〜10years Prologue〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

 クスン、クスン
 遠くで子供の泣き声が聞こえる。
『唯、唯なのか?』
 泣き声はまだ聞こえている。
『どこだ唯? お父さんだよ。どうして泣いているんだい。』
「クスンクスン、おじいちゃん起きてよ。」
『なんだ、違うのか。じゃあ誰が・・・。』
 次第に意識がはっきりしてくる。 

『そうか、飛行機が墜落して・・・。』
 恐る恐る目を開けてみる。航空燃料だろうか異臭が鼻を突く。200M程前方に炎
がチラチラ見えていた。
『生きて・・・いるのか、俺は?』
 手足をゆっくりと動かして5体が無事なのを確認する。左足を動かそうとしたとき
激痛が走る。だが折れている訳ではないようだ。
 あとは頭が少しズキズキする程度だった。
「奇跡だな。」
 と呟いた声に
「だれ?」
 と、先程の鳴き声の主がこちらを振り向く。
「やあ、可憐ちゃんだったっけ。」
「おじさん!」
「おにーさんだ。」
「わりとしつこいね。」
 自分の他に生存者がいたことの安心感からか可憐はほんの一瞬微笑を見せたが、
「そんなことよりおじいちゃんが、起きてくれないの。」
そう言って可憐はまた泣き出しそうにる。
「えっ。」
 鳴沢が腕を延ばし老人の首筋に手を当ててみる。脈は無かった。だが
「なんだ、寝てるだけじゃないか。」
 嘘だった。
「ほんと?」
 聞き返す可憐に対して、多少罪悪感はあったが、
「ほんとだよ、だいたい俺だって今まで寝てたんだから。」
 断言する鳴沢の言葉に、可憐は心底安心した様に
「よかった。」と呟いた。 

「そういえば可憐ちゃんてテレビに出てるんでしょ。」
 なるべく意識を老人から離したい為、可憐が話し易い話題に振った。
「あ、おじさんも見てくれたんだ。ありがとう。」
「お礼を言われるほどのもんじゃないよ。やっぱり将来の夢は女優さんなの?」
「ううん、アイドルになりたいの。」    

(この年頃の女の子というのはアイドルに憧れるもんなのだろうか? 唯も同じ事を
 言っていた様な気がする。綾瀬の奴は唯の歌を聴いて『この娘はまっとうな人生を
 歩ませた方がいいぞ』と言っていたが。まあ、俺もそれには反対ではないが。) 

「ふーん、どんなアイドルになりたいの?」
「えーとね、聖子ちゃんや、明菜ちゃんみたいな」
「へー、じゃ歌の勉強とかもしないとね。」
「平気よ、歌は大好きだもん。」
 可憐は胸を張って答える。
「そうか。痛っ!」
 ベルトを外し体勢を整えようとしたとき、左足に力が加わり思わず呻いてしまう。
 そして思い出したかのように、
「可憐ちゃん、どこか痛いところとか無い?」
「平気、おじさんが庇ってくれたから。あの、ありがとうございました。」
「いや、お互い無事だったんだし、いいよお礼なんて。」
 助かってみれば、自分があのような行動に出たのが恥ずかしくなってしまう。
 自分の娘に年齢が近いからといって人はああいう行動がとれるものなんだろうか?
 自問自答してみるが、答えはもちろん出ない。 

「ねえ、唯っておじさんの恋人?」
 そんなことを知ってか知らずか可憐が聞いてくる。
「あ、きこえてた?」
 照れ隠しに笑いながら答えるが、可憐の追求は厳しい
「ねーねー、誰よー」
 鳴沢の肩を揺する。こういう行動も唯に似ている。
「おにーさんの子供だよ。」
「子供? いるの? それなのにおにーさんって呼んでほしいの?」
「うっ。」
 返す言葉もない。
「いくつなの?」
「えっと、30。」(筆者の年齢じゃないってば。)
「立派なおじさんじゃない(グサッ!)。そうじゃなくて、唯ちゃんの!」
「7歳。今年で8歳だよ。可憐ちゃんと同じくらいかな。」
「あたり、あたしはもう8歳になったけどね。」 

