編集後記       2004年までの編集後記はこちら
	・そうです、波照間島へ行ってきました。
	  今年3回目でした。笑
	  向こうのみなさんって、よく働きますねぇ。
	  宿屋さんなんて競争激しいから大変そう。
	  「休みは台風のときくらいかな、、、」だって。笑
	  少しは見習わないと。。。
	  (2007/11/21)
・本当にお久しぶりです。 この春にPCがぶっ飛んでしまい、それからインフラ再整備をしているうちに、 あっという間に夏も終盤になってしまいました。 この半年近くの間にもいろいろありました、寫眞もだいぶ撮り溜めができました。 ぼちぼち更新していきたいと思っております。 たまには、ちょろっと覗いてみてください。 (2007/08/19)
・私のレスペクトアーティストの一人、鈴木ヒロミツさんが亡くなられた。まだ60歳という若さだった。 久しぶりにモップスのシングル盤を出してきてレコードプレーヤーにかけてみた。 追悼曲はあのアニマルズをカヴァーした「朝日のあたる家」にした。 この曲がきっかけかどうか知らないが、ヒロミツさんは、和製エリック・バードン(アニマルズのボーカル)と呼ばれた。 私は、彼は間違いなく日本を代表するボーカリストの一人だと思うし、同じ考えの人は多いだろう。 今でもUSAのサイケデリックカルトたちの間では、モップスはコレクターズアイテムとなっているそうだ。 グループサウンドとは一線を隔したバンドとして、ホンモノのロックを貫いた。 中でも「御意見無用(いいじゃないか)」は、和太鼓を連想させる独特のリズムに彼の野太いボーカルが絡みついて、 まさに日本のロックの定番として、私の一番のお気に入りである。 私がロックに目覚めた頃は、もう役者さんとして大活躍されていたので、生でそのボーカルを体感できなかったことだけが 心残りである。 (2007/03/15)
・すっかり春の陽気ですねぇ。 尾山台の多摩川土手の桜が花を開き始めた! ここの桜はいつも1ヶ月くらい早いのだけど、まだ2月中旬ですょ? もう桜と一緒に撮れないと思っていた鹿島鉄道や西鉄宮地岳線も、 もしかするともしかして、、、期待してますょ。 (2007/02/18)
・あっという間に新年になってしまいました。笑 旧年中は本当にお世話になりました、本年も宜しくお願いいたします。 相変わらず取材続きでして、更新が大幅に遅れてしまっております。。。 ときどきアクセスしてくださっている皆様方には、本当に申し訳ございません。 あっという間に2006年が過ぎ去ってしまいましたが、昨年を振り返ってみると、お別れが多い1年だったような気がする。 この1年職場では頻繁に終業後の拍手が多く聞かれましたね。いわゆる「2007年問題」と言われている団塊の世代のみなさんの定年退職が相次いだ1年だった。 この他にも世の中では、コダックの名フィルム「コダクローム64」(KR)のディスコン、六本木ベルファーレの閉店や横浜の氷川丸やマリンタワーの終業、 大好きなクレージーキャッツの歌詞のほとんどを担当された青島氏の死去などが強く印象付けられている。(いずれも至近の話だからかな) 亡くなった方では他に、北天佑、ジェームスブラウン、ポールモーリアなどが私が子供の頃に思い入れが強かった人たちかな。 私にとっての2006年はというと、特にYS−11に明け暮れていた感が否めないですね、笑。 結局、今回の表紙の寫眞が最後のカットとなったが、これは12/27の羽田空港での最後の出発シーン。 天空橋には10人弱の人が集まったのかな。肝心の動き出してからのシーンは、私の駐車の仕方が悪くいのが監視カメラでチェックされていて、 プロペラが回りだしてから「移動してください」と放送されてしまった。。。まあ、遠くで離陸したのと、6時半頃という早朝で光が全然なかったのとで、 本当に「お見送り」ということになってしまった。 この1年間長いようで短く色々の想いが頭を駆け巡った瞬間だったかな。 鉄道では相鉄のモニ2000(寫眞2)の退役が大きなできごとだったかな。 路線の方は、富山・岐阜県の神岡鉄道が11月に廃線、今年3月には福岡の西鉄宮地岳線、茨城の鹿島鉄道、宮城のくりはら高原鉄道が相次いで廃線になることが決定している。 久しぶりの色んな地域での廃線ラッシュである。 人生もたぶん半分を過ぎていると思われる私にとっては、最近、寫眞を撮って『記録』することの意味を考えることがある。 発表する場も設けず、自分だけ寫眞を振り返って見てモエていて、「これだけお金かけて何になるのか、、、」とふと思うこともある。 でも結局は、撮る瞬間の緊張感、撮り終えた直後の快感などが自分の活力を甦らせているものとして自分を納得させている。 撮影にご一緒させて頂いたみなさん、撮影現場でお知り合いになれた多くのみなさん、、、皆さんなくては私の活力が甦ることなく、 会社と自宅を往復するだけのツマラナイ1年になっていたと思われます、本当に心からお礼申し上げます。 絵葉書年賀状を作った時、いろいろ苦労したけど結局巧くプリントできなかったこともあって、今年は今まで撮った寫眞のプリントに重点を置いて、 寫眞の最終出力はどうあるべきか、などを追求していこうかな、、、などと考えております。 今年も宜しくお願いいたします、みなさんにも良いお年が訪れますように!! (2007/01/05)
・本当にお久しぶりです。笑 取材に行っていたり、何かとドタバタしているうちに、あっという間に夏が過ぎ、晩秋を迎えようとしています。。。 1万カウントも達成し、更新しないうちに10,200アクセスも越えてしまっています。 いつもアクセスしてくださって、更新されずにガックリされた方もいらっしゃるでしょう、本当に申し訳ありません。 現在、YS-11特集を鋭意作成中です。気長にお待ちください、お楽しみに! (2006/10/23)
