Last UpDate (10/03/03)
「では撮りますよ。2人とも笑ってー」
看板の前で雑踏をかき分けるように大きな声を出したのは、学園の写真部の生徒達。
入学式を終えて出てきた親子をターゲットに、写真撮影のサービスを行っているのだ。
小江戸川越市の市街地から、少し西へと外れた場所に広がる広大な敷地。
そこはこの国でも有数の教育機関である、迦具土学園埼珠校。
校門の前に立てかけられた「御入学」と書かれた大きな看板と、スーツや背広に正装した大人達と、真新しい制服を着た子供達。
今日はこの学園の入学式である。
市道から学園へと延びる桜並木は満開に咲き乱れ、陽光の中を舞う桜の花びらは、この日を祝福しているかのように輝いて見えた。
この特別な日を写真に納めたい人は数多。
普段は全く撮らない人でも、こうした一生に一度の行事の時はその姿を残しておきたいと思うものだ。
そしてまた1人、写真部の声に少女が振り返った。
「お母さん。写真、とってもらおー?」
身を包む真新しい制服は、中等部以上の生徒であることを示しているが、その仕草はまだ子供っぽさが抜けていない新入生のものである。
流れる様に美しい銀色の髪を遊ばせ、写真部の生徒と傍らの女性を見比べるように、銀の瞳を輝かせながらきょろきょろとする姿は、まるではしゃぐ子供だ。
「はい、解りましたよルミア。ではきちんと並んで待ちましょう」
少女――ルミアの手を取り、彼女へ笑顔を傾けたのは、黒い瞳と髪の女性。
たおやかな落ち着いた雰囲気の美しい女性だが、髪や瞳の色が全く違う2人はとても親子には見えない。
「あっマリエスタさん。ルミアちゃん、今年入学だったんですか」
周りと比べて、独特な雰囲気を持つ2人に気がついた、写真部の生徒が声をかけた。
マリエスタは数年前まで、この学園内にある教会のシスターとして勤めていた事もあり、彼女を知る生徒は多い。
彼女と一緒に学園に来ていたルミアのことも皆、少なからず知っていた。
Yシャツ一枚で学園内を闊歩したルミアのこと。
聖書の角で不良達を指導していたマリエスタのこと。その指導を受けて今に至ったこの生徒のこと。
他より少しだけ、2人のことを知る生徒との話は尽きることはなかったが、列整理のために呼ばれたため、惜しみつつも軽く頭を下げて、離れていった。
「……あの人、お母さんが家に連れてきて、一緒にご飯食べた人だよね?」
生徒の背中を見送りながら、少し前の出来事を思いだすルミア。
「ええ。……もう大丈夫みたいですね」
ルミアの肩にそっと手を置いて、優しい声音で答えるマリエスタ。
少し前、彼はちょっとした不良だったのだが、マリエスタの説得の末素行を改め、以来ちょっと年の離れた友人となった。
彼が悩んだ時、家に招いて一緒にごはんを食べたりしている。
そういった生徒は彼だけではない。
一時間も町中を歩けば、数人の元不良の学生達がマリエスタに話しかけてくる。
そして、ルミアとマリエスタ親子が血が繋がっていないことは、彼女たちを知る者で知らない者は居ない。
それでも愛情の深い、血のつながり以上に親子であることを誰もが認めていた。
出逢ったのは暗闇の中。
強大な力を秘めた海の魔物。人に憧れ、その想いを利用されて、遙か北のシベリア海からやってきた、無垢な少女。
打ち倒した彼女の間違いを正し、共に生きて人間になろうと、そっと抱きしめた。
その時から2人は親子になった。
強大な力を持ちながらも、無垢であるが故に、間違いを犯しそうになる事も多かったが、その都度、マリエスタはしっかりと叱り、正しいことはちゃんと褒めた。
最初は王子様に憧れる無邪気な少女だった。
人間達の言うことは殆ど解らなかった。何故いけないのか、何故良いのか。
けれど、ルミアは諦めなかった。
たくさんの「なんで?」を母にぶつけた。少しでも早く、近付きたくて。
頑張った後に母が見せる笑顔が好きだった。その度に強くなっていった「人間になりたい」想い。
一緒に励まし合って、教えて、学んで、2人は親子になっていった。
今日はその親子にとって、初めての入学式。一生に一度の晴れ舞台。
順番が巡り、先程の生徒が2人をカメラの前に案内した。
ファインダー越しの見た彼女たちは心から笑っている。
カメラマン役の生徒が「笑って」と言うのも忘れて、自然とシャッターが落とした。
自分の行動に少しだけ戸惑ったものの、生徒は撮影終了の合図をおくる。
きっとこの場でこれ以上の写真は撮れないと、判断したからだ。
撮れたのは特別でありながら、自然な写真。
合図をみて、マリエスタはルミアの頭をそっと撫でた。
「おめでとう、ルミア。これからも、宜しくね」
これから大きくなる娘に。
彼女を見上げ、ルミアも負けじと抱きつく。
「ありがとう、お母さん。ルミア、これからもいっぱい頑張る!」
最も愛する母に。
うららかな春の空の下、何よりも強い絆が2人を結んでいた。
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