 そんなとりとめのない話をしていたが、1時間も経つ頃には可憐は寝息をたててい
た。腕時計(奇跡的に動いていた)を見ると、10時をまわっている。
 外は火災と月明かりのためか完全な闇というわけでもなかったが、救助活動が出来
るほどの明るさがあるとは思えなかった。
「こりゃ、救出は早くても明日の未明だな。」
 夜間のヘリによる飛行は極端に難易度が増す、それがホバリングを含み更に場所が
山中となる救助活動など危険すぎて訓練すら行っていないはずだった。
 救助活動にきて犠牲者が増えてしまったら笑い話じゃ済まないだろう。
「俺ももう少し眠るか。」
 目を閉じると、とたんに睡魔が襲ってくる。先程より頭痛が酷くなったような気が
したが、生きている事を考えればたいして気にはならなかった。


※
同時刻 羽田空港待合室 

「お義姉さん。美佐子義姉さん!」
 ゆっくりと顔を上げるとそこには夫の妹の顔があった。
「涼子ちゃん?」
 涼子と呼ばれた彼女は美佐子の顔を見るなりその顔色の悪さに驚いた。
「俺も少し休んだ方がいいとは言っているんだけどね。」
「綾瀬さん! どうして・・・。」
 別の方向から意外な人物に声を掛けられた涼子の声は待合室に響きわたった。
「恵も・・・、女房も乗っていたんだ。それより済まない、本当は真っ先に連絡しな
 くちゃならなかったのに・・・。」
「恵さんまで・・・。それでどうなんです?」
「群馬の山中に落ちたという話だ。救助は明日の未明から始まる。」
「そんな・・・。なんで今すぐ始められないんですか? そのための救難隊じゃない
 ですか?」
「夜間でしかも現場は山中だ、救難隊の隊員にだって我々のような家族がいる。」
 それは確かにそうだった。


※
「涼子おばさん!」
 聞き覚えのある男の子の声した。綾瀬の方を見る、彼は首を横に振っただけだっ
た。まだ知らないということだろう。
 涼子はちょっと怒った声で、そして努めて笑顔をつくり
「龍之介、私のことはおねーさんて呼びなさいといったでしょ。」
 と牽制する。この辺は間違いなく圭一郎の妹である。
 兄の親友である綾瀬はもちろん、その息子である龍之介とも面識はあった。
 ところがこの悪ガキときたら、人のスカートは捲るは、風呂場は覗くはでとんでも
ない奴だった。
 もちろん、嫁入り前の乙女の肌を覗き見た龍之介はそれなりの代償は払ったわけだ
が・・・。
「ちぇっ、か弱い子供に電気○ンマをかける人間をそんな風に呼べるかよ。」
 龍之介の脳裏に3年前の悪夢が甦る。
「なんか言った?」
「なーんも。」
 すっとぼける龍之介だが、彼の後ろから発せられる声がそれを許さなかった。
「お姉ちゃん、電気ア○マって・・・。」
 あわてて唯の口を押さえるが少し遅かったようだ。
 さすがに実の姪ともなると刷込期間が長い分「お姉ちゃん」呼ばせることに成功し
ている。
「唯は偉いね、ちゃんと『お姉ちゃん』って呼ぶもんね。」
「どうやって脅されたんだ?」
「龍之介!」 

「おいおい、こんなところで子供と同じレベルで言い合いをするなよ。」
 そう言って割り込んで来たのは涼子の夫、哲也だった。
「哲也さん、今晩は。」
 龍之介が声を掛けると、哲也は白い歯を見せて笑い
「お、龍之介君か。でっかくなったな、それに唯ちゃんもか。」
 唯に微笑み掛ける哲也だが、当の唯はコソコソと龍之介の後ろに隠れてしまう。
「やれやれ、まだ俺にはなついてくれんか。」
 そうぼやくと涼子の近くに寄る、二言三言囁き涼子がわかったという印に頷く。
「喉かわいちゃった。龍之介、自動販売機どこ?」
「おごってくれるなら教えてあげる。」
「いいわよ、そのかわり・・・お姉さんと呼びなさい。」
「はいはい、分かりましたよお姉さま。」
「よろしい。唯もおいで。」 

