〜10years Episode12〜
構想・打鍵:Zeke
監修:同級生2小説化計画企画準備委員会
 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 
 

【負けないよ】

 翌日‥‥
「大丈夫なの?」
 心配そうに声を掛ける美佐子に対し、 
「平気だよ。別に具合が悪い訳じゃないし、それに‥‥」
(こんな事で今までの事を否定されたくない) 
 という思いが唯にはあった。自分まで引いてしまったらそれを認めてしまう事にな 
る。それだけは避けたかった。
「それに‥‥なに?」
「ううん、なんでもない。」 
 事態が深刻になれば、この同居生活事態が危うくなるという事は容易に想像が付く。
だから尚更休む訳には行かなかった。   
「そう?」
 心配顔の美佐子をよそに、唯はいつもと変わらぬ声と笑顔で「行って来ます。」と 
告げ、家を後にした。

「無理‥‥してるわね。」
 唯を見送った美佐子は我が子の笑顔に微塵の楽観も抱いてはいなかった。しかし当 
の唯がいつも通りに振る舞っているのに、自分が動揺しても始まらないと思い、敢え 
て口に出すようなことはしなかった。
 それに、彼女にはもっと重く受け止めなければならない問題がある。 
 その問題の人物は3日間の停学処置を受け、まだ起き出してはいなかった。 
 
                  ☆

 それなりの覚悟をもって登校したつもりなのだが、それは唯が思っていたよりも遙 
かに辛い事だった。
 唯が教室に入ると同時に、一瞬だけ教室内が静かになる。そして次の瞬間にはそこ 
かしこでクラスメート達がヒソヒソと小声で話しだす。
 もちろん全員という訳ではない。女子の大半と男子の内、良識派言われる1グルー 
プだけはそういった話題を持ち上げていなかった。
 だからといって、席に着いた唯に誰かが話し掛けに来てくれるわけではない。そう、
こんな時真っ先に慰めに来てくれる綾子でさえ‥‥。
 唯にとっては、正にそれが一番辛いことだった。 
 綾子は教室に入ってきた唯の方を見ようともせず、またお喋りの輪にも加わろうと 
せず、机に置かれた雑誌に目を落としたままでいる。当然の事だが彼女の頭に雑誌の 
内容などまるで入ってはいなかった。

 授業が始まるまでの短い時間を存分に楽しむかのように、話(内容はともかく)に 
夢中になるグループ、トランプに興じるグループなどの光景がそこにはあった。 
 そんな中で、唯と綾子、そして空いたままの洋子の席だけが、喧騒のから取り残さ 
れた様に、奇妙なトライアングルを形成していた。

            ☆            ☆ 

 翌日も洋子は学校に来なかった。綾子も相変わらず唯と目を合わせようともしない。
 唯は完全にクラスの中‥‥いや、学校中から孤立していた。
 それでも時間が来れば放課後になるのはいつもと変わらない。

 その放課後‥‥。
 唯は一人で八十八商店街を歩いていた。担任の教師に洋子のことを聞いたら、風邪 
で休んでいると言う。仮病であることは容易に想像がついたが、一応見舞いの品など 
を持って行こうと思ったのだ。
 せめて会って一言謝りたかった。嘘をついていたこと、騙していたこと、信じてあ 
げられなかったこと、そして‥‥
 ドンッ!
 そんな事を考えながら歩いていた為か、人とぶつかってしまう。

「あ、すみま‥‥」
 頭を下げようとした唯の目の前に、学生服姿の男子生徒3人が立っていた。3人が 
3人とも見覚えがある。事ある毎に龍之介と対立していた連中だ。
 3人はニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべながら、 
「よぉ、歩きながら考え事をしてると危ないぜ。ちょっと付き合いな。」
 言うが早いか、3人は唯を取り囲む様にして人気のない路地へと歩き出した。

 その様子を背後から伺っていた男子生徒がいた。彼は暫く考え込んでいたが、やが 
て意を決したかのように、4人が消えた路地裏へ入っていった。

                 ☆   

 路地裏はほんの20mばかり行ったところで、大して広くない空き地になっていた。
 4方をビルに囲まれた、3人の生徒にとっては好都合な場所だった。
「まったく、こんな可愛い顔して毎晩何をやってるんだか。」 
 一人が唯の方へ手を伸ばそうとするが、唯はそれを払い除けるようにして後ろへ下 
がる。
「毎日、龍之介の奴に色んなサービスをしてやってるんだろ?」
 3人は面白がるかのように唯を壁際に追い詰めていく。 
「あーんな事とか、そーんな事までしてあげてるんだろ?」
 遂に、背中が壁にあたる。背後は壁、3方は囲まれている。逃げ場はなかった。

