〜10years Episode20〜
構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。


  ピピピピピピ…
 その朝もいつものように、けたたましい電子の音が、ベッドに潜っている主に朝を
告げていた。
 ピピピピピピ……
 だが、目覚しの持ち主はまだ起きる気配がない。しかし、この目覚まし時計の長所
(?)は、放っておくとどんどん音が大きくなることだった。
 ピピピピピピ……
「む〜〜〜…」
 遂に耐えきれなくなったのか、ふとんの中から手が出、暫く宙を彷徨う。そして、
 ピピピ…ピ……
 ようやくその手が目覚ましのスイッチに届き、部屋の中に静寂が訪れた。 
 当たり前だが冬の朝は寒い。そしてベッドから出たくないものだ。
 特に彼女は2日前に高校受験を終えたばかりで、半分春休みに突入したようなモノ
なので尚更だ。目覚まし時計を掛けてまで起きる必要は何処にもない。
 暫くして、目覚ましを掴んだままの手が、布団の中に引き込まれる。しかし布団の
中では文字盤が見えないのか、ようやくもそもそと布団の外に顔を出す。
 昨晩髪が乾ききらない内に眠ってしまったのか、長めの髪があちこちで跳ねている。
「6時……あと2時間は眠れる」
 寝ぼけ眼で時計を見、再び布団の中に潜り込む。その様は蓑虫(みのむし)となん
ら変わりない。
「なんでこんな時間に目覚まし掛けたんだろ?」
 ぬくぬくと布団の中で考えるが、半分頭が寝ている為思い出せない。
「なんか大事な事があったような……」
 取り敢えず受験生だった2日前までは、受験こそが大事な事だったのだが、それが
終わった今、急を要するモノは何も無い……筈だった。
「……そういえば、お兄ちゃんの受験っていつだったけかなぁ…」
 自分と同い年の同居人も、同い年ゆえ今年…というか近々受験の……は…ず。 

 がばっ!
 瞬間、バネ仕掛けの人形のように、唯はベッドの上に跳ね起きた。
「そうだ、今日はお兄ちゃんの試験日だ」
 ようやく自分が掛けた目覚ましの真実に気付いたようだ。
「確か試験開始は9時で、8時30分までには学校に行かなきゃいけないんだよね」
 事前に集めた情報を総合して検討する。すると7時には隣の部屋にいる龍之介を起
こさねばならない。まあ、それにしたって、1時間は時間があるのだが…… 

「はふ…」
 小さなあくびをひとつ。そして…
「よ〜し、腕にヨリを掛けてお弁当作っちゃうんだからっ」
 気合いを入れるようにして、ベッドから抜け出す。
 実は昨日遅くまでその「お弁当」の下ごしらえをしていたのだ。そこまで気合いを
入れるのには理由がある。 

『友美ちゃんの分も作ったげる』
 隣に住む幼なじみの水野友美は龍之介と同じ学校を受験する。その友美に対する、
唯なりの牽制のようなものだった。
「えーと、今6時だからあと2時間はあるよね」
 今しがた止めた時計に目をやる。
 8時… 5分前
「そうそう、そのくらいの時間までに作り終えれば……って、え?」
 時計を見つめたまま、その場で唯は固まってしまった。
 チッチッチッチ……
 そんな唯を気にも止めず、時計は一秒ごとに時を刻んでいく。 
 人間切羽詰まると、逆に落ち着くものである。彼女は両手で抱き上げるようにして、
その目覚し時計を手に取り、まじまじと見つめた。
 思わず時間調節用のつまみに指をかける。このまま反対側に回せば時間が戻るんじゃ
ないかという錯覚に捕らわれたのだ。しかしさすがにそれは間抜けな事だと気付いた
のだろう。今度は時計に向かって
「なんでぇ〜」
 と文句を言ってみる。まあ、それも間抜けなことに変わりないのだが、わからんで
もない。なにしろついさっき、この目で6時だと確認したばかりなのだ。
 しかし、ほんの一瞬目を閉じただけで、数時間経っていると言うことが希にある。
本人にはほんの一瞬でも、身体の方はきっちり睡眠を取っていたと言うことだ。 

 それから唯は十秒ほど現実から逃避していたのだが、ハッと我に返り、手に持った
目覚しを放り出すと、部屋を飛び出し、
  ダンダンダンダン!
 起こすべき対象者が眠る部屋のドアを、あらん限りの力で叩いた。 

「お兄ちゃん! お兄ちゃん起きてぇっ! あさっ! はちじぃ〜!」
 ドアを叩きながら、唯は頭の中パチパチとソロバンを弾いた。起こすのに5分、着
替えるのに5分、身支度を整えるのに5分、学校までたしか15分位かかるはずだ。
 …と、すると
「間に合わないよぉ〜」
 ほとんど泣きそうになってドアのノブに手を掛ける。 

