お前ら本気の恋をしろ!

─ 1 ─




「はい、OK!」
 歯切れのいい声が室内に響き、それを聞いてはっと我に返った。
「はぁっ、はぁっ」
 まだ激しく乱れている呼吸。全身を包む心地よい疲労感。そして──快感に収縮するアナル。
(すごい……よかった…………)
 こんなふうに最初から最後まで気持ちいいセックスは久しぶりにした気がする。……恋人同士じゃなくても、こんなふうにできるものなんだ……。
「大丈夫?」
 力の入らない身体をベッドに横たえたままぼんやりとそんなことを考えていると、突然上から声が降ってきた。
「うん……平気」
 気持ちいい気だるさから覚めたくないとは思ったものの、俺に気を遣って声をかけてきてくれてるんだろうことがわかったから仕方なく返事をした。うわ……俺、声掠れてる……。
「悪い、俺夢中になっちゃって。ムリさせたか?」
「ううん、ホントに大丈夫だから」
(夢中になった? 俺の身体に?)
 突然落とされた爆弾のような言葉に内心ドキッとしながら、動揺したって気づかれないようにそっけなく答える。こういう言葉は社交辞令だってわかってるのに──あんなに気持ちいいセックスの後だとどうして素直に聞き入れてしまいそうになるんだろう。
「よかったよー2人とも! 本当の恋人同士みたいだった!」
 俺を正気に戻らせた声の主がやけに明るい声で言いながらベッド脇まで近づいてくるのがわかって、俺はようやく身体を起こした。
(もう少し余韻に浸らせてくれてもいいのに……)
 せっかく久しぶりに気持ちよくなれたのに、現実に引き戻らされるのが早すぎる。とはいえ素人出演のAV撮影なんてこんなもんなんだろう(撮影スタッフも、マイクを持ってる人とカメラを回してたこの人の2人しかいなかったし)。
「今までに出てもらった人たちの中でも、君たちほどカップルっぽかった人たちはいなかったよ! きっとみんなも喜んでくれるよ! いやー俺もいいもの生で見せてもらっちゃったなぁ」
「そっすか……」
「それは……どうも……」
 妙に鼻息荒くまくしたてるその人に、俺たちは軽く引いてしまう。そうなんだよな、途中からまるっきり気にならなくなってたけど……この人ずっと俺たちがしてるとこ撮ってたんだよな。──なんか恥ずかしいかも。
 そう思った途端、いろいろな汁で汚れた自分の身体が気になって、身体の下でぐちゃぐちゃにしていたシーツに下半身を擦りつけてた(もちろん誰にも気づかれないようにしながら)。
「とりあえず撮影のほうはこれで終わりだから。すぐに帰ってもらってもいいし、もう少し楽しみたいんだったらこの部屋使ってもらっていいよ」
 手慣れた様子で撮影器具を片付け始めた2人に、帰る支度をしたほうがいいのかと思っていた俺は思いがけない言葉に思わず顔を上げていた。
「え?」
「本当は今日もう1組この部屋で撮るはずだったんだけど、そっちはドタキャンされちゃってね。部屋のほうは明日の朝まで取ってあるから、よかったら使ってくれていいよ。あ、代金はもう払ってあるから心配しないで」
「は、はぁ」
「今日の撮影分がサイトのほうにアップされるのは少し先になるけど、よかったら見てね! じゃあ、出演してくれて本当にありがとう! もしかしたらまた声を掛けさせてもらうかもしれないけど、そのときはまた考えてね!」
 このあとに何か予定でもあるのか口早にそう言うと、2人は慌しく部屋を出て行った。撮影が終わってからまだ10分しか経ってないぞ? いくらなんでも解散するの早すぎないか?
「…………」
「…………」
 その場に残された俺たちは展開の早さにまったくついていけず──まだ汗だって引いてないのに──突然訪れた2人きりの時間に俺は途方に暮れた。
(部屋使っていいって言われても……)
 こんなふうに2人で取り残されても気まずいだけだ。俺たちまだ一言も普通に話してないんだぜ?
 俺は、その……このまま続けてするのも全然OKだったけど……この人にそんな気がなかったら誘っても恥ずかしい思いをするだけだろ?
 でもそのまま無言でいたって仕方ないし、意気地なしな俺はベッドを降りた彼に、
「あの……シャワー、お先にどうぞ」
 なんてことしか言えなかったんだった。
「え? 俺あとでいいよ?」
