第19回「男不惑の厄払い」多賀大社・安土 
今年の5月で満40歳。孔子の言う“不惑”であり、前厄である。うちの父は42歳の本厄の時に、大病を患い、事故にも遭い散々だった。その記憶から、厄年には怯えている。今年に入り、体調がすぐれなかったり、インフルエンザに罹ったり。そこで、困ったときの神頼み。厄払いに出かけてみた。

お多賀さんがよろしかろう。
オイラの住む知多半島地域のみなさんは、どこへ厄払いに行くのか。厄払いのメッカはどこか。近所の氏神様という手もあるが、できれば御利益がありそうな所がいい。妻の両親に聞いてみたところ、滋賀県の多賀大社がいいとアドバイス。「お多賀さん」の愛称を持ち、名神高速道路の多賀サービスエリアで、ご存じの方も多いだろう。伊邪那岐と伊邪那美が天降った地で、延命長寿・縁結びの神として古くから全国的な信仰を集めている。

実際は写真より急傾斜です。
境内に入ると、この橋が目に入る。太閤橋という石の反り橋。嫌がらせとしか思えない傾斜だ。木の梯子が補助としてあるが、走って登ればまるで「風雲たけし城」。名前の通り太閤秀吉の寄進による。通る人のほとんどが、「錦帯橋だ、錦帯橋だ」と言って通る。あまりの急傾斜に、老人や婦女子は左右にある普通の橋を渡るが吉。だって、帰路に一歩間違えれば死人が出ていた事故現場に遭遇したんだもん。
神様、お願い。
広い境内には立派な本殿や能舞台。ご祈祷を受ける人たちは本殿向かって左の御祈祷控殿へ。新設された待合室は床暖房完備。まるで地方交付税でできた温泉施設のロビーのよう。団体さんを中心にかなりの人。名前を呼ばれ本殿へ。神主さんによる祝詞が始まる。厄除け、出産、家内安全、交通安全、商売繁盛、還暦祝い、新築など様々な願い事と共に本人の名前が読み上げられる。いろんな願い事が渾然一体。神様には、誰がどの願い事かわかるのだろうか。効き目は確かなのだろうか。

大事故発生!?
ご祈祷を終え、再び太閤橋を娘と渡り、門前の名物糸切餅屋さんへ向かう。この時、橋を渡ろうとしたおじさんが足を滑らせ、仰向けにひっくり返った瞬間がこれ。写真中央あたりにオイラと娘。右側に、石の橋で頭を打つかと思われた瞬間、お仲間たちが間一髪で助け起こしている。このおじさん、赤ら顔で団体バスで一杯やっていたと思われる。酒気帯び参拝、しかもまだ午前中。そりゃ、神様もバチを当てるわな。でも、面白いくらい、見事に後ろ向きにひっくり返っていった。バク中だな。
かつては、世界的都市だった。
多賀大社を後に、ドライブを楽しみながら安土町へ向かう。かつては、秦荘町、愛知川町と呼ばれた地域だが、平成の大合併という悪しき政策により、二つ合わせて愛荘町という、ヤンボーマンボーになった町を通り過ぎる。同様に、五個荘町、能登川町と、古代、唐の国から移り住んだ先人が開き、近江商人を生んだ由緒ある地名が、東近江市という味も素っ気もなくなった町も通過。嗚呼、日本の美しき地名たちが失われていく。そんな悲しみを秘めて、クルマは安土町の「文芸の郷」へ到着。

上様のセンスにビックリ。
安土町の公営施設、体育館、ホールなどが集まった公園エリア。写真は「安土城天守 信長の館」。内部には、織田信長がこの地に築き、本能寺の変で焼失した安土城天守閣最上部の5階と6階を原寸大で再現。5階は真っ赤、6階は真っ金という趣味の悪さ。もとい、斬新な感覚。隣接の「安土町考古博物館」では、安土城に代表される戦国時代の城郭展示が見ごたえあり。信長様の槍隊が振り回していた槍の複製に実際に触れのだが、これが重たいのなんのって。山内一豊殿の槍働きも大変だったのだなあ。
上様はハンバーグを食されたのか?
他にも子ども遊具や散策路などもあり、天気のよい日には、一日楽しめそうだ。ところで、この幟はレストランの前に立っていたもの。信長様もビックリの「信長ハンバーグ」は、地場産の近江牛使用で880円。果たして、信長様はハンバーグを食べたのか? ここから琵琶湖岸にかけては、かつては湖で昭和初期に干拓された。大中の干拓地と呼ばれ、近江牛の牧場が点在している。一方の戦国焼定食は、説明によると「戦国時代をイメージした素朴な味です」とのこと。実体はただの焼肉定食のようだった。

少年時代の夏の思い出。
安土には約27年前、中学一年生の夏、歴史好きの友達たちと初めて来た。その頃、NHKの大河ドラマで「黄金の日日」が放映され、信長・秀吉ブームだった。信長役は高橋幸治。今でも信長様というと、この人の顔が浮かぶ。当時はこれほど整備されてなかった。暑い盛りで、駅から安土城址、風土記の丘まで中坊の足ではかなりの距離。道沿いの販売機で初めてコカコーラの500mlを買い、一気飲みした。安土というと、夏の畑の脇で、コーラ500ml一気飲みなんて大人みたいだなあと得意に思っていたことが思い出される。写真は多賀大社で頂いたお札など。そんな少年も、もう40歳。
Visited 06.2.19 (C)YAJIKITA NET

〈RETURN〉