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        ところが、である。今年は山家の態度にも変化が生じた。毎年、夏休みの期間は、秋の公募展に出品する絵の構想を練り、作品に取りかからねばならない時期で忙しい。子供と出かけるのは2日間ぐらいなものだ。あとはアトリエにいるのである。 
         
          しかし午前中はともかく、午後になり、南側の窓に日がさすと、たまりかねて母屋へ入ってくるようになった。 
         
          かき氷に牛乳をちびちびかけながら 
        「やっぱこれだよねー」 
        などと言いつつ、子供と二人でほおばっている。 
         
          私は、白校のグランド10周の男に、 
        「公民館、借りてあげようか」 
        と言ってみる。 
          
          すると、 
        「エアコン、ついてんのか?」 
         
          意外な答えだ。 
        「7月中、私はそこで編集の仕事してたから、涼しいヨ」 
        (私は、学校で発行する記念誌の編集に追われていたのだ) 
         
        「借りてくれ!」 
         
          一体、どうしたというのか。あれほど暑さにはつわものだったのに。理由を聞くと、暑さで、思考力が低下し絵の構想がなかなかすすまなかったのだそうだ。 
         
          そうだろう、そうだろう、42℃の室内で思考力を全開にするほうが、ムリをいうものだ。 
         
          早速、公民館に電話し、2日ほど借りることになった。 
         
          かくて、今年の二紀展の下絵はエアコン付きの涼しい部屋で練り上げられたのである。 
         
          さそかしクールな作品になったに違いない。 
          
          私と子供は、暑さから逃げるようにプールへ行くことにした。猛暑の中を、小原温泉にあるスパッシュランド白石へ向かう。山家に倣ったかのように、うちの車までがエアコンが利かない。盆地のせいか白石は、鍋の中で煮られているような暑さだ。 
         
          そこでふと、野球のユニホームを着た少年たちが、 
        「エッホ、エッホ」と小原温泉まで走っていく姿が浮かんできた。 
         
          あの山家も、トンネルあり〜の、崖っぷちのはたやぐたぐた曲がりくねる道を毎日走って往復していたんだろうなあ。 
         
          文化系の部活しか経験のない私には、信じられない距離だった。山家はこんな経験をしたからこそ、アトリエの中が多少暑くてもがまんできたわけだ。 
         
          私は、泳ぎ疲れた子供と、ソフトクリームをなめなめガラス窓ごしに見える小原温泉のうっとうしい山々をながめていた。 
       
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