|
| |
| HP | 人知により進化を意のままにできるとの信念は世界を強制収容所へと導いた | human intelligence : 人知、 concentration camp : 強制収容所 |
| 1 | 科学がかくもまばゆいばかりの医学の進歩を約束する時代にあっては、少し過 去の時代を振り返ってみるのは賢明かも知れない。科学者や自分では科学をして いると思っている人々が、よりよい日々がほんの1世代かそこら先には来るとい う期待を、人々に抱かせた時代があった。優生学として知られる学説の盛衰は、 あらゆる点で教訓物語だ。初期の優生学者は全く悪意のない進歩的な人たちだっ た。彼らは、ダーウィンの学説を吸収し、人知により自然淘汰の過程を導けば、 自然淘汰の過程はよりよいものになるだろうと思ったのだ。残虐行為のための理 論的根拠を作り上げているとはつゆ知らなかった。 | dazzling : 目もくらむばかりの、 prudent : 分別のある、 cast : 目を向ける、 rise and fall : 栄枯盛衰、 eugenics : 優生学、 in every respect : あらゆる点で、 cautionary tale : 訓戒的な物語,訓話、 eugenicist : 優生学者、 well-meaning : 善意の、 progressive : 進歩的な、 imbibe : 吸収する、 natural selection : 自然陶汰、 rationale : 理論的根拠 |
| 2 | 1883年に、"good in birth"(生まれし時、優良) を意味するギリシア語 の語幹から eugenics(優生学)という用語を作った男はチャールズ・ダーウィ ンのいとこだった。イングランド人フランシス・ゴールトン (1822-1911) は、 莫大な遺産を相続し(現在的科学の萌芽期の)ビクトリア時代に特有なあらゆ ることに科学的興味を示した。彼は数多くの分野をかじった。その中には地理 学的踏査も含まれる。だが彼の熱中したものは、数学、特に揺籃期の統計学の 分野だった。 | coin : (新しい言葉を)作る、 stem : 語幹、 substantial : 相当な、 inheritance : 遺産、 range of : AからZまでがずらりと並んでいる、 dabble in : 〜をかじってみる、 geographical : 地理的、 exploration : 探検,調査、 statistics :統計学、 |
| 3 | 英米では、数量化の偉大なる時代がすでに始まっていた。工業化された民主社 会の思わぬ結果なのだが、あらゆる種類のものを計測、測量するということが、 すさまじく増えていた。ゴールトンはこの新しいデータの洪水という事態を楽し んだ。彼のモットーは「数えられるものは何でも数えろ」だ。そして結局は、英 国国民にサンプルをとり、彼のいうところの '天与の能力'の数学的分布の研究 に熱中するようになった。ゴールトンは、便覧や辞典で英国の著名人の略伝を読 むことで、天与の才能を追跡しつきとめることができると考えた。彼は、そうし て、名士たちの間には何らかの意味で血縁関係のある者が不釣り合いなほど多い という事実を発見した。故に、彼は、知性と才能は遺伝により与えられる、と結 論した。そして思った、「望ましくない者は取り除き、望ましい者を増やすとい うことは出来ないのだろうか?」 | quantification : 数量化,定量化、 unforeseen : 思いがけない、 measurement : 測定,測量、 relish : 〜を楽しむ、 distribution : 分配,分布、 natural ability : 天与の才能、 British subject : 英国民、 track down : 突きとめる、 biographical : 伝記の、 eminent : 著名な、 disproportionate : 不釣り合いな、 ergo : 《ラテン語》(それ)ゆえに、 talent : 才能、 bestow : 授ける、 heredity : 遺伝 |
| 4 | ゴールトンのために公正を期していえば、彼は、悪い結婚を止めさせたり予防 することよりも良い結婚を奨励することの方が、優生学の楽園へのより望ましい 方法だと思うに至った。だがそれにもかかわらず、非常に危険な考えの種は播か れていた。 | in fairness to : 〜に対して公正な立場で言うならば、 good marriage : すばらしい結婚、 eugenic : 優生学的な、 seed : 種、 sow :(〜の種を)蒔く |