「なあ? どんなことを毎晩やってるんだよ。俺達にも教えてくれないか?」 
 リーダー格の生徒が唯の手を掴み、捻り上げた。同時に残りのふたりの手も伸びて 
くる。

「いやぁっ‥‥おにいちゃん!」
 いないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。もしかしたらという思いが 
あったのかも知れない。
 もちろん唯の叫びは龍之介には届かなかった。だが、変化はあった。 
 ドンッ! という音と共に今まで塞がれていた視界が開ける。次いで、
「逃げてっ!」 
 の声。しかしその声は唯が期待していた声ではない。何故か下の方から聞こえてき 
た声の方に目をやると、制服姿の男子生徒が折り重なって倒れていた。
「早くっ、誰かを呼‥‥ぐっ!」 
 声が途切れる。
「っのヤロォ‥‥イイトコで邪魔しやがって。おい! 鳴沢を逃がすなっ!」 
「え‥‥あ、おお。」
 難を逃れた一人が唯の腕を掴もうとするが、それより唯が駆け出す方が一瞬早かっ 
た。
「待てっ! おわっ‥‥」
 追い駆けようとした男子生徒の足に、助けに入った生徒が倒れながらも手を伸ばす。
それは無理な姿勢からだったにも係わらず、かろうじて裾に届いた。
 バタッ 
 出るべき足が前方に出ないので、当然の結果としてその生徒の身体は前のめりにな 
り、その場に倒れ込んだ。だが、伸ばしたその手は唯の袖に届く。
 ビッ!
 制服の何処かが破れた様な音がしたが、構わず唯は走った。大通りに出て助けを呼 
ぶ事しか頭になかった。ビルの隙間を走り抜け、大通りに出る。
 乱れる息を整える間もなく、あらん限りの声で‥‥

「何やってんの、唯? こんな場所で‥‥」
(誰か来てっ!)そう叫ぶために吸い込んだ息が呼吸に代わる。目の前にスーパーの 
袋を下げた愛衣が立っていた。
「まったく、うちのマスターときたらどっか抜けてるのよねぇ。ピザハウスがタバス 
 コ切らして‥‥どしたの、その肩?」
 言われて唯も初めて気が付いた。制服の肩口が裂け、白い肌が見えている。咄嗟に 
反対の手で隠し、愛衣にぎこちない笑顔を向ける。
 だが、笑顔を向けられた愛衣の目は、ゾッとするほど厳しい目だった。 
 唯の姿、そして態度から何が起こったのか推測したらしい。

 無言のまま、唯が飛び出してきた通路を奥へと歩き出す。 
 進むにつれて、奥で行われている出来事が音として伝わってきた。

「てめぇのせいで鳴沢を逃がしちまったじゃねぇか!」 
 怒気を含んだ男の声が、ドカドカと人を殴る特有の音と共に20mほど続く路地の 
奥から聞こえてくる。
 幅2m程度の路地を抜けると申し訳程度の空き地があった。そこで3人の制服姿の 
男が、蹲(うずくま)っている一人を囲み、容赦ない仕打ちを与えていた。

「龍之介も南川もいないってのに‥‥せっかくのチャンスが台無しじゃねえかっ!」 
 ぐったりしている男子生徒にケリが入る。更に気を失いかけている彼の胸ポケット 
を探り、
「ちっ、しけたヤローだ。これっぽっちかよ‥‥しゃーねぇ、これで如月町のゲーセ 
 ンにでも行くか。」
 取り出した財布の中身に悪態を付く。

 そんな中を愛衣は表情一つ変えないで3人に近付き、まるでそれが当然の事かのよ 
うに抜き取った男子生徒の手から財布を取り上げ、倒れた男の子の胸ポケットに戻し 
てやる。
 その行動は全く自然で、3人の男子生徒が呆気にとられてしまった程だ。 
「生きてるかい?」
 ぺしぺしと軽く頬を叩くと
「う‥‥あ‥‥お、女の子は?」 
「ん? ああ、唯なら平気だよ。‥‥‥36×27は? わかる?」
「は‥‥はは、2桁のかけ算は紙と鉛筆が無いとちょっと‥‥」 
「ん、意識ははっきりしてるね。立てる?」

「こら、姉ちゃん。」
 ようやく自分たちが無視‥‥と言うよりバカにされていると気付いたのか、一人が 
愛衣の肩に手をかける。
「人の得物を奪っておいて、それなりの覚悟は‥‥」

「さわるな。」
「は?」
 1対3、しかも相手は女。頭を下げてくるものばかりだと思っていたのか、一瞬耳 
を疑う。刃向かって来るなど毛頭考えていなかった。

「汚い手でさわるなと言ってるんだよ」 
 声のトーンも大きさも全く変わらなかったので、肩に手をおいた生徒は、次に何が 
起こるのか予想できなかった。愛衣は手が置かれた肩をスッと落とし、同時に相手の 
肩口を掴む。次の瞬間、信じられない事に彼の身体が宙に浮いた。
 ダダンッ! 
「かっ‥‥は」
 受け身も何もなく背中から地面に叩き付けられ、呼吸が止まる。 
 対して‥‥何事もなかったかのように立ち上がり、改めて空き地の入り口に立つ唯 
に目をやる愛衣。破れた制服が痛々しかった。次いで倒れた男の子に目を落とす。顔 
に数ヶ所の擦り傷、制服は破れこそしていなかったが、蹴られた痕なのか無数の足跡 
が付いていた。

「てめっ、」
 残った二人がようやく行動を起こした。掴み掛からんと手を伸ばす。だが愛衣はそ 
の手を軽く払い除け、逆に相手の袖を掴むとそのまま背後に回り込んだ。
「ぐぁぁぁ‥‥」 
 本来あり得ない方向に曲げられた関節が、みしみしと本人同様悲鳴を上げる。 
 流れるような、そして相手の力を最大限に利用した動き。

 尋常じゃない!

