タイトルミニ



E.T.Shimizu

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第四章 生命の特質

  −− エントロピー幻想 −−

  生命体の機能に着目し、それを人工物を用いて構成的方法で具 現化することで、生命体そのものを理解していく試みを述べまし た。しかしもともと生命体は自然発生ですので、それら人工物も 自然発生できるメカニズムを持っていないと、要素抽出をしたこ とにはならないわけです。
  そこで、少し生命というものが持つ、非生命と差異について見 てみたいと思います。

1 エントロピーって?

   エントロピーというのは、「偏らなさ」加減のことを言います。 偏らないということは,ノッペリしたということですが,どうも これが自然体で,偏りを発生させる,つまりエントロピーを小にするほうが大変なようです.
  例えば、熱はいつも高いほうから低いほうへ流れます。これは 昔から熱力学の第2法則として知られています。これによると、 時が経てばあらゆる物の温度は、しまいに偏りがなくなる、つま り同一温度になって「偏らなさ」加減は増加するので、別名エン トロピー最大化の定理と呼ばれるわけです。
  これは言い換えると、エネルギーは多すぎるところから少なす ぎるところへ「頼まれもしないで」勝手に移っていく、つまり平 準化していく性質があるわけです。
  ストーブなどは、部屋の内と外の温度が平準化しているところ を、無理に室内だけ温度を上げるわけで、平準化とは逆をやって いるわけですから、その代償として燃料の消費という、もっと大 きな化学エネルギーの平準化を利用しているわけです。
  ということは、エントロピーを少しでも減らそうとすれば、別 のエントロピーを増やして、それに充てなければならないのです。 しかも、それを行うためには、燃料への「着火」という自然放置 ではめったに起こらない大落差エネルギーを平準化させる作業が 必要です。
  つまり部分的にでも、自然放置の状態で勝手にエントロピーが 減ることは、うまい具合にそばのエントロピー増加プロセスが寄 与してくれる偶然がない限り,不可能なわけです。
  これは実は大問題で、我々がエネルギーを「利用する」時は、 いつも「落差」を「平準化」するわけですから、まわりがすべて 平準化してしまったら、利用できるエネルギーはなくなってしま うわけです。




2 生物は逆流が好き

  ところが、この平準化と逆の作業を簡単にやってしまうものが あります。それは生命です。
  たとえば植物を見ると、庭に植えた苗木は、頼まれもしないの に年月とともに巨木となります。苗木よりも巨木の方が、燃した 時、カロリーが大きいので、エネルギーの平準化に逆行したこと になります。従ってエントロピーも減少したわけです。
  だからといって第2法則が間違っているわけではなく、ここで 実現された逆行の代償として、実は太陽が自分のエントロピーを 増大させて、苗木の面倒を見たと言えるわけです。
  しかも、生命メカニズムは、これを自然にやってくれるので、 さきほどのストーブ着火とは大きな開きがあります。ということ は「自然にエントロピーを下げる機能を持ったものが生命である」 とも定義できそうです。
  ここで、植物がやったことをよく見てみますと、光合成で炭酸 ガスから酸素を分離したこと、木材自体が成長したことで、いず れも化学エネルギーの逆行蓄積をやっているわけです。
  ところが、先ほどの第2法則が常に働く世界では、逆行蓄積を やったそばから平準化が起こるので、生命の働きは帳消しになっ ていくわけですが、現実はそうではありません。蓄積されたもの が、そう簡単に平準化しないのです。
  実は化学エネルギーが蓄積されるレベルには無数の盆地 (蟻地獄のように、落ち込んだら出にくい)があって、いつまで もそのレベルから抜け出せない確率が高いわけです。抜け出して さらに低いレベルへ平準化の道程をたどるには、一度盆地を飛び 出すという「着火」の作業が必要なのです。
  こうして、生物は発生時点から現在に至るまで、止まることの ない逆行蓄積を繰り返して来たので、地球上にはおびただしい量 の、小エントロピー物質が盆地に貯まってしまいました。これが 石炭、石油、天然ガスなどの化学エネルギー源です。


3 偏りのない所

  もし盆地が無かったら、つまり世の中が非常に高温で「着火」 しなくても物質の変化を妨げるものがなかったら、エネルギーの 平準化はどうなっていたでしょうか。
  例えば水素とか酸素とかの、元素のエネルギーレベルはどうで しょう。地球上では、元素は非常に深い盆地に落ち込んでいるた めに、ある元素から別の元素へ移行するには、大変な外部エネル ギーが必要です。
  しかし、やはり盆地の底どうしでレベル差はちゃんとあります ので、第2法則による平準化への自然の圧力があります。そこで、 巨大な着火力があれば、例えば水素は融合してヘリウムに平準化 します。この作用で発散されるのが太陽エネルギーです。
  重い元素はどうでしょうか。自然元素で一番重いものは、ウラ ンですが、これは融合ではなく分裂するほうが平準化方向です。 したがって軽重の元素はともに、融合と分裂によって、鉄や銅あ たりの質量数に向かって遷移することで、エネルギーは平準化さ れていくのです。
  宇宙開闢のビッグバンの時、現れたエネルギーの塊が物質の形 態を取り始めた時は、水素ばかりみたいでしたが、太陽内部のよ うな高温状態が限りなく続いていたら、常に着火状態ですから、 元素はすべて鉄に平準化され尽くしてしまい、生命などはもちろ んできず、ひどく単調な宇宙になっていたことでしょう。
  これが、ビッグバン後の急激な低温化によるエネルギーレベル の盆地の発生で、結構バラエティに富んだ元素が平準化できずに ひっかかって残ったために、まず、エントロピーが最大値をとら ずにとどまった(未利用エネルギーが残った)こと、そして有機 分子などが作れる材料の元素が残ったことが,宇宙を豊かにした わけです。
  やがて、有機分子から生命が現れると、奇妙なことに周囲のエ ントロピー増大を利用して、みずからのエントロピーを下げると いう、さきほどの自動逆行運動を始めたわけです。


