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大意
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語彙
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BY MATT RIDLEY
| P47 |
DNAは本のごときであり、読むのが待ちきれない
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ここ数ヶ月のうちに、私たちは大雑把ではあるが最初のヒトゲノム全体の青
写真を手にするだろう。このことは医学上、恐らくは倫理上においても重要
なできごとだとして繰り返し伝えられている。私は、それ以上のことだと思
う。歴史上最大の知性が輝く瞬間だと信じるのだ。文句なし。人間は遺伝子
以上のものだといって非難する人がいる。私もそれを否定するものではない。
私たち個人は、遺伝子情報よりもはるかに多くのものがある。だが今まで人
間の遺伝子はほとんど全くといっていいほど未知数であった。私たちが謎を
解く始めての世代となるのであろう。
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human genome : ヒト遺伝子、
medical : 医学の、
ethical : 倫理的な、
bar none :あらゆるものの中で,文句なしに,断然、
genetic code : 遺伝情報、
penetrate : 理解できる
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ゲノムというのは「遺伝語」で書かれた一種の自伝であり、生命の誕生以来
私たちの種および祖先の歴史を彩ってきたあらゆる変遷や創案がそこには書
かれている。遺伝子から、私たちがチンパンジーともっとも近い縁者である
ことは既に分かっている;また、ショウジョウバエとヒトの共通の祖先は、
学習能力をもつ6億万年前の条虫類であり;バスク人は言語からも推定され
るように他のユーラシア人とは関連性はなく、元からいた採集狩猟ヨーロッ
パ人の子孫なのかもしれない。遺伝子から「LUCA」についても少しばかり知
ることができる。LUCAというのはもっとも遅く現れた、すべての生命の共通
の祖先のことであり、約40億万年前に存在していた単細胞細菌のことであ
る。
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genome : 生物の生活機能を維持するための最小限の遺伝子群を含む染色体の一組、
autobiographical : 自伝の、
vicissitude : 変遷、
dawn : 夜明け、
fruit fly :ショウジョウバエ、
segmented worm :条虫類、
Basque : バスク人、
unrelated to : 〜と無関係の、
indigenous :原住民の,土着の、
hunter-gatherer :採集狩猟生活者、
microbe : 細菌
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通常の自伝とは異なり、ゲノムには過去ばかりではなく未来の話も入ってい
る。遺伝子の中には、年齢と共に体がどうなるといった明確な情報があり、
そのうちのいくつかは既に解読されている。例をあげてみると、アルツハイ
マーの罹患率を11倍にする遺伝子がある。遺伝子の334番目の文字がG
かAかで決まるのである。
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alter : 修正する,変更する、
susceptibility : 罹病性,感染性
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ゲノムを本──800冊の聖書もの長さなのだが非常に小さいので、ひとり
ひとりの体内に何兆もの本がある──にみたてる考えは決して比喩ではない。
まったく本当のことである。本というのはデジタル情報であり、その情報が
書かれる形式というのはリニアであり、一次元的であり、一方向に向かって
書かれる。またその情報は次のような規則で定義される。すなわち、小さな
アルファベットの記号はいくつか集まって語句となるのだが、その語句は配
列によって意味が決まる。これはまさしくゲノムのこと。
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metaphor : 暗喩,隠喩、
literally : 誇張なしに,事実上、
digital information : デジタル情報、
linear :直線の、
one-dimensional : 一次元の、
transliterate : 字訳する,音訳する、
lexicon : 語彙目録,語彙部門,用語集
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私の体型を決めるのは遺伝子。両手に5本ずつ指があるのも、歯が32本あ
るのも、言語能力を決めるのも、知的能力のうち半分ほどを決定するのも遺
伝子だ。何かを覚えるとき、私に代わって覚えるのは遺伝子である。記憶を
蓄える神経系統に影響を与えるシステムのスイッチを入れるのである。
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lay down :決める、
switch on : スイッチを入れる、
neurochemical : 神経系統に影響を与える,神経化学薬物