| 5 | 優生学への関心は、無名のオーストラリアの修道僧のエンドウ豆の雑種交配の 実験の再発見とその知識の広い普及とともに増大した。グレゴール・メンデルの 遺伝における優性形質と劣性形質の発見は、多くの者には、人間の遺伝の神秘を とくカギのように思えた。アメリカでは生物学者チャールズ・ダペンポート (1866-1944) が、カーネギー協会から1000万ドルの基金援助を受け、ニュー ヨーク・コールドハーバースプリングに人間の進化についての研究所を設立した。 厳格なメンデル主義者のダペンポートは、いわゆる単一遺伝子がアルコール依存 症や精神薄弱のような形質を決定すると信じた。人類の血統にあるそのような欠 陥を根絶する方法は、それらの欠陥のある遺伝子を持っている人には子供を産ま せないことだ、と彼は論じた。人間の交配は馬と同じように高い水準でできると いう期待を彼は表明した。売春は貧困によって引き起こされるのではなく、「生 まれつきの好色」によるのだと名言した。彼は、優生学的去勢を提唱した。 | dissemination : 宣伝,普及、 breeding : 育種、 pea : エンドウ豆、 genetically : 遺伝学的に、 recessive trait : 劣性形質、 heredity : 遺伝、 biologist : 生物学者、 endowment : 寄付金、 alcoholism : アルコール症、 feeblemindedness :精神薄弱,低能、 eradicate : 根絶する、 mating : 交配、 breed : 交配する、 prostitution : 売春、 innate : 生得の、 eroticism : 好色(性),性衝動、 castration : 去勢 |
| 6 | 歴史家ダニエル J. ケブレスは、その著書 '優生学という名の下で'(この 奇妙な運動に関心のあるもの全てにとって計り知れない貴重な源泉となっている) の中で、やや辛辣に言及する、「遺伝学者は自分たちが持っていると思っている 特質 -- 学校、大学、専門職につくための教育を楽に通り抜けていけるような特 質 --と人間の価値を同一しているのだ。」ケブレスの洞察は、今世紀初頭、大 西洋の東と西で、優生学者がみせたほとんど救世主的な熱情を説明するのに役立 つ。この人たちは自分自身や彼らの子ども達の将来が脅かされていると感じた人 たちだった。英国では、上位中流階級の人たちは、金食い虫の下層階級の人たち が激増することによって、彼らは圧倒され重い負担をかけられて、最後には滅び てしまうのではないかと恐れた。アメリカでは、支配的特権階級のワスプの人々 は、南欧や東欧からの洪水のように押し寄せる移民をみて狼狽した。イタリア人! ポーランド人!この国は一体どうなるんだ? | eugenics : 優生学、 invaluable : 計り知れない、 dryly : 淡々と、 facilitate : 容易にする,円滑にする、 professional training : 専門教育、 insight : 洞察、 messianic : 救世主的な、 fervor : 情熱,熱烈、 upper middle class : 上位中流階級、 swamp : 圧倒する、 extinction : 絶滅、 profligate : 放蕩の、 lower order : 下層階級、 ascendancy : 支配的勢力、 dismay : 狼狽、 immigrant : 移民 |
| 7 | この民衆に広がった熱情の渦は多くは過去への慧眼をもってみれば、滑稽なほ ど無知にみえる。米国や英国では、定期的にメンデルの遺伝の法則を説明するた めの見本市や博覧会が行われた。皮の色の遺伝性を具体的に説明するため、白黒 モルモットの剥製がよく使われた。ケブレスはそのような陳列物につけられた説 明図から引用する、「精神薄弱、てんかん、犯罪性、精神異常、アルコール依存 症、貧困、その他多くの不適当な人間の形質が、家系の中を流れ、そしてそれは、 モルモットの皮の色と全く同じ方法で遺伝するのです。」 | comically : おどけて、 informed : 情報に基づく、 in hindsight : 後から考えると、 exhibition : 展覧会、 illustrate : 説明する、 law of inheritance : 遺伝の法則、 guinea pig : ギニーピッグ,モルモット、 stuffed : 剥製、 demonstrate : 実証する、 quote from : 〜から引用する、 epilepsy : 癲癇、 criminality : 犯罪行為、 insanity : 精神障害,精神病、 pauperism : 貧困者,貧民 |
| 8 | 優生学に祝福や熱烈な支持を送った知識人、実業家、政治家たちの数にはがっ かりする。その筆頭はダーウィンだ。彼は、著書'人間の起源' の中で、いとこ であるゴールトンを賞賛し、「天賦の才能は遺伝する傾向がある」と宣言した。 他の擁護者の中には、若かりしウィンストン・チャーチル、ジョージ・バーナー ド・ショー、アレクサンダー・グレアム・ベル、ジョン・メイナード・ケインズ、 セオドアルーズベルト、そしてあの普段は寡黙なカルバン・クーリッジらがいた。 クーリッジは副大統領時代に、「ノルディック(金髪に青い目の白人)は他の民 族と混血すると劣化する。」と公然と語った。 | political leader : 政治指導者、 blessing : 承認,賛成,賛意、 fervid : 熱烈な、 begin with : 〜から開始する,〜から始める、 Descent of Man : 『人間の系統』《Charles Darwin の論文 (1871); 先に Origin of Species (1859) で述べた進化論を発展させて論じたもの》、 decree : 命じる、 inherit : を遺伝で受け継ぐ、 taciturn : 口数が少ない、 deteriorate : 堕落する,低下する |
