ロンドンどんどん(Vol.1)

 旅立ちそして最初の失敗

 4年前と同じくアエロフロート航空(モスクワ経由)でロンドンに行った。前回と違うのは滞在期間が約1週間と短いのと成田に前泊しないで、当日の朝、仙台空港から成田空港へ飛んだことだ。

 仙台空港へは自家用車で行ったが、駐車料金1日800円と知って、お金がもったいないような気もした。空港へ朝一番のバスで行っても間に合ったかもしれない。しかし、万一、2ヶ月も前から計画していたロンドン行きが国内線の飛行機に乗り遅れて行けなくなったりしたら悲惨なので、自家用車で行くことにしたのだ。

国内便は、小さな飛行機だということを聞いていたが、乗り込むときにその姿を見て、一瞬、あのYS−11でないかと思った。実はオランダ製のフォッカー50というプロペラ機(正式には双発ターボプロップ機)で、去年就航したばかりだという。よく見ると、スタイルもどこか洗練された感じだった。

一番大きな荷物を預けて成田空港で受け取ったが、その直後に大失敗をしてしまった。国際便への乗り換えのことも頭にあったし、ノートパソコンに接続するモデムカードと電話差込み口の変換コネクタを成田空港で買うことをずっと考えていて、それに気をとられていたのかもしれない。

 このバッグは、3桁の数字を自分の好きなように組み合わせてロックする仕組みになっていて、同じ番号でないと開かないようになっている。やっと出てきた自分のバッグを見て、鍵もかけないで預けたのに気がついた。それで不用心だと思い、すぐに荷物の引き取り所のところでロックして数字のところを適当に回してしまったのだ。

 ふと、何番でロックしたのだろうと思って、2、3度数字を組み合わせて開けようとしたが、開かない。頭の中が真っ白になって、めくら滅法数字を回したが駄目だった。

このまま、ロンドンまでバッグを開けられないまま行くのだろうか、そしてホテルから工具でも借り、鍵をこわしてバッグを開けることになるのだろうか。自分の失敗にあきれ果てつつ、いろいろ想像した。

それでも、気を取り直して、確かそんなに大きい数字ではない筈だと思って、001から順に数字を回していくことにした。成田空港第二旅客ターミナルの片隅で必死に数字を回し続けること数分間。そして、やっと304で「カチッ」ときて開いた。あの手ごたえは当分忘れないだろう。

 
帰国してから、家族にこの話をしたら、304は妻の生まれた月日から取ったとのこと。息子の方がよく覚えていた。それにこのバッグは、もともと妻が購入したもので家族旅行でよく使っていたのだ。

デジタルな旅(1)

 4年前、ロンドンに行ったときも今回と同じ語学学校に通ったが、生徒に開放しているパソコンに日本語のシステムが入ってなくて、日本の新聞社のホームページを読めなかった経験がある。そのときは約2週間の滞在にもかかわらず、日本で何が起こっているかを知る手段も見つからなかった。そんなこともあって、今回のロンドン行きには自分のノートパソコンを持っていきたいと前から思っていた。

海外でインターネットをするために海外で使える携帯電話をレンタルする方法があるというので、関連するホームページを見たりしていたが、そのうちホテルの電話回線が使えるということがわかって、携帯電話をレンタルするのはやめにした。

そして、出発1週間前頃にノートパソコンに取り付けるモデムカードと各国の規格にあった電話差込み口の変換コネクタが必要だということがわかり、市内では一番大きい電器の量販店に行った。

 ところが、あらかじめインターネットで調べていたとおりのモデムカードしか置いてなくて、2万円以上もする代物だった。さらにそこの店員が言うには、日本製のパソコンで海外でもインターネットができるのは某社の製品くらいしかないとのこと。

 海外で接続するようには作られてないというのだ。電源ケーブルは200ボルト以上耐えられるものが必要だということを聞いて、それだけ買って帰ってきた。

それにしても、プロバイダは海外でもインターネットができるということで、その接続ポイントをホームページ等に出しているし、その電器店で聞いたことが矛盾するように思えた。

出発2日前にやはりインターネットで安いモデムカードが見つかった。こちらの方は何とか手の届きそうな値段だったが、インターネットを使って購入するにしても時間がなさすぎた。しかし、同じような製品が成田空港の売店にありそうな予感がした。