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これのどこに自分の意志があるのだろう? ある人に言わせれば、自由意志
というのは社会によってもたらされるものだという──文化とか教育とかに
よってである。この論法からすると、自由というのは遺伝子によって生まれ
ながらにして決まっているものではなく、遺伝子が横暴にもひどいことをし
たあと開花する花のようなものである。遺伝的決定論を乗り越え神秘の花、
自由をつかみとることができるというのである。
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free will : 自由意志、
nurture : 仕込む,養育する、
reasoning : 論法、
tyrannical : 専制(君主)的な、
determinism : 決定論
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だがそれは遺伝的決定論を社会的決定論に置き代えるにすぎず、私に言わせ
れば、社会的決定論ははるかに実りのないものである。アルダス・ハックス
リの素晴らしき新世界を読み返しそこに遺伝子のことが何も書かれてないこ
とに少しばかり驚いた。その本では、優れたものも劣ったものも親から生ま
れることはない;子供というのは人工子宮の中で科学物質の調合によって作
られ、その後パブロフ型条件付けと洗脳をほどこされるものであり、その状
態はアヘンに似た薬で維持されるのである。20世紀に典型的とされる暗黒
郷は先天的なものにはまったく無関係であり後天的なものに完全に依存して
いる──遺伝ではなく環境ということ、クソ。どちらがより多くの苦痛をも
たらしたかはなんとも言いがたい:1930年代にドイツを席巻した極端な
遺伝子決定論者か、それとも同時期にロシアの中心思想となった過激な環境
決定論者か。
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to one's mind : 私見によれば、
bleak : 寒々とした、
Brave New World : 『すばらしい新世界』《Aldous Huxley の小説 (1932); 物
質的欠乏と肉体的苦痛がなくなり家族関係も消滅した未来社会を, そこに適応で
きない自然児の眼を通して描いた反ユートピア小説》、
breed :産む、
adjustment : 調整,適応、
artificial womb : 人工子宮、
Pavlovian conditioning : パブロフ型条件付け、
brainwash : 洗脳,洗脳する、
opiate :アヘン剤、
quintessential : 典型的な、
dystopia : 暗黒郷,地獄郷
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しかしながら遺伝子決定論は社会的決定論よりも運命論としてはいっそう無
慈悲なものだという作り話が今でもある。実際問題としては、これは正しい
と証明されたわけではない。失読症や内気さはいずれも生得の要素が大きい;
このことを認識すればよりよい治療ができるのであって、冷酷な運命論に陥
るわけではない。また遺伝子決定論が責任の所在をあいまいにするわけでも
ない。自分らしく振舞えば、その行動には責任が伴う;しかし自分らしく振
舞うということは、その行動を引き起こす多くの決定論を外に向かって表現
しているにすぎない。パラドックスだ。行動がでたらめでない限りそれは決
定されたもの。決定されたものであれば自由はない。
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myth : 神話,伝説、
persist : しつこく主張する、
implacable : 執念深い,無慈悲な、
fatalism : 運命論、
in practice : 実際問題として、
dyslexia : 失読症,難読症、
shyness : はにかみ,臆病内気、
innate : 生来の、
callous : 無神経な,冷淡な、
undermine : 密かに傷つける,台無しにする、
in character : その人らしく、
paradox : パラドックス,矛盾
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このパラドックスは、決定論と予言とを区別することである程度避けること
ができる。天候は決定されているけれども予報はできない。天候と同じく、
私たちも各要素がフィードバックして影響し合う複雑な融合体なのだ:脳内
の遺伝子は行動に応じてスイッチが入るし、そのまた逆もある。自由という
のは恐らくは、他人のものではない自分自身の決定論を表現することにある
のだろう。つまり心理学者リンドン・イーブスが言ったように、「自分のも
のではない環境にこづきまわされたいのか、それとも、ある意味で自分自身
でもある遺伝子に振りまわされたいのか?」どんなときも与えられるものよ
りもとからあるのがいい。
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resolve : 解決する、
deterministic : 決定論の、
complex : 複雑な、
amalgam : 混合物,融合体、
feedback system : フィードバック・システム、
in response to : 応えて、
one's behavior : 日頃の行い、
vice versa : 逆もまた同じ、
psychologist : 心理学者、
push around : こき使う,あれこれ指示する
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