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大意
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語彙
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BY RICHARD CORLISS
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映画俳優としても世界的な監督としても、北野武は、自分達の掟に従って生
き、そして死ぬ、冷酷な男たちを描いて秀逸である。
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『ブラザー』で最後の撃ち合いの直前のシーン、北野武演じるやくざがカル
フォルニアの砂漠の小さな食堂に入る。カウンターの中の老人がやくざをしげ
しげと見つめて言う、「あんたら日本人ってのはまったくわかんないねぇ」
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inscrutable:計り知れない、不可解な、不可思議な
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| 2 |
監督兼俳優をつとめた北野初のアメリカ映画『ブラザー』の中の、このさりげ
ないシーンにはちょっとしたジョークが込められている。老人自身が日系アメ
リカ人でありながら、太平洋の向こうからやって来た同胞のふるまいに戸惑っ
ているということがひとつ。もうひとつはこの台詞が、ビートたけしの『ここ
がヘンだよ日本人』という番組名のもじりであること。そして三つ目は世界中
の北野ファンをからかったものである。おれの映画――衝撃的で哀愁をおびた
情熱的なアクション映画――は、メチャクチャわかりやすいんだからね、とい
うわけだ。
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baffle : まごつかせる、困惑させる
demeanor : 振る舞い、態度
compatriot : 同国人、同胞
scrutable : 判読できる
darned : =damned
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| 3 |
北野がほとんどの映画で演じるのは「タフな一匹狼」だ。それはどんな国でも
理解され得る存在であり、その獣的な魅力を伝えるのに字幕はいらない。男が
とりあえずどちらの側の法に従っているか、ということさえ問題ではない。
『その男、狂暴につき』、『HANA−BI』の警官も、『3−4X10月』、
『ソナチネ』、『ブラザー』のやくざも、恨みを抱え拳銃を持ち歩く。ジャン
=ピエール・メルヴィルの1976年の古典的ミステリー映画(『サムライ』とい
うタイトルはぴったりだった)でアラン・ドロンが演じた無表情な殺人者と同
様、北野もゆっくりと歩き、虚空を見つめる。医者に魂を取り除いてもらうこ
とで一命を取りとめた患者であるかのように。初期の無愛想なクリント・イー
ストウッド(『荒野の用心棒』、『ダーティ・ハリー』、『ペイル・ライ
ダー』)のように、北野は無情な復讐鬼と化す。それは正義であることもある
かもしれないが、そうであったとしても偶然だ。彼は禅であり、イーストウッ
ドのゾンビである。つまりダーティ・ハラキリなのだ。
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embody : 具体化する、統合する
subtitle : 副題、字幕
grudge : 恨み、怨恨
uninflected : 、抑揚のない
surly : 険悪な、無愛想な
retribution :報い、報復、復讐
implacable : 無慈悲な、無情な
dispense : 施す、分配する
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ドロンやイーストウッドの映画は俳優の美しさゆえ、観る者を非情な男たちの
世界に引きつける力を持っている。しかし北野は美しくもなければ愛嬌もな
い。背も高くないし、スリムでもなく、ありきたりの優雅な動きとも無縁だ。
饒舌と悪ふざけのテレビに対して、映画での彼はたいてい寡黙で落ち着いてい
る。顔は試合後のボクサーのように腫れている。そう、それは1994年のバイク
事故で部分的に麻痺し成形された顔なのである。しかし見てわかるのは傷跡ぐ
らいのものだ。そのうえ表情はいつも動かない。映画の北野はジム・キャリー
であったことは決してないのである。
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ingratiating : 愛嬌のある
conventionally : 月並みに
caper : 跳ね回る、戯れる
blocky : どっしりした
puffiness : 腫れ
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しかし彼はハリウッドのスター並みに多くの国で知られた存在である。北野の
ウェブ・ページは世界中のあちこちにあって、スペイン語、フランス語、英
語、オランダ語、ドイツ語、イタリア語、ポーランド語で読むことができる。
世界中のファンは、彼が監督兼俳優として11年間に9作品もの映画を撮ってき
たのを見てきたし、芸術映画(大島渚の『御法度』)、10代のニヒリストを描
いた大作(深作欣二の『バトル・ロワイヤル』)、ハリウッドのスリラー映画
(キアヌ・リーブス主演の『JM』)に出演した俳優としての彼もおそらく
チェックしていることだろうが、北野にとって映画は趣味でしかないことは知