・お久しぶりです。 関東地方もようやく梅雨が明けたようですが、今日は涼しかったですねぇ。 冷夏はいろいろと良くないことが多いですが、個人的には調子が良いので歓迎ではあります。 最近アップをサボっていたのでアクセスカウント数が伸び悩んでましたが、 いよいよ10000アクセスに向けてカウントダウンです。笑 記念すべき10000の表示でトップページのスクリーンコピーしたものをお送りくださいました方には 何か記念品を差し上げようかな、と思っております。 ご応募、宜しくお願いいたします。 (2006/07/31)
・お久しぶりです。 以前、某カメラ店の元店長さんのご紹介で始めたmixiを久しぶりに復活する機会がありまして、 そちらの日記の方にパワーを割いているため、こちらの更新が遅れ気味になっております。 mixiに登録している方は「Gontaです」もどうぞ。 あと、マイミク登録依頼もね。笑 (2006/05/07)
(2006/05/29)
・まだ品種によっては一部残っているのもあるが、都心周辺の桜もまずは一段落というところだろうか。 今年も何箇所か撮影に行ったが、花の命は短いだけあって、「短期集中」でどこも多くのカメラマンが繰り出していた。 某有名デジカメ掲示板でも話題になっていたが、相変わらずカメラマンのマナーの悪さが目立った。 掲示板では、撮影直後、その桜の木を手折ってしまうヤツがいるとか、とんでもない事例のオンパレードで、 不快な思いであったが、私自身も今回も何箇所かで出会ってしまった。。。 トップ2は、、、 ・私の車にぶつけんばかりの勢いで突っ込んできて急停車し、自分の子供に「このアングルがとってもいいぞ!」とか  アドバイスしながら、私が構えている前に平然と三脚を立てだす親子。。。  子供の目の前で親を叱ってしまったが、「親の顔が、、、」以前の話。失笑 ・列車来る直前に、私が構えている桜の木に登って、ビデオの三脚を枝分かれしているところに立て始めるやつ。  「先に来てたんだからいいだろ」って言うもんだから、「オレ構えたとき、別のところにいたじゃない!」と抗議すると、、、  「そことここで2箇所で撮ろうとしてたんだょ」という。ビデオって回しっぱなしで離れられるからこういう我侭を言うんだなぁ。  どうせ撮れないから「三脚ひきずり降ろすよ」と近づくと、さすがにこちらの覚悟?が見えたか、  「うるせぇなぁ」と引き下がったが、何とも後味の悪い撮影になってしまった。  どちらが順番かというよりも、綺麗な桜を撮るために綺麗な桜に登って枝に三脚突き立てることが許せなかった。 桜だけの撮影なら、まだ一所懸命探せば、ひっそりと綺麗に咲くのを見つけることができるのだろうが、 鉄道が絡むと、もう場所と時間が限定されてしまうので、一人撮影なんてほとんどありえないなぁ。笑 (2006/04/16)
・会社の後輩の結婚式・披露宴が横浜で開かれ、久しぶりにおめでたいイベントに出席することができた。 こういうのに参加すると、とても良い気分になれて、勢い余って?(もちろんご招待いただいたのもあるが) この歳で二次会まで出席してしまった。(案の定、たぶん出席者中最年長、、、) 若い人たちに混じると、勢いづくというか元気を貰うというか、自分も強く影響を受けて元気になった気がした。 年寄りじみたコメントだけど、元気を貰いつつも「そんな歳になったんだなぁ」としみじみ感じ入るものもあった。 二次会、というと、かつては不純な気持ちで参加するものだという認識であった時期もあったけど、 世代の差というのを大きく感じた日でもあった。笑 (2006/03/26)
・いよいよ花粉の飛び交う時期もピークになりつつある。 呼吸が滞ることと薬がキツイことで、頭がぼぉ〜っとなるのだが、 これが風邪なのかどうかが分らないのでタチが悪い。 今年は、鹿児島に行って早めの花粉体験をしたり、福井に行って花粉休みしたりしたものだから、 もう、身体が大混乱を起こしている。 製品立ち上がりで残業も多いので、睡眠不足が続いてもうズタズタである。 花粉症のみなさんは、私の真似さえしなければ、かなり健全な生活が続けられると思いますょ。 今回は、前回のB747-SRの寫眞を追加し、先月行ってきた福井鉄道のイベント列車に乗りに行った寫眞を掲載した。 古いモノが消滅していくのは、モノ持ちが良すぎて部屋が片付かないような私には辛いことである。 ただ、毎日使う方々には切実な問題なのだろう。 私もこの120型電車から降りるときに、タラップがグラグラして結構怖い思いをした。 これがお年寄りとかだと、乗り降りするたびのかなりの恐怖と思われる。 味のある駅のホームが全て、低床車向けに削り取られる大工事を行なっていたが、 安全性を考えると、かなりなコストがかかると思われるが大英断だと思う。 (2006/03/15)
