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2011/5「魔族の掟」

「魔族の掟」

 

「母様は父様に会えなくて、寂しくないの?」

 

幼い頃、母に何度も問うた事がある。

 

「あの人のことを私は今でも、何よりも、誰よりも愛しているのです。だから寂しくありません」

 

そう答えた母の顔は、陽光に照らされ、いつも以上に明るく見えた。

父の話をする時、母は決まって笑顔で、優しい声音で「愛している」と語った。

 

私も、生まれた頃に一度きり会ったことがあるという父。

しかし私は、父と母が一緒に居るところ見たことがない。

それでも、その人のことを想い続け、笑顔でいる母を見て、幼心に自分もいつか愛する人を見つけ、想い合う事を夢見たものだった。

 

「全ての者が愛し、愛されることを知れば、人と魔族の争いもきっとなくせるわ」

 

争いの話を聞く度に、口癖のように私に聞かせた母。

私も母の言葉を信じ、人間と魔族は友に愛し、尊重し、共存していけるものだと疑うことはなかった。

しかし、その母は私が7つの頃、人間によって殺害された。

村の外れにある教会で、1人祈りを捧げている最中に押し入った者達が手にかけたと聞かされた。

 

葬式は村の者達でひっそり行われ、そこにも父の姿はなかった。

最後に見た母は、苦しんだ様子も無く、全てを受け入れたかのように笑顔だった。

 

それから5年。

私は母を殺した人間達を倒すために、強くなろうと決心した。

私の護衛であり、教育係を務めていたサタンに教えを請い、時間があれば剣を振る。

おおよそ他の「姫」と呼ばれる者らしからぬ姫だと、侍女達は言ったが、それでも私は強くなりたかった。

 

人を信じた母と自分。それを裏切った人間を許せなかったのだと思う。

 

ある事件がきっかけで父の住む城に身を寄せいた私は、2年目のある日、耳を疑うような話を聞いてしまった。

それは城の兵士達の他愛ない世間話の一端に過ぎなかったと思う。

 

「あの姫様の母親、人間のお姫様だったんだろ?」

 

「ああ、しかも不義の子を生んで魔王様のお怒りに触れたらしい」

 

「本当か? じゃああのお姫様も「魔王の姫」じゃないってことか」

 

聞こえてくる兵士達の会話に、背筋が凍り、身動きが取れなくなってしまったことを覚えている。

異常に頭が冴え、それでも聞こえてくる会話のつじつまが、事実を裏付けるようにピタリピタリとはまっていった。

 

今まで生きてきた自分の時間、母の復讐を誓った心、全てがごちゃ混ぜになり、私はその場を逃げ出した。

母が魔族ではなかったこと、自分は父の子ではなかったこと、自分にも人間の血が……。

 

自分に優しくしてくれた姉、憧れた兄姉、すがった母との思い出。

全てから切り離された思いで、私はその日のうちに城を出た。

 

彼らの言葉が耳の奧で反芻(はんすう)される。付合する数々の出来事。それを受け止めてしまった自分。

その全てを否定するために、私は旅を始めた。

 

再び、人間達を憎み、戦うために……。

 

 

「全ての者が愛し、愛されることを知れば、人と魔族の争いもきっとなくせるわ」

 

 

心の奧では、何故か母の言葉を拭えずにいた。

 

 

* * *

 

 

いつからだろうか、水が激しく流れる音が聞こえる。

耳障りなその音が不快で、何度も起き上がろうと力を入れるが、体が動こうとしない。

混濁とした意識の中、母との思い出を、城での記憶を思い出したのは、

 

「これが世に聞く走馬燈か……」

 

呟こうとしたが、その口も動かない。

身体が冷たくなり、全身に力が入らない。

 

死が迫って来た。

 

何一つ知ることも出来ず、何一つ成すことも出来ずに……。

 

(そうだな、それも良いかもしれないな)

 

母の死後、人間を憎むことで生きてきた。

それを否定されそうになり、今度は否定を上塗りする事実を探して、旅に出た。

 

母が死んだあの日から10年。

一兵卒のうわさ話程度で揺らぐような、曖昧な憎しみを抱えて、生きた日々。

ただただ強さを求めて、空虚に過ごした時間がここで終わるなら、それも良い。

 

全てを諦め、ふと意識が途絶えた。と、思った時だった。

 

あれほど動かなかった瞼が動いた。

差し込んだ光は決して強いものではなかったが、久々に届いた明るさに視界が追いつかない。

ゆっくりと開きうっすらとぼやけた視界に最初に入ってきたのは、見覚えのある男の顔。

そして唇に感じる微かな温み。確かな触感。

 

「……う」

 

意識を取り戻し、最初に口から漏れたのは声にもならないうめき。

 

「大丈夫か?」

 

男が、私の目覚めに気がついたのか、声をかける。

答えようとしたが、すぐに肺に入った水を排除しようと、咳がこみ上げた。

男を払いのけ、背を向け咳をする。肺に入っていた水を吐き出す。

命が危なかったとはいえ、見て、見られて心地の良いモノではない。

しかし、体が無理矢理おこした咳の御陰か、全身に血が巡り、身体中に感覚が戻ってきた。

水を吐ききり、呼吸が整ったところで、

 

「すまない、見苦しいところを見せたな」

 

落ち着きを取り戻した私は、改めて男を振り返った。

はっきりとしてきた意識の中で思い出す。

確かこの男は日影蒼牙。私がフェルディス城に忍び込んだ時に遭遇した怪しい男だ。

背を見せても切りかかってこなかったところを見ると、敵では無さそうだ。

 

