タイトルミニ



E.T.Shimizu

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第三章 人工生命体

−− メタ生命体幻想 <生命体が作る生命体とは> −−

 人工頭脳の機能や記憶容量の検討から、人間を情報処理機械と見立て て、それを再構成するアプローチに対し、壁がいろいろ見えてきました。 それを突破して人工生命体を構成しようとするとどうなるでしょう。

1 メタ生命体とは?

 メタとは、after、 beyond、 with、 change などに近い意味をもっ ています。そこで例えば、beyond などを採用して「生命体を超えた生 命体」とか「超生命体」等と言うとかっこいいのですが、ここでは「生 命体による生命体」といった感じの使い方をしています。

 人間が他の生命体を作るには、実細胞の遺伝子を操作して、新たな種 類の生命体を作るという方法と、生命体の挙動から、その背後にあるア ルゴリズムを推定して、生命体特有の増殖、進化などをコンピューター シミュレーションすることで、仮想生命体を作るという方法があります。
 後者は生命体を作ったことにはならないように見えますが、実は生命 体は、ハードウェアであるアミノ酸とかタンパク質というメディアは重 要ではなく、それを駆動するソフトウェアが主体ですから、後者もその 意味では生命体と呼んでもおかしくありません。
カット1  しかし、シミュレーションといっても、人間の場合、140億もある 脳神経細胞の挙動、一つ一つを対象にしていては、テラバイト級のメモ リーを用いても足りませんし、そんな大規模シミュレーションソフトも 現在では開発不可能でしょうから、どうしても、単純生物のシミュレー ションからスタートせざるを得ません。いわば部分シミュレーションで す。
 この方式は、部分で代表的機能を要約しているという意味で、緻密な 生命体を構成できないかもしれませんが、かわりに次のような利点もあ ります。
 1987年頃から、コンピューター内の「人工生命(AL)」を提唱 していた、クリス.G.ラングトン(Chris G. Langton) はこう言っています。
「人工生命は、我々の知っている生命だけを対象としているのではなく、 存在しうる生命すべてを対象としているのだ」
 すなわち、シミュレーション生命には、有機分子に依存するという制 約条件がありませんから、地球上の生命だけでなく、例えば火星に生息 する生命体のあるべき姿を推定することも可能なわけです。



2 生命体のシミュレーション

 では、シミュレーションによって作られる生命体というのは、どうい うものなのでしょうか?
 まず、生命体として備えていなければならない性質は、

 (1)外界との相互作用(新陳代謝機能)を有する
 (2)自己再生能力がある
 (3)他の生命体と相互作用を持つ

の3つであると言われています。
 人工生命の初期研究においては、デラウェア大学のT.レイ (Thomas S. Ray)による、 Tierraモデルが有名ですが、これは上記の3項 目に則して、自分自身のプログラムをコピーする機能を持ったプログラ ムであり、かつ突然変異として、命令をランダム化する機能を持ってい ます。
 このプログラムを複数対象に対応させて駆動し、相互の関係を見てみ ると、増殖、寄生、協調などの実生物の挙動に近い動き方を示したので す。
 ここで使われたアルゴリズムは、実生物のミクロな観察から出た基本 要素をプログラムに反映させた「分析的研究」の成果によるわけではあ りません。その意味では、シミュレーションとは言いながら、より単純 でマクロな人工創案要素をアルゴリズムとして適用し、その挙動を実生 物と比較することによって、アルゴリズム自体を修正していく、いわゆ る「構成的研究」の手法をとっているわけです。  

