〜10years Episode12〜
構想・打鍵:Zeke
監修:同級生2小説化計画企画準備委員会
 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 
 
【変わらぬ朝】

 朝。
 20帖余りあるその部屋に天窓から光が射し込み、フローリングの床に反射する。
 部屋にはその天窓の他に、西側にもう一つの窓があるのだが、東から登る太陽の陽
は西側にあるその窓から差し込むことはない。
 つい最近まで書斎‥‥と云うより書庫だったその部屋は2つの本棚と、山と積まれ
た段ボール箱が面積の半分を占めていた。
 どうやらこの前の騒動で完全に引っ越しが終わらなかったらしい。
 しかし、部屋が変わったからといって龍之介の朝寝坊が直るという訳も無く、今日
も彼の朝は唯のモーニングコールから始まる。

「お兄ちゃん。そろそろ起きないと遅刻だよ。」
「う〜ん‥‥あと5分‥‥。」
「さっきも同じ事言ってたよ。」
 どうやら既に本日2度目のモーニングコールのようだ。
「ほら、早く!」
 強引に唯が布団をひっぺがそうとするのだが、
「最後の5分だ〜」
 あくまでも龍之介が抵抗する。
 この労力を起きる為に使えば良いのだが、まあ二人にしてみれば朝のコミュニケー
ションみたいなものだった。
 とは言っても、今年で中学3年生になったこの二人。力ではやはりと言うか龍之介
の方が強い。唯が満身の力を込めても、龍之介から布団を引き剥がすことは出来なかっ
た。
「ん‥もう!」
 呆れたように布団から手を離してしまう唯。しかしこの程度で諦めてしまうほど短
いつき合いではない。
「‥‥そう。どーしても起きないってゆーなら‥‥」
 彼女は履いていたスリッパをその場で脱ぎ、一歩、二歩と後ずさりする。
「こうだよっ!」
 だだっ! と助走をつけ、唯が宙に舞った。
 その落下地点には当然の如く龍之介が‥‥そのままボディプレスの要領で、

 どっすん!

「ぐえっ!」
 唯の下敷きになった龍之介が、なんとも情けない悲鳴を上げる。
「起きた?」
 頭から被っていた布団を捲りながら聞くのだが、
「ぐおぉぉ〜。お、重い。‥‥お前、また太ったろ。」
「(カチン)☆!」
 龍之介にしてみれば、挨拶代わりの軽い会話のつもりだったのだが、その言葉は唯
の乙女心をぐっさりと貫いた。
 更に追い打ちを掛けるように、
「2kg太って、45kgってトコか?」
 瞬間、唯の眉がつり上がる。
 龍之介の当てずっぽう(まんざら当てずっぽうでもないのだが)で言った数値が、
昨日お風呂上がりに乗ってみた体重計の数値と見事なまでに合致していたからだ。
 しかも増量分までもがきっちりと正確だった。
 人間確信を突かれると感情の制御が難しくなる(早い話が怒り出す)。
 唯の場合も似たようなモノで、

   ずんっ!

 次の瞬間、全体重(45kg)を込めた膝がピンポイントで龍之介の鳩尾の辺りを
直撃した。
「★○◆△▼〜〜〜っ!」
 声にならない声を上げ、白目を剥く龍之介。
「ふんっ‥‥だ。」
 唯は小さく【あっかんべ】をすると、乱暴に部屋のドアを閉め、階下へ降りて行っ
た。
 こうして龍之介は望み通り、5分‥‥いや20分程の睡眠(気絶)を取ることが出
来たのだが、もちろんそれは幸せなことではなかった‥‥。

            ☆            ☆

 さて、ごくごく一般家庭にありがち(?)な朝の風景。同じ様なことが八十八駅に
ほど近いモーターショップでも起こっていた。

「かーさん! 何でもっと早く起こしてくれないんだっ!」
 バタバタと居間に入ってきたのは、この家の一人娘である南川 洋子。
「目覚まし時計3つも掛けて起きない人間を起こしに行くほど私は暇じゃないの。」
 母親も毎朝のことなので、横目で我が娘をチラリと見るだけに止どめる。
(大した物を食べさせてはいないつもりなのだが、中学3年で身長が170cm近い
 のはどういう訳だろう? その割には出ても良いところが出ていない。)

 そんな母親の視線には気付かず、制服に袖を通し、歯を磨き、顔を洗い、髪を‥‥
「ぐわぁ〜〜! 間に合わないぃ!」
 とても女の子が出すような声では無い。普段なら遅刻しようが、早退しようが一向
に構わなかったのだが、今日は特別だった。
『今度遅刻したら、一週間罰として応接室の掃除当番する。』
 先日遅刻した時、業を煮やした担任の教師にそう宣言させられたのだ。
 で‥‥
 現在時刻は8:00。校門が閉まるのは8:20。そして洋子の家から学校までは
どんなに急いでも15分。
  今、この場で何もかも放り出して家を飛び出せば間に合うが、そうも行かない。長
く伸ばした髪が恨めしかった。

