本読みホームページ その5
[実践5]自分のことを書く






『アンナ・カレーニナ』に
学んだこと





『アンナ・カレーニナ』トルストイ
夫のある身でありながら、青年将校ヴロンスキーと恋におちた美貌の女性アンナ。貴族社会の中では離婚はかなえられず、駆け落ちする二人だが…。自らの愛に生きるアンナを中心に描きながら、ロシアの社会を隅々まで克明に描き出したトルストイの代表作。
(岩波文庫『アンナ・カレーニナ』全3巻、新潮文庫『アンナ・カレーニナ』全3巻)
読書感想文がなかなか書けないのは、本について書こうとしているからです。自分の生活とはまったく関係ない1冊の本、読むまでは自分とまったく関わりのない世界だった本の内容について、いきなり何か書けと言われても、それは無理というものです。ですから、思い切って、もっと身近なことを書いてはどうでしょう。そう、たとえば、自分のことを。自分のことについて書くのなら、わざわざ本について思いをめぐらす必要はありません。最近ちょっと気になっていることや心に残ったことなどを、冒頭の1行にかこつけて作文にまとめてみましょう。




この夏、僕にとって最大の出来事。それは、つきあっていた彼女と別れたことだ。高一の初夏のころからの、もう一年以上にもなる彼女だった。
きっかけは、彼女の浮気だ。いや、正確に言えば、本当に浮気だったのかどうか、実は今もってわからない。ただ、彼女が、見知らぬ男と楽しそうに歩いているのに、偶然、出くわしてしまったのだ。そして、僕は思わず、「こいつ、誰なんだよ」と、なじってしまったのだった。
彼女が素直に謝ってくれたのなら、僕もこだわらなかったろう。熱いキスでもして、水に流したことだろう。だが、そうはならなかった。いつになくキツイ表情で、彼女は言ったのだ。「あなたに私を束縛する権利なんかない」と。

そのひと言に、僕はカッとなってしまったのだった。「つきあっているんだから、当たり前だろう」と。さんざん怒鳴りあった末、互いに気まずくなってその場では仲直りしたのだけど、それが二人の仲に微妙な影を落としたことは間違いない。彼女が「別れましょう」と切り出すのに、一週間とかからなかった。
おかげで、この夏を、青春を謳歌するつもりだった十七のこの夏を、僕は鬱々として過ごす羽目になったのだった。彼女は本当に浮気をしていたのか。していたとしたら、なぜなのか。僕の何が悪かったのか。僕のどこに落ち度があったのか。何が不満だったのか。幸福なカップルだと思いこんでいた僕たち二人は、本当は不幸なカップルだったというのか。あんなに尽くし、あんなに大切にしたというのに。いったい何が物足りなかったのか‥‥。

そんな思いに悩まされている中、ふと手に取ったのが、この本だった。(注1)
トルストイ『アンナ・カレーニナ』。大長編の小説でも読めば、落ち込んだ心も紛れるだろうと思ったのだ。
そして、何気なく最初のページを開いた直後…。僕は、ハッとした。ガツーンと一発くらった。一刀両断された。そんな気分を味わった。というのも、最初の一文が、こうなのだ。
「幸福な家庭はみな似通っているが、不幸な家庭は不幸の相もさまざまである」

そうか、そうなのか‥‥。今まで僕の心にわだかまっていた薄暗いものが、その瞬間、一挙に溶けて消えていくのを感じた。そうなのだ。幸福というものは同じようなものだが、不幸はいろいろありうる。「家庭」が「カップル」であっても、同じことだろう。幸福なカップルは似通っているが、でも、不幸の形はさまざまなのだ。
この冒頭の一文は、後に破局を迎えるアンナたちを暗に示しているのだろう(注2)。しかしながら、この言葉は彼女たちばかりではなく、世のあまねく人々に、ありとあるカップルに当てはまるものではないだろうか。

思えば、以前、中学のころにつきあっていた彼女とは、まったく別の別れを経験したのだった。当時、部活に熱中していた僕は、彼女への電話も怠りがちだった。日曜日のデートも、練習でキャンセルすることが多かった。でも、それでも僕は僕なりに、彼女を愛していたつもりだった。部活も愛も両立した、幸福なカップルだと思っていたのだ。彼女の方から、「あなたは本当は私のことなんて好きじゃないんでしょ」と、一方的に告げられ、ふられたときには、心底落ち込んだものだ。
だから、その過ちを繰り返すことがないよう、こんどの彼女には全力で打ち込んだのだ。毎日電話したし、毎週一緒にどこかに出かけた。朝は一緒に登校したし、帰りは一緒に下校した。彼女も、僕の情熱に応えてくれた。部活はやっていないけれど、恋も学校生活も謳歌していた。再び、僕のもとに幸福がめぐってきた。こんどこそ、本当の幸福なカップルになれたと思っていた。前の彼女とも、こうしてつきあえばよかったと、昔を振り返る余裕も生まれたのだ。なのに、別れは思いもよらぬところから訪れたのだった。

これがまさに、
「幸福な家庭はみな似通っているが、不幸な家庭は不幸の相もさまざまである」
ということなのだろう。そうなのだ。追い求めることはひとつ、幸福の形はひとつであっても、不幸は、破局は、別れは、さまざまなのだ。そういうものなのだ。
たとえ結婚したところで、ふとしたはずみで浮気に走った後、鉄道自殺を遂げざるを得なくなるアンナのような女もいる(注3)。電話をしないから別れる彼女もいれば、電話をしたって別れる彼女もいる。ひとつの決まったやりかたがあるわけではないし、何かを心がけたところで、それで幸せになれるとは限ったものではない。正解なんて、どこにもない。それが人生、というものなのだ。僕に間違ったところがあったとするならば、それは、幸せになるためにはただひとつの正しい方法があるのだと決めつけていたことだったのだ。ああ、恋愛の、そして人生の、なんと複雑なことか‥‥。
この夏、僕は少しだけ、大人になった気がする。



(注1)ここにいたるまで、冒頭の1行どころかタイトルすら読んでいません。自分のことだけ書いていれば、これくらい簡単に書けてしまうのです。しかしまあ、これはあくまで例ですので、実際のところ、こんな気分になっているときに、『アンナ・カレーニナ』なんかを手にとることはないでしょう。っていうか、そんな男がいたら、私だってイヤです。
(注2)結末、アンナが鉄道自殺で最期を遂げることくらいは、常識として知っていましょう。
(注3)あんまり作品と関係ないことばかりに終始してしまうのもまずいので、こうやって、いかにも最後まで読んだかのようなことをチラリと織り交ぜましょう。ちなみに、この文章は、20字×20行の400字詰め原稿用紙5枚分に相当します。
なお、この文章は、次の[実践6]好きな人のことを書く とあわせて読むと、さらに効果があります。
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