タイトルミニ



E.T.Shimizu

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第五章 生命体の原動力

  −− カオス幻想 <生命はカオス発振か?> −−

 生命のないものはエントロピーの大きい方向に、自動的に転がってい く場合がほとんどであることを述べました。ところが、生命体は局部的 にエントロピーを逆行させる振る舞いを見せます。それができるために は、自己の内部にエネルギーを蓄積排出する自律的な運動を起こすトリ ガーが自然発生しなければなりません。  それはなんでしょうか?

1  自律的装置とは?

 今回は、生命体を自律的運動機関と考え、それを起動する要因を考え てみたいと思います。  世の中には外部からエネルギーを得て、それを何かの仕事に変え、残 ったエネルギーを外に放出するという作業を、自動的に、継続的に行う 装置がいろいろあります。
風車  例えば、昔のオランダの風車などは、風のエネルギーを受けて、排水 ポンプを駆動するものですが、風が無くなると無条件でこの作業は停止 します。
 これは、装置が最初から内部にエネルギーを蓄積できない系であるか ら、やむをえないわけです。従って外部エネルギーの気ままな増減をカ バーして、仕事を一定に保つという機能はありません。つまりこれは、 「他律的に」動く機械なのです。
 では、「自律的に」働く機械はどうかというと、ある程度、外部の条 件から「独立」に動けることを意味しています。もし、風力を利用して 発電して、その電力を生活に利用しようとすれば、その供給量がいつも 「風まかせ」では不便です。
 その時、この発電装置を自律的に運転しようと思えば、風が強くて発 電量が多い時は余った電力を電池に溜め込み、弱くて不足の時は電池か ら放電して平滑化を図ることで、外部とは独立の「定率供給」ができる わけです。
 これら2つの系で異なるところは、「自律機」は「他律機」に対して、

A.エネルギー蓄積機能を持っている
B.外界とは独立の時間系で作業ができる
C.判断系がある

ということになります。



2  エネルギー蓄積ができる

 エネルギー蓄積とは、例えばバネのようなもので、一度外部から与え られたエネルギーを、「収縮」という形で保持しておき、必要な時に伸 張することで与えられた分を外部に放出するものです。
 また重量のある物体を移動させることでも、エネルギー蓄積が可能で す。移動重量物体は慣性エネルギーを持っていますので、必要な時に これを静止させることで、それを外部に放出するのです。
 では、バネに重量物体を取り付けたらどうなるでしょう?
 バネを縮ませて、先端に重りを付けて放すと、エネルギーは放出され ますが、それは重りの慣性エネルギーに移ります。これがまた、バネを 引き延ばしますので、その力で重りが止まった時、エネルギーは今度は 伸びたバネに蓄積されるわけです。
 つまり、バネと重りで交互にエネルギーを蓄積しあうことになり、こ れは振動することになります。つまり振動周期という「タイミング」が 発生します。
 また、変動があっても外部エネルギーを絶やさなければ、この振動は 限りなく続きますので、発生するタイミング情報を、別の系が読み出す ことができます。


3  自律機にはタイマーが要る

 「自律機」は、外部エネルギー変動とは独立の時間軸を持って、作業 を進めるものを言います。従って、独自の「タイマー」を持っていなけ ればなりません。そこで、さきほどの振動系の周期を測時単位として、 これをタイマーに使うことができます。
 ということは、エネルギー蓄積方法の少なくとも一つは、この「振動 方式」でなければなりません。
 つまり、とまらない振動を持つこと(自励発振)は「自律機」の必須 要素とも言えるわけです。
 振動現象の一例はバネと重りですが、ポジティブフィードバック(正 帰還)と言われる系は、外部エネルギーを利用して、それが 化学的エネルギーであっても、この発振を持続させることができるのです。
 ロシアの ベローゾフ 等の研究では、化学反応においても、長周期交互非 平衡反応が持続する例が示されており、国内でも十数秒間の周期で、2 種の物質が交互に生成したり消滅したりする反応が観測されています。 ここには化学的ポジティブフィードバック機構が働いています。
 そこで、もし生命体がタイマーを内蔵した一種の「自律機」として機 能しているとすれば、どこかにこの発振要素が、潜んでいると考えられ ます。人間の場合、視交叉上核に サーカディアンリズム を発生するタイマーがありますが、この刻時メカニズムだけでなく、各所のサブシステムにローカル 振動系が自律処理を図っていると想像されます。
 しかし、生命体は、一時として同じ状態を繰り返すということはあり ません。それは、常にエントロピーの減少という、生命体独自の作業を 続けていて、内部状態が刻々変化しているからです。
 従って発振現象も、腕時計のクォーツみたいに一定、とは言えず、ポ ジティブフィードバック系全体は、常に変化していることでしょう。
 さらに独立の判断系を持って、自己の動作の暴走を抑制するためには、 上記と反対のネガティブフィードバック(負帰還)系も必須となります。
 正帰還系でタイマーを得た生命体は、外界から独立した自由を得たと 同時に、負帰還系で外界へのフォローを開始するわけです。


4  カオス発振がタイマーか?

カット1  このように、振動しつつも、同じ状態の繰り返しではなく、非線形系 を通じて常に過去に経験しない新しいシーケンシー(因果連鎖)に入っ ていく系を、 カオス と呼んでいます。これは帰還系は単純なのに、出力 される状態が入力変動に敏感なので、非常に複雑な現象に見えることが あります。
 生命体のカオス的振る舞いについては、マクロなものでは特定条件下 での 脳波、ミクロなものでは、やはり特定環境でのニューロンのカオス 応答が報告されています。
 タイマーを持った「自律機」として生命体を捉えれば、発振現象が必 須です。では、この環境が大きく変化して「正帰還」を維持できなくな った時、系はどうなるでしょう。
 それは自律機でなくなることを意味します。つまり、系が生命体なら ば「死」を意味します。
 では、スタートはどうするか? 正帰還の系に最初にエネルギーを入 れ、フィードバック(出力を再び入力に戻す)を開始しないと、発振現 象は起こりません。


4  神はノイズだった

 生殖においては、すでに発振している細胞が、それが止まらない間に、 同機能の細胞を増殖させることは想像がつきます。それが何億年繰り返 されたとしても、統計的に発振は継承されていくと考えられます。生殖 過程はそれでよいでしょう。
 問題は、世界最初に無生物だった有機分子の塊に、誰がセルモーター のスイッチを入れたかです。
 電子工学的な類推が許されれば、それはあまり難しい問題ではありま せん。たまたま高効率に作られた正帰還系は、外部に充分なエネルギー があって、同時にそこにたとえノイズのようなわずかなエネルギーであ っても、パルスのような形で入力があれば、多回数のフィードバックの 後には、発振を持続できる充分なエネルギーに増幅することができるの です。
 つまり偶然に形作られた、有機分子の正帰還エネルギー系に、落雷、 化学的起電力、日光、地熱、隕石衝突、放射線など、なんらかのパルス エネルギーが作用して、スターターとなったと考えることができます。

 つまり、最初の生命体は、単なるエネルギー正帰還有機体だったとも 言えるのではないでしょうか。

− 第五章 完 −

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次回は
第六章 宇宙生命体
 −− SETI幻想 <人類は孤独か?> −−
」 をお送りします.