 それでも何とか体裁を整え、コップ一杯の牛乳でトーストを流し込み、自室に戻っ
て中身の無い鞄を手に取る。そして時計を‥‥
 見上げた時計は8時08分を指していた。
「終わった‥‥。」
 途端に動きが緩慢になる。これで一週間の掃除当番が決定したのだから当然といえ
ば当然か。
「あーあ。」
 のたのたと階段を降りて玄関へ。その時‥‥

「おはよーございます。」
 神の声が聞こえた。その声を聞くや否や先程までの俊敏さが洋子に戻る。
 ダダダッ! と転げるように階段を降り、店の勝手口から土間へ降りると、洋子の
言うところの『神様』が彼女の父親と何やら話し込んでいた。

「オイルとタイヤの交換? タイヤは交換してやるけど、オイルは自分でやんなさい。
 その程度の事が出来なきゃバイクに乗る資格は無いよ。」
(この親父には愛想ってモンが無いんだよなぁ。)
 頭の片隅でそんな事を考えるが、当面の問題はそんな事では無い。洋子はその人物
――彼女にとって血の繋がりこそ無いモノの姉と呼べる存在――に向かって自分の存
在を明かした。

「愛衣姉!」
 その声で、自分の方に背を向けていた愛衣が振り返る。
「洋子‥‥まだいたの?」
 洋子がこの時間にここにいるのがどういう事なのかわかっているので、その口調は
ややあきれ気味だ。
「助かった、地獄に仏とはこの事だ。ひとっ走り頼むよ。」
 断りもせずにバイクに跨る洋子。手にはしっかりとヘルメットを抱えている。
「あのね‥‥私だって学校に行く時間なんだけど。」
「いいじゃないか。コイツなら北中まで10分と掛からないだろ?」
 そう言ってタンクの辺りをポンポンと叩いてみせる。洋子の通う中学校――北八十
八中学――までは、人間の足ならばどんなに急いでも15分掛かる。しかし、バイク
なら5分弱で行けてしまう距離だ。ただ‥‥
 愛衣は洋子に向けていた目を洋子の父親の方へ移した。彼女にとっては、こちらの
方が問題らしい。だが、幸か不幸か、

「気を付けてな。」
 無表情に返されてしまった‥‥もっとも、愛娘をタンデムシートに乗せても大丈夫
だという評価を貰った様なものなので悪い気はしない。
「‥‥ったく、『憩』のブレンドね。」
 手に持ったままのヘルメットを再びかぶり要求する。それとこれとは別なのだ。
「えーっ! なんだよそりゃ。『Mute』のコーヒーでいいじゃないか。」
 同じブレンドでも『憩』の方が100円高いのだ。
「何が楽しくて自分でいれたコーヒーを奢って貰わなくちゃいけないのよ。」
 それ以前に『Mute』のブレンドと『憩』のブレンドの違いは価格以外にもあっ
たりする。
「そりゃ確かに『憩』のコーヒーの方が美味いけど‥‥」
 ボソッと洋子が聞こえないように呟くのだが、
「‥‥モカブレンド。」
 その呟きは、しっかりと愛衣の耳に届いていたようだ。
「どうして高くなるんだよ。」
 モカブレンドはブレンドより100円高い。洋子の文句ももっともなのだが‥‥。
「キリマンジャロ。」
 更に100円高くなる。早めに妥協しないと、モノがどんどん高くなる恐ろしいワ
ザだった。
「‥‥‥。」
「ケーキセットにしよっかな。」
「わー、私が悪かった。『憩』のブレンドで勘弁してくれ。」
 容赦ない愛衣に、とうとう洋子が折れた。
「最初から素直にそう言えばいいのに‥‥。」
 ここで、『最初に素直な意見を述べたじゃないか。』なんて事は口が裂けても言え
ない。ただでさえ時間がないのだ。

 ヒュルヒュルヒュル‥‥ドヒュゥン! ドゥドゥドゥ‥‥
 僅かな眠りから愛衣の愛車が再び目覚める。
「行くよ。しっかり掴まって。」
「オーライ。」
 右手でシートのベルトを握り、左手で背後のグラブバーを掴む。バイク屋の娘とあっ
て、きっちりとタンデムシートの心得を身につけていた。
 こうしないと精神的にも肉体的にもライダーに掛かる負担が大きくなる‥‥らしい。
 加減速時に人ひとり分の体重が加わることになるし、体重移動も困難になる。こと
に洋子は女の子としては大柄なので、平均的な身長の愛衣には尚更だ。
 それ以上に、ライダーにとって、タンデムの生命を預かるという精神的負担はかな
りのモノ‥‥らしい(^^;;

 ドゥドゥドゥ‥‥ オォウ オォォォォォォン
 高校生の女の子が操るには、いささか大き過ぎるのではないかと思える400cc
のバイクは、その場に爆音を残し走り出した。
    
