生徒×先生 part3(前編)



『ピンポーン。……ピンポーン』
 久しぶりに鳴るチャイムの音。その少し癖のある押し方に、僕は伏せていた顔をはっと上げた。
 眼鏡を外した視界でははっきりと確認できなかったけど、時計の針は22時を過ぎている。こんな時間にセールスや宅配業者が来るとは考えにくいし、かといってあまり外向的な性格ではない僕のところに訪ねてくる友人などほとんどいない。……いるとすれば『彼』だけだ。
(まさか……な)
 見るとはなしにつけていたテレビの音が響く部屋で、今聞いた音は空耳だったのかと玄関の方を見つめたまま硬直していた僕は、再び鳴らされたチャイムの音に反射的に立ち上がった。
「徹……っ?」
 胸の内で、そしてこの部屋の中で何度も何度も呼び続けた名前が唇から零れ落ちる。この一ヶ月あまり、本人に向かって呼びかけることのできなかった名前が──。
「徹……徹っ」
(会いに来てくれた……徹が僕に会いに来てくれた!)
 再び鳴らされたチャイムの音に急き立てられるように足が動く。気がつくと、僕は玄関に向かって歩き始めていた。
 数日前から引いている風邪のせいか、それとも慣れない酒を飲んでいたせいか……足取りがおぼつかなくて壁に肩を預けながらでないと歩けなかったけれど、足がもつれて転びそうになっても玄関に着くまでは立ち止まりたくなくて。
「待って、今開けるから……っ」
 裸足のままで玄関に下り、脱ぎ捨てられていた靴を踏み散らかしながらノブに手を伸ばす。
 手がうまく動かないことにイライラしてガチャガチャと鈍い音を立てながらチェーンをいじる。必要以上に力が入って、毎日使っているはずのそれがうまく扱えない。
「早く、早く〜〜っ」
 自分でも驚くほど乱暴な動きでチェーンを外し、その下についていた鍵も外す。
 そしてそのままの勢いを保ち、ノブを回すと同時に強くドアを開けた。
「徹……!!」
「────!?」
 どんっという衝撃と共に柔らかい壁にぶち当たり、僕は夢中でそれにしがみつく。僕のそれよりずっと広くて厚い胸板に、必死で頬を擦り寄せた。
 徹は突然の衝撃に一瞬よろめいたけれど、腕の中に飛び込んだ僕の身体をしっかりと抱き留めてくれて。
「白木……先生?」
「会いたかった、会いたかったよっ!」
 久しぶりの感触。久しぶりの徹の熱。嗅ぎ慣れないコロンの匂いがしたけれど、僕はあえて気にしなかった。匂いの変化が、徹の心にも変化をもたらしているのではないかという疑念を持ちたくなくて──。
「先生……」
「ごめん……ごめん徹」
 上から降ってくる声が決定的な別れの言葉を口にするのではないかと怖くて、大きくて広い背中に爪を立ててしまう。
(離したくない。僕の前からいなくならないで欲しい……!)
 この存在を自分の元に留めておけるならばどんなことでもできる気がして、僕は正常に働こうとしない脳を必死に揺り動かして言葉を続けた。
「ぼ、僕、こんなふうに人と付き合ったことってなかったからいつも不安で──」
「……え?」
「徹はいつも僕のこと、楽しませてくれたり幸せな気持ちにしてくれたりしてるのに、それなのに僕には何もできなくて、どうしたらいいんだろうってずっと思ってて……」
「────」
「そんな僕のうじうじした態度が徹のことを煩わせてたんだったら……本当にごめん。ごめんなさい」
「……」
「でも、…………、ぼ、僕が徹の気に障るようなことをしたんだったら謝るから……も、もう怒らせるようなこともしないから……っ」
「…………」
「だから、もうどこにも行かないで……っ」
「先生…………」
「行かないで……」
 頬を伝う涙が徹の着ている柔らかな布地に染み込んでいき、全てを許容してくれているような錯覚を受ける。やっと手に入れることができた温もりに、限界まで張り詰めていたものが瓦解したようだった。……身も世もなく涙を流しながら許しを請う僕の姿は、きっと史上最悪なものだっただろうけれど。
「せ、先生……とりあえず中に入りましょう」
 僕のあまりの醜態に恥ずかしくなったのか、徹は僕の身体を抱き締めたままドアを開けて中へと入れてくれた。その間も僕は徹の身体から離れたくなくて、コバンザメのように貼りついたままだった。
 大きな音を立ててドアが閉まり、そこで僕はようやくほんの少しだけ正気を取り戻した。ここでこんなふうに抱き合ったままだなんて、せっかく訪ねてくれた徹にもいい迷惑だろう。