らないかもしれない。それにしても映画以外のことに割く時間がどこにあると
いうのだろう。しかしもちろん彼は他の活動もしている。1週間にほぼ7時間
はテレビに出ているのだから。
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rubberize : 〜にゴムを引く、ゴム引きする、ゴムを含ませる
pock : ポツポツと穴を開ける、あばた印を付ける
churn out : 大量生産する、量産する
catch:(映画などを)観る
epic :大作
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欧米人にとってテレビの北野を知らないのはありがたいことなのだろう。日本
の観客は、小さなスクリーンでは日本のグルーチョ・マルクス、大きなスク
リーンでは日本のハンフリー・ボガードという二つの両極端なイメージをうま
く両立させなくてはならない。欧米人はテレビのお笑い芸人としての北野のイ
メージを払拭する必要がないので、存在感のある殺し屋としての彼をすんなり
受け入れられるのである。
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juggle : 〜をやり繰りする、巧みにこなす
existential : 存在に関する、存在を表す
hit man : 殺し屋
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1989年の監督デビュー作品『この男、狂暴につき』ですでに、無感動な表情や
復讐鬼と化した人物像は完成した形で描かれていた。怒りに燃える拳や足も然
りである。この映画は不良少年たちが老人を意識がなくなるまでなぐり続ける
シーンで始まる。少年の一人が帰宅する。警官の我妻(北野)は少年の部屋に
入って、彼をこっぴどく殴りつける。「オレ、何もやってねぇよ」と少年は言
い張る。「じゃあ、俺もな、何もやってねぇよ」と暴力警官は答える。
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stolid : ぼんやりした、鈍感な
punk kid : ガキ、若造、青二才
whack : 強く打つ、強打する
lad : 少年、青年、若者
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我妻は怒りをうまく処理できない。警察本部で男が「ヒモ」だとわかると、そ
の男を投げ倒して頭を蹴る。街頭では転んだ犯人に蹴りつける。相棒の警官が
とっさに身を挺して男をかばおうとすると、我妻は相棒までも蹴る。その意味
するところは、銀座のネオンに書かれずとも明らかである。いい奴も悪い奴も
罰し方は同じだ。もしかしたら彼らは同じ奴なのかもしれない。ただひとつ違
うのは、片方はバッジを持っているということだ。我々は警官に給料を払っ
て、自分のかわりに汚れ仕事をやってもらっているのである。
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pimp : 売春斡旋業者、ぽんびき、売春宿の亭主
fell : 倒す、打ち倒す、投げ倒す
perp : 《米警察俗》犯罪者
spell out : はっきり述べる、はっきり説明する、詳しく説明する
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北野は深作が降りた後を受けて、『その男、狂暴につき』の監督を引き受けた
が、製作・脚本には関わっていなかった。しかしわかりやすい道しるべもない
荒れた風景という映画の方向性を決めたのは北野自身である。そこにはどんな
感傷もない――それとわかる感情さえない。彼は我妻に対する同情を求めな
い。主人公は人好きのする人物である必要はない、人を否応なく引きつける何
かがあればいいのだ。それに心酔したり偶像化したりするのは観る者の勝手
だ。
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arid : 乾燥した、不毛の、無味乾燥な
signpost : 道しるべ、道標
idolize : 偶像を崇拝する、偶像化する、溺愛する
iconize : 偶像視する
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監督兼俳優として初めての映画で、北野は警官にしては暴力的すぎる男を演じ
た。次の1990年の『3−4X10月』では上原という暴力団員を演じているが、
この男も暴力的すぎるやくざである。この映画はやくざともめ事を起こした野
球好きの二人の少年を軸に展開する。北野は約30分間登場し、最後に敵意をむ
き出しにした数人の男たちから車のシートごしに銃弾を浴びる。しかしこの野
蛮な男はそうなることがわかっていた。撃ち合いの合間、彼はセックスをする
カップルを眺めている。「俺の番だ」、彼は歌うようにつぶやくと女を押しの
け――そして男に飛びかかる。
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run afoul of : 〜と面倒を引き起こす、〜と衝突する、〜ともつれる
splatter : バチャバチャ跳ね飛ばす
upholstery : 椅子の座面、クッションの材料
have it coming : 自業自得だ / 【用例】 I had it coming. : 自業自得なん
だ、こうなることは分かっていたんだ◆【直訳】私がそれ(トラブル)を来さ
せた→自業自得だ
interlude : 合間
chirp : 小鳥がチーチー鳴く、さえずる
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『ソナチネ(1991)』になると、北野の演じる男は今ではお馴染みとなった人物