 哲也は、3人が待合室から出ていくのを確認してから一瞬美佐子の方へ歩きかけ、
その顔色を見て綾瀬の隣に腰掛けた。
「美佐子さんだいぶ参っているようですね。まだそうと決まった訳じゃないのに」
「俺だって参ってるよ。雫石では生存者ゼロだ。」
 周りに聞こえないように小声で応える。
「あれは、だって接触事故でしょう?」
「陸地に落ちた事は共通しているよ。」
 しばらくの沈黙
「いずれにしてもまずいですね。」
 美佐子の方をちらっと見て哲也が切り出す。
「ああ、あの親父さんの事だ。これ幸いとばかりに連れ戻しにくるだろうな。」
「どうします?」
「どうします? たって彼女の意志が尊重されるんじゃないか?」
「戻りませんよ、美佐子さんは。」
「だろうね・・・昔からこうと決めたら退かなかったからな。」 

 綾瀬と鳴沢そして綾瀬の妻である恵は、同じ大学の同期だった。
 更に、三人共考古学に興味があり考古学研究会なるものに所属していた。
 最初の学祭で恵の2つ下の妹が連れてきたのが美佐子で、それ以来の付合である。
 美佐子は高校生にも関わらず暇があると研究会の活動に参加し、2年後同じ大学に
入学したとき既に鳴沢にベッタリだった。
 そして2年後、美佐子が20歳になると同時に2人は強引に入籍してしまった。ま
ともに結婚するには2人の間には障害が多すぎた。
 何しろ美佐子の実家は旧華族の流れを汲む名家だったのだ。
 美佐子の父親は次女(下にもう1人弟がいた)とはいえ、たかだか考古学者の卵風
情に自分の持ち駒を取られるのが我慢ならなかったようだ。
 その後1年間、唯が生まれるまで猛烈な争奪戦が両家の間で繰り広げられた。 

「まっ、彼女が戻りたいのならそれでよし、戻りたくないのならその時に考えればい
 いさ。」
「そうですね、今は義兄さんが無事なことを祈りますか。」
「女房の無事も祈ってくれよ。」
 その声はあきらめ口調だった。
「それより子供達どうします? よろしければ僕が預かりますけど。」
「それは助かるけど、君はいいのかい。」
「ええ、僕はここでは外様ですからね。綾瀬さんがいてくれれば僕が2人について行
 くこともないでしょう。それに子供に泣かれると益々辛いでしょうし…。」 
 後半部分は美佐子を見ながらだった。
「そうだな、子連れじゃマスコミのいい標的だ。お願いするよ。あ、でも唯ちゃん平
 気かな?」
「大丈夫じゃないですか? 龍之介君がいれば。さっき唯ちゃんに声を掛けたら龍之
 介君の後ろに隠れてましたよ。さすがに綾瀬さんの子供ですね。」
「どういう意味だい。」
「女の子を扱うのが巧い。」
「こいつ。」
 拳を振り上げてみせるが、もちろん本気ではない。むしろ彼の気遣いに感謝してい
た。
 事故が発生してからまもなく6時間が過ぎようとしていた。



※
 AM 4:30 墜落現場 

 鳴沢は猛烈な不快感により目が覚めた。
 頭痛が酷くなっていた、いや最早頭痛などと言う生易しい物ではなく、頭の中で削
岩機が唸りをあげている様だ。
 おまけに目を開けていても閉じていても、自分の座っているシートが遊園地のコー
ヒーカップのようにグルグル廻っているような錯覚に捕われる。 
『どうなっているんだ』
 ひどく鈍くなっている思考回路を懸命に働かせる。  
『墜落時に予想以上に頭を強く打ったのか。』
 という単純な答えを出すのに随分と時間が掛かったような気がする。
 時計を見ると4時半を少しまわっていた。  
『あと30分もすれば救助が来る』  
 それを頼りに何とか意識を保とうとするが、少しでも気を抜くと深い闇の中に滑り
落ちてしまいそうだった。 
『今度眠ったら2度と目覚めない。』という直感があった。  
 内ポケットから娘の写真を取りだし愛しげに見つめる
「ごめんよ、やっぱりお父さんダメかも知れない。」
 そう呟いてペンを取りだし写真の裏に最後のメッセージを認めた。


   君がいたから いままでがんばってこれた。
                        ありがとう
  

 そこまで書くと鳴沢の指からペンが滑り落ちた。
 遠くでヘリの音が聞こえて来る様な気がした。
 
 
  