・1ヶ月ぶりの更新です、お久しぶりです。 いよいよ春到来ということで、春の海を撮りに行った。 っというよりも、もうすぐ退役するANAのB747-SRを撮りに川崎市の最南端、 アクアラインの入口の浮島公園に行ったというのが正解だと思う。笑 本当は、FIAT500とのツーショットを撮ろうと、久しぶりに出動させたのだが、 公園に着いたら、首都高の入口を造る工事中とかで進入禁止で呆然としてしまった。 他には全く駐車スペースがなく、駐禁取り締まり覚悟で近くの歩道に止めて公園に徒歩で向かった。 そういう意味では、FIATでの出動は不幸中の幸いだった。あの車だとたいてい駐車場所には困らない。 駐禁を気にしていたこともあって、目的のB747-SRが札幌から帰ってくるのを撮ったら、 さっさと退却、公園には1時間弱しか滞在しなかった。。。 たった1時間しかいなかったのだが、これだけの陽気、、、そう花粉症がかなり悪化するくらいに 花粉を浴びてしまった。 思えば花粉症デビューは、ちょうど10年前の神戸大震災の後片付けに伊丹の祖父母の家に行ったときだった。 伊丹の街はそれほどではなかったが、物見遊山気分で神戸の街を見に行ったときに、罰が当たったのか、 街中の物凄い砂埃がきっかけで花粉症デビューしてしまったのだった。 もう祖父母は他界してしまっているが、この季節になると、伊丹や神戸の荒れた風景や当時のいろいろな出来事や思いが 花粉症の症状とともに去来する。 (2006/03/07)
・会社の先輩コバさんが昨日亡くなられた。たぶん40台半ばくらいだったろうか。 (コバさんは、ここの編集後記のなんと第一回にもご登場されておられました。2006/03/15 追記) 昨日の昼休み、友人と北海道のSLなどの寫眞談義に花が咲いていた直後のことで、 「あぁ、以前はコバさんとも昼休みによく寫眞の話してたなぁ、、、」と偶然にも思っていた矢先の連絡だった。 昨年暮れに「もう使わないから、欲しければみんなたけちゃんにあげるよ。」って、銀塩のコンパクトカメラを6台もごっそりくださった。 今思えば。。。 もう、午後は仕事が全く手に付かず、とりあえず親交のあった同じフロアの方に連絡を回すのが精一杯だった。 昨夜は、私の隣の課の異動者歓迎の呑み会に呼ばれており、よほどお断りしようかと思ったのだが、 (このHPをご覧になっている方にもこの会の主役の異動者の方がいらっしゃるけど、あえて書かせていただきました、、、) 何の因果か、この課はコバさんと一緒に仕事をしていたため、合宿で会社にいなかったみなさんに連絡をするために行くことにした。 ただ、楽しんで呑んでいるみなさんを見て、さすがに場をシラケさせるのも忍びなく、室長さんに報告するのがやっとだった。 コバさんは私がビデオの開発関係にいたころの先輩だった。 仕事ができるのはもちろん、ほとんど怒ったところを見たことがなく、いつも冷静に状況を見て適切なアドバイスをくださるという人格者でもあった。 職場の仲間でも多くの人がコバさんの下で仕事してみたい、と言っていたような人望の厚い方だった。 仕事振りは、私の仕事のスタイルの目標であり(勿論とうてい及びません)、後輩の指導の方針の基準のひとつになっている。 そして、このHPのリンクの欄からもリンクを張っていたが(今はリンク切れしてますね、、、)スナップ寫眞がとても巧くて、 今の私の作風に非常に大きな影響を与えたのは間違いない。 コバさんと出会った頃、ビデオに凝ってて寫眞は適当にしか撮っていなかったのだが、その作風にどんどん引き込まれて、 「いつかはこんな寫眞撮ってみたいなぁ」と強く思うようになった。 そんなときコバさんから「たけちゃんこれ知ってる?これローライ35っていうんだょ。」 この一言で私の人生は大転換する。 その後、「M6ばっかり使っているから」と、ついにLeica IIIfを格安で譲っていただき、 あとは崖を転げ落ちるように、クラカメの泥沼へ。。。笑 そして、コバさんの撮るようなスナップを是非撮りたいと、毎月欠かさずカメラ雑誌やカメラの教本を一所懸命読むようになった。 よく私は昔からのオタクのように思われているが、実は技術的な寫眞のお勉強はここからで、キャリア短いんです。。。 その数年後、いよいよ現在のカメラの開発に突如異動になったとき、落ち込んでいた私に、 「たけちゃん寫眞一所懸命やってるんだからラッキーじゃん、これからはデジカメが主流の世の中になるから、 その1番に出る製品に関われるなんて羨ましいょ。それにビデオと違ってカメラの部署ってじっくり良いモノを開発してるから、オレもやってみたいなぁ。」 と励ましてくださり、気持ちよく送り出してくださった。(後半部の「じっくり良いモノ、、、」は、ちょっと違いましたけどね、、、) という訳で、私が今なんとか仕事を続けていられるのは、コバさんの存在が心の支えになっているところが非常に大きく、 私が今も寫眞を撮り続けているのは、コバさんの寫眞を目標のひとつとしているというのもあり、それだけ彼の存在は私の中で大きいものであり、 悪い言い方だが、昨年父が亡くなったとき以上に、彼を失ったダメージはあまりにも大きい。。。 永遠にコバさんの作品を越えることはできないかもしれないが、コバさんの作品を目標のひとつとし続けて、頑張って寫眞を撮り続けることで供養したい。 (2006/02/04)
・東京は5年振りの大雪だそうだ。 前回は、東急世田谷線の旧型車輌が引退するときで、何回も雪の中、三軒茶屋まで通ったことを思い出す。 今回は、予定が入っていた、車のタイヤをスタッドレスにしていなかった、などの理由で、 特に撮影に行くことはなかった。 一番の理由は、「元気・情熱がない」、それに尽きるようだ。 厄払いも済んだ、頑張って行きましょう!と自分を励ましてみる。。。 (2006/01/22)