 ただ一人無事な男子生徒は直感でそう感じた。と同時に彼の行動は攻撃より防御の 
方に重点が置かれた。彼は出口に向かって走り出したのだ。
 そしてそこには唯が‥‥。 
 その男子生徒の動きは愛衣にも察知できた。唯を盾に取ろうというのだろう。だが 
今、後ろ手に掴んでいる手を離すのは得策ではなかった。第一距離がありすぎる。そ 
う判断した彼女はいささか残酷な手段を使った。

 ボキッ!
「ぎゃあぁぁぁ‥‥っ」 
 この世の終わりとも思える悲鳴があがり、唯に向かいかけていた生徒の足が止まる。
 ゆっくりと振り返った彼の目に入ったのは、仲間の妙な方向に曲がった小指だった。
「その娘から離れな。」
 先程から声のトーンが少しも変わっていない。まるで普通に話し掛けられている様 
な喋り方だ。怒気も殺気も含まれない声、それ故に恐ろしかった。
「聞こえない?」 
 ボギッ!
 何の警告も無しに今度は薬指が‥‥しかし悲鳴は上がらなかった。苦痛が限界点ま 
で達した為か強制的に脳がスイッチを切ったのだろう。
 ドォッ!
 同時に全身の力も抜けたので、支えるモノが無くなった男の身体は地面に崩れ落ち 
た。その倒れた生徒に一瞥もくれず、愛衣はゆっくりと最後の一人に歩み寄る。

「あ‥‥あ‥‥」
 今まで完全に優位に立っていた場所から「あっ」と言う間に地の底まで蹴落とされ 
た彼の次の行動はある意味、至極当然のものだった。
「す、すいません。お、俺がやろうって言い出したんじゃないんです。そこの二人に 
 唆されて‥‥」
 許しを請う彼の言葉が耳に入っているのかいないのか、愛衣の歩みは止まらない。 
「ゆ、許して下さい。もう二度と鳴沢さんには手を出しませんから‥‥」
 遂には土下座までして許しを請う。その下げられた頭を見下ろす愛衣。 
「ホントにあの二人に唆されたの?」
「本当です。俺、嫌だったんだけどあいつらには逆らえなくて‥‥」 
 それを聞いて、ようやく愛衣の口調が柔らかくなった。
「そう。脅されたならしょうがないね。立っていいよ。男の子がそんな格好している 
 のを見られたらマズイんじゃない?」
「はっ‥‥はい。」
 優しく言われ、地面に這いつくばっていた生徒がいそいそと立ち上が‥‥ 
 ドボォッ!
「ぐっ‥‥は」
 立ち上がる途中、中腰になった辺りで愛衣のヒザがその生徒の鳩尾に的確に入った。
「バカだね。女の子を盾に取るような奴を許す訳ないでしょ。」
 胃の辺りを押さえながら前のめりになって倒れていく男子生徒に言ってやる。 
 ガッ…
 最後に鈍い音と共に後頭部へヒジが叩き込まれ、その時点で意識の無くなった彼の 
身体は、受け身も取れず顔面から地面へ接触した。
 それでもまだ終わらなかった。一番最初に投げ飛ばした生徒が仰向けに倒れている 
場所まで戻り、その胸ぐらを掴む。そして‥‥
 バシッ!
 あらん限りの力でその生徒の頬を張った。 
「うっ‥‥」
 うめき声が上がり、うっすらとその目が開く。
「気が付いたか? 良く覚えて置きな。今度あの娘に手を出したら指の1本や2本じゃ
 済まないよ。‥‥もっとも、それ以前に洋子や龍之介が黙っちゃいないと思うけど 
 ね。」
 胸ぐらを掴まれた生徒の目が大きく見開かれた。二人の名を呼び捨てに出来るほど 
の女性‥‥
「あ‥‥あんた、一体‥‥」
「二度は言わないよ‥‥返事は?」 
 聞こえなかったかのように答えを促す。それを聞いて男子生徒が慌てた様に首を縦 
に何度も振った。それを見て満足そうに笑みを返す愛衣。
「いい子だ。‥‥もう少し寝てな。」 
 ゴッ!
 言い終わらぬ内に、彼のアゴにヒザ蹴りが決まった。



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