 可憐はヘリの発する凄まじい爆音で目が覚めた。
「おじさん、ヘリコプターが来てるよ。」
 何故祖父ではなく鳴沢へ先に語りかけたのかは分からなかった。だが鳴沢は目覚め
る気配がない。
「もう! 起きてよ。」
 体を揺すると目がうっすらと開いた。その顔を覗き込む様にして可憐がもう一度、
「ヘリコプターだよ。」と教える。 

 だが、鳴沢にはそれは聞こえなかった。いや、可憐の姿さえ彼の目には映っていな
い。
 彼に見えているのは自分の娘である唯の姿だった。彼はその姿に向かって自分の手
にある写真を差し出す。 

 可憐が差し出された写真を鳴沢の手から受け取ると、ほんの一瞬鳴沢が微笑んだ様
に見えた。
 と、その手が写真を可憐の手に残し力無く落ちる。
「おじ・・・さん?」
可憐は呼びかけるが、鳴沢の目が再び開くことはなかった。
 
 
  

   AM 4:40  木原邸 

 唯は突然目覚めた。真っ暗な中で圭一郎や美佐子がいないことを思い出すと急に心
細くなる。
「お父さぁん、お母さぁん」声に出してみるが、返事があるわけもない。
 目に涙が溢れてくる。その時、
「泣くなよ、・・みぃ。」
 ビクッとして横を見ると、昨日逢ったばかりなのにやけに自分に安心感を与えてく
れる男の子が寝ている。
「・・・っとに、とも…は泣き虫だなぁ。」
 そっとその子の顔を覗き見るが起きているわけではないらしい。どうやら寝言の様
だった。
「なんでこんなに安心なんだろう。」
 その答えはすぐに見つかった。
 以前学校の行事で帰りが少し遅くなり、雷まで鳴り出した日、帰る方向が同じ友達
と震えながら歩いていると後ろからその友達のお兄ちゃんが
「なに震えてるんだよ、一緒に帰ってやるから安心しろ。」
 と、家まで送ってくれた、あのときの感覚だ。
 あの後お父さんに『唯もお兄ちゃんが欲しい』って言ったんだっけ。そしたら『弟
や妹ならなんとかなるけど、お兄ちゃんは今からじゃつくれないよ。』と言われた。
 なんでだろう、唯は弟や妹なんかいらない。お兄ちゃんが欲しいのに。 

 ・・・そうだ! つくれないなら貰えばいいんだよ。
 そしてまた横を見る。
 お父さんが帰ってきたら頼んでみよう
『龍之介君をお兄ちゃんに貰おう』って。
 うん、我ながらいい考えだよこれは。
 布団を頭からかぶり目を閉じると、今度は別の不安が沸き上がってきた。
「龍之介君がお兄ちゃんになってくれるかなぁ。」
 もし、なってくれなかったら・・・。
「ううん大丈夫、昨日あんなに楽しかったし、龍之介君も楽しそうだった。…で
 も。」
 不安は大きくなるばかりである。
「聞いてみようかな。」
 体を起こして、龍之介の方を見る。
 何度か布団を引張ったり、布団の上から叩いたりしてみたが一向に起きる気配がな
い。
 意を決して龍之介の体を揺すってみても、龍之介は「うーん」と言ったきり起きて
くれなかった。
 仕方なく、なかなか起きない父にいつもやってるように、鼻をつまみ耳元で
「龍之介くーん、朝ですよ。起きてくださーい。」
 と、言ってみる。効果覿面だった。 

 びっくりしたように目をパチクリさせて自分の方に目を向けている。
「おはよ。」
「おはよ、じゃないよ。まだ真っ暗じゃないか。」
 そう言いつつも体を起こしてくれる。
「で、何だよ。トイレにでも一緒に行って欲しいのか?」
「ちがうよ、お願いがあるの・・・。聞いてくれるかなぁ。」
「いいよ、なに?」
 しかし、いざ面と向かって言うとなるとかなり緊張する。
「ゆ、唯の・・・」
「唯の?」
「お兄・・・。」
「なんだよ、聞こえないよ。はっきり言いなよ。」
 そうだ、はっきり言わなくちゃ。お兄ちゃんがいればもう一人きりで家でお母さん
やお父さんを待つこともないんだから。
 そして大きく一つ深呼吸をして、龍之介の顔を正面に見据えて、 

「唯のお兄ちゃんになって下さい。」

 


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