| 9 | 優生学は単なる空理空論ではなかった。このえせ科学に感銘し、多くの州で、 拘留中の者で遺伝的欠陥があるとみなされる者は断種するという法律が制定され た。1927年には、最高裁はバック対ベル事件のバージニア判決への控訴を 審理した。バージニア判決は、すでに法令により'痴愚'と決定され、施設に収容 されていた17歳の少女、キャリー・バックに不妊手術を命ずるものだった。キ ャリーは精神薄弱をもつ母親の娘で、キャリーの母親もまた、生後7ヶ月の時に 低知能と判明していた母親から生まれた娘だった。最高裁は8対1の票決でキャ リー・バックの控訴を棄却した。オリバー・ウェンデルホームズは多数意見の中 でこう書いた。「強制ワクチン接種を支える法的理論は、卵管切除にも拡大可能 である。」そして「3代に及ぶ痴愚でもう十分だ。」と最後を結んだのだ。 | gassy : ガスの、 pseudo : 偽の、 enact : (法律を)制定する、 sterilization : 避妊手術,不妊にすること、 in custody : 拘留中で,収監されて、 deem : 判断する、 hereditary : 遺伝的な,世襲の、 defect : 欠陥、 Supreme Court : 最高裁判所、 sterilize : 不妊にする、 institutionalize :施設に収容する、 imbecile : 精神薄弱の,低能な、 feebleminded : 精神薄弱の,暗愚な、 subnormal : 正常以下の、 compulsory vaccination : 義務種痘、 Fallopian tube : (輸)卵管 |
| 10 | もちろん、優生学理論をもっとも狂信的に、国家の教義の中に編み込み成文化 したのはナチスドイツだった。1933年、アドルフ・ヒトラー政権は、優生断 種法を採択した。内務省が案出したこの勅令は、拘留されたり施設に収容された りしていない場合でも、いくつかの推定遺伝病(その中には盲目、精神分裂病、 おぞましい奇形が含まれていた)にかかっている全てのドイツ国民に断種を命じ た。政府側は、この処置は残酷だという潜在的な異論に反駁して個人の犠牲が 公共の福利に益することを力説した。「将来の世代を愛するために隣人愛を越え ていくのです。この法律の高い倫理性と十分な根拠はそこにあるのです。」とあ る政府高官はいった。ケルビスが指摘するように、ナチの過酷な優生学計画には、 もともとは、反ユダヤ主義は含まれていなかった。だがすぐにそれは第3帝国を 特徴づけていったのだ。ヒトラーとその国家体制は、非常に激しくユダヤ人を敵 視するようになり、'望ましくない者'の断種は、集団虐殺へとエスカレートして いった。進歩についての一つの集団の考えに従ってなされた、人類の生物学的に 洗浄された世界というゴールトンのビジョンの身の毛もよだつ恐るべき現実化だ った。 | enthusiastically : 熱心に、 codify :成文化する、 doctrine : 教義,原理,主義、 sterilization : 避妊手術、 edict : 勅令,布告、 in custody : 拘留中で、 symptom : 症状、 affliction : 苦痛,苦悩、 blindness : 盲目、 schizophrenia : 精神分裂病、 offensive : 嫌な,不快な、 common weal : 公衆の福利、 neighborly love : 隣人愛、 ethical : 倫理の、 justification : 正当化、 draconian : 過酷な、 encompass : 含む、 anti-Semitism : 反ユダヤ主義、 rabidly :狂信的な,過激な、 Third Reich : 第三帝国、 genocide : 大量殺戮 |
| 11 | ヒトラーのドイツで、優生学の旗のもとに何が行われたかが周知の事実となり、 優生学は2度と復活しなかった。実際、G.K. チェスタートン、H.L. メンケン、 ワルター・リップマン、クラランス・ダローなど、幾人かの人たちは、ホロコー ストの惨事が起こり、それが広くしられるようになるずっと前から、優生学理論 を嘲笑しその偽りをあばいていた。 | banner : 旗、 ridicule : あざける、 debunk : 正体を暴露する、 Holocaust : 大量殺戮 |
| 12 | 優生学の欠陥は、今では私たちの目にも明らかだ。その欠陥とは、形質の不変 の遺伝性を想定し、また人間の複雑な遺伝形質の属性をメンデル風の単一遺伝子 に帰したことだ。優生学者たちはそこから彼らの思想を始めたのだった。だが決 して遺伝学に終止符が打たれたということではない。その優生学の誤謬に気づい た科学者たちは、人間の遺伝学という本当の科学の価値ある研究に一層邁進した。 優生学者は誤った。何百万もの人々に意図せぬ惨劇をもたらした。だが優生学者の 遺産は教訓的かも知れない。今度、誰かが人種の科学的改良を触れ込んでいるの を聞いたなら、優生学者のことを考えてみるとよい。 | flaw : 欠陥、 by no means : 決して〜しない,決して〜ではない,決して〜ない、 immutable : 不変の、 heritability : 遺伝力、 attribution : 帰因,属性、 complex : 複雑な、 spur : 拍車をかける、 human genetics : 人類遺伝学、 unintended : 意図されたものでない、 legacy : 遺産、 instructive : 教訓的な |
感想などがありましたら、メールを下さいね!!