〜10years Episode6〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

「唯!」
 飛び出して行く唯を、龍之介は呆然と見送るしか出来なかった。
(泣く事は無いじゃないか。) 
 テーブルに視線を落とすと、唯の残した涙の痕が光っている。
(ばかやろ、俺だってファーストキスだったんだぞ‥‥唯が相手じゃシャレにならな 
 いじゃないか。)
 コーヒーカップに手を延ばし、中味を一気に飲み干そうとしたのだが、 
 くわーん!
 後頭部に衝撃が走り、龍之介は危うく口に含んだコーヒーを、吹き出すところだっ 
た。
 頭を押さえて振り返る、トレイを持ったバイト娘が睨み付けていた。
「ぃてーなっ!」 
 龍之介の訴えにバイト娘は平然と
「当たり前でしょ。痛くないようには叩いてないもの。‥‥泣いていたじゃない。何 
 をしたの?」
「関係ないだろ。」
 くわーん!
「痛ーな。」
「女の子を泣かす様な男には、当然の報いよ。」 
「叶(かのう)くん‥‥そのトレーの代金、バイト代から引いていい?」
 カウンターの中からマスターがトレーを指差す。確かに二度の衝撃によって、トレー
の面は波打っており、その役割が果たせるようには見えない。
 が、彼女はそれにも平然と 
「トレーの一枚や二枚でガタガタ言わないで下さい!‥‥それよりあんた、ちょっと 
 そこに座りなさい。」
「もう座ってるよ。それに俺はあんたじゃない。龍之介だ。」 
「へー、いい名前じゃない。やってる事は情けないけど‥‥。」
「何も知らないくせに、偉そうな事を言うなよ。」 
「男の子が女の子を泣かせれば、どんな理由があろうと悪いのは男の子の方なの。」 
「あんたの場合は逆になりそうだな。男を陥れるために、涙を流しそうだ。」 
「も一回叩かれたい?」
「遠慮しとく。じゃ、俺帰るわ。ごちそーさん。」
 立ち上がった龍之介は、彼女の横をすり抜け、レジへと向かう。 
「待ちなさい‥‥。」
 その制服の後襟に手を掛け、彼女が引き戻す。
「まだ何があったか聞いてないわ。」 
「なんであんたにそんな事言わなくちゃいけないんだ? 興味本位で他人の事に首を 
 突っ込むなよ!」
”わーん”と店内に反響するほどの声、
「他人のことだから首を突っ込めるの。誰だって自分には甘いんだから。」 
 全く動じた風もなく、彼女は平然と言ってのけた。
「それに、精神衛生上良くないよ。人に聞いて貰った方がすっきりする事だってある 
 んだから。」
 だからといって、目の前にいる大して親しくもない人間にあれこれ話せるほど、素 
直な龍之介ではない。
「あんたにぴったりの単語を知ってるぞ。お節介というんだ。」 
 ポケットから千円札二枚を取り出すと、彼女にに押しつけ、店の外へ出ていく。 
 さすがに今度は止めることが出来ず、彼女は、渡された紙幣を握りしめ、暫く揺れ 
るカウベルを見つめていたが、カウンターの中の視線に気付くと、仕事に戻った。

                  ☆

 ピザハウスを後にした龍之介だが、さすがに真っ直ぐ家に帰るのは気が引けた。 
 どんな顔をして、唯や美佐子に会えばいいのかわからないし、何を話せばいいのか 
もわからない。
「‥‥相手が唯じゃなかったら‥‥。」
(相手が唯じゃなかったら‥‥他の女の子だったら、同じようにこんな罪悪感を持っ 
 ただろうか? いや、それ以前に、「忘れろ」などと言わないんじゃないか?) 
 自問自答してみるが、答えは出そうに無かった。
「くそっ!」
 吐き捨てるように呟くと、回れ右をして元来た道を歩きだす。忌々しいと思ったが、
あのバイト娘が言った通りだった。  

