本読みホームページ その6
[実践6]好きな人のことを書く






私の深夜特急




『深夜特急』沢木耕太郎
デリーからロンドンまで乗り合いバスで行く! そう思い立った26歳の沢木は、仕事を辞めて旅に出る。まずは香港、マカオへ…。さまざまな出会いと別れが交錯する2万キロに及ぶ旅の記録は、まさに青春のバイブルともいうべき存在である。
(新潮文庫)
ときとして、恋は人に力を与えます。翼を与えます。恋によって、人は思いがけないことができるようになります。詩を書いたり、何枚ものラブレターを書いたり…。その力を読書感想文に使ってみてはいかがでしょう。好きな人にラブレターを書くつもりで、作品にかこつけて原稿用紙に思いの丈をぶつけてみるのです。思いっきり惚気てみてもかまいません。きっと、心のこもった素敵な作文ができあがることでしょう。




「ある朝、目を覚ました時、これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。」
沢木耕太郎『深夜特急』の冒頭である。
少し前までの私なら、なんて陳腐な台詞だろう、と思ったに違いない。何を大げさなことを言ってるの、と。
小説やマンガじゃあるまいし、目が覚めた途端、その瞬間に、自分が今何をなすべきか、悟ってしまうなんて。くだらない。まだ夢見てるんじゃないの。
そう悪態をついていても、おかしくなかっただろう。
が、今は違う(注1)
私は、知ってしまったのだ。
人生には、そんな朝があることを。眠りに落ちた夜の自分とは、まったく異なる自分になって目覚める時があることを。蛹から蝶がかえるように、つぼみから花が開くように、人は、一夜にして劇的に変貌しうるということを。
今年、この夏。
私は、運命の彼と出会ってしまったのだ。

初めて会ったときから、ピン、とわかった。この人が私の運命の彼だって。彼以外にはいないんだって。初めて目と目があったとき、初めて言葉を交わしたとき、その確信はますます深まるばかりだった。
けれど、私は悩んだ。そのころ私には、すでにつきあっている人がいたから。高一の初夏のころからの、もう一年以上にもなる人が。
本当に好きな彼が現れたから、という理由で、嫌いでもないその人をふってしまって、いいのだろうか。さんざん、悩んだ。輾転反側する夜が、続いた。
だが、ある日、ある朝、目覚めた瞬間に、わかったのだ。私には、彼しかいないのだ、と。この先、未来、死ぬまで、ただ一人、彼だけ!
そう悟った朝の、なんとすがすがしかったこと。清澄だったこと。その気持ちは今でも、鮮烈だ。

だから、私にはわかる。
「ある朝、目を覚ました時、これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。」
そう語る沢木の気持ちが。
もう、こうしてはいられない。居ても立ってもいられない。一刻も早く、一秒すら惜しんで、彼の元へ駆けつけたい。飛んでいきたい。そんな切羽詰まった、切実な思い。
沢木も、同様だったろう。もう日本なんかには、留まってはいられない。決まり切った日常なんて、糞食らえ。世界が、ユーラシア大陸が、アジアが、ヨーロッパが、自分を呼んでいる(注2)。早く来いと、叫んでいる。早く、早く、早く!

端から見れば、身勝手な行動かもしれない。周囲をまるで考えない、あとさき見ずの暴挙。残された者はどうなるのか、ふられた男はどうすればいいのか。
でも、いいのだ。たぶんこれが、若さゆえの特権、というものなのだ。若いからこそできる、本当の跳躍。飛翔。他の誰にも惑わされない、思い切っての冒険。何者も私を束縛することなんて、できやしないのだ。
それに、何かを成し遂げるためには、犠牲はつねにつきもののはず。仏陀だって、悟りのために、家族も国も捨てたではないか。
そして今、沢木の目の前に未知なるユーラシア大陸が横たわっていたように、私の前には彼が立っている。沢木が旅立ったように、私は彼との愛に生きる。彼との恋愛こそが、私の人生の旅。彼は私にとっての、東南アジアであり、インドであり、ヨーロッパであり…、私だけの旅、ドラマ、出会い、希望、真実、すべてなのだ。
そう。
彼が、私の深夜特急なのだ。



(注)この文章は、前の[実践5]自分のことを書く とあわせて読むと、いっそう効果があります。
(注1)ここでは、短い文章を連ねることで、全体にリズムと勢いをつける、という手法を使っています。初心者の陥りがちな誤りとして、行数をかせごうとして1文を長く長くしてしまう、ということがありますが、このように改行によって簡単に行数を増やすこともできる短い文のほうが、効率的、かつ効果的です。
(注2)沢木耕太郎がおおよそどういうルートでどのあたりに向かったか、くらいは常識として知っていましょう。
ちなみに、この文章は、20字×20行の400字詰め原稿用紙4枚分に相当します。





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