3 有機仮想生命体

 これらの方法で作られたシミュレーション生命体は、微生物のコロニ ー形成などの挙動について、実生物の動きと比較的似たものがあります が、例えば人間一人の挙動をシミュレートするレベルには、まったく遠 いものがあります。
 それは、まだアルゴリズムが生命体の本能など、物理化学レイヤーに 近い部分での、簡単な挙動性向を規定しているだけで、人間の全体的行 動を規定する、いわゆる「意識」のレベルには、達していないことによ ります。
 意識には、顕在意識と潜在意識があるように、処理階層がいくつにも 分かれていると思われます。
 これを反映する一つの方法は、実物の脳の処理作業から機能を抽出し、 センサー入力の、選択、変形、特徴抽出、照合、判断、好悪分類、行動、 記憶、モニタリングなどの多段階層処理工程をシミュレートして、メタ 生命体、あるいはメタ人類の自律的行動を導出するものです。
 もう一つは、人間の行動の統計的分析から、比較的少ないパラメータ ーを要約抽出して、これを仮想入力としながら、少ない階層処理で行動 を出力するものです。
 前述の「人工生命」研究は後者の立場ですが、ここ10年ほどの動き では、前者の材料もかなり「使える状態」になってきたようですので、 規模の壁はありますが、これからの研究は、両方法が歩み寄っていくの ではないかと思われます。
 あまり厳密なことを言わなければ、すでにペットロボットが、それら しい振る舞いをしている今日ですから、これを高度化させていくことは、 前者の要素をどれだけ低階層まで採り入れられるかに、かかっていると も言えましょう。
 このような、人工的情報処理媒体による生命体は、現在の分類では、 「仮想生命体」の域を出ないでしょうが、もしこの情報処理媒体や、行 動を具現化するアクチュエーターがシリコンや金属や樹脂でなく、タン パク質などの有機物でできていたらどうでしょう。そして、それがペッ ト動物であって、その振る舞いも本物と区別できないほどよくできた自 動学習型のシミュレーションソフトで駆動されていたら、人間はかなり のレベルで、これに「感情移入」できるようになると思われます。
 ということは、有機仮想生命体は、初期段階のものであっても、文化 的、社会的変革をもたらすものと位置付ける必要がありそうです。また 同時に、それを応用したライフ・サイエンス・ビジネスが大規模化して いくことでしょう。その兆候はすでに始まっています。

4 ヒューマノイド

 ペットロボットで済んでいるうちは、まだ問題は少ないでしょうが、 やがてこれは、人間型、いわゆるヒューマノイドに進化していくでしょ う。
 このへんの予想や社会的影響は、映画「ブレードランナー」の「レプ リカント」など、SFで重厚に語られているわけですが、これに至るネ ックを考えてみましょう。
 前述のように「意識」を完全にシミュレートするためには、人間の脳 を上回る情報処理装置が必要です。
 よく言われることですが、全シミュレートする装置は、全シミュレー トされる装置よりも少なくとも1桁ほど高性能でなければなりません。 例えば「ペンティアム」というCPUチップを使って「Z80」という 小型CPUチップを、処理時間も含めて全シミュレートすることはでき ますが、逆はできません。
 同じように、人間の脳の全シミュレーションを人間の脳でやることは、 やはりできません。規模が近すぎるからです。従って部分シミュレーシ ョンで我慢するわけです。
 さて、ヒューマノイドの処理装置には、何を持ってくればいいでしょ うか? 現在の電子的処理チップのサイズは、同機能の脳神経細胞のサ イズにかなり近くなってはいますが、これではまだ「意識」のシミュレ ーションは不可能です。
 仮に有機人工脳神経細胞が量産できたとすれば、それを140億個持 ってきて、シミュレーションでなく、ネイティブに働かせるのが、もっ とも現実的な方法です。
 しかし、これではハードウェアのほうを人工物に入れ替えただけで、 肝心のソフトのほうは、シミュレーションによる高度化ができませんか ら、人工臓器(脳も臓器である)生物とは言えますが、人工生命体とは 言えないわけです。
 唯一、シミュレーションの可能性があるとすれば、人工チップの大き さが極端に小さくなり、単分子レベルでの情報処理が可能になった世界 では、脳の体積に、脳より2〜3桁ほど高い処理能力を詰め込めるわけ で、その時代がきた時に、ヒューマノイド型メタ生命体は初めて実現さ れるでしょう。
 しかし、技術の進歩は極めて急速ですので、おそらく21世紀中には ヒューマノイドが社会の要員として姿を現すことになると思われます。

− 第三章 完 −

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次回は
第四章 生命の特質
 −− エントロピー幻想 −−
」 をお送りします.