・年末年始は恒例で、家人の実家である横手(正確には雄物川町だったのだけど2005年に合併して横手市に)で過ごした。 岳父は私と同様、民放のバラエティに辟易していて、雪かき以外に特にすることもないので、NHKやWOWOWなどの映画をたっぷり見ることができた。 中でも印象的だったのは、、、 ・ぜんじろう先生の『科学は科楽』 蓄音機が作れず悩んでいる小学生と米村ぜんじろう先生との心の触れ合いが新年から気持ちよかった。 決して答えを教えず「自分で考えなさい」としか言わない。 やがて、自分で答えに到達する小学生、こういう子供が将来の技術立国日本を支えるのかな。 「数多くの失敗と僅かの成功体験、人生それが面白い。」としめくくられていたが、今の自分にもあらためて言い聞かせておくべきことかな。 ・『白川義員アフリカを撮る』 世界百名瀑の撮影の模様が紹介されていたが、前夜からリンホフ4×5をセットして朝日を待ち続け、私としてはリンホフの扱いを見れると期待していたら、 いざ撮影行為に入ったところ、何と激写していたのはペンタLXであった。笑 ただNHKにしては、ペンタ部の「PENTAX」のロゴが大写しになるとは随分変わったものだと変なところで感心してしまった。 ・そして最後は『寅さん』笑 1978年頃の2作品を見たが、そこに描かれている「昭和の風景」はとても感銘を受けるものだった。 特に大井川鉄道のSLはもちろん現役のボンネットバスも凄いと思ったが、国鉄宮原線の現役時代の生き生きした姿に感涙した。笑 そして、個々のシーンのカメラワークは大変参考になるものが多かった。 他にも幾つか見ごたえある番組があり、NHKには年末年始はとてもお世話になった。 いろいろ批判の対象となる放送局ではあるけれども、こういう番組を一所懸命創り続けてくれたり、秘蔵映像を公開してくれるなら、 お金払ってもいいと思うし、バラエティ化して他の民放局と同化する恐れのある民営化には基本的に賛成できないかな。 (2006/01/08)
・前回、今年の重大ニュースの1位の考察をやりましたが、2位と、ちょっと飛んで5位について。 2.ある猫の死に際して、一時期本当に寫眞を撮るのを辞めようかと悩んだが、あるお方の言葉により立ち直る。 これは、今年の不吉?の始まりだったかもしれない。 千葉県の小湊鉄道に撮影に行ったとき、沿線で最も猫のたくさん生息する高滝駅で、 いつものように「駅&猫」の撮影を楽しんでいたのだが、 私と家族の目前で、あっと言う間に飼い主が車でバックして知らぬ間に飼っていた子猫を轢き殺してしまう事件が起きた。 (この日は、他にも轢かれた猫を4ヶ所で目撃。。。) 轢いた直後ののた打ち回る子猫の姿が目に焼きつき、車を止められなかった自分の非力に、 「猫の寫眞を撮る資格なんてオレには、、、」と、暫く何もかも嫌になり、寫眞活動がしばらく止まった時期があった。 そう、この編集後記が1ヶ月ほど止まったあの桜の季節であった。 あれからリハビリを兼ねて、鉄道や飛行機の寫眞にすべてを忘れてのめりこみ、 徐々に「供養」のために、猫も撮るようになった。 決定的だったのは、ある方のお言葉、、、(無断借用失礼、、、) とても悲しい時、私は美しい不合理を自分に与えます。 人はその不合理に何かの名前を付けて、受け入れることが出来る素晴らしい存在です。 もしも私が出会ったなら、自分の悲しみや、心を溢れさせた他者の悲しみに、なにか不合理な名前を付けてやって、 じっと心に大切にしまっておくでしょうね。 それと、つい先日閉店してしまった花小金井の駅前の新井屋さんという果物屋の、23歳になっても頑張って生きる老猫の存在だった。 1歳を迎えることなく、故意では無いが飼い主に殺される猫もいれば、それだけ長生きする猫も居る。 さきほどの無断借用の続きですが、、、 すべての生命は存在することに意味があり必ず、他の命と呼応し合う事で生を全うしている だそうだ。数ヶ月の命でも、私と家族とその飼い主の中では永遠の存在に必ずなるのであろう。。。 こう考えることによって、死への考えが、今までと全然違う次元で「寛容」になった気がする。 今思えば、これはこの秋やって来た父との別れの気持ちの準備をさせてくれたのでは、と考えてしまうのは考えすぎかな。。。 5.製品が難産であったが今年も何とか出せた。来年はどうなるだろうか、既に不安でいっぱいだ。笑 昨年の秋くらいから、それまで担当していた製品に加えて、違うカテゴリーの製品も担当することになった。 新しく組む方々の考え方を理解して仕事を進めるうちに、自分の今までの考えが全く通用しないときもあり、 新鮮な気持ちもあるが、やはり「同じフロアなのにこうも文化が違うのか」と驚くことしきりだった。 実は今日も四連休明けでボォ〜っとしてたら、ちょっと戸惑ったことが幾つかあってすぐに対応できず、 ついつい自分の学習能力の無さに笑ってしまった。。。 元々、今の仕事始める6年前以前は、学生時代の研究室を含めて一人ないしは二人でしか仕事してなかったので、 グループで一つのプロジェクトをやるのって、全然馴染めないんですねぇ。。。 来年も精神的に厳しい日々が続くのかな。笑 最後になりましたが、この1年間も「花小金井通信」をご高覧くださいまして有難うございました。 来年も宜しくお願いいたします!! (2005/12/26)
・前回、今年の重大ニュースやりましたが、1位から気の向くまま考察していきます。笑 1.「不惑の40代」に突入。    どなたかにそそのかされて?不惑のまま、かなりの数の私の希望するカメラ・レンズが揃った。 「どなたか」ってのは、私の寫眞のお師匠なのですが、本人は言った覚えもないくらい他愛の無いことなのでしょうねぇ。笑 今年初めのさり気ない彼の一言が私の心のツボを押してしまい、それからというもの、あまり悩むことなく次々にクリック。。。失笑 ただ、ムヤミヤタラ、ではなく、以前から欲しい欲しい「いつかこんなレンズで撮ってみたいなぁ」と思っていたものが、 次から次へネット上に現れて来るので仕方が無かった、、、 縁は異なもの、もう諦めていたものがポコポコ出てくるとき、ってあるのですねぇ。。。 これは、自分の仕事の影響も少なからず有ると思う。 大判レンズ、ハッセルのレンズ、ライカ、コンタックス、、、プロはみんなデジタルシフトしてしまい、 古いシステムはどんどん放出しているようだ。 ライカ持ってた人が、デジカメを買って使わなくなったり、デジカメを買う資金を捻出するために泣く泣く出した、 というのもあるかもしれない。 いずれにせよ、そろそろ撮る方に専念しなければ。。。っていつもシメの言葉はコレですね。。。笑 (2005/12/12)
