんっ!

 ……にしては、随分と貧相な爆発音である。しかしリアルなことに火薬の匂いと、
キーン… という耳鳴り付き。おまけに龍之介の頭に細かい紙テープや紙吹雪がひら
ひらと舞い落ちる。まるで耳元でクラッカーが破裂した様な感じだ。
 ……というより、クラッカーそのものだった。

「唯ちゃん!?」
 龍之介の背後に立つ、使用済みとなったクラッカーを持つ女の子に最初に気付いた
のは、位置的関係からも友美であることは当然だった。
 通常、クラッカー等は人に向けてはならないモノなのだが、唯は罪悪感ゼロの笑顔
を龍之介の背中に向け、
「びっくりした?」
 これまた罪悪感ゼロの声を掛ける。しかし、あまりにも突発的な出来事に、さすが
の龍之介も少々驚いたらしい。
「あぁっ! びっくりした! びっくりしたぞっ! 満足かっ!?」 
 唯の襟首に掴みかからんばかりの勢いで振り返る。が、彼女はそれを読んでいたか
のようなタイミングで龍之介の眼前に『ある物』を突き出し、
「はい、お兄ちゃん。忘れ物」 
 もちろん突き出した物は受験票だ。
「……おおっ!」
 唯の手からひったくるようにそれを両手で奪い取り、改めて掲示板に向き直る。や
はり自分の受験票で確認していないという負い目があったようだ。
「おおお〜っ!」 
 歓喜の声が上がったところを見ると、間違いないらしい。
「貸してっ!」
 今度は友美が龍之介の手から受験票をひったくる。そしてそれと掲示板を交互に見
つめ、
「はぁ〜っ」
 その場が室内だったら、ヘタヘタと座り込んでしまうのではないか、という位の安
堵の溜息を吐いた。
 3年間ある高校生活が始まってもいないのに、この疲れ様は一体なんなのだろう?

 そんな2人を余所に、
「2人は?」
 唯が樹に向かって彼自身と友美の結果を尋ねる。悪いかなと思いつつ、龍之介の合
否は受験票を渡す前に確認済みだった。でなければクラッカーなど鳴らさない。 
「うん、御陰様でね」
 樹が笑顔でもって答える。
「そっかぁ、おめでとう。でも、お兄ちゃんが受かったんだから当たり前か」 
「そりゃどういう意味だ?」
「そのまんま。お兄ちゃんより、友美ちゃんや樹くんの方が頭良いもん」 
「ぐっ…」
 事実を突きつけられ、言葉に詰まる。そんな漫才じみた会話に、 
「あはは。ところで、鳴沢さんはどうだったの?」
 絶妙なタイミングで割ってはいる樹。別にそんなつもりは無かったのだろうが、結
果として彼が龍之介のフォローに入る格好になった。
「あ、うん。3人とも合格したよ」 
 3人… 唯と洋子と綾子の事だ。
「おめでとう。じゃ、4月からみんな高校生だね」 
 素直に祝いの言葉を口にする樹に対し、
「ほぉ、洋子の奴、合格したのか。しかしあいつのことだから学校に乗り込んで校長
 以下の教師連中に脅しを掛けたかもしれんな」
 龍之介は憎まれ口しか叩けないらしい。当然、 
「あなたじゃあるまいし……」
 背後から友美に思いっ切り冷たい言葉を投げられる事になる。

 しかし、この2人… 龍之介と洋子を少し知っている人間が聞けば、この冗談が冗
談に聞こえないという事に当事者達は気付いていない。

「そうだよ、普通は樹くんみたいに『おめでとう』って言うんだよね」 
 そう言って意味ありげに唯が龍之介を見る。それに対して、
「なんだよ、唯だって俺に言って無いではないか」 
 反論する龍之介。だが唯はそれを無視し、
「唯が『受かったよ』って言った時なんか、『ふーん。あ、そう』だって」 
 友美に向かって愚痴っているが、明らかに龍之介に向かって抗議しているような口
調だ。
「こっちの合否が出ていなかったからな。お前を祝う余裕なんぞなかったんだよ」 
「じゃあ、今なら言えるよね」
 再び唯が期待と言うか、無言の圧力を伴った視線を龍之介に飛ばす。しかし彼がそ
ういうセリフを素直に吐く訳が無い。
 ただ、いつもなら1の理屈に10のへ理屈で立ち向かう龍之介も、高校合格にツキ
を全部取られたのか、それとも日が悪いのか、
「………」
 無言で誤魔化す事しか出来ない。しかも友美までが非難めいた目を彼に向けている。
まあ、どちらも自業自得なので同情の余地はないのだが…

