大 変 な 旅 行
<ドイツ一人旅>
Vol.3
マインツで道に迷う
11月の初め、図書館から『ドナウ河紀行』(岩波新書 加藤雅彦著)を借りてきて、30ページほど読んだ。そうしたら、前に読んだ『ライン河紀行』にも書いてあった、ライン・マイン・ドナウ運河のことが、また出てきた。
マイン川とドナウ河を運河でつないで、北海から黒海まで船で航行できるようになったという話だ。
『ドナウ河紀行』を読んでいて、マインツでのことを思い出した。
マイン川は、古都マインツでライン河に合流する。ちなみにフランクフルトはマイン川沿いにあって、フランクフルトからマインツまでは高速列車で35分ぐらいの距離だ。
マインツにはドイツに着いた翌日に行った。
お目当ては、活版印刷を発明したグーテンベルクにちなんで印刷技術や印刷物を展示するグーテンベルク博物館だった。ところが、その日は日曜日で3時閉館のため、入館できなかった。(日記・ブログ「ドイツ2日目」)
そのため、その5日後(帰国の前日)、もう一度マインツへ行って、駅から30分ぐらいのグーテンベルク博物館まで歩いて行った。このときは入館できて、印刷の実演も2回見た。1回目は、ドイツ語による説明で、2回目は英語による説明だった。
ドイツ語の説明はチンプンカンプンだったが、英語だといくらか分かるような気がした。それでも細かいところは理解できなくて、例えばグーテンベルクの一番の発明のポイントとか。
だから、日本に帰ったら、グーテンベルクの伝記でも読んでみようか、と思ったほどだ。
帰り道にとんでもないことが起きた。1回目来たときには難なく駅まで戻れたのに、2回目で道に迷った。ガイドブックの地図が小さすぎて、通りの名前がしっかり書いてないとか、どうしてドイツの通りはこんなに曲がりくねっているのか、と思いながら、人に聞いたりして、やっとマインツ中央駅にたどり着いた。
そうしたら、またフランクフルトへの帰りの列車が、フランクフルト中央駅を素通りして、マンハイムまで行ってしまった。これで2回目。(日記・ブログ「列車の旅」)
本当はフランクフルト空港駅で降りなければいけなかったのだ。ほとほと自分が嫌になった。
日本の感覚だと、いくら何でも中央駅には停車するだろうと思うが、ドイツではそうではないのだ。
明日は、フランクフルト市内観光はしないで、まっすぐ空港へ向かおう、と思った。この調子だと、どんな最悪な事態が待ち受けてるか、分かったものでない。
マルチリンガルの人
散々だったドイツ旅行も今日が最後という日、朝食のためホテル内のレストランに行ったところ、どのテーブルも塞がっていた。
入り口の近くに1人のアジア系の男性が座っているのを見つけて、同席してもいいかと聞いたところ、構わないとのこと。
一言、二言と話してるうちに、打ち解けて、いろいろなことが聞けた。その男性は台湾からの留学生で、ドイツに着いたばかりのため、ホテルに泊まっているということが分かった。
ドイツには4〜5年いて、学部の学生とも一緒に勉強し、マスターの学位を取る計画だとのこと。専攻は環境工学。台湾は国が狭いので、大学を卒業しても、たくさんの学生が海外へ出て行って留学するとのこと。
本人は、もともと語学好きで、4ヶ国語(中国語、英語、独語、日本語)を話す。日本語は、あまり出来ないと言っていたが、自分との会話はほとんど日本語だった。母親が仕事の関係で日本にいるとも言っていた。
クラシック音楽も好きで、それがドイツを留学先に選んだ理由らしい。日本について聞くと、日本語は文化面から来る難しさがあるという。"Japanese
is indirect." と、ここだけ英語で言ったのが印象的だった。
ドイツに来て、アジア系の人をよく見かけたが、話してる言葉を聞くとほとんどが中国語みたいだった。マルチリンガルの彼も、ドイツには中国・台湾からの留学生もいるが、働きに来ている人もたくさんいる、と言っていた。
食事を終わって自分が席を立つときに、彼も立ってお辞儀をして、送ってくれた。目上の人への礼儀をわきまえている、やはり同じ儒教社会から来た人なのだな、と思った。
世界旅行の人のときと同じく、今回も、お互い名前も名乗らないで、別れてしまった。この次の旅行で、気が合う人が見つかったら、もっとオープンにしてもいいような気がする。