4 生物はハードウェアに囚われない

  ところが、さらに変なことが起こってきました。植物ばかりで なく動物が現れると、外界をシミュレーションして行動すること で、外部に向かって仕事をしたり、外部からエネルギーを貰った りする作業を、生体個々で勝手に始めたわけです。
  これは、従来のエントロピーの単調増加モデルを完全に壊すも ので、自然放置現象であるにもかかわらず、部分的にエントロピ ーが増えたり減ったりするようになったわけです。
  やがて生命体が発達して人間が出てくると、頭脳をもって、エ ントロピーの局所的増減を、盆地の底や壁に無頓着に行うように なりました。つまり「着火」の自由を手に入れたのです。
  これは、いままで物理化学系で言われていたエントロピー増大 傾向が、生命体の情報処理系に依存しはじめたために、局所的に 見れば,従来とは独立の動きをするようになったと言ってよいで しょう。
  この生命体特有の,物理化学系での「局所エントロピー減少化 傾向」は、情報処理系においても同様で,人間が「作り出す」と いう行為はハードウェアでもソフトウェアでも,常にエントロピ ー減少化の方向を向いています.
  ということは,生命体自体もその所産も,本質的に同じ傾向な のです。


4 リトル・バン

  そこで、エントロピー増加の法則は、ちょっと見方を変える必 要がありそうです。
  情報系も物理化学系の基盤に乗って動いている以上、熱力学の 第2法則は無視できませんが、ビッグバンが作り出している未利 用エネルギー(未平準化エネルギー)の総量は、仮に太陽エネル ギーだけに限ったとしても、人間が問題にしているレベルから見 れば、まさに無尽蔵といってよいでしょう。
  したがって、人間が現在活動しているエリアを「巨大な局所」 と見れば、その世界のエントロピーは、物理化学系からまったく 独立に増減できるわけです。
  それは、従来のビッグバンが、物理化学系による、エントロピ ー最大化法則の領域を、光の速度で膨張させているのに対し、そ の内部局所にあることを条件として、今、その法則から自由であ る領域が、じわっと発生してきたと言えるでしょう。
  これは、いわば、大法則が、部分的にでも妥当しない領域が、 「頼まれもしないで」自然発生してきたわけですから、「リトル バン」と言ってもいいかもしれません。


4 では,将来は?

  そこでさらに考えを推し進めると、リトルバンは、本当にリ トルなのか、という問題になります。
カット1   生命体は、有機分子という物理化学系の上に発生してきたもの ですから、その挙動は第2法則の影響下にあることは自明でしょ うが、近年の分子生物学の成果では、これら有機分子は、どうも 単なる情報の媒体であって、生きるという作業にとって重要なの は、その情報の再配列や変換や演算過程にありそうだと言えます。
  つまり、生命体の全情報をコンピューターに移行して、それに 目や耳に相当するセンサーや、手足のアクチュエーターをつけれ ば、「人格移行」ができるのではないかという発想です。
  もっとはっきり言ってしまえば、生命体の媒体は、有機分子で なくてもいいかもしれません。

  さらにSF的なことを考えますと、無媒体でもいいか、という 問題になります。何もない空間に情報だけで存在できるかどうか です。
  例えば、テレビ放送の電波は送信後、宇宙に拡散していきます。 仮に10光年先の星に超高性能テレビがあれば、10年前の番組 が見られるわけです。つまりこの10年間は放送情報が無媒体の 空間に蓄積されていたわけですから、宇宙空間は立派なVTRテ ープ機能を持っていると言えます。
  この例では、電磁波が媒体となったとも言えますが、重力波な ど、これから解明されるかもしれない波動や,それらに対する非 線形機能空間を仮定すると、蓄積だけでなく生命活動としての、 情報の授受や選択や変換や演算が可能かもしれません。それは現 在の我々の知識ではわかりません。
  もし可能ならば、リトルバンは全宇宙に、エントロピー減少化 領域を拡大していくわけです。もはや、地球とか太陽系とかの束 縛を離れて、生命圏である「局所」が拡散していくわけです。   まあ、そう考えるとリトルでなく、これは第2のビッグバンと 呼んでもいいかも知れません。


− 第四章 完 −

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次回は
第五章 生命体の原動力
−− カオス幻想 <生命はカオス発振か?> −−
」 をお送りします.