鍵番号事件が解決した後、成田空港の電器店へ入ったら、予想は的中して、店に入ってすぐのところにモデムカードと電話差込み口の変換コネクタが置いてあった。

 モデムカードは、インターネットで見たものとメーカーは違っていたが、値段はほとんど同じだった。その二つを買った後、多少のトラブルはあったものの、ほぼ計画どおり進んでいることに気を良くしながら、12時ちょうどのフライトを待った。


Earls Court Underground Station

ロンドン到着

今回は2回目ということもあって、道中慌てないように、事前に時差を考慮に入れたタイムテーブルを作ったりしていた。行きは15時間40分、帰りは14時間40分かかる計算だ。

 どちらもモスクワに1〜2時間程度停まる。時差はロンドンが日本に対して8時間遅れ、モスクワが5時間遅れだ。(この時期はサマータイムを実施しており、冬期間であればそれぞれ9時間、6時間の時差になる。)

アエロフロート航空は、日本語のアナウンスを全然しない場合があるし、添乗員も英語で応対するが、母国語はロシア語なので何か気楽に話しかけられる雰囲気ではない。

 飛行中上映する映画もあまり面白いものをやってないし、言葉がわからないから、ただ動いている画像を目で追っているだけということになってしまう。しかしアエロフロート航空の名誉のために言っておくと、機内食などのサービスはそれほど悪くない。

ロンドンに着いたのは夜の8時頃。日本より北に位置するため、まだ明るい。前回は語学学校に空港まで車で迎えにきてもらうサービスを頼んだが、今回は自分で地下鉄でホテルまで行くことにした。何しろ空港まで地下鉄が乗り入れているから便利だし、こちらの方がずっと安い。

ホテルまで無事たどりつくことができるか心配だったが、案の定、地下鉄の駅を降りて道に迷ってしまった。通りすがりのイギリス人カップルに道を聞いたら、親切にも目指す通りまで案内してくれた。

 自分達もバカンスでロンドンに来ているとかで、その人達の泊まっているホテルはここだ、と教えてくれた。歩きながら、この辺りは結構ホテルが多いことに気づいた。

騒音と熱波

予約していたホテルは、平日は40ポンド(約8,000円)朝食付きで、インターネットで探して申し込んだものだが、語学学校で斡旋してくれたホテルと比べると格安で、その分、不安はあった。

 ホテルにチェックインした後、地下の部屋に案内されて、嫌な予感がした。地下とは言っても部屋の前に空間があって、窓から外の光が入るようにはなっている。

 ホテルの前面の通りは、一方通行になっていて、夜でもかなりの交通量があった。その騒音が気になって、疲れているのにぐっすり眠れなかった。翌朝、こんなところに1週間も泊まるのは耐えられない、もっと静かなホテルを探して移ろう、と意を決した。

 朝食を取ってから、早速外に出て、静かな通りに面しているホテルに当たってみたら、やはり1泊40ポンド朝食付きの部屋があった。そこに仮予約をして、元のホテルと交渉したところ、庭に面した別の部屋に代えてくれるとのこと。ただし、その部屋は午後にならないと開かないということなので、ロンドン市内を見物してから、部屋を移ることにした。

 仮予約したホテルには事情を説明して断った。市内見物から戻って、新しい部屋に案内されたが、そこは3階(イギリス流に言うと2階)で、やはり例のうるさい表通りに面していた。

 最初の地下室はバス付きだったが、こちらはシャワーのみだった。ホテルの人が言うには、庭に面した部屋というのはツインだとのこと。朝は同じ料金で泊めてくれると言っていたのに・・・。

 市内見物で疲れて、もう苦情を言う元気も残っていなかった。もうこうなったら、このホテルで我慢する、ただし眠くなるまで起きていよう、昨夜は時差もあって眠れなかったのかもしれない、と思い直した。

 結局、その3階の部屋に6泊した。睡眠の取り方は3時間寝て、2時間起きて、また3時間寝るといった不規則なものになった。

 ロンドンは、例年にない暑さだった。4年前に行ったときは、これが夏かと思うくらいに涼しくて、あの涼しさも楽しみの一つだった。

 ところが、今年はヨーロッパ全体の現象のようなのだが、毎日30℃を超える暑さで、普通のところはエアコンを設置したりしていないからホテルでも地下鉄でも直に熱波を受け止めるという感じだった。語学学校にもエアコンはなくて、1クラスに扇風機を2台くらい設置して、対応していた。

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