〜10years Prologue〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

 航空自衛隊 新潟救難飛行隊所属の不破三曹はヘリの爆音の中、女の子の泣声を聞
いた様な気がした。
 同僚の田中三曹に顔を向けると彼にもその声が聞こえたのか力強く首を縦に振る。
 間違いない。2人は同時に駆け出した。
 長さが4分の1程度になった機体の後部へ破口から乗り込む。その最後部の席から
鳴き声は聞こえて来ていた。 

「おじさん! どうしちゃたのよ。おじさんってば。」
 田中は通路に転がる遺体を意志力で黙殺し少女に近づいた。
「どうしたの。」と、可憐に尋ねる。
「おじさんが・・・、さっきまではおきてたのに・・・。」
 振り向いた可憐の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「ちょっとごめんね。」
 可憐をひょいと抱き上げると不破三曹に渡し、男性の脈を診る。
 その目が険しくなる。
「外に出す!」
 言うなり鳴沢を抱え上げる。そして可憐に向かって
「大丈夫だ。」と告げる。
「不破さん、その子頼みます。」
 不破が頷き、極力可憐にまわりの状況を見せないように外へ出る。
 続いて田中が鳴沢を担ぎ出す。他の隊員が2、3人寄ってきて鳴沢をマットの上に
寝かし、救命措置を始める。 

 可憐はその様子を見る事は出来なかった。ただ救難ヘリに不破と共に吊り上げられ
る途中1人の男が鳴沢に馬乗りになって何事かをしているが見えた。
 幼い可憐から見れば、それは大勢で1人を虐めているかの様に見えた。
「おじさんをいじめないでぇ!」
 そう絶叫した後、可憐は気を失った、だが手に握られた写真を離す事はなかった。


※同時刻 木原邸 

「唯のお兄ちゃんになって下さい。」 

 突然「お兄ちゃんになって。」なんて言ったら怒られるかな?
「・・・お願いってのはそれなのか?」
「うん。」
「・・・じゃ、俺眠いから。」
 って、あ! 布団の中潜っちゃった。
 あん、だめだよまだ返事聞いてないんだから。えい、布団取っちゃえ。返事くれる
まで寝かさないんだから。
「ねーねー、お兄ちゃんになってくれるの、くれないの。」
「わかったよぉ、明日からでいいだろ。」
 なんかお父さんと同じ事言ってる。じゃ、唯はお母さんの真似しちゃお。
「だめ! 明日は永遠に来るんだから」
「難しいこと言うなよ。わかったよ、今日からお兄ちゃんになるから。」
「誰の?」
 ちゃんと確認しとかないとね。
「・・・唯の」
 なんで渋々なの。ま、いいや
「じゃ、指切り。」
「ゆびきりぃ、そんなお子様的な・・・。」
 そんな事言って指をだしてくれてる。やっぱりお兄ちゃんだよ。
 ゆーびきーりげんまん嘘ついたら針千本飲ーます。
「はい、いいよ。お休みなさい。」
「はいはい、おやすみ。」
 やったね、これで唯にもお兄ちゃんが出来たんだ。これからは龍之介君のこと「お
兄ちゃん」って呼ばなきゃね。 

 一方、龍之介はというと布団の中でにやけていた。
(お兄ちゃんか、悪くないね。友美は泣き虫のくせにすぐお姉さん振るからな。可愛
 くない妹は願い下げだけど、唯が妹なら文句は無いな。)
 まさか鳴沢家の養子にされるかもしれないとは夢にも思わない竜之介であった。



※午前 6時30分 救助活動本部 

「鳴沢 圭一郎さんの関係者の方、いらっしゃいますか?」
 現場にほど近い小学校に置かれた対策本部、そこに着くなり乗り込んできた係員の
声がバスの中に響いた。
 美佐子がゆっくりと立ち上がる。涼子が、続いて綾瀬も立ち上がった。
 係員が歩み寄り、
「鳴沢 圭一郎さんの関係者の方ですか?」
 と、確認の為だろうか、もう一度聞いてきた。
「そうです。」
 思いがけず美佐子がはっきりとした口調で答える。
「どうぞこちらへ。」
 先頭に立って歩き出す係員に無言で続く3人。行き先は小学校の体育館の様だっ
た。 

 救助が始まって間もないのであろうか、体育館の中はガランとしている。だが、数
個の白い布のかぶされた物体が間隔をあけて置いてあった。 

「航空自衛隊新潟救難隊司令 延岡一佐です。鳴沢 圭一郎さんのご家族の方です
 ね。」

 気がつくと先程の係員とは違う明らかに指揮官と思しき人物が立っていた。
 彼は綾瀬達の返事を待たずに歩き出し、1つの白い布の前で立ち止まる。
 「ご確認下さい。」 

 しばらく誰も動かなかった。永遠とも思える数秒の後、美佐子がゆっくりと歩み寄
り布をめくる。
 そこには夫であり、兄であり、そして父親であった1人の男が静かに横たわってい
た。外傷などはなく血色がよければ寝ているかの様だ。 