「言って置くけど、せっかくの土曜の午後に、このまま家に帰るのがもったいないか 
 らだぞ。」
 ピザハウスの扉に手を掛け、自分自身に言い訳をする。

 カララン!
「いらっしゃい。」
 別に驚いた風もなく、先程のウェイトレスが龍之介を迎える。 
「バイト‥‥何時までだよ。」
 彼女は嫌みのない微笑を浮かべ、
「マスター。」 
 カウンター内の男性に声を掛けた。
「はいよ。後は一人で何とかするよ。」 
「別に仕事が終わってからでいいよ。」
「いーのいーの。着替えてくるから待ってなさい。」 
 そう言って、奥の部屋に消えて行く。‥‥と五分もしないうちに、ジーンズにジャ 
ケットという、ラフな格好に着替えたバイト娘が出て来た。
「さっ、行こ。」 
「行くって、どこへ?」
 訝しがる龍之介。
「着いてくればわかるよ。早く来なさい。」 
 右手を引かれ、外へ連れ出される。 
「いいのかよ、バイト。」
「いいのよ、賭に勝ったんだから。」 
「賭け?」
「そう、君が戻ってきたら私の勝ち、戻らなかったらマスターの勝ち。で、私が 
 勝ったら、今日はマスターが一人で頑張るっていう賭け。」
「俺が戻ってこなかったら?」 
「私は今日一日タダ働き。」
「あんまりいい気分じゃないな、賭の対象にされるって言うのは‥‥。」 
「まあ、そう言わないで。驕ったげるからさ。」
”にっこり”と微笑み掛けられ、それ以上何も言えなくなってしまう。 
 目のやり場に困り、視線を落とす。
「おい!」
「ん?」
「離せよ。」
「何を?」 
「手を離せと言ってるんだ。」
 店を出てから、彼女はずっと龍之介の手を握ったままだった。 
「なんで?」
「恥ずかしいだろ!」
 龍之介の顔が、若干赤くなっている。 
「ははーん、龍之介ってば照れてるんだ。」
 益々赤くなる龍之介。
「だっ誰が!」 
 乱暴に手を振りほどく龍之介。
「それに名前を呼び捨てにするな。」
 照れ隠しに威張って言ってみる。 
「いいじゃない。私の方が年上なんだし‥‥。大体なんて呼べばいいのよ?」 
「龍之介様、若しくはご主人様と呼ぶことを許してやってもいいぞ。」
「絶対呼んでやんない。君のことは龍之介。はい、決定!」 
 ビッ! と龍之介の鼻のあたりを指差し、宣言する。
「ちぇ、そう言えば名前、聞いてなかったな。」 
「私? メイよ。叶 愛衣(かのう めい)」
「めぇー? 山羊か?」
「メ・イよ。どういう耳してるの?」 
「メイね、迷路の迷‥‥と」
「どこの親がどんな願いを込めてそんな字の名前を付けるのよ。愛しい衣(ころも) 
 よ。」
 呆れたように訂正する迷‥‥もとい愛衣。
「その字じゃ、ア・イじゃないのか? もしかして五月(May)生まれ?」 
「‥‥あ、電車が来ちゃう。走らなきゃ。」
 駆け出す愛衣、”にやり”と笑い、それを追う龍之介。 
「図星だな。」
「うるさい。」
 大体電車は五分置きに来ているのだ、走る必要はどこにもなかった。