・お久しぶりでございます。 公私ともに多忙でしたので、更新が滞っておりました。 早くも師走ですねぇ。 いろいろありましたが、まだこれから何かあるのか判りませんが、特に今年は大変でした。笑 ちと早いけどよくある「重大ニュース」私版ってのを並べてみると、、、 1.「不惑の40代」に突入。   どなたかにそそのかされて?不惑のまま、かなりの数の私の希望するカメラ・レンズが揃った。 2.ある猫の死に際して、一時期本当に寫眞を撮るのを辞めようかと悩んだが、あるお方の言葉により立ち直る。 3.飛行機の寫眞のカット数が、鉄道の寫眞のカット数を越えた。鹿児島、与論島、伊丹、、、いろんな空港よく行ったなぁ。 4.オヤジが亡くなってしまった。「喪主」というのを初めて経験した。   敢えて4位にしたのは、輪廻転生という言葉を信じているから。   人の死猫の死全ての生きとし生けるものの死、これらは生のうちのある一箇所の通過点であると考えている。 5.製品が難産であったが今年も何とか出せた。来年はどうなるだろうか、既に不安でいっぱいだ。笑 6.安田美沙子さんの寫眞が撮れた。昔、ホテルで働いてたときは、よくタレントさんと話する機会あったけど、   今からおよそ10年前くらいに鶴田真由さんの隣のテーブルで食事したとき以来の「超緊張」でした。笑 7.何人かの友人や恩人と連絡が取れなくなってしまった。これは寂しい。 あと、いくつかここに書けないことがあるが、今日はこのへんで。 (2005/12/04)
・大阪への往復で、私のレスペクト・アーティストの一人、ハービー山口さんの著書「日曜日の陽だまり」を読んだ。 最後のところの一節が妙に印象的だったので引用する。 人の心にはその時の感情によって違うバイブレーションが生まれるんだ。 一番良いバイブレーションは人が感謝した時のバイブレーション。 そして一番悪いバイブレーションはね、ねたみ、何かをねたんでる時のものなんだよ・・・・・・ 特にここ最近、何だかやけにイラついて、いつも悪いブルブルをやってる自分って。。。 (2005/11/13)
・四十九日の法要も何とかかんとか終えることができ、ホッとするとこだけど、 まだまだ大変で、大きなところでは、お香典のお返しと遺産の整理が残っている。 仕込みは終わっているので、あとは阪神百貨店と税務署に行くという行為があるということである。 でも、大阪に行く度に、今回の表紙などのように寫眞も増えていく。 この行為は罰当たりなのか、供養なのか、、、まあその次元とは全く異なるところでの行為なのだろう。 関西方面は、今回の表紙の阪急2300系の引退、B747の伊丹への定期便終了、南海貴志川線の廃線、 阪堺軌道の去就危機などなど、撮影に行かなくてはいけないと思っていたところが沢山ある。 今日の阪神の優勝パレードは、父の生きる目標のひとつであったが、これは私のお仕事の都合で残念ながら行けなかった。 81/82年のF−1を放送しているフジTV721が見たくて、今週CATVと再契約したばかりであったのだが、 偶然このパレードの中継をCATVで見ることができた。 ずっと入院していた本田美奈子さん亡くなられてしまいましたね。 奥の方に放ってあったレコードとか久しぶりに出してきました。 綺麗な人が綺麗なままで永遠のものとなってしまう。。。合掌。 (2005/11/06)
・先日20日に発売されたデジタルカメラマガジン11月号は、なかなか面白かったなぁ。 デジカメ先駆者の現場では、先月のKMさんのはんなり系で何が先駆者なのかよう分らんのとは一線を画していた。 自衛隊お付きのカメラマンさんだったのだが、砲撃を直近の前後からリモートで撮る、というスタイルで、 爆風で仕掛けたカメラが吹っ飛ばされるという危険な撮影で、私好みの捨て身の撮影スタイル、笑、でした。 「カメラが壊れようと、撮りたいカットが撮れる」「フィルムだと多くて36カットだが、デジカメだとその何倍も撮れる」 良い寫眞を撮るための努力を厭わない姿に、楽しませてもらった。というか、笑わしてもらった。 なぁ〜んか、分るような分らないような。。。 強電磁界の中で、ニコンは動作し、キヤノンはハングアップした、なのでニコンのデジカメを使っている。 これには疑問が残った。 強磁界だからではなく、ただ別の問題であるような気もする。が、どちらにせよ、キヤノンだと撮りたいモノが撮れないのだから仕方ない。 ノイズが多かろうが、使いにくかろうが、撮れないものはしょうがない。撮れる道具を使うしかない。 写っていることが全てなのだから。 (2005/10/25)
