完全無欠のゴーストハンター

─ 1 ─

 1.

 桜が咲き乱れる4月。
 新しいクラスには、『ウワサ』のあいつがいた。

 
「よおっ、航平!!」
「うわっ!!」
 いきなり後ろからどつかれて、俺は前につんのめった。前に立っていた奴にぶつかりそうになったけど、そこをなんとか踏ん張って。
「てめぇ……」
 後ろを振り返って、俺を突き飛ばした張本人をぎっとにらみつけてやる。
「……俺は何組かなぁ……っと」
 しらばっくれて掲示板を見てるのは、中学の時からずっと同じクラスの、腐れ縁も程々にしといてほしい奴、飯島直紀。
「俺のクラスにゃいなかったぜ、直紀」
「え? ……あ、ほんとだ。おまえBかよ。俺はFだから……5つも離れたんかぁ」
「やれやれ、腐れ縁もやっと切れたってとこだな」
「あー!! そんなこと言うのかよ、おまえ。ひでぇな、いつも何かと助けてやってた恩人に向かってさぁ」
「何が恩人だ。おまえに関わると、いつもろくでもねぇことに巻き込まれてたっつーのに」
 俺は視線を掲示板に戻して、新しいクラスのメンバーを確認した。
(おっ、清水じゃねーか。中1の時以来だな。……宮本も。藤井? 聞いたことねぇな)
 俺の通ってる高校は、ごくごく普通の都立高校。男6、女4の、ヤロー多めの共学だ。今日は長かった春休みが明けての、久しぶりの登校日ってわけだ。
 この高校の入学式には、生徒会役員と……「ナントカ」っていう(忘れちまった)委員の奴らだけが出ればいいことになってる。だからその他の生徒は、次の日から登校する。
 んで、めでたく進級して2年になった奴らが最初にするのが、これ。
 昇降口のすぐそばに張り出されてる、新しく決め直されたクラス表で、自分のクラスと自分を取り巻く環境を確認すること。
 ちなみに、2年から3年になるときはクラス替えがない。よくは知らねぇけど、進路がどうとかって理由らしい。2年の夏休みから進路相談とかが始まるらしいから、たぶんそのままのほうがいいんじゃねぇかって考えなんだろう。ま、そんなことどうでもいいんだけどさ、俺は。
 そんなわけで、玄関でたむろしてんのは2年と、2年の中に好きな奴でもいるらしい一部の3年だけ。真新しい制服を着た1年と、見るからに上級生って感じの3年は、俺たちを横目で見ながら通り過ぎてく。
「あっ、航平、おめぇ相沢と同じクラスじゃん」
「相沢?」
 直紀に言われて、女子の名前のほうに移していた視線を、B組の出席番号1番の奴の所まで戻した。
 出席番号は、男の名前の五十音順に女のやつをつなげたものだ。『青木航平』って名前の俺は、五十音順にされると1番になることが多い。1年の時もそうだった。
 だけど今回は、俺の前に「相沢」っていう奴がいた。
『相沢静』。覚えがねぇってことは、知り合いじゃねぇってことで……。
「何だよおまえ、こいつと知り合いか?」
 あごをしゃくって、相沢の名前を示す俺。
「いんや。だけどさ、おまえも噂くらい聞いたことあんだろ?」
「ウワサ?」
「そっ。相沢って奴が『霊能力者』だってやつ」
「……その相沢?」
「確かそうだぜ?」
「ふーん……」
 そういや、この学校に入ったばっかのときに聞いた気がする。『1年に霊能力者がいた』みたいのを。
 あんま興味のねぇ話題だったし、いつのまにか誰もそんなこと言わなくなってたから、すっかり忘れてた。
「どんな奴なんだ? 相沢って」
 顔も見たことない奴のことを話すのは気が引けるけど……。出席番号近いし、何かと知っといたほうがいいかな、と思って直紀に聞いてみた。
 飯島は、う〜んと考えるような顔をすると、聞いた話を思い出すように話しだした。
「俺もよくは知らねぇけど……なんか、あんまりしゃべったりしないらしいぜ」
