『アキラへ
今日も1日何事もなく過ごせました。
俺はいじめも体罰も受けてないですよ。心配しないでください。
あ、でも……アキラになら守ってもらいたいかも……なんてね(*^o^*)
夢の中の俺は、どんな姿だったんだろう。気になります。
実物を見てもアキラをがっかりさせないといいんだけど(笑)
俺もあなたに会いたいです。直接会って、話をしたいです。
アキラの都合のいい日、教えてください。
返事待ってます。
ミヅキより』
送信ボタンを押してから、俺は机に突っ伏した。
結局すぐには返事が書けず、父親へのメールを書いたりネットをぼんやり眺めてさんざん迷ったあげく、こんなメールを出してしまった。
だって、やっぱり会ってみたくなっちゃったんだ。アキラがどんな人なのか……すごく、気になって。
俺の中でアキラは大きな存在になってきてる。実際に会ったことはないけど、でも……いつのまにか、恋してるときと同じくらいどきどきしてる自分がいるんだ。
アキラの顔を見てみたい。声を聞いてみたい。どんなふうに話すのか知りたい。
全部が俺の想像通りだったら……俺、どうにかなってしまうかも。
「どうしよ〜〜」
アキラも本気で俺と会いたいって思ってくれてたら、きっとすぐに返事がくるだろう。もしあのメールが社交辞令だったら……悲しいけど、なんの反応もないんだろうな。
「返事、来ますように!」
俺はパソコンの画面に向かって両手を合わせて拝んでいた。
2日後。
学校から速攻帰ってきた俺は、メールボックスにアキラからのメールが来ているのを見つけた。
メールのタイトルは『OK』。
俺は制服を脱ごうとしていた手を止めて、椅子に座ってメールを開いた。
『ミヅキへ
メールありがとう。ミヅキも僕と会ってみようって気持ちになってくれたんだね。すごく嬉しいよ。
僕の都合に合わせてもらえるのかい? だったら来週の週末はどうだろう。任せてくれるなら、待ち合わせ場所や時間は僕が決めるけど……いいかな?
君に会えるのを楽しみにしてるよ。
アキラより』
「よかった……!」
アキラが俺に会ってくれる! そうわかった瞬間、嬉しいって気持ちがふつふつと沸き起こってきて。
だけどその直後から、重い不安がどっと押し寄せてきた。
アキラは俺のことを、どんな奴だと思ってるんだろう。アキラが考えてる俺と、実際の俺と……全然違うものだったら、どうしよう。
それにアキラも、俺が思ってるような人じゃなかったら…………。
(楽しみなのに怖いなんて……)
アキラと会えるんだっていう期待のどきどきと、幻滅されたらどうしようっていうどきどき。どっちのどきどきかわからなくなるくらい、俺の胸はずっと高鳴り続ける。
だけど約束の日は、確実に近づいてくるのだった。
「ここでいいんだよな……?」
アキラは、都内でも高級ホテルとして名高い○×ホテルのロビーを待ち合わせ場所として指定してきた。
今まで縁のなかったようなところに呼び出されて、どんな格好をしてけばいいのか悩んだけど……そのままの俺を見てほしかったから、いつもとなんら変わらない格好で来ていた。
……かなり場違いな人間になってるってことは、中に入った瞬間から気づいていた。けど、引き返して着替えてくる時間なんてない。待ち合わせ時間に遅れたりしたら、アキラは諦めて帰ってしまうだろうし。
すっぽりと体が埋もれてしまうふかふかのソファに座り、もじもじしながらアキラを待つ。
(こんなところを待ち合わせの場所にするなんて……アキラっていったい何者?)
ものすごい金持ちの坊ちゃん? それともエリートサラリーマン? なんにしろ、俺の周りにはいないようなタイプの人間に違いない。
しかもホテルなんて……と、よこしまなことを勝手に考えて赤くなる俺。アキラにそのつもりがあるかなんてわかんないのにさ。
(20代って言ってたし……オヤジじゃなければ──してもいいかな)
自分でも大胆なことを考えてると思った。まだ会ってもいない人とそんなことをするなんて──これじゃ、援助交際と同じようなものじゃないか。
(まあそのあたりのことは、実際に彼に会ってから考えればいいことだし……)
「……遅いな、アキラ」
ロビーに置かれていた大きな時計を見て、約束の時間からすでに20分もオーバーしていることに気づいた。……変なことを考えてるうちにかなり時間が経ってたみたいだ。
ソファから体を起こし、きょろきょろと周りを見てみる。ロビーにいるのはサラリーマンみたいな人や何かの集まりで来ているらしいパーティ仕様の服を着た人、それからホテルで働いている人たちが忙しそうに動いていた。
俺はアキラに言われた通り、目印として白いバラを1本持ってきていた。ここに来る途中の花屋で買ってきたバラは、大理石の机の上にどこからでも見えるように置いてある。
『君を見つけて僕から声をかけるよ』
アキラはメールでそう言っていた。だから俺はアキラを見つけるすべがない。外見的特徴もきちんとは聞いてなかったから、これだけの人の中からそれらしい人を見つけて声をかけるなんてこともできそうになかった。
「アキラ……」
名前を呟き、もう一度深くソファに座ると、突然背後から叫ぶような調子の声が聞こえてきた。
「だから、先生が見つけてこいっておっしゃったんですってば!」
「来てるわけがないじゃないか、こんな所に。いればすぐに見つけられるだろう!?」
「でも、その少年が来てからじゃないと話の続きが書けないと──」
「まったく、どうしようもないな高村先生も! 評判はいいが、実際に行動しながら話を書くなんて」
「なかなかおもしろくて僕は好きですけどね。出会い系サイトで知り合った2人がどうなるか、あの続きが気になるじゃないですか」
「そりゃそうだが。だが、それに付き合わされる俺たちのことも少しは考えてほしいもんだ」
(出会い系サイト……?)
