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大意
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語彙
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チベット脱出から一年、世間から切り離された孤独なカルマパが心境を語り始
める
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故国チベットでは、生まれたときから特別な存在だった。しかし家族はそのこ
とを知らなかった。ウーギェン・ティンレー・ドルジェは弱冠七歳で、チベッ
ト仏教最古の宗派の指導者であるカルマパの第一七代目の生まれ変わりである
ことを宣言され、その日から幼いドルジェのまったく風変わりな人生が始まっ
た。宗教的には宗派全体の中心的存在として、何十歳も歳の離れた敬虔な信者
たちに囲まれて僧院で育てられた。政治的には、北京の言うなりになってチ
ベットの裏切り者となるか、ダライ・ラマ――チベット仏教の最も新しい
(が、最も力のある)ゲルク派の指導者――のように中国の目の上のこぶとな
るかの選択をいつの日にか迫られる運命にあった。
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at a tender age:幼くして/tender age : 弱冠、幼い年齢
incarnation:化身、人間の姿で現れること
monastery:修道院、僧院
devout:敬虔の念を表す、信心深い
quisling:裏切り者、売国奴
do someone's bidding:(人)の命令どおりにする、命令に従う
thorn in one's side:悩みの種、頭痛の種、目の上のこぶ
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カルマパは後者を選んだ。一五ヶ月前、首都ラサの北西にあるツルプ寺を抜け
出して、インド亡命中のダライ・ラマのもとに身を寄せたのである。そして
今、チベットの最も有名な放蕩息子はこれまで以上に奇妙な生活を送ってい
る。しかもこれまでのところ亡命前よりつらい思いをしながら。彼は一足先に
チベットを脱出した姉、数人の側近、犬、そしてボタンインコと共に、がらん
とした僧院で日々を過ごしている。インドでは法的には難民であり、自由にど
こへでも、外国にさえ行くことができる。しかし実際には、僧院の庭を散歩す
るなどほぼすべての行動について、インド政府やお付きの者の許可が必要なの
である。インド北西の涼しい丘陵地帯に住んではいるものの、チベットの山々
で育った少年にとって、ここの気候は暑すぎる。「ここインドでは、精神的に
今ひとつすっきりしない」と彼は言う。「きっとチベットとは気候が違うせい
だと思う」
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prodigal son:放蕩息子、改心した道楽者
retainer:家臣、家来、郎党
cockatoo:ボタンインコ
minder:世話をする人、番人
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| 3 |
いずれにしても中国脱出の理由や亡命の目的など、カルマパの考えは次第に外
の世界にも明らかになりつつある。この一五ヶ月間インドでの生活に慣れるた
めひっそりと暮らしていた一六歳の少年は、ようやく今、長らく行き詰まって
いるチベット問題の打開のため自らが果たすべき役割について、世界に向けて
語り始めた。中国はチベットの完全支配を望んでいる。亡命政府は一定レベル
の自治を手にする希望をいまだ持ち続けている。自治を手に入れてこそ、チ
ベット文化は永遠に踏みにじられずにすむのである。「中国が私を利用しよう
としているのは間違いないと思っていた」と、彼は先週ダラムサラで語った。
国を出るとき置き手紙を残していたという北京の主張は本当かという質問に対
して、カルマパはそのとおりだと答える。北京の言うとおり、インド訪問の目
的は宗教儀式用の楽器とカギュー派(黒帽派)の象徴である黒帽を入手するこ
とだと、その手紙に書いたのか? 「手紙には黒帽のことなどには一切言及し
ていない」と彼は答える。「黒帽を中国に持ち帰ってどうするというのか――
江沢民にかぶせるとでも?」
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that as it may, be:いずれにしても、それはともかく、とは言え
low-key:控えめな、地味な
unadulterated:純粋な、本物の
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伝統的にカルマパは政治には介入しないことになっているが、この遊牧民の息
子はすでに巧みな外交家として頭角を現しつつある。彼はダライ・ラマを「チ
ベットの最高指導者」と呼び、「ダライ・ラマが支持するすべて」を支持する
と表明する――しかも自治、独立など北京に警戒感を抱かせるような考えを口
にすることなしに。この少年を利用してチベット問題の交渉を有利にすすめよ
うと考えている中国人は、考えを変えたくなるだろう。カルマパは、ダライ・
ラマの帰国が実現するまでチベットには帰らないと主張する。「私は彼と共に
帰国するつもりだ」
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nomad:遊牧民、流浪者、放浪者
deft:器用な
red-flag:注意を促す、警告する
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ダライ・ラマは少年のインドでの教育に助言を与えており、カルマパは現在教
えを受けている家庭教師や宗教指導者たちに限らず、様々な人々の影響を受け
るべきだと、カギュー派高僧らに強く主張している。「隔離されるなら、カル
マパはカギュー派の囚人になってしまう。ちょうどダライ・ラマがゲルク派
(黄帽派)とラサのチベット宮廷の囚人だったように」と、ダライ・ラマと親
しい友人は言う。二三歳でインドに亡命するまで、ダライ・ラマには知的自由
がなかった。六五歳のダライ・ラマとカルマパはまるで父子のような関係を築
いているので、チベットの四つの主要な仏教宗派を隔てている壁はそのうち消
滅してしまうかもしれない――そしてダライ・ラマの死後、カルマパがチベッ
ト独立運動の指導者として後を継ぐことになるかもしれないという噂が囁かれ
るようになっている。これは今までなら受け入れかねるような過激な考えであ
ろうが、チベットの征服を目論み、そしてある者たちの主張によれば文化的に
抹殺しようと汲々としている中国のもとで政治的活動を続けていくためには、
チベット人はまったく新しいアプローチを受け入れなければならないのかもし
れない。「チベットの指導者たちは必要とあらば、驚くほど巧みに自らを改革
することができる」と、コロンビア大学のチベット専門家、ロビー・バーネッ
トは言う。
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lama:ラマ僧
tutor:家庭教師、個人指導教授
get under way:軌道に乗る、始まる、進行中である、実行される
give rise to:起こす、生じる、引き起こす、増加させる
over time:時間が経てば、そのうち、自然に
subjugation:従属、征服、服従
bent on, be:〜しようと決心している、〜に熱心である
reinvent:再発明する、徹底的に作り直す、改革する
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少年は実直で賢く、精神的に成熟しており、会う人々に深い印象を与える。ま
たラップトップ・コンピュータを所有しており、いつの日にかこれを使って
メールを送りたいと考えている。しかしこれまでの人生でいちばん幸せだった
のは、カルマパの転生であると「認定」される前の子供時代だった、と彼は言
う。今いちばん会いたいのは母と父であるとも。彼は世界最古の転生ラマの生
まれ変わりかもしれない、チベット国民の希望の星であるかもしれない。しか
し一六歳の彼はまだほんの子供でもあるのだ。
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gravitas:生真面目さ、実直さ
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