
2007年7月21日から29日まで、チェコ、オーストリア、ハンガリーの3ヶ国を旅行した。これは、そのときの記録です。
悲しきシーザー・サラダ

海外旅行でいつも持っていく電気ポット。ヨーロッパは電圧やプラグが日本と違うので、日本の100V用の家電製品は使用できないが、この電気ポットは変圧器なしで使用できる。
夜中、ホテルで目をさますことが多いので、お茶やコーヒーを飲んだりするときに重宝している。今回行ったところは220Vと230Vで、電圧が高いのでお湯がすぐ沸く感じがする。
家族で海外へ行ったときに妻が購入したものだ。(今は、私専用になっている。)そのとき妻はカップヌードルやおかゆの缶詰とかも持っていったものだ。「何だ、こんなに日本から食料を持ち込んで!」と私なんか思ったものだが、今回の旅行では、カップヌードルを持ってくれば良かったと思った。円が弱いためか、すぐお金がなくなってしまって、プラハのスーパーで何かつまみになるものを買って部屋でビールでも飲もうと思ったのだが、そのスーパーが(見つけられ)なかった。
仕方がないので、ホテルのレストランで夕食を取ることにしたのだが、注文したシーザー・サラダが不味くて、しょっぱくて食べられたものでなかった。スープも少し塩味が強かった。英会話を習っていて、よくシーザー・サラダというのが出てくるので注文したのだが、あんな不味いのは初めてだ。おいしいものを食べると、人間幸せな気分になるが、半分ぐらいそのシーザー・サラダを食べて、夕食を終わった後、悲しい気分になった。
たそがれの円

上がチェコの通貨コルナ、下がEU統一通貨のユーロだ。オーストリアはユーロを使っている。
さらにハンガリーの通貨がフォリント。

今回は、チェコ、オーストリア、ハンガリーの順に回ったから、現地でその都度両替することにした。(コルナとフォリントは日本国内では両替できないとのこと。)最初、行ったプラハでは、市内いたる所に両替所があった。私はトランジットで寄ったアムステルダムの空港で2万円をコルナに変えたのだが、プラハ観光で足りなくなって、さらに1万円を500コルナと残りはユーロにしてもらった。そのとき渡されたのが、25ユーロで何か少ないな、と思ったものだ。
オーストリア行きの列車を待つ間にプラハ ホレショヴィツェ駅の両替所で、1万円をユーロに替えてもらった。このとき初めて事の次第が分かって、愕然とした。1万円出して50ユーロしかもらえなかったのだ。電卓を持っていかなかった私にも1ユーロが200円の比率だということが分かった。最新のガイドブックには1ユーロ≒150円(2006年11月)と書いてあったのにである。
手数料を差し引かれたとしても戻ってくるユーロが少なすぎる。最初、両替をするたびに、ペテンにかかっているのでないかと思った。しかし、ウィーンのホテルで1万円を両替したときも50ユーロしかもらえなかった。
いつもニュースで対ドルレートの円を見ているが、ちょっと前に、ユーロがドルに対して強くなっている、というニュースも見たような気がする。円安にユーロ高、これがダブルに効いてるのでなかろうか。おそらく最近になってユーロは急騰している。確かめた訳ではないが・・・。
さらに悪いことに、ウィーンの電車の運賃や、観光施設の入場料がことごとく値上がりしていた。
手取りの少ないユーロに、高い入場料を払わされてはたまらないので、こちらも自衛策として、ある程度、入場料を払って見るところを限定した。もっとも見るところがたくさんある割に時間が少ないため、取捨選択しなくてはいけなかったのだけど。
それにしても日本はデフレ脱却が叫ばれていたほど、ずっと物価が上がってなかった訳で、その日本からきてみると、こちらは景気が過熱しているというか、その分ユーロが強くなって、どんどん円が弱くなっていくのかな、と思った。円高で羽振りが良かった時代は過去のものになった。
トラムは苦手