「しゃべらない?」
「愛想ないっつーの? 噂が広まってたころさ、みんなすごかったらしいんだよ。あいつのこと質問責めにしたりして。けど、全然答えようとしねぇし、笑わねぇし。
 結局みんな聞くのあきらめて、真偽のほどはまだよくわかってねぇ、ナゾの人物」
「ほー……」
「気をつけろよ、航平。もし噂が本当だったら、相沢の機嫌損ねないように仲良くしとかねぇとキケンだぞ」
「なんで?」
「変な幽霊とかくっつけられちまうぜっ」
「……言ってろ、バーカ」
 アホなことぬかして笑ってる直紀は放っておいて、俺は一人、昇降口へ向かった。
『2−B−2(2年B組2番って意味)』と書かれたプレートのついてるロッカーを見つけ、持ってきていた上履きに履き替えて靴をしまう。教室へ行こうとしたそのとき、ふいに俺のロッカーの上のネームプレートが目に入った。
『2−B−1』。相沢静。
(どんな奴なんだろ……)
 むずむずと、好奇心が頭をもたげてくる。知りたいと思い始めると、どんな細かいことでもいいから情報がほしくなるもんだ。
 俺は辺りを見回して、相沢らしい奴がいないことを確認し(顔も知らねぇのに、何を確認したのか自分でもよくわからんが)、『2−B−1』のロッカーを開けた。
 中に入っていたのは、よく手入れのされてるらしい黒の革靴だった。見たカンジはそんなに大きくなさそうだけど……。
(ま、教室に行けば会えるんだしな)
 俺はますます膨らんだ好奇心を胸に、いそいそと新しい教室へ急いだ。


 2年の教室が並ぶ3階の廊下には、いつも以上にたくさんの人間がいた。新しいクラスに仲のいい奴がいなかったからなのか、どいつもこいつも「残念だったね」とか「いやだなぁ」とか言ってる。その大半は女なんだけど。
 女は男と違って、すぐにグループってのを作りたがるからな。「離れちゃって寂しい」なんて言ってたって、新しいクラスですぐにグループ作るくせによ。
 そういうとこ、男はないからラクだよ。
 よくつるむ連中ってのはいるけど、他の奴と仲良くしたからって女みてぇにもめごとになることもあんまりねぇし。ごくまれにはあるみたいだけど。
 人混みの中をぬって、ようやく2−Bにたどり着いた。ドアは開け放たれてて、教室の中には男しかいなかった。……あ、いや、3人だけ女もいたか。
 ふっと黒板を見て、何か書かれてるのに気づいた。『窓際から出席番号順に座ること』だと。つーことは、俺は窓際の前から2番目?
(ちぇ、やっぱそーくるか。ま、1番前よりマシか……)
 そう思って、視線を窓際2番目の席に移した。──歩き出そうとした足は、なぜか止まったままだった。
 俺の目に写っていたのは、俺の前の席に座って、頬杖をついて窓の外を見てる奴だけだった。
 顔は見えない。座ってるから、どれくらい身長があるのかもわからない。……けど、そんなにデカくなさそうだ。華奢ってわけでもなさそうだけど、だからってがっちりしてるとはいえない体格だと思う。
(あいつが『ウワサ』の相沢……)
 そう認識して、ようやく我に返った。
 心臓が妙にばくばくいってるのに気づき、慌てて深呼吸した。なんでこんなにキンチョーしてんだよっ。
(よっし。いっちょ声でもかけてみるか……)
 これからしばらくは席も前後なんだし、仲良くしなきゃな……なんて、もしかしてこれって言い訳か?
 一歩一歩、まるで猫みてぇに忍び歩きをして。
(「よお、おまえ相沢だろ?」……「相沢、俺、青木。よろしくな」……なんか変だな)
 何を言っていいのか考えてるうちに、奴の背中の前にたどり着いちまった。
 体中の血が、一気に頭に昇ってきたような気がする。
(落ちつけぇ、落ちつくんだ、俺ぇ!!)