 ──それに、ここじゃゆっくりできない。彼の熱を味わうこともできない…………。
「ご、ごめんね、取り乱しちゃって……入って?」
 完全に身体を離す気にはなれず、徹の腕をぎゅっと強く抱いたまま中へと促す。徹は靴を脱ぐことにためらいをみせたけれど、僕が手を離さなかったせいか何も言わずに上がってくれた。
 だけど何か抵抗を感じているのか……どこか重い徹の足取りに気づかないフリで、僕はわざとはしゃいだような声を上げた。
「ちょっと散らかしちゃってるんだけど、びっくりしないでね」
 そう宣言しつつ、テレビがつけっぱなしになっていた部屋に足を踏み入れる。すると、僕の目線の高さにある徹が息を飲むのが聞こえた。
 もしかしたら、部屋の惨状に驚いているのかもしれない。──僕の部屋はどちらかというと物が少なくてすっきりしていたはずなのに、今はひどい有り様だから。
 徹が来なくなってから、僕はそれまで熱心にやっていた部屋の掃除を怠っていた。男の部屋だったらよくあることかもしれないけれど、自分の部屋がそんなことになるなんて思ってもいなかった。……正気を取り戻したときに受けるだろう衝撃を思うとちょっと可笑しくなるけれど、今はそれどころじゃない。
「ねぇ、座って。今お茶を淹れてくるから」
 部屋に入ったきり固まったように動かなくなってしまった徹に軽く言って、台所へ行こうと身体を翻す。
 だけど、徹が来てくれたことに安心したせいか再び足元がふらついて……軽い目眩と共に意識が遠のいた瞬間、強い力で肩を掴まれてはっと我に返った。
「大丈夫ですか、白木先生?」
「う、うん……大丈夫。ありがとう」
 僕の足元が安定すると、大きな手から力が抜ける。でもまだ僕の様子を心配してくれているのか、その手は僕の肩に乗せられたまま離れなくて……そんな些細なことも幸せに思えた。
「先生、身体が辛いのでしたらベッドで休まれていないと……それに、具合が悪いときはお酒はよくないですよ」
 他人行儀な言葉遣いは、僕らがまだ関係を持つ前のもののようで。
 僕は肩に置かれていた暖かい手に自分の手を乗せ、身を翻して徹の腕の中に飛び込んだ。
「だって、徹が来てくれないから……僕、寂しくて…………っ」
 徹の忠告に僕は甘えたような声音でそう返す。声の中に、『徹が来てくれないのがいけないんだ』と責めるような調子も含めながら。
「…………先生」
 そんな僕の態度に困惑したのか、徹は僕の身体に腕を回すこともせずに固まってしまって。なんだか今日の徹は、いつもの余裕がないみたいだ。
「…………」
 身体を預けるように厚い胸に顔を埋めている僕を、徹の眼差しが見下ろしているのがわかる。彼の視界の中に自分がいると思うだけで、それだけでなんだか安心できる。
 沈黙が部屋の空気を重苦しいものにしていくようだったけれど、僕にはそんなことはどうでもよかった。
(ああ……徹だ。徹の熱だ……!)
 自分の身体にじわじわと浸透していく熱の気持ちよさ。愛しい者に触れることができる幸福。そして、自分がどれだけこの熱を欲していたのかがありありとわかるほどの渇望感。
「とおる……」
 僕の身体の中で忘れかけていた感覚が沸き上がってくる。徹に教えてもらった、他人の体温の心地良さや昂揚感が肌に蘇ってくる。
 ほぼ毎日のように与えられていたその熱を思い出してしまえば、欲求を押さえつけておくことができなくなってもおかしくはないだろう。──少しくらい乱れたって、徹ならわかってくれるはずだ。
 僕は縋っていた身体から自分の身体を引き剥がし、ゆっくりとその場に膝をついた。
「……先生?」
 僕の行動を不思議に思ったらしい声を頭上に聞きながら、両手を上げて目の前にあった布地の砦を開こうとした。……僕を幸福へ導いてくれる凶器が隠されている、その場所を。
「し、白木先生!?」
 そんな僕の行動にぎょっとしたように、徹は大きな声を上げると僕の両腕を掴んで僕の動きを制御する。
 そして強い力で腕を引くと、僕の身体を立ち上がらせた。
「ど、どうされたんですか、こんな──っ」
 徹は僕のしようとしていたことに心底驚いたようで、焦ったような困ったような声で僕を非難する。なんで……なんでさせてくれないんだろう……?
