街に出てすぐに一人の男に声をかけられた。
「悪いんだが、ちょっと付き合ってくれないか?」
そんな気障なセリフを口走ったのに気取った感じはなくて、『紳士』って敬称がぴったりのその人はちょっと僕の好みで。
どんなとこに連れてかれるのか不安はあったけど、そのままフラフラとついていった。
その人が僕を連れて行ったのは、小さな洋食屋だった。
すでに2人分で予約してあったのか、席についてすぐにコースディナーが出てきて、たわいない話をしながらそれを食べた。なかなか味のいい料理は高そうなワインと合っていて、久しぶりに楽しい時間が過ごせた。
店を出て、このままホテルにでも行くのかと思っていたら、その人は突然こんなことを言った。
「今日は妻と一人息子の命日なんだよ」
なんでもその人の奥さんと息子さんは、三年前の今日に事故で亡くなったらしい。
その人が仕事に行っている間に家が家事になって、全焼した家の焼け跡から2人の焼死体が見つかったんだって。
今は一人暮らしをしているその人は、2人の命日に2人の好きだったあの洋食屋で食事をするようにしているんだって。
1人で食べるのは味気ないからと、去年と一昨年はあの店のシェフが彼に付き合って一緒に食事をしてくれたらしいけど(シェフは事情を全部知ってるらしい)、今年は僕を見かけてつい声をかけてしまった、と。
どうやら僕は彼の息子さんに似ているらしい。
「あの頃に戻りたいよ」
寂しそうに呟いたその人の横顔が誰かを彷彿とさせるようで 見ていられなかった。
帰り際に「ありがとう」って笑ってくれたその人に、僕も「ありがとう」って言っておいた。
きっとあの人は僕が『夕飯おごってくれてありがとう』って言ったんだと思ってるかもしれないけど……
それ以上の気持ちをこめて言ったんだってことは、自分だけが知ってればいいことだ。 |