 自分自身に言い聞かせる。気合いを入れて、肩をたたこうと手を上げた。
「……」
 だけどいざとなると……どうしたことか、俺はそのまま動けなくなっちまったんだ。
 まるで、見えない壁が、相沢に触らせないように立っているような──いや、壁っていうよりも……相沢自身が『俺に触るな』光線を放っているような。
「──っ」
 手を上げかけたまま硬まっちまった俺。
 相沢は、自分の後ろに人の気配を感じているだろう。だけどまったく振り返ろうとしない。それどころか、身じろぎひとつしねぇんだ。
 なんとなく気が抜けて、俺はそのまま自分の席につくことにした。机にカバンをおいて、立ったまま奴を見下ろしてみる。
 長めの髪のせいで、顔の様子まではわからない。
(このまま声かけたって、無視されんじゃねぇか……?)
 痛いくらいの視線を送ってるっていうのに、全然動じない。こりゃ直紀が言ってた通り、愛想なさそうだな。
 話しかけるのはあきらめて、イスに座ろうとしたときだった。
「おい、青木!」
 後ろから声がした。振り向いてみると、こっちに手を振ってる奴がいた。
「……清水?」
「おう。元気だったか?」
 真っ黒に日焼けした顔で笑ってるのは、中学一年の時に同じクラスだった清水健二だった。俺は清水の所まで行き、空いてた席に座った。
「久しぶりだな、青木」
「ああ。学校ん中でもあまり会わなかったもんな」
「クラス離れてたしなぁ」
「おまえ、何かやってんの? すっげー黒くない?」
「部活でサッカーをね。青木は何もやってないんだろ?」
「何で?」
「中1の時に言ってたじゃん。『運動するのは好きだけど、団体行動にはついていけねぇ』って。何でも器用にこなすくせに、もったいないなって思ってたんだ、俺」
「よく覚えてんな……」
「そりゃ、青木はクラスの中のちょっとしたヒーローだったから」
「ヒーロー? 何言ってんだよ」
「青木ってさ、やることなすこと人目を引くんだよ。今だって……」
「あ?」
「相沢に声かけようとしてただろ、さっき」
(げっ!!)
「……見てたのか?」
「うん。なかなか見モノだったよ。声かけようかどうしようか迷ってるトコ」
(が〜ん!!)
 あんな姿を見られてたなんて……周りから見れば、さぞかしこっけいだったろうに!!
 俺はものすごく恥ずかしくなって、とにかく話題を変えようとした。自分のみっともねぇ話なんて、いつまでもしてらんねぇっ。
「そういやおまえ、相沢のこと知ってんのか?」
 噂くらいは聞いてるだろうと、何気なく相沢のことを持ち出した。そうしたら、
「ああ、知ってるよ。1年の時に同じクラスだったから」
 なんていう返事が返ってきて。
「ああ!?」
 と、俺は思わずデカい声で叫んでいた。
「ホントかよ!!」
「あっ……ああ」
 俺のあまりの剣幕に清水も驚いたらしい。俺ははっと我に返り、一息ついて言った。
「……どんな奴なんだ、あいつ?」
 思わぬ情報源だ。まさかこんなところで相沢のことが聞けるなんて。
「ほら、席も近いしさ。なんか気になってよっ」
「ああ、そうだっけ」
「そうなんだっ。で、どんな奴なんだ?」
 清水が何か言いたそうにしてるのには気づいてたけど、あえて何も言わせなかった。何か聞かれても、なんて答えていいのか自分でもわからなかったから。
 ──どうしてこんなにも相沢が気になるのか、自分でもわからなかったから……。
「相沢かぁ……。んー、なんか不思議な奴なんだよな」
「どんなふうに?」
「必要最低限話さないし、クラスになじもうとしなかったし。最初はみんな話しかけたりしてたんだけど、相沢のほうが相手にしなくってさ、いつのまにか誰も声かけなくなってたな」
「へぇ……」
「でも存在感はすごくあったよ。たまに休んだりしてたけど、あいつがいないだけでクラスの雰囲気まで変わっちまうっていうか……何かが違うような気にさせられるんだ」
 清水がチラッと相沢を見た。俺も横目で見てみたけど、相沢はあいかわらず、頬杖ついて窓の外を見ている。
「そういえば……あれ、本当なのか?」
「ん?」
 俺は、できる限り小さな声で清水に聞いてみた。──相沢の、『ナゾ』の部分を知るために。
「あいつが、『霊能力者』だってやつ……」
「ああ、あれ」
 清水はもう一度相沢のほうを見た。たぶん相沢に聞こえてないか確かめたんだろう。……ということは、こいつ、何か知ってんのか?