「どうして……?」
「せ、先生?」
「どうしてさせてくれないの、徹?」
「させて、って……っ!?」
 珍しく裏返ったような声を上げる徹に、ますます様子がおかしいと思う。でも激しく酔っているせいか、見上げた徹の顔ははっきり見えなかった。大好きな顔をちゃんと見たいのに──どうして僕を拒むのか、その真意を汲み取りたいのに…………。
「徹、僕のことが嫌いになったの……?」
「そんなこと……ないですよ」
「じゃあ、なんで僕を避けはじめたの? 学校でも僕の事を無視して……家にも来てくれなくなっちゃって──」
「そ、それは──っ」
「徹に嫌われたんじゃないかって、僕ずっと不安だったんだから。嫌われてたらどうしようって、ずっと考えてたんだからっ!」
 いつもの僕だったら絶対に聞けないようなことを矢継ぎ早に捲し立て、さらには口に出して言うのも恥ずかしい本音が洩れてしまう。さらにそのままの勢いで、目の前にあった徹の身体に再び身体を寄せた。
「──────!!」
「あったかい……徹の身体…………」
「し、白木先生っっ」
 徹の声をまるきり無視してその胸に頬を預けると固いものが頬に当たり、それが徹の着ているシャツのボタンだとわかったときには、僕の手は自然と動いていた。
「せ、先生っ!?」
 上擦ったような声を右から左へ聞き流し、うまく動かない手でボタンを全部外す。
「僕の事嫌いになったわけじゃないなら、触ってもいいよね? 徹の身体直に触っても……全然大丈夫だよね?」
「え……えっ!?」
「徹も僕のこと触ってくれるよね? 抱いて──くれるよね?」
 露になった固い胸板に手を這わせ、再び顔を近づける。皮膚を軽く跳ね返す鼓動が、さっきよりずっと早くなっている。
 徹が僕に触られてドキドキしてる…………そう思ったらもう我慢することなんてできなくて、僕ははしたない言葉を口にしていた。
「抱いてよ…………今すぐ、僕を…………」
「え……っ!?」
「抱いて、徹」
「せ──先生……!?」
 徹の胸に顔を預けたまま自分のシャツに手をかけた僕に、徹が驚いたような声を上げる。なんで今さら驚くんだろう。いつもは僕に『脱げよ』って言ってくれるのに……。
「徹……」
 床にシャツを落とし、あまり体温の高くない素肌に掌を滑らせる。すると胸の突起は早くも固くなりはじめていて、僕は自分でそれを摘んだ。
「ここ……自分でいじっても全然感じないんだ。徹にして欲しくて…………っ」
 指先で数回転がしてから、徹がいつもしてくれていたように爪の先で引っ掻く。目の前にいる徹がしてくれるのを想像するだけで、身体がだんだん熱くなってくる……。
「あ……徹、早くここ……触って……っ」
 だらんと垂れていた徹の右手を掴み、今まで自分でいじっていた胸まで導く。固い指先が尖った尖端に触れた瞬間身体が跳ね上がり、僕は掴んだままの徹の手をさらに動かした。
「あ……ぁ、あ…………っ」
 背筋に走る悪寒のような快感に、急激に下腹部が窮屈になっていく。その変化を徹にも知ってほしくて、徹の身体に腰を押しつけようかとも思ったけど──さすがにそんな勇気はなかった。
 でも、同じほど徹にも感じて欲しくて……。
「しらっ、白木先生っ!?」
「お願い、拒まないで……」
 高まる感情を堪えられず、徹の肌に乗せた掌を滑らせながら膝をついて──今度こそは制止される前に実行してしまおうと、自分でも驚くほどの手際のよさで徹のズボンを開いていた。
「わっ、わぁっ!!」
 甲高い声を出した徹に、悪戯が成功したような気分になって口元が緩む。だけど僕の目的は徹を驚かせることではなかったから、その声には何も答えずにさらに手を動かした。
 体温が移った薄い布地を引き下ろせば、僕が求めたものがそこにある。それに早く触りたい。早く──愛おしみたい。
(徹を感じたいんだ……僕を愛してくれた徹を…………)
 その一心で黒い茂みを掻き分けると、そこには変化し始めているものがあって──。
「あ…………」
「!!」
 僕が望んだ状態になり始めているそれに嬉しくなって思わず声を上げると、徹の両手が素早くその場所を隠そうと伸びてきた。
「待って、徹っ」
 その両手を振り払い、まだ柔らかいままのそれを握る。するとそれはその瞬間から急激に硬さを増してどんどん大きくなり、僕の眼前に隆々と勃ち上がった。
 顔を軽く上げなければ尖端が見えないほどに育った徹のペニスに、僕は喉を鳴らしていた。
「これ……これが欲しかったんだ」
 大きくなった徹が愛しくてたまらなくて、太い幹を両手で握り込み手を上下に動かす。すると僕の手の中の徹が左右に大きく揺れ、その様に僕の理性は吹き飛んだ。
「もっと……もっと大きくなって…………っ」
 僕の中で暴れ狂う熱の塊をこの手で作り上げたくて、徹に顔を近づけ躊躇せずに口を開く。
「んっ」
 口内に尖端を含み、軽く吸い上げながら顔を上下させる。それから一度顔を離し、含みきれなかった部分を中心に舌を這わせた。
「ん……ん、んんん……っ」
「せん……くぅっ」
 ピンと張った薄い皮に舌を這わせるたびに徹の声が細くなる。僕の行為で動揺する徹なんて初めてで、僕はさらに夢中で舌を動かした。
「はぁ……ん、ん……」
「──ふっ、ふっ」
 ぴちゃぴちゃと卑猥な音をさせるとそのたびに徹の身体が小刻みに跳ね上がる。それが妙に嬉しくて、僕は調子付いて徹を再び頬張った。
「んくっ・んっ、ん、ふっ」
「うっ!!」
 息苦しいのを我慢して限界まで徹を呑み込む。口の中いっぱいに徹の熱が広がって、僕の思考はさらに正気をなくした。


 さあエロ後編へ!(蹴)

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