 全裸のまま部屋を移動していた彼は、脱ぎ捨ててあったズボンを拾い上げながら俺を振り返る。──あ、タバコ吸いたかったんだ……。
「でも、俺のほうが時間かかるし……」
 抱いた側より抱かれた側のほうが時間がかかるのは当然で(今日は中出しされなかったけど、それでも中に残ってるローションとか洗ってたら時間かかるからさ)。そう言えば納得してくれるだろうと思ったんだけど、彼は何を思ったか唐突にこんなことを言ったんだ。
「じゃあ一緒に入る?」
「────え?」
 一瞬何を言われたのかわからなくて聞き返したけど、すぐに彼の言ったことが理解できて勝手に全身が熱くなる。そ、そんなことしたら俺──また勃っちゃうって!
「でも、俺、その……っ」
(落ち着け、俺! 一緒にフロ入るかって言われただけだぞ!?)
 そうだ。別に彼はフロでどうこうなんて考えてないかもしれないんだ。1人でその気になって喜んでたってしょうがないじゃないか。
 そうは思っても、一度抱いてしまった期待は簡単には消せなくて──頭の中に浮かんだアレやコレに気をとられて、気の利いた言葉が出てこなかった。
 すると彼が、タバコを吸い始めてようやく落ち着いたのか軽く笑いながら俺に近づいてきて。……笑ってる顔見るの、最初の打ち合わせのとき以来だ……。
「せっかく使っていいって言われたんだし、ゆっくりしてかねえ? や、そっちに時間あったらってことだけど」
「お、俺は全然……でも、そっちは……?」
「俺? 俺も全然時間あるよ? むしろヒマなくらい」
(マジで!?)
 そう言ってさわやかに笑われて、俺の心臓はどっきーーんと跳ね上がった。反則! 反則だってその顔!!
 しかもこの人、普通に男にも女にもモテそうなくらいカッコいいし──最初会ったとき、顔も体格もモロ好みで全身鳥肌立っちゃったくらいだ──こんなふうに言われたらさらに期待しちゃうって!
「どうする?」
 ベッドに腰かけてきた彼の目をまともに見られなくて、思わずシーツに視線を落とす。うわ、俺の股……自分のですげぇ汚れてる。
 ──だけど彼の誘いに乗れば、もっともっと汚してもらえるのかもしれない……。
「じゃ、じゃあ……一緒に、入る?」
『うん、入る』って素直に答えるのが恥ずかしくて、彼の意志を確認するように俺も聞き返してしまう。でもこんなふうに言えば、一緒にフロに入ってもいいって言ってるようなものだ。
「よし、じゃあ入るか」
 彼はまたしても俺をドキドキさせる顔で笑うと、半分くらいの長さになっていたタバコを吸った。確か俺と同じ年の22だって言ってたけど……なんかそうは見えないくらい大人っぽいな。
 そんなことを考えながら彼の顔に見入っていると、俺の視線に気づいたのか彼がいたずらっぽく笑いながら言った。
「それとも────もう1回ここでしてからにする?」
「えっ……?」
「俺たち身体の相性いいよな。そう思わなかった?」
「え、えっ!?」
「このまま付き合ったりとか──どう?」
「どうって、わ、あっ!」
 突然ベッドに押し倒されて、なにやら夢のような言葉を羅列されて、俺の心臓はさらに大きな音を立てる。
(なに言ってるんだこの人! お、俺たちつい数時間前に初めて会って、セックスしかしてないんだぞ!? まともにお互いのことを知らないのに付き合うって!?)
 ああ、だけどなんて魅惑的な言葉なんだ! ここで俺が頷けば彼は俺のものになるってことだろ? こんなに理想的な彼氏ができるなんて、考えただけでも幸せだ……!!
「あ……ダメだ、俺、すぐ……っ」
「なぁ、本気で考えてくれよ。俺と付き合うの。──な?」
「な、って、ぁ、ん、ん……!」
「いくらでも気持ちよくしてやるからさ」
 彼の言葉は耳に甘く、そしてその身体は非常に情熱的で。
 俺たち(ていうか俺?)はすっかりその気になって、すぐに付き合い始めることになったんだ。


 俺たちが出会うきっかけになったのは、某ホモサイトのAV出演者募集だった。
 だからその時点で気づくべきだったのかもしれない。…………男に『貞節』を求めるなんて、しょせんムリなんだってことを。


= 2 =

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