・前回、アキバオタクは市民権を得たか?という話をしたけど、 オタクを言えば、聖地はやはり中野を中心とした中央線沿線であろう。笑 それは、今も昔も変わらないのだけど、 人生の方向性を決めるといえる年代を中野で過ごした私には、 それでも最近の中野の様子の変化が寂しいと思うことがある。 例えば、聖地中の聖地?、中野ブロードウェイの中は今じゃ「まんだらけ」一色らしい。 (二十数店舗あるらしいけど、見てないので未確認である。明屋書店はまだあるだろなぁ。) まんだらけは1店舗しかないときは、硬派の模型屋あり(フィギュアじゃないょ)コイン商あり、シブイ靴屋あり、 地下には美味く安いソフトクリーム屋がありと、雑多なジャンルのお店があったのが良かった。 カメラ屋さんは、フジヤカメラは以前よりはちょっと広くなったけど、 日東商事さんや中野サンプラザ前にある名前は忘れたけど小さいお店は健在で、これは嬉しい限りです。 (南側駅前の一見さんは必ず頭に来る変なお店は、ある意味見学の価値はアリだけど、早く自滅して欲しい。笑) お隣の東中野は、よく一緒に遊んだ友達や好きなクラスの女の子が住んでたり、行きつけの床屋があったりして よくウロウロしたけど、街としての魅力はあんまりなかったかな。 反対側の高円寺や阿佐ヶ谷は、当時も今もパンクの街というのはそれほど変わらなさそうで、 逝っちゃったヤツラは相変わらず闊歩している。 でも、ちょっと元気がないような、勢いが感じられないと思うのは、おれがオッサンになった証拠かな。笑 それから、衛生的に問題はありそうだけどむちゃくちゃ美味い、っていう定食屋が沢山あった気がしたけど、 最近は、TVで紹介されるようなお洒落なお店が増えたようで、ちょっと面白さが少なくなったかな。 なんか、取りとめもなくツマラナイ昔のオッサンの愚痴になってしまいましたので、今日はこの辺で。 (2005/10/16)
・、、、ということで、表紙の寫眞のように、第12回鉄道の日フェスティバルに行ってきました。 私は初参加だけど、以前はあまり人出もなくあまり盛り上がらないイベントだったと聞いていたが、 この数年は、物凄い盛り上がりと聞いていたし、実際に行ってみて、その人出の多さに驚いた。 今年の「電車男」のブームに始まり、アキバ系が市民権を得た?今、老若男女、鉄に大きな壁はなくなったように見える。 先日の新聞に、八丁堀や横浜天王町にある総合研究所の調査で「オタク市場4000億円超」なのだそうだ。 そのまま引用すると、、、 コミック 35万人 830億円 アニメ 11万人 200億円 アイドル 28万人 610億円 ゲーム 16万人 210億円 組立PC 19万人 360億円 AV機器 6万人 120億円 携帯型IT 7万人 80億円 自動車 14万人 540億円 旅行 25万人 810億円 ファッション 4万人 130億円 カメラ 5万人 180億円 鉄道 2万人 40億円 --------------------------- 計 172万人 4110億円 この中だと、私は「アイドル」「AV機器」「自動車」「旅行」「カメラ」「鉄道」(他に「飛行機」もあるけど) くらいにあてはまるかなぁ?笑 ただ、「オタク」と言われるまでハマッてなくて、全部中途半端なんだよな。 それぞれの分野の本気の人と話をすると、「ほんと、すっげぇなぁ!」というくらい、 その分野に関する知識が豊富だし、その分野への熱い思いが伝わる。 本当は「オタク」と言われたいくらい精進したい、というのはあるのだけど、やっぱり生まれつき勉強嫌いだからなぁ。 好きなことでも、全部中途半端になってしまう。。。 お金はだいぶ注ぎ込んだんで、その結果についてくるモノ残したいですねぇ。 でも、ホンモノの人たちの注ぎ込む金額に比べればまだまだ甘いかな。。。笑 (2005/10/09)
・自分はあまり弱みを見せたくないヒネクレタ性格なのに、恥ずかしくも現在の弱った心境を語ってしまったので、 さっさと更新してしまいます。笑 過去の編集後記を読み返すと、7月8月あたり、お仕事のシンドさも重なってかなりヤバイ状態になってたのかな。 全然格好良くないですね。失笑 格好良い、というと、 今朝NHK教育テレビで、私の尊敬するアーティストである鮎川さん夫妻がロックと子育て論を語っていた。 自分も人の親になる歳を充分クリアしているので、当たり前ではあるので、時代の流れを感じざるを得ないが、 カリスマ的存在の納得できるようなできないような現在の姿を「教育テレビ」で見て、なんだか複雑な心境であった。 「愛・正義・勇気」そう、凄く簡単で凄く気持ちよく凄く分かりやすい言葉だけど、ロックなんだよなぁ。 (ちょっと一昔前の表現だけど大好きです。笑) 自分の中で一つ貫く何かこういう言葉でも信念でも哲学でも何でもいいのでしょうが、 このような日常の行動を支えるモノがあることがロックなんでしょうか。 自分はロックな生き方ができるだろうか。 そんなことをいちいち気にするようじゃぁ、まだまだロックな生き方じゃないな。。。笑 (2005/10/01)
・この編集後記を読んでいるのは一部の私の知人だけなのに、ここでこんなことを書くのも何なんですけど、 会社で「今日、甲子園行かなかったの?」と言われ、 「そうだょなぁ、チケットショップで大金積んででも行けばよかったかなぁ。」 と思ったんで、ちょろっと現在の心境を語ってみたくなりました。笑 この2年間短かったような長かったような。。。 このチームの優勝もそうだけど、このシーンに立ち会えずに一足早く逝ってしまった父にも 病気と闘った2年間おつかれさまでしたと言いたい。 先日の3日連続二桁得点を見て安心したのか、 「もう優勝決定やな。」と担当医に漏らしたのが最後だったと聞いた。 今日、監督辞任を表明した仰木監督と同じ歳だった。(その後、仰木監督も亡くなられてしまいましたね、合掌、、、2006年2月追記) 父は定年まで商社で鉄鋼関係の業務に従事していた。 鉄鋼と言えば日本の高度成長、バブル、ポストバブルと、とっても激しい仕事であったと思われ、 そのためにずっと単身赴任で、私と滅多に会わないことから、私は決して父とは仲良くなかった。 ただ、父に連れられて西宮球場に行ってから野球を見るようになり、阪神と阪急の日本シリーズを楽しみに、 野球を見るときだけは父と一緒に在阪球団のこの2チームを中心に応援していた。 私は20年前に、学校の授業終わってからふらっと行った神宮球場で、半分偶然に阪神の優勝に立ち会えたものの、 阪急との日本シリーズは永遠に実現しなくなり、 それ以来特に激しく入れ込んで応援するチームもなくなってしまっていた。 