2002年9月        

容疑者の夜行列車

多和田 葉子  青土社 1600円



 本屋さんで見つけた本が書評に先を越されてしまうと少し口惜しい。この多和田葉子さんの「容疑者の夜行列車」もそうである。週刊朝日の8月9日号と朝日新聞の9月15日版の書評に掲載されてしまった。
おおよそ書評の対象にはなりにくいと思われるし、書店でも目立たないとこ
ろにあったのにである。

私がこの本を手に取ったのは、あくまでも題名に惹かれたからである。表紙の写真もいい。シベリア鉄道のイルクーツクへ向かう途中駅だろうか、列車を見送る人々が手をふっている。別れのアコーディオンを弾いている男もいる。プラットホームもない荒涼とした寂しい駅の風景だが、笑顔も見える。

この夜行列車に乗る主人公は「あなた」と呼ばれている。ユーラシア大陸を列車で移動するのが好きなのだろう。「パリへ」「グラーツへ」「ザクレブへ」と12都市への旅の途中で「あなた」は突然のミステリーに巻き込まれてしまう。 みずからその種を蒔いたかのように誰ともわからない人物が「あなた」を引き寄せ語りかける。禁制品の荷物運びをさせられたり、好きな女を引き止めるための手紙を代筆したりして、 彼等と共に国境を越え、心地良い眠りの中で物語は展開していく。

それにしても夜行列車という閉じられた移動空間の中に入り込むと、なんでもない日常生活を送っていた人でも怪しい「容疑者」になってしまう。列車の乗客はコンパートメントで仕切られた「個」の集合である。人がそれぞれ生きてきた証しを持っているからこそ、見知らぬ土地の空気のあいまいさにどういう態度を示せばいいのかわからないのだ。「旅人」と「土地」はもともとそういう不条理を背負っていて、作品全編にその気配がただよっている。

実はこのユリイカ的状況もわるくはないが、 列車好きのわたしにとっては「イルクーツクには夜をあと二つ抜ければつくのか、それとも三つか。」とか 「この旅が終わればまた次の旅がきます。・・・ずっと、旅が続いていくんです。」 と「ずっと鉄道に乗り続けることができる」切符を手に入れている「あなた」が何ともうらやましいのである。