「いや、何とか助けられて良かった」

 

私よりも頭一つ高い背。体つきも鍛えているのが解るくらいがっしりとして、その背にはグレートソードらしき物がくくりつけられている。

濡れているのか、黒い髪の毛からは水がしたたっていた。

 

「あ、ああ。助けてくれたのか。有り難う、礼を言う。……私はどうしていたのだ?」

 

まだ記憶が定まらない。どうして自分がここにいるのかが思い出せなかった。

 

「覚えていないのか? お前と俺は上の城でトラップに掛かって……」

 

蒼牙の言葉とともに、少しずつ思い出して行く。

私は蒼牙と出会ってから城を歩き回り、地下へと続く道を見つけた所でトラップに掛かった。

一つ、二つと、次々と罠に掛かってはそれを避けてを繰り返しいるうちに、通路を埋め尽くす水攻めの罠によって地下水路へと流されたのだ。

 

「そうか、それで私は溺れ……溺れ、て……?」

 

地下水路で溺れて……。 そう、溺れた。 私は蒼牙の方へ目配せする。

私の意図を察したのか蒼牙は目をそらした。 唇に先程の温もりが、感触が……。

 

私の体は、先程までの冷え切った感覚が嘘のように俊敏に動いた。

咄嗟に避けようとした蒼牙の肩を掌底で捉え、勢いのまま押し倒し、腹部の上にまたがり動きを封じる。

 

「ま、待てっ。あれはお前を助けるために仕方なくっ」

 

私の動きの意味を良く理解した。ならば話は早い!

 

「うるさいっ! 唇を奪われた魔族は、その相手を愛するか、殺すしかない!」

 

私の腕に装着した手甲、もう一つの「手」、Heart of End Requiem <ハート オブ エンド レクイエム> が手刀の形をとる。

 

「お、落ち着けっ。だったら、あ、愛するほうを……」

 

大慌てした蒼牙も支離滅裂な事を口にし出した。

 

「私は、人間を愛するつもりはない! 例外はないっ。死ねっせめても一瞬でコロシテヤル!」

 

大声で叫ぶ私もまた、落ち付いて考える事など出来ないで居た。

かつて無い事態に激しく動揺し、先程まで死の淵に置かれていたことなどどこかに飛んでいってしまっていた。

馬乗りの状態で蒼牙の頭を突こうとするが、器用に首と上体を使ってそれらは全て躱される。

 

「落ち着け」と何度も叫ぶ蒼牙を無視して執拗に、「だったら避けるな!」と攻撃を続ける。

 

――ピチョン――

 

激しく暴れる私の背に、天井からしたたった冷たい水が落ちた。

あれだけ騒いでいたというのに、「きゃぁっ」と、短い悲鳴を上げ、私は一瞬だけ全身の力が抜ける。

その隙を見て、蒼牙は私の両手を掴んで上体を起こした。

彼の顔が近付き、先程の感触が胸に蘇る。自分でも解るほどに顔が火照った。

 

「今はこんな事をしている時じゃないだろ?」

 

今まで経験が無いほどの間近で、先程までどこかふわふわと、つかみ所のない表情をしていた男が真顔で語る。

私は言葉を失い、怒りで動転していた頭は少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

そうだ、今はこんな事をしている場合ではなかった。

 

目的を思い出し、完全に冷静になった私は、男の上に馬乗りしているという自分の姿に再び驚愕した。

 

「……すまない。もう攻撃しないから離してもらえないだろうか」

 

全身の血が顔に集まっていると錯覚してしまいそうな程顔が熱い。その顔を見られまいと、目をそらし、顔を伏せる。

「わ、わかった」と、離された手で体を支え、蒼牙の上から降り、少し距離をとった。

 

「今のは……その、すまなかった」

 

おずおずと声を振り絞っての謝罪。とても目が合わせられない。

 

「ああ、その、なんだ。わかってくれれば良いんだ」

 

蒼牙の言葉にも落ち着きがない。 俯き加減だった私は顔を上げ、

 

「時間が惜しい。お前を殺すのは今度にして、今は先を急ごう」

 

いつ私が襲いかかるのか不安で仕方がないのなら、今は安心させねばなるまい。

精一杯虚勢を張って、蒼牙を捉えはっきりと宣言してやった。

 

「あ、ああ。そうか、そう言う事か……」

 

安心したのか、なにやら脱力したような気の抜けた声で返された。

そこまで緊張させるほど、信頼がなかったのか。

 

「今は一時休戦だ。だが忘れるな。お前を殺すのは私だ。他の誰かに殺されるのも、勝手に死ぬのも許さないからな」

 

何故か、蒼牙には死なれては困る。そう思った私は、念を押す意味も含めて付け加えた。

いずれ自分の手で殺さなければならない。と言う決意も込めて。

 

「解ったよ。俺は死なない。お前に殺されるつもりも無いけどな」

 

軽口のつもりか。蒼牙は微塵の恐れも感じさせず、私の横に立った。

この男とは長い付き合いになるかも知れない。 それも良い。私の唇を奪った男が、簡単に死なれてしまっても困る。

 

「行くか」

 

蒼牙が軽く笑って見せた。

「ああ」と、応えた私は、何故かこの得体の知れない男に絶対の信頼を寄せていた。

 

 

 

 

勇者屋キャラ辞典:旋璃亜・V・ファルヴァルディン日陰蒼牙
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