つい先日のことだけど、父には申し訳ないことをした。 もう最後かも知れないと思って、松山の祖父の三回忌法要が行なわれた8月、 行こうかどうしようか迷ってた父を道後温泉に誘った。 そのときは喜んでくれていて私は満足であったが、 最後に会った今月12日の別れ際に「あれから急に体力落ちたなぁ、行かなきゃ良かったなぁ。」と言われ、 実は自分の想い出作りのために無理矢理連れて行ってしまったのかな、と思いちと辛かった。 (その夜、このチームは21点取って、大阪の街は前々回の表紙の寫眞にあったような騒ぎであった。) 結局、この会話が父との最後の会話になってしまった。 お詫びと言っては何だが、20年前に神宮球場で購入した50周年シール付きのメガホンを出してきて、 今夜は父の代わりに本気で応援した。 最終回、ちゃんと見てるかなと思って大阪の母に電話したら、 「あぁ、ちゃんとテレビと遺影の間の襖開けて二人で応援してるで。」 (2005/09/29)
・ブルース・ウェバー監督の「トゥルーへの手紙」 http://www.excite.co.jp/cinema/special/alettertotrue/ の公開に先立って催されている「The True Store and Gallery」に行ってきました。 http://www.excite.co.jp/cinema/special/alettertotrue/exhibition.dcg 素晴らしい寫眞展は見ごたえがありました。 ただ、昔のポスターなどが高いモノで数十万円もしたりして、 なかなか手が出ませんでした。 ほんとは、初日に行って代表作「Let's Get Lost」のポスター欲しかったのですが、 よんどころない事情で今日しか行けなくて、既にSold Out、、、イクラで出てたんだろ。。。 今回の映画のポストカードは何とか手に入ったので良しとしよう。 映画もちょっと忙しくて見に行くのは厳しいかな。 縁が無いというのは、まさにこういうことかな。 (2005/09/23)
・女性と男性との差異が少なくなって久しいが、 とうとう先日、電車の中で向かいの女性が読んでた少女コミック誌の表紙と巻頭グラビアに 綺麗な顔の男性アイドルが出ていた。 これって、少年誌、青年誌と同じ手法ではないか。 今までなかったのが不思議と言えば不思議だけど、そのうち女性向けのHな雑誌とかAVとか出て来るのかなぁ。 って、そういえば、昔からギャルズ・ライフとかあったっけなぁ。。。 電車の中で見かけた、と言えば、キヤノンのIXY Digitalの広告で、某サッカー選手の隣に 「ONLY IXY」というコピーが目に付く。 ONLY...といえば、私のようなオールド・カメラファンには「ONLY ZEISS」「写真はレンズで決まる」という YASHICAのCONTAXカメラの広告を思い出す。 IXYのコピーを考えた人は、この広告をご存知なのだろうか。 もう数日で、京セラはコンタックス製品の販売を終える。 この電車での広告を見る度に、EOSにCONTAXのCarl Zeissレンズを着けている私には複雑な思いがよぎる。。。 (2005/09/11)
・市ヶ谷の「のりもの倶楽部」でLuke.H.Ozawaさんのサイン会があったので行ってみた。 以前、航空寫眞の第一人者の青木勝さんにお会いしたとき、とても感じの良いおじさんだったが、 この方も、素敵なおじさんだった。 他にお客さんがいなかったのもあったが、とても気さくに撮影秘話などを語ってくださり、 すっかりファンになってしまった。 寫眞集のオマケの絵葉書も2枚を迷ってたら「内緒ですょ」って2枚とも下さったりで、 なんかペースに載せられて、つい別の寫眞集も買ってしまった。 こういうのに、すぐ載せられてしまうなぁ。。。 熊本空港も行きたくなってしまった。 Sさん、一緒に行こうか??笑 (2005/09/05)
・「休暇が取れないのは、キミの実力が無いと証明しているようなもんだよ」 外人さん(特に北米・欧州系のみなさん)から、よくそういう答えが返ってくる。 最近、私の職場でも、だんだんそのような思考に移行しつつあるようだ。 それはそれで私は肯定以上に歓迎したい。 ただ、それで現在結構苦しんでる。 実力というのは、ちゃんと仕事の引継ぎなどができるということを含めた上でのことを 休暇を取る人は自覚して休んで欲しいなあ。 ここんとこの口癖が「聞いてないよ!!」になってる。。。 この夏ももうすぐ終わろうとしている。 私にとっては、楽しくも辛くも、想い出深い夏休みになった。。。 (2005/08/27)
・昨日「ニライカナイからの手紙」という映画を見た。 http://www.dreamcity.jp/stage/cinema/index.php 映画なんて久しぶりで、「東京日和」以来だったかな。。。 偶然、どちらも「カメラ」がポイントで絡む作品だけど、別に狙って行ったわけじゃなく、 今回は、竹富島が舞台となっていて、あの猫の島が舞台!となれば押さえておく必要アリ、ということでした。 蒼井優さん演じる主人公が、母の手紙を心の支えに成長していき、死んだ父の形見のNikomatという一眼レフで寫眞を学んで、 カメラマンとして一人立ちしていく心暖まるお話です。 南の島での映画というと、青い空、白い雲、紺碧の海、、、抜けるような綺麗な映像かな、 と思ってた期待は見事に「良い方に」裏切られて、、、 どんなレンズか判らないけど、今回の表紙の寫眞で使用したアンジェニューのような「解像感クソ食らえ(失言失礼!)」と 言わんばかりの、ぼわぁ〜っとした描写、アグファのフィルムでも使ったの?っていうくらいの黄色味がかった色、、、 要は古〜ぃレンズを使ったと思われるフィルム撮りは、作品全体を暖かく包み込んだ感じで、とても私のツボにはまり好感が持てた。 オチとしては、、、蒼井優さんのハッセルのフィルムバックの扱いが、私よりも全然巧く流れるような操作だったので、 自分の腕の未熟さにガッカリしてしまった。。。一眼ばっか使ってちゃダメね。。。失笑 (2005/08/20)