                  ☆

 はーはー、ぜいぜい
「み、みなさい、龍之介がつまらない事言うからギリギリじゃない。」 
 ちょうどホームに入ってきた急行に何とか飛び乗ることが出来たのだが、
「はーはーはー、ぜいぜいぜい」 
 走り続けた龍之介は声も出ない。
「ちょっと、大丈夫?」
「はーはー、あ、あんた、女のくせに、ぜいぜい‥‥足、速いな。」 
「龍之介の足が遅いんじゃない?」
 普段の龍之介なら、思いっきり何か言い返いかえすところだが、今は息が切れて 
それどころではない。
「それから私のことは”あんた”じゃなくて、愛衣さんか、愛衣先輩と呼びなさい」
「はーはーぜいぜい」
 相変わらず、呼吸を整えている龍之介。
「‥‥。」 
 そんな龍之介の肩に愛衣は左手を回し、そのままその手で口を塞ぎ、右手で龍之介 
の鼻を摘む。
 当然、呼吸の出来なくなった龍之介は、それを外そうともがくが、その力は思いの 
ほか強く、外れない。
「わかった?」
 答えを促す愛衣に対し、龍之介は首を縦に振るしかなかった。 
 満足そうに戒めを解く愛衣。
「こ‥‥殺す気か!」
「なんだ、しゃべれるじゃない。」 
 龍之介の訴えを愛衣は平然と受け流す。 
「☆△! ★○! ◆×□◎っ!!!」(←お好きな悪口雑言を入れて下さい。) 
 しかし、それすらも聞こえないフリをする愛衣。
「すっかり秋ねぇ。」
 龍之介の雑言は、電車が如月駅のホームに滑り込むまで尽きることはなかった。

            ☆            ☆            

 家に帰り着いた唯は、真っ先に洗面所に駆け込んだ。蛇口を全開にして水を流し、 
それを手で掬(すく)うと思い切り顔に当てた。水が掛かる度に、瞼が冷やされ、涙 
が引いていくような気がした。
 十数回それを繰り返しただろうか、ゆっくりと備え付けの鏡を覗いてみる。まだ目 
が赤いように見える。
「こんなんじゃ、泣いていたことがお母さんにわかっちゃうな。」 
 笑顔を作ってみるが、どこかぎこちない。
「笑うって、こんなに難しかったんだ。」 
 そんな自分の言葉で、また涙腺がゆるみ、涙が溢れてきてしまう。
「いけない。」 
 先ほどまでの行為が無駄になってしまい、唯は再び水を掬(すく)い、顔に当てる 
作業を繰り返すハメになってしまった。

「お母さん、ただいま。」
 勝手口から喫茶店にいる母に声を掛ける。 
 土曜日の午後ではあるが、今の時間は暇なようで、店内には二組の客がいるだけだっ
た。
「あら、お帰り。今日は随分遅かったわね。お昼は食べた?」
「う、うん。‥‥お兄‥‥友達のお弁当が美味しそうだったから、分けて貰っちゃっ 
 た。」
「もう。帰ってくれば色々あったのに‥‥龍之介君は?」
 一瞬、唯は昨日からの事を全部ぶちまけてしまいたい衝動に駆られた。 
 龍之介にキスされた事、それにより自覚した自分の気持ち。そして先程、「忘れろ」
と言われた事を‥‥。
 母である美佐子に話せば、楽になれるのではないか? そう思った。 
 だが、それはほんの一瞬だった。唯は、そうすることが出来ない環境に自分がいる 
ことが、良くわかっていた。
「‥‥知らない。」
 これだけ言うのが精一杯だった。 
「どうしたの?」
「え?」
「目が少し赤いみたいだから‥‥」
 恐らく気が付いたのは目が赤いことだけではないだろう。 
「さっき目にゴミが入ったからかな? ‥‥あ、手伝う?」
 嘘だと思ったが、美佐子も思春期の娘を持つ母親だ。深く追求するようなことはし
ない。 
「そう。‥‥今日はいいわ。一人でなんとかなりそうだから。」
「そうなんだ。じゃ、唯は部屋にいるから。」 
「何かあったら、お願いね。」
「うん。」
 足早にその場を離れる唯。もう限界だった。自分の部屋に入るなり、ベッドに倒れ 
込む。
 枕に顔を埋めると、じわじわと涙が出てくるのがわかった。そしてその涙は、流れ 
ることなく、枕へと吸い込まれて行った。