像、すなわち感動も動揺もまったくない暴力団抗争の強者へと成熟した。円熟
の境地に達したと言った方がいいかもしれない。彼はアル・パチーノやロバー
ト・デニーロが演じるヒーローのように、非常に激しい怒りから行動を起こす
のではない。個人的な悪魔を追い払おうとしているのでも、かまってくれない
親などに怒りをぶつけているのでも、爆破されて当然の標的にダイナマイトを
仕掛けて不正な社会を正そうとしているのでもない。フロイドもレーニンも
彼の本棚にはない。北野が演じる男は自分がすべきこと――彼が殺人マシンと
して設計された目的――を遂行しているだけなのだ。これらの映画の中では、
警官の人生もやくざの人生もロマンティックなものとして描かれてはいない。
それは肉体労働に似て、ひとつの仕事であり役割である。しかしアクションが
少ないわりにはたくさんの人間が死ぬ。撃つ瞬間、あるいは撃たれる瞬間を、
重苦しい気分で延々と待っている。避けようのない天罰や報復、不運、裏切り
にむかって、ただ時間だけが過ぎていく。
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wizen : しおれる
exorcise : 追い払う、悪魔を払う、払い清める
channel : 道を開く、導く
ditch digger :重労働者、肉体労働者
body count : 人数、(戦)死者数
comeuppance : 天罰、当然の報い
hang around : (当てもなく)ブラブラする、うろつく、無為にすごす
butt:標的
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『ソナチネ』で彼が演じるのは暴力団幹部の村川という主役である。村川は
「疲れ切って」、引退しようとしている。やくざの集会は昼下がりの老人クラ
ブのようだ。男たちは孤独で、後悔と不安に苛まれている。『ソナチネ』――
この作品によって北野は欧米で高く評価されるようになった――は、サミュエ
ル・ベケットが書き直したやくざ版『リア王』といった趣の作品だ。モノロー
グは流血の闘い。しかしこの闘いは、あたりを明るく照らし出す機関銃の閃光
によって暗示されるだけだ。それ以外の場面では、歩き、座り、見つめる北野
がいるだけである。そして最後に自分の頭を撃ち抜く。
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big-timer : 一流役者、重要人物
King Lear:リア王
soliloquy : セリフ、独り言、モノローグ
pyrotechnics : 花火、火工品、信号照明弾類
sheet lightning : 幕状稲光、幕電、幕電光
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北野は数少ない銃撃戦や爆発の場面をなかなか登場させないが、それは観客が
それくらいゆっくりとした場面展開に耐えられることを知っているからだと、
皮肉な人なら言うだろう。銃撃シーンは昔のミュージカルのフィナーレのよう
なものだ。しかし彼は殺しのシーンにキューを出すこともこれを美化すること
もない。物事は、実際の日常でそうであるように、唐突に起こり、爆発する。
ファンならこう言うだろう、真の芸術でそうであるように、と。
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cynic : 皮肉屋、冷笑屋
entropy : エントロピー
glamorize : 美化する、〜に魅力を添える、〜に魅力を与える
production number:ミュージカルなどの終わりに、通例、演奏家、歌手、ダ
ンサー、役者など全配役が登場して行うフィナーレ
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1997年のベネチア映画祭の審査委員は『HANA−BI』を芸術的に優れた作
品であると評価し、最優秀賞を与えた。映画はある意味で「アート」の要素を
持つ。映画のあちこちに北野自身の絵画――稚拙に見せかけたスタイル(ある
いは本当に稚拙なのかもしれない)で描かれている――が出てくる。『HAN
A−BI』は図らずもヒューマニズムの映画にもなっている。北野が演じる西
は警察官で、妻は末期ガンに侵されている(北野の映画にちらっとでも登場す
る女性はみな、売春婦、天使、崇高な犠牲者など、何らかの対象または象徴と
して描かれることが多い)。西は異常なまでの熱心さで介護し、妻を支えるた
めに金を盗む。
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execute : 芸術品を創作する、曲を演奏する
flirt with : 誘惑する、もてあそぶ、ふとした興味を示す
caregiver : ケアする人、世話をする人、面倒を見る人
with a vengeance : やけに、異常に、驚くほど強く
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しかし優しさも彼に柔らかな印象を与えることはない。チンピラが金を回収に
やって来ると、そいつの目に箸を突き刺す。西は新しいタイプというより、む
しろ死んだ人間である。顔に銃を突きつけられても顔色ひとつ変えない。いい
から撃てよ、と言っているような表情。どうせもう死んでるんだからさ、と。
忘却こそが、彼が自分と妻のために選び取った答えである。映画のラスト、二
人は浜辺に腰を下ろしている。妻が「いろいろと」ありがとうと言う。彼は妻
と自分を撃つ。
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creep : 不愉快な変わり者、気に食わない人、つまらない人