「おい……」
 聞きかけた俺に、清水が顔を近づけてきた。反射的に俺も耳を寄せる。
「──たぶんね、ホントだよ」
「ホント!?」
 大声を上げかけた俺に、しーっと清水が言った。あわてて口を押さえる、俺。
「……どういうことだよ」
「みんなには内緒だぜ? 俺、まだ誰にも話してないんだ、このこと。
 1年の時……7月ごろかな、俺、すっげー肩痛かったんだよ。突然痛くなりだして、でも原因がわかんなくって。
 ほら、サッカーで肩なんかあんまり使わないだろ? 激しくぶつかったときに痛めたりするくらいで」
「ああ」
「ぶつけたりした覚えはないし、よくわかんないからほっとけばすぐ治ると思ってそのままにしといたんだ。でも、一週間くらいしても治んなくて、反対にどんどん悪くなってるような気がしてきてさ。
 そんなときにあいつがさ……相沢が声かけてきたんだ」
「え?」
「突然『肩触っていいか?』って言われて、俺、あいつに声かけられたのに驚いて、うなずくことしかできなかったんだけど。20秒くらいかな、肩に手ぇ乗っけられてたのは。
 そのあと『ごめん』って言って、また平然と戻ってっちまったんだ、あいつ」
「そしたら、どうなったんだよっ」
「すぐには何にも変わんなかったんだ。でもさ、1時間後には完全に痛みがなくなってたよ」
「ほぉ……」
「それっきり全然痛くならないんだ、肩。やっぱり相沢のおかげだよな、これって」
「まぁ……そう考えるのが普通かもな」
「だから俺も考えたんだ。あのとき俺の肩には何かが取り憑いていて、相沢が例の力で何とかしてくれたんじゃないかって。もちろんそんなこと、当の本人には聞けなかったから確信はないんだけど」
「そっかぁ……」
「あ、これ、絶対誰にも言うなよ。噂が立って、俺が相沢ににらまれるのはゴメンだからな」
「わ、わかってるよ」
「先生来たぜ」
「おう」
 席に戻る連中に混じりながら、俺はいろいろ考えていた。
(相沢が、本当に霊能力者?)
 さっきの清水の話。あれが嘘なんてことはないだろう。
(だから俺は、こんなに相沢のことが気になってるのか?)
 正直言って、俺は幽霊だとか霊感だとかを信じてねぇ。金縛りだとか霊を見たなんて経験は一度もなかったし、そんな話を聞く機会もほとんどなかったからだろう。
 けど……相沢が『霊能力者』っていうのは、本当かもしれねぇと思った。本人に会うまでは冗談だと思ってたけど。
 あいつの周りを取り巻いているモノが、何だか未知の世界のもののような気がしてならなかった。なんか、そこだけ空気が違うようなカンジがしたんだ。
 席についてからも、俺はじっと相沢を見ていた。だから奴が急に立ち上がったとき、心臓が止まっちまうんじゃねぇかと思うくらいに驚いた。


ないでし。戻るでし。ネクストでし。