「おにいちゃん!」
 涼子が泣き崩れる。
 美佐子の口からも嗚咽が漏れる。
 綾瀬は茫然と立ち尽くすだけだった。 

「大変申し上げにくいのですが・・・。」
 3人が少し落ち着いた頃を見計らって、延岡が切り出す。
「ご主人は我々が到着する直前まで意識があった様なのです。その場で隊員が救命措
置を施したのですが・・・。」
 思いがけない言葉に涼子が顔を上げる。綾瀬も延岡に向き直る、だが美佐子は顔を
伏せたままだ。
 沈黙がその場を支配する。
「どうして・・・」
 ポツリと呟いた美佐子が次の瞬間堰を切ったように
「どうしてもっと早く! 5分でも10分でも早く救助に向かってくれなかったの!
 そうすれば・・・。」
 その5分や10分を縮める為に彼らが如何に努力をしているか分からない美佐子で
は無かった。
 それは、やり場のない悲しみが言わせた言葉だった。
 その言葉に対して延岡は黙ったまま何も言い返さない。それ以外彼に出来る事は何
一つとしてなかった。
 
 
  

 午後になり綾瀬の妻、恵の遺体も確認された。だが、こちらは炎に焼かれた為損傷
が酷く、遺留品と薬指にはめられた結婚指輪が決め手になった。
 ある意味、綾瀬は美佐子より幸運かも知れなかった。
 体育館から外へ出るとテレビ局のレポーターが寄って来た。
「どなたが事故に遭われたんですか?」
「妻です。」素っ気なく答える。
「救助が始まるまでに半日近い時間が掛かったわけですが、それについてなに
 か…。」
 その質問をしたレポーターに綾瀬は殺意すら抱いた。
(貴様らに何がわかっていると言うんだ!)
 その怒りを顔に出すことなく言ってやる。
「救難隊の方々は自らの危険も顧みず日の出前に救助活動を行ってくれました。立派
 にその役割を果たしていると思います。」
 レポーターが明らかに「まずい奴に質問してしまった」と言う顔になった。
 その時、体育館内で
「お父さん! おとうさん!」
「あなたぁ! 私と久美子をおいていくなんてぇ。」
 その泣き声にレポーターは、綾瀬に挨拶もせずに中へ飛び込んでいった。
 こんな連中に報道の自由という旗を上げさせては、プライバシーの保護も何もあっ
たもんじゃない。
 今の連中を見ていて、そう思わずにはいられなかった。 

 校庭の一角にある楠の根本に腰を下ろし、恵の遺品を一つ一つ確かめた。
 焼け残った遺品の中には、恵からの最後のメッセージが認められた手帳もあった。
 パリパリになった紙を慎重にめくっていく。
 スケジュール、住所録、そして 

  浩ちゃんへ
 と書かれたメモのページを・・・。 

 「死ぬまでずっと一緒だよ」と言っておきながら
  あなたと龍之介を置いて逝く事になりそうです。
  ごめんなさい。
  龍之介をお願いね。 

  それからもう一つ
  知っているかもしれないけど、この飛行機には圭一郎君も乗っています。
  もし、彼に何かあったらちゃんと責任を取りなさい。
  浩ちゃんが2人を唆したんだから。 

 事実だった。
「そんなに親がうるさいなら駆け落ちでもしちまえ。大体2人とも二十歳を過ぎてい
 るんだから法律的には何も問題が無いじゃないか。なーに心配するな、俺が全面的
 にバックアップしてやる。」
 確かにそう言った、ただそれは酒の席での話だった。
 が、結局2人は入籍し、綾瀬と恵の2人がその保証人となった。
 手紙は続く、 

  でも美佐子に手を出したら許さないから! そんなことしたら圭一郎君と2人で
  化けて出るからね。 

 2ページあけて 

  龍之介、お母さんを許してね、
  できればカッコ良く成長した君と2人で如月町の高台を腕組んで歩きたかったけ
  ど、ムリみたい。
  願わくば君には人の痛みがわかる優しい人になって欲しい。 

  浩ちゃん、
  あなたと出会って12年間とても楽しく、幸せでした。
  さようなら
  私のこと忘れないで。
                      綾 瀬  恵 

 最後まで読み終えて、改めて自分の妻がこの世にいないことを感じた。脱力感が全
身を覆い綾瀬はしばらくの間その場を動くことが出来なかった。


※
 綾瀬が美佐子と涼子のいる教室に戻ると2人は落ち着きを取り戻していた。美佐子
は綾瀬の手にある遺品、そして綾瀬の目が赤いことから恵がどうなったかを察した。
「先輩、これを。」
 綾瀬が近づくと美佐子が一冊のノートを差し出した。表紙には 

    綾瀬 浩史 様
 とある。パラパラと目を通すとどうやら考古学の研究成果の様だった。
「いいのかい?」
「ええ、たぶん先輩の為に遺したものだと思うんです。」
「じゃあ、一応預かっておくよ。」
 預かるだけで中身を利用する考えは毛頭無かった。 

「さて諸君。」
 3人きりで諸君もなにも無いのだが、気分を変えるためにややおどけた調子の声で
綾瀬が提案する。
「我々がここですることは当面無い。今ここを出れば今日中には涼子ちゃんの家に着
 くはずだ。」
「そうですね。子供達も待っているし。」
「唯なんか今頃淋しくて泣いているかもね。帰りましょう。」
 ここにいても状況は何も変わらない。
「じゃ、車を呼んで貰おう。」
「私は家に電話してきます。あ、義姉さんがした方がいいかな?」
「そうね、唯に声を聞かせてあげないと・・・。」 

 綾瀬と美佐子が部屋から出ていくと涼子は自分と夫宛への遺書にもう一度目を落と
す。あたりまえの事だが何度読み返しても文面は変わらない。
 「お兄ちゃん、本気なの。」
 その呟きは誰の耳にも入ることは無かった。

 


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