shake down : 揺すり取る、(人)から金を巻き上げる
post-modern : ポストモダンの
postmortem : 死後に、事後に/postmortem : 《ラテン語》死後の、事後の
oblivion:忘却、大赦
embrace : (思想などの)受け入れ、承認、容認、信奉
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『菊次郎の夏』――北野演じる粗野な男が少年のお守り役をつとめるというス
トーリーである――で軽いコメディーを撮った後、彼は『ブラザー』でやくざ
映画に戻ってきた。本作品は東京とロサンジェルスで撮影され、水を離れた魚
同様、自分のまわりの世界に違和感を感じる男という使い古された設定なが
ら、テンションの高い過激なアクション映画に仕上がっている。ただしこの魚
はただの魚ではない、サメだ。暴力団の組長が下っ端のチンピラである腹違い
の弟を助けるためにロサンジェルスにやって来る。兄貴――みんなが北野をこ
う呼ぶ(日本語で「ブラザー」の意)――は、度胸が据わり、管理能力に長
け、銃弾を山ほど持っている。ロサンジェルスの地下組織の半分が彼の銃弾に
倒れ、残り半分が彼との交渉を望むようになるまで、そう時間はかからない。
彼は町中の日本人、メキシコ人、黒人のギャングをうまい具合に手なずける。
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wan : かすかな
gruff : 粗暴な、態度が粗野な、無愛想な
nanny : おばあちゃん、ばあや、乳母
fish out of water : 環境が違って本領を発揮できない人、陸に上がったかっ
ぱ、不自然な状況にある人
tiger shark : イタチザメ
lieutenant : 若頭
half brother : 腹違いの兄弟、異母兄弟、異父兄弟、異母兄
thug : チンピラ、やくざ、殺し屋、暴力団
have a nerve : 度胸がいい
entrepreneurial skill : 経営技術
tick off : 怒らせる、たしなめる、チェックする
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ハリウッドは過激な暴力シーンに関して、あらゆるパターンを使い尽くしたと
思われているかもしれない。しかし北野は、ハリウッドに唯一必要だったのは
日本からの新たな血だったのだということを証明する。新たな血とは、たとえ
ばやくざのしきたりである指を詰めるシーンが二つ、それから箸を(今回は男
の鼻に)突き刺すシーンもある。また倉庫の床には、日本語の表意文字「死」
という形に並べられた九体の死体。欧米の観客は、マフィアといっても人種に
よって微妙に違いがあることを感じ取るだろう。たとえば日本人は敵の手に落
ちるとたいてい自ら命を絶つが、これはアメリカ人にはあまり見られない行動
だ。北野は監督としてはかなり快活で声も大きいが、演じているときはいつも
と同じく生きながら死んでいる男である。笑うこともめったにない。「みんな
死ぬんだ」と言ってニヤリとするだけだ。
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mayhem : 暴力
ideogram : 表意文字
subtle : かすかな、微妙な
disembowel oneself : 切腹する
fit : (感情・行動などの)一時的激発、発作
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これが北野のやくざ映画の提示する世界観だ。そこでは死ぬために生きるので
あり、本当に描きたいのは死である。これ以上に殺伐とした世界が描けるだろ
うか。あるいはお笑い芸人の巨匠の手にかかれば、もっと荒々しくおもしろい
ものになるだろうか。答えは否である。なぜならテレビのビートたけしと映画
の北野武は、同じ変幻自在の芸術家の表と裏なのだから。一方は笑いをとるた
めなら何だってする。もう一方は、名誉といった古びた価値観のために、やく
ざ同士の皆殺しの抗争で自滅の道を歩む男の物語を、観客に笑い飛ばしてほし
くないと思う。
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worldview {名} : 世界観
punch line : (ジョークの)落ち、聞かせどころ、殺し文句
bleak : 荒涼とした、殺風景な、希望のない
rudely : 無作法に、粗野に、荒々しく
protean : 変幻自在な、多方面の、一人で数役を演じる
annihilate : 絶滅させる、全滅させる
rusty : 錆びた、役に立たなくなった
for the sake of : 〜ずくで、〜に免じて、〜のために、〜の手前
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『ブラザー』のラストシーンで、兄貴はカウンターの中の老人に札束を手渡
す。「修理代だ」。彼はそう言ってドアを出る。食堂を跡形もなく破壊してし
まうほどの銃撃のまっただ中に。そして銃弾に倒れるのである。確かに兄貴は
自殺願望の強い人殺しのやくざかもしれない。しかし多額のチップを置いてい
く男は賞賛されるべきである。
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wad : 大量の札束、たくさんのもの
mow down : なで切りにする、掃射する
obliterate : 〜の痕跡をなくす、完全に破壊する
homicidal : 殺人の
suicidal : 自殺の、自殺行為的な、自殺同然の
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