            ☆            ☆

 一方、龍之介はというと‥‥北中へとつづく道をジョギングしていた。
 こちらも洋子同様、今日遅刻すれば一週間のバツ当番が待っているのだ。
「はぁはぁ、ぜぃぜぃ‥‥くっそー唯の奴ぅ〜。」
 元はと言えばさっさと起きない自分が悪いのだが、そんな事は露ほども思っちゃい
ない。
 そんな龍之介の耳に、聞き覚えのある音が‥‥
 ヒュゥゥゥゥン‥‥
 バイクには全然詳しくない龍之介だが、この音は聞き覚えがある。
「らっきぃ〜」
 振り返った彼の目に映ったバイクには後光が射していたかも知れない。
 タンデムシートに先客がいる事を知るまでは‥‥。

 すれ違い様その先客‥‥洋子が龍之介に向かって軽く手を振り、愛衣は愛衣でスロッ
トルを噴かして小馬鹿にしたように龍之介を置いて走り去る。
「あ! こらっ、卑怯者。人間だったら2本の足で歩かんかいっ!」
 ついさっきまで後ろに乗せて貰おうなんて考えていた事は、すっかり棚の上に放り、
その後ろ姿に罵声を浴びせかける。しかし、もちろんそんな事で止まろう筈もない。
 走り去ったバイクを追いかけようと龍之介も走り出すが、すぐにそれが無駄な事だ
と言うことに気付き歩をゆるめる。

 オォォォォン‥‥
 が、5分もしない内に今度は前方から先の爆音が聞こえて来た。
「やたっ! 神はまだ俺を見捨ててはいないぞ。」
 無謀にも両手を広げ、バイクの進路に立ちふさがる龍之介。

「‥‥いい度胸ね。」
 バイザー越しにその姿を見止めた愛衣がヘルメットの中で薄い笑みを浮かべ、右手
にほんの少し力を込める。
 ぐぉぉぉん!
 爆音が一際高まる。もちろん脅しの為なのだが、龍之介は微動だにしない。

「あたしも甘いなぁ。」
 やれやれと呟くのだが、その顔は何処か楽しそうだ。徐々にバイクの速度を落とし
ていき、止まった位置は龍之介の手前ぴったり30cmだった。
 すかさず龍之介が横に引っかけてあった洋子のヘルメットを被り、愛衣の後ろに断
りもせずに跨る。
 龍之介もまた、洋子と同様に愛衣の腰に手を回すようなことはしなかった。

 以前、愛衣のタンデムに跨ったとき、
『しっかり掴まって』
 と言われ、
『わーい』
 とばかりに愛衣の腰に抱きつき、本気でぶん殴られた教訓が生きていた。それが全
く無いとは言わないが、別に抱きつかれた事を怒った訳ではない。
【タンデムに跨る者は、ライダーに命を預ける覚悟を求められる。】
『でなきゃ、少なくとも私のタンデムには乗せない。』
 えらい迫力でそう言われては、龍之介も大人しく引き下がるしかない。もっともそ
のお陰で、彼も遅刻が回避出来そうだった。

「運転手さん、北中まで超特急で頼むわ。」
 遠慮の無い龍之介、愛衣もいささか呆れ気味に、
「龍之介を送って行くと私が遅刻しちゃうんだけど‥‥それでもいいの?」
 正面を向いたまま聞く。実際にもう洋子の家にバイクを置いて行く時間的余裕は無
くなっていた。こうなると『白蛇ヶ池公園』に止めていくしかない。後ろに乗せた
《荷物》を北中に届ける余裕は皆無なのだ。
 しかし、それはあくまで愛衣の都合なので、
「俺は一向に構わないぞ。」
 龍之介は全く気にしない。
 その龍之介の答えは愛衣が予想していたモノとほぼ合致した。しおらしくお願して
くれば、身を犠牲にしても送り届けてやろうと思っていたのだが、こう予想通りの答
えを返されてしまっては送り届けるわけには行かない。
 もっとも、愛衣にしても龍之介が『しおらしくお願い』なぞしてくるなんて露ほど
も思っていなかったのだが‥‥。

「そう‥‥私は遅刻したくないから八十八学園に直行するよ。」
 言うや否やバイクは中学校とは反対方向に走りだした。
「こ、こら。そっちじゃない!」
 愛衣の意図を察した龍之介が喚き出すが、バイクの発する爆音の上、ヘルメット越
しでは聞こえるモノも聞こえない。
「かえせー、もどせー」
 無駄な抵抗と知りつつ叫ぶ龍之介。さすがにタンデムシートで妙な行動は取れなかっ
た。タンデムはライダーとは別個に存在しながらも、ライダーと一心同体でなければ
ならない‥‥らしい(^^;

 キーンコーンカーンコーン‥‥

 バイクが龍之介を乗せて走りだした数分後、北八十八中学で予鈴のチャイムが鳴り
響いた。このチャイムが鳴り終わるまでに校門の中に入らなければ遅刻なのだが、幸
か不幸か龍之介の耳にそのチャイムの音は届かなかった。

 この瞬間、龍之介に一週間の校長室掃除当番という義務が生じた。 


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