どこかで聞いたことのある単語だ。俺はソファに顔を隠しながら、そいつらの声に耳を傾けた。
「しかし、よく相手が見つかったもんだな」
「それだけ出会いを求めてる人が多いってことですよ、きっと。先生もなかなか楽しんでらっしゃるようでしたよ」
「しかも男同士か……高村先生が『そう』でないことは知ってるが、やはり気色いいもんじゃないな」
「女性ファンにはとても好評ですよ。リアリティがあるって。まあ彼女たちも、先生が実際に男性とメールのやりとりをしてるとは思わないでしょうけどね」
「しかも少年! 一歩間違えれば淫行罪で訴えられるぞ。確か相手は未成年だろ?」
「そうらしいですね。だけど、どこまで本当のことを言ってるかわかりませんし。もしかしたら成人はしてるかも」
「まあなんでもいいがな。とにかく早いとこそいつを見つけて先生のところへ連れていくぞ。目印はなんだった?」
「白いバラです。白いバラを1本持ってくるように指示したらしいですよ」
そいつらがそう言った途端、俺は勢いよくソファから立ち上がっていた。
俺の座っていたソファのすぐ後ろに立っていた2人組は、突然姿を見せた俺にぎょっとしていたが──俺の手に握られていた白いバラに気づくと、みるみる笑顔になった。
「君、ミヅキ君だね!? 高村先生と待ち合わせていた!!」
「アキラだったかな、確か……先生のハンドルネームって。とにかく、ここで待ち合わせてたのは君だったんだね?」
「悪いんだけど、すぐに彼のところへ行ってあげてくれないかね」
まくしたてるように言われ、そいつらがアキラの代理だってことにようやく気づく。
「アキラは……?」
俺が訝しがるような目で2人をじっと見ると、愛想笑いを浮かべたまま2人は必死に言葉を発した。
「高む……アキラさんは、その、今忙しくて──ここに来られないんですよ」
「そうなんだよ。ああ、だけどこのホテルのスイートに泊まっていらっしゃってね。部屋でなら君と会えるって言ってるんだ。行ってあげてくれないかな?」
「……なんでこのホテルにいるのに来れないんだよ? ここまで来て、俺と話をするくらいの時間もないのかよ?」
「そ、そうなんだ、とにかく忙しい人だからね。──さあ、君から彼に会いに行ってくれたまえ」
小太りの、たぶん会社の中では偉い地位にいるんじゃないかって感じの男が俺に手を伸ばしてくる。慌てて俺の背後に回り、体を捕らえようとしたひょろひょろの男は新入社員なんだろうか。
俺は腕を掴もうと伸ばされてきた手を振り払って、人垣を掻き分けて外へと飛び出した。
「あっ! 待て、君!!」
「待ってくれ、ミヅキ君!!」
でかい声で呼び止められたけどそれを無視して、とにかく全力で走った。行き先なんて考えられなかった。──とにかくホテルから遠ざかりたくて仕方なくて。
そのまましばらく走り続け、誰も追ってこないことを確認してから立ち止まった。
呼吸が乱れる。心臓が、破裂しそうなほど早く打ちつけている。だけどそれは走ったからだけじゃない。
(──だまされてたなんて!)
右手でぐっと握りしめていたバラを、力一杯地面に叩き付ける。バラは花びらを散らし、見るも無惨な姿になってしまった。
あいつらの話をまとめると、つまりこういうことだろう。
俺が出会い系サイトで知り合ったアキラは、本名──ではなく、ペンネームってやつなのかもしれないけど──を高村といって、作家か何かをしてるらしい。ホテルの部屋に缶詰めにされて一歩も外に出られないっていうからには、相当忙しい人なのかもしれない。俺は本を読むことがほとんどないからわからないけど、有名な人なんだろうか。
そしてその高村は、出会い系サイトで出会った俺とのことをおもしろおかしく書いているらしい。完全ドキュメンタリーのつもりなのかなんなのか、ホントに迷惑な話だけど。
(気づかなかった俺がバカだったんだ……)
どうしてだまされてるって気づけなかったんだろう。アキラの書いたものはすでに世間に公表されて、たくさんの人間に読まれているというのに。
視界がぼやけてくる。気づくと俺の足元には、数滴の雫が垂れたような染みができていた。
「ばかやろう……」
突然突きつけられた現実。心にぽっかり開いた穴はどうしたら埋められるのか……俺にはわからなかった。
|