 カチャ
「お兄ちゃん、ごめん! 唯寝坊しちゃって起こせなかった。ごめんなさぁい」
 ドアが開くのももどかしく、謝りながらベッドに駆け寄る。
 と……
「やかましい、とっくに起きとるわい」
 ベッドに駆け寄りかけた唯の背後から、そんな言葉が投げかけられた。
「え?」
 ゆっくりと振り返る唯の目の前に、きっちりと学生服を着込んだ龍之介の姿があっ
た。
「お、起きられたの?」
「当たり前だ。俺はやるときはきっちりとやる男だからな。もう2、3分で出ようと
 思ってたんだ」
 胸を張って偉そうに答える。気合いは十分と云う所だろうか。
「ご、ご飯は?」
「ちゃんと食べたよ」
「じゃあ、受験票持った?」
「持った」
「ハンカチとちり紙は?」
「小学生かっ!」
「だって…… あ、お弁当……」
「ああ、ちゃんと美佐子さんが詰めてくれたよ。昨日遅くまでかかったんだろ?
 サンキュな」
 その言葉に唯は少し嬉しくなり、そしてちょっぴりガッカリした。最後の最後まで
自分の手でやり遂げられなかった事に……
 確かに昨日の段階で、揚げ物は揚げるだけ、蒸す物は蒸すだけにして置いたのだか
ら、ほとんど自分が作ったようなモノだ。それでも、
「うん… でも最後まで唯の手で作りたかったな」
「ん? まあ、また機会があったら頼むわ。 …と、そろそろ行くか」
 腕時計を見やり部屋を出ようとする龍之介を、
「あ、お兄ちゃん、待って」
 唯が止める。訝しげに振り返る龍之介。
「なんだよ」
「あの…… ちょっと目、瞑ってくれる?」
「……なんでだよ」
「いいからぁ、ね、10秒… ううん、5秒でいいから」
“じっ”と懇願するように瞳を見つめられては、断ろうにも断れない。
「なんだよ、もう……」
 ぶちぶち言いつつも素直に目を瞑ってしまう龍之介。
 その龍之介に唯が静かに歩み寄り、
「お兄ちゃん、試験頑張って……」
 その頬に唇を寄せる……
 のと、唯の背後にある大きなサッシ窓の向こうから、2人の幼なじみである水野友
美がひょいと顔を出し、
「龍之介くん、そろそろ行かないと、ち……」
 チュッ…
 声を掛けたのと、唯の唇が龍之介の頬に触れたのは、ほぼ同時だった。つまり、友
美の目に映ったのは、瞳を閉じて唯にキスされている龍之介の姿……
「……こくするわよ」
 急激に重みを増す……早い話、ドスが聞いたようになる友美の声。
 その声と、頬に宛てられた感触に、
「わぁっ! な、なにしてんだよ、唯!」
 キスされた頬を押さえて、龍之介が飛び退くように唯から離れる。その様を見た友
美が、
「朝から、仲が良いわね」
 笑顔だったが、その言葉にはサボテンのようにトゲが生えていそうだった。 

「あ、あはははは。と、友美ちゃんおはよう」
 龍之介から離れた唯も、ひきつった笑みでもって友美に手を振る。
「おはよう、唯ちゃん」
 それに対し、笑顔を崩さないで応える友美。でも瞳が笑っていない。 

「あ、あのね… 唯、寝坊しちゃって、お弁当作れなかったからね…、じゃあ、ほか
 に出来ること無いかなーって思って…、それであの… 試験ががんばれるように、
 っておまじないを… あ、でもお弁当はお母さんがちゃんと仕上げてくれたから、
 安心して…」
 焦りまくって言い訳する唯に、友美は相変わらずの笑顔で、
「そうね。今の龍之介くんは『おまじない』が必要なくらい後がないから…」
「おい、お前この間『大丈夫、絶対受かる』って言ってなかったか?」
 龍之介がその友美の言葉に反論するが、   
「後がないのは、事実でしょ」
 冷たく突き放されてしまう。 

「そ、それじゃ、唯は朝ご飯食べるから…… 2人とも試験頑張ってね」
 その場に居づらくなった唯が、そそくさと部屋から出ていく。 …と、更に冷えきっ
た友美の声が龍之介を襲った。
「いつまでほっぺた押さえてんのよ、さっさと出ないと遅刻するわよ」
 カラララ… ピシャ シャッ
 言い終わるや否、サッシが乱暴に閉められ、次いで勢い良くカーテンが閉められる。
 その様を見、相変わらず頬を押さえたままの龍之介は溜息をついて、
「なんなんだよぅ、俺は何もして無いじゃないか」 

 もっともな意見ではあった……



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