            ☆            ☆

「龍之介、次あれに乗ろう。」
「しかし、今月一杯でここが閉鎖になるとは知らなかったなぁ。」 
 愛衣と龍之介は如月遊園地でに来ていた。開園後三〇年経ち、各乗り物の老朽化が 
激しく、閉鎖される事になったらしい。
 閉園記念というのだろうか、今月は入園券を買えば後は、フリーなるらしい。 
 その為、普段では考えられない、混み具合だった。
「跡地には、総合アミューズメントパークが予定されてるらしいよ。」 
「長ったらしい名前だな。」
「わかりやすく言うと、デパートあり、映画館あり、遊園地ありの複合施設よ。ほら、
 早く!」
「うーん、如月町も、いよいよ近代都市の仲間入りか。」
「そんなたいそうなモンじゃないでしょ。それに、開発が進めば、自然が破壊される 
 しね。」
 ビーッ! 警告音が鳴る。
「コーヒーカップに乗って言うセリフかよ? ‥‥しっかり掴まってろよー。思い切 
 り回すからな。」
 カップの真ん中にあるハンドルを、龍之介は満身の力を込めて回し始めた。

 ビーッ!
 ゆっくりとコーヒーカップの回転が治まって行く。
「あんたばか? 限度ってモンを知らないの?」 
 コーヒーカップの回し過ぎで、フラフラになった龍之介を支えながら歩く愛衣。 
「ど、どうしてあんたは‥‥おわっ!」
 支えを失った龍之介が、情けなく地面にへたり込む。 
「なんだって、龍之介。」
 少し前屈みになり、龍之介の顔を覗き込む愛衣が、訂正を求める。 
 バツが悪そうに愛衣から目を逸らし、右手を差し出す。本人は助け起こせという 
意志表示のつもりらしいが、愛衣は取り合わない。
「私は、”あんた”じゃないよ。」 
「わかったよ。愛衣! 早く起こしてくれ。」
「私は、龍之介よりも三つも年上なんだけど。」 
 さすがにそこまで言われて、龍之介も意地になって立ち上がろうとする。が、やは 
りフラついて、うまく立てない。
「意地張ってないで、素直に助けを求めたら?」 
 2人の横を、女の子四人のグループが、クスクス笑いながら歩いていく。
「愛衣‥‥‥‥先輩」 
 愛衣は”やれやれ”といった風な顔で龍之介を助け起こすと、ベンチに座らせ、自 
分もその横に腰掛けた。
「本っ当に、意地っ張りね‥‥もしかしてそれが原因かな? さっきのは。」 
 もちろん、昼間の唯のことを言っているのだ。
「‥‥全然違うよ‥‥あいつは俺の妹だ。」 
「嘘よ!」
 間髪入れずに否定する愛衣。そして龍之介の顔、いや瞳(め)を正面から見据える。
「な、なんで? 嘘なんか‥‥」
 愛衣の吸い込まれるような瞳に、龍之介も言葉を濁した。 
「(嘘なんか)ついてるでしょ。大体あの娘も中学の制服着てたじゃない。中学一年 
 の龍之介に、中学生の妹がいるわけ無いでしょう?」
「双子‥‥」
「往生際が悪いわね。全然似てないわよ。わかるの、あの娘が龍之介を見るときの目 
 は、妹が兄を見る目じゃ無かった。それにね‥‥」
(龍之介があの娘を見るときの目も、兄が妹を見る目じゃ無かったよ。) 
 それを言えば、龍之介がムキになって否定するのが目に見えていたので、口にする 
ような事はしなかった。
「それに? なんだよ。」
 とっさに愛衣は龍之介の名札を指さす。 
「な・ま・え。あの娘の名札は、綾瀬じゃなかったよね。」
 龍之介が愛衣から目を逸らす。完敗だ。

「で?」
「なんだよ。」
「どーゆー関係なの? あの娘は。」
「だから妹だよ。」  
「あんたねー!」
 多少愛衣の語気が荒くなる。
「血の‥‥繋がらない‥‥な。」 
「!」
 さすがの愛衣も、これには絶句するしかなかった。



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