 そんな、龍之介にとって苦しい状況を打破してくれたのは、学校の事務局の人間と
思しきスーツ姿の男性が手にしたハンドスピーカーの声だった。

『合格した人はこちらで手続きを始めます。手続きの際は、受験票を提示して下さい』

 それが合図となって、今まで掲示板の前に張り付いていた元受験生達が、わらわら
と示された方へと移動を始めた。龍之介にしてみれば渡りに舟だ。
「お、手続きが始まるな。さっさと済ませて遊びに行くとするか」 
 そそくさとその場から逃げようとする龍之介に、唯が背中から
「あ、ずるい!」 
 と声を上げるが、そんな事で龍之介が止まろう筈もない。それどころか、勝ち誇っ
たように、
「じゃあな、唯。ちゃんと美佐子さんの手伝いをしろよ」
 自分の事は棚に上げ、人混みの中へ消えて行く。 
「もぉ〜っ!」
 当然納得の行かない唯はジャージー牛の様な不満の声を漏らす。 
「はは…、照れくさいんだよ。今更『おめでとう』なんて」
 慰めるように言う樹に、 
「うん、わかっているんだけどね…」
  唯が溜息を交えながら答える。そして友美の方へ顔を向け、 
「あ、友美ちゃん良かったね」
 まるで自分の事であるかのように笑顔の花を咲かせる唯。 
「ありがとう。…でも、先が思いやられるわね。あれじゃ……」
 龍之介が消えた人集りに目をやって、疲れた笑みを見せる友美に
「そうだね……」
 唯もまた溜息混じりに言葉を返した。もっともこちらの方は少し違う意味合いの溜
息だったのだが……


「おめでとうございます」
 入学案内の大判封筒を目の前にいる満面笑みの女の子に手渡し、愛美は笑顔を返し
た。自分自身は今この場にいる新入生達とは学園生活を共にすることは無いが、素直
に喜びを表現する後輩達を見ていると、自然に笑みがこぼれてくる。

 卒業まで数日を残すのみとなった3年生の愛美が学校に来ていたのはある意味必然
だった。一応、大学への進学は決まっていたが、自宅から通える距離なので引っ越し
等もなく、暇を持て余していた彼女は毎日のように学校へ顔を出していた。
 そんな彼女に、 
『安田、暇そうだな。ちょっと手伝え』
 と、担任が声を掛けてきても不思議は無かろう。結果として彼女は、彼女と同類で
あろう同級生達と受付業務を担当することになったのだ。
 もっとも、愛美にしてもそれは不快なことではなかった。今年の受験生の中には、
ちょっとした知り合いが複数いるのだ。

 その愛美の前に、また1人……今度は男子生徒が進み出てくる。 
「はい、おめで……あら」
 愛美の言葉が切れたのは、目の前に出てきた男子生徒がその『ちょっとした知り合
い』のひとりだったからだ。
「や、愛美さん」
 軽く右手なぞを上げて挨拶を返したのは龍之介だ。 
「おめでとう。合格したんだ?」
「しなきゃ、ここに立ってないよ」
「あはは、それもそうね。あ、じゃあ、ここに住所と氏名、その他該当するモノに○
 を付けてね」
 そう言ってA5サイズくらいの用紙を龍之介に手渡す。
「友美ちゃん達は?」 
「ん? 受かってたよ。……俺の教育の賜だな」
 平然と言ってのけると、愛美が弾けたように笑い出した。 
「あ、傷つくなぁ、それは……」
 大して傷ついていないのに、唇を尖らせ龍之介が不満を漏らす。 
「あ、ごめん」
 一応謝って見せる愛美だが、その顔は笑ったままだ。そして茶目っ気たっぷりに、
「で? この後は『Mute』?」
 と尋ねる。対する龍之介は、
「んー…、暇があったらね」 
 用紙にペンを滑らせながら、気のない風な返事を返す。そんな彼を見、愛美は笑い
をかみ殺した。気のない返事をしても、龍之介がこの後『Mute』へ真っ直ぐ向か
うであろう事がわかってしまうからだ。
 そう言った意味では、愛美から見ると龍之介はまだまだ子供と言う事だろう。 
「あら、そうなの? じゃあ、電話で教えとかなきゃいけないかしら…」
 少し意地悪く、独り言のように愛美が呟く。 
「そんな大袈裟な事じゃないよ。はい、これでいい?」
 不利な立場を振り払うように、書き込みを終えた用紙を差し出し、会話を断ち切る。
 愛美はその用紙を一瞥し、
「はい、結構です。……高校生になるんだから、もう少し素直になろうね?」 
「……。」
 笑顔でこんな風に言われては、さすがの龍之介も押し黙るしかなかった。
 


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