ブダペストのゲッレールトの丘の下あたりを走るトラム(路面電車)だ。トラムはものの本(ガイドブックだが)によると、一時、交通渋滞の原因になるということで、線路が撤去されたりしたのだが、近年、地球環境問題などから低公害の大量輸送機関として注目されているのだそうだ。今回行ったプラハ、ウィーン、ブダペスでは、皆、トラムが走っていた。
このトラムが、私は苦手だ。地下鉄や電車であれば、路線図がガイドブックに付いてるから、それを見て、大体この辺で停車するんだな、ということが分かるが、トラムの場合は、経路もおそらく複雑で、路線図も簡単に手に入らないから、どこをどう走って、どこに停車するのか分からない。停留所にある説明も読めないし、車内アナウンスも理解できないから、お手上げ状態になる。2年前にドイツに行ったとき酷い目にあった。
バスと並んで、地元の人にはなくてはならない交通手段なんだろうが、長くても数日間しか滞在しない旅行者にとっては、使いこなすのは至難の業だ。今回、最初に回ったプラハでは、24時間乗車券を買って、地下鉄だけを使った。(24時間乗車券でバス、トラム、地下鉄、市内の電車共通で使える。)
ウィーン、ブダペストもそのつもりでいたが、ウィーンは、ガイドブックにリンクをトラムで一周すると、街の仕組みが分かると書いていたので二、三回トラムに乗ってみた。ウィーンは人口規模でこそ、他の二つの都市とたいして変わらないが、中心部には高層ビルが立ち並んでいて、ついこの間まで共産主義だったプラハ、ブダペストとは全然違う。
地下鉄や電車の路線図も複雑で、たった2泊3日でこれを頭に入れて自由に動き回るのは無理な感じがした。案の定、トラムを使ってリンク周辺を散策しているときに何度か道に迷った。生来の方向音痴だし、ウィーン市内は道が斜めに走っていたりして(碁盤目状になっていない)分かりにくかった。プラハではそうでもなかったが、ウィーンの街の中を歩いていて、妙に疲れた。回りが高層ビルのためなのか。
ウィーン最後の日は午前中、シェーンブルン宮殿を見たが、宮殿から歩いて20分ぐらいかかるという小高い丘、グロリエッテまでは歩いて登った。目の前に目的地が見えるためか、そんなに疲れは感じなかった。人間の心理って、不思議なものだ。
ブダペストの日の出

ブダペストの日の出。ホテルの部屋が9階だったのと、いつも朝早く目を覚ますため、こんなシャッターチャンスにめぐりあえた。もうこの旅行も今日が最後という日だ。こんな写真を撮れるのも余裕のある証拠だ。
実は、2日前にブダペストに着いたときは、半分パニックに陥っていた。夕方、ウィーンからの列車でブダペストのクレティ駅に着いたのだが、全然計画どおりにいかなかった。当初、クレティ駅から地下鉄を2号線、3号線と乗り継いで、ホテルに近いドージャ・ジョルジ・ウート駅まで行こうと思っていた。そして地下鉄は24時間乗車券を買って乗車する、という計画だった。こうすると、翌日の夕方までその券で地下鉄に乗ることができる。
これはプラハやウィーンでもやってきたことだから楽勝だと思っていた。ところが苦労して切符売り場までたどり着いて聞くと、24時間乗車券(?)は夕方なので、売らないとのこと。後でガイドブックをよく見たら、ブダペストの場合は、24時間乗車券でなく、1日乗車券だった。仕方なく普通乗車券を買ったのだが、その肝腎の地下鉄も改修工事中で、代替バスに乗らなければならなかった。
重いスーツケースを一時、駅構内の隅に置いて、情報収集をすること十数分。バスの運転手に聞いてもほとんど英語は通じなかった。しかし、目指すバス停を見つけて、地下鉄3号線に乗り換えてしまえばこっちのもので、何とかホテルまでたどりついた。
地下鉄の構内は暗くて、ブダペスト3日目になっても、駅名や行き先の表示も分かりにくかった。それに地下鉄の駅にはエレベーターが設置されているのが普通だが、エレベーターのない駅が多かった。階段で人の乗った車椅子を引っ張り上げている光景も目にした。
同じ旧共産主義国と言っても、ブダペストはプラハより垢抜けてなくて、開発途上国に近い感じだ。現在、地下鉄2号線の改修工事の他に新線(4号線)も建設されていた。これから徐々に近代的されていくんだろうな、と思った。