SOUS LE CIEL DE PARIS
 〜パリの空の下で〜 

サクレ・クール寺院
モンマルトルの丘

Vol.1

 2004年8月20日から29日まで、夏休みを使ってフランスへ行った。フランスと言っても、回ったのはパリだけだ。

 最初、家族と一緒に行くつもりで誘ったが、子ども達に拒否された(ショックだった)。小学生くらいのときは、何だかんだ文句を言われながらも連れていけたのに。

 このため、去年のロンドン・プチ留学のような要領で語学学校に入って、午前中フランス語を習って、午後から市内観光をするという計画に変更した。

 フランスでの語学留学は人気があるみたいで、インターネットで簡単に代理店が見つかった。1週間、実質5日間のコースを申し込んだ。宿泊はホームステイ。

 語学学校の方は比較的スムーズに決まったが、飛行機の予約を取るのに苦労した。電子メールで旅行代理店に問い合わせたりしたが、どこもキャンセル待ちの状態だった。

 なお、航空会社は今年もアエロフロート(モスクワ経由のトランジット)にした。時間はかかるが何といっても安いのが魅力だ。パリまで直行便なら12時間ちょっとでいけるが16時間近くもかかる。

 アエロフロートは成田からパリ行きが土曜日は飛んでないということが分かって、金曜日に出発することにした。このため語学学校が準備してくれたホームステイの他にパリでの前泊が必要になった。

 これで当初、30万円くらいの予算を考えていたが、事前に支払う分だけでオーバーしてしまった。


 語学学校(アコール校)へは代理店を通して、前泊するホテルまで迎えにきてもらって、ホームステイ先まで送ってもらうように頼んでいた。

 ホテルからパリ市内まで車で30分ぐらいだった。

 ホームステイ先のマダムはコルミエさんというのだが、英語を話すかどうか、着くまでそのことが非常に気がかりだった。自分のフランス語は6月からやりはじめたばかりで、使いものにならないということは分かっていた。英語であれば何とか意思疎通できる、と軽く考えていた。

 マンションの4階(フランス流に言えば3階)にコルミエさんは住んでいた。門の鍵を開けて招き入れてくれた。エレベーターに乗りながらフランス語で3階だ、と言ったみたいだが単語が全然浮かばない。

 家の中に入ると若い日本女性が立っていた。一瞬、この人と一緒にホームステイするのかな、と思ったが、1ヶ月間コルミエさんのところにホームステイして、これから日本に発つのだということが分かった。

 大阪で勉強している学生で、切れ長の目でキュートな感じだった。自分がこれから行くアコール校に通ったとのこと。コルミエさんは英語を全く話さない、ということも彼女から聞いた。

 自分が彼女の入れ替わりでコルミエさんのお世話になるわけだが、フランス語が全然わからない人が来た、と不安に思ったのかもしれない。

 コルミエさんはその大阪の彼女を通して、自分の食事の好みとか聞いてきた。大阪の彼女はちょうど自分とコルミエさんの通訳をする形になった。

 「イル」なんとか、と言ってる、自分のことを説明してくれているのは分かった。しかしその他の言葉が全然わからない。

 大阪の彼女は、自分を近くの地下鉄の駅まで連れていってくれて、1週間有効なカルト・オランジュも買ってくれた。事前にガイドブックを読んで知っていたが、必ず月曜日からスタートするというのは、よく理解していなかった。

 1人で駅の窓口でカルト・オランジュを買うとしたら、言葉も分からないし相当な困難があったと思う。

 さらに彼女は、土・日分残っている彼女のカルト・オランジュも譲ってくれた。年上の者が、若い人からこんなに親切にされて、何かお礼をしなければ、と思った。

 しかし、そう思ったのは彼女がタクシーでコルミエ宅を発った後だった。住所どころか名前も分からない(後日、アコール校に彼女の名前と住所を聞いたが、プライバシーの関係からか教えてもらえなかった)。

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