・更新が滞ってしまいました、ちょっと色々行くとこがあって。。。って、 表紙の寫眞を見りゃ判るか。笑 たまには、実家の大阪に帰って(しょっちゅう帰ってるのだが、、、)、 のんびり昼寝するのもいいものですね。 マンションの6Fなので風通しも良く、市の中心からちょっとはずれた北千里ってとこなので、 その風も比較的涼しく、遠く伊丹空港を離着陸する飛行機を眺めながら、 ぼぉ〜っと充電することができた。 ここ最近、あまり仕事で悩むことがない私でも、もう少しで一杯一杯ヵ(そう言ってるうちは問題なしか)、 というとこまで来ていたので、良いインターバルになりました。 あとは、夏休みの想い出作りでもするかな。って、最近の私の楽しみは ツリボリ(6/12の編集後記参照)しかないけどね。笑 何釣るんだヵって、、、あ、「本物の釣堀」もちゃんと行きますょ! 最近は、三軒茶屋とか田無の室内釣堀、ほとんど金魚釣りみたいなとこだけどね。。。 (2005/08/17)
・過日、銀座の教会の上にある柑橘系舶来カメラ屋さんでのこと。 どうやら「鉄道ファン」という雑誌の編集関係の方がお客さんでいらっしゃってて、 「ここの鉄道模型の委託コーナー充実してますよねぇ。。。 特に海外の珍しいモノの品揃え、素晴らしいですねぇ。。。 是非、うちの紙面に広告出していただきたく、今日は宣伝でまいりました。」 までは良かったが、その後はちょっとびっくり。 「いや、模型のことは先日ここで見て知ったのですよ。 うちも、フィルムをすべてデジタルに移行するんで、編集にあったリンホフやハッセルを 全部ここの委託に出したのですよ。」 う〜ん、、、レイルマガジンなどは、デジタルシフトして印刷がとってもヘタクソになって なんか寫眞が汚いなぁ、と感じるのだが、鉄道ファンも果たしてそうなってしまうのヵ。。。 と、同時に、あの私が幼少の頃に見て憧れた、あの車輌の寫眞の数々を納めたカメラが、 ここの棚に並んでいるなんて。。。 どれか分らないが、なんかリンホフ、ハッセル、、、どれか買いたくなってしまった。 ぐっと堪えたけどね。。。笑 カメラ屋さんのフロアマネージャー風の方が 「いやぁ、私も学生の頃、キヤノンの協賛の鉄道ファン写真教室で写真をおぼえましたよぉ。」 などと変に盛り上がっていた。笑 なるほど、カメラ屋さんなのに、国内外の鉄道模型を扱っているわけだ。 おっ、そんなことを書いてたら、背後のTVで放送しているNHKでは、C62重連が映し出されている。 (2005/07/31)
・さっき帰ってきたばっかりなので、手短に。。。 何で会社さぼってこんなとこに居たかは、そのうちお話します。 いゃぁ〜、駅前は浴衣だらけでした。 でも、撮っておきたかった「この場所」は全然浴衣をお召しの方は通ってくれなかった。 ここ、暑いもんなぁ。。。 東京の新橋に対して、大阪の街頭インタビューと言えばココですねぇ。 阪急は建て替え前のセール中です。 http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200506070012.html http://www.hankyu-dept.co.jp/honten/2ndsale/index.html 阪神は70年記念ユニフォームのチャリティーオークション中です。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050721-00000508-yom-spo (大阪市都島区の橋本喜代美さん(27)って誰だろ。。。笑) ちなみに、本日、近鉄百貨店が京都店の閉店を発表し、その後に、なんと、ヨドバシが入るそうです。 う〜ん、秋葉原にとどまらず、ついに京都までも。。。 http://www.nikkei.co.jp/kansai/topics/22858.html (2005/07/25)
・早いもので7月も後半である。 私にとっては、今年の時間の流れというのは、特別速く感じられる。 大した事をしていないのに、ただ時間だけが過ぎていく。。。 私には、後に残さなければならないものが無いので、 両親よりはどのように生きてもよい自由度の高さがある(はずだ)。 特に、将来に明るい見通しの無いこの時代、歴史によく見られるように、 退廃的な生き方?をしている人が世の中にも多くみられ、それが一時的な景気回復に 貢献しえちるのは皮肉なもので、そんなつまらない歴史が繰り返されているように見える。 自分もその仲間入りしているように思える。 物欲に任せて、レンズを買う。そのレンズを持って寫眞を撮りに行く。。。 かなりの散財ですねぇ。 ただ、私に多くの自由度を残してくれたのは、両親(やその両親の祖父母、さらにはご先祖様)に他ならない。 「私らには何もいらんから、お前らの子供にやってくれ。」よく若い頃はそう言われた。 ただ、そのくれてやる相手がいない今、両親にどれくらい還元してやれるか。 そんなことしても、大して喜ばれんだろがね。。。 今日の話は、何言ってるのか、読んでる方には全然分らんやろねぇ。 そのうち、きちんとお話しします。 (2005/07/18)
・ここのところ、工場に泣かされることが多い。 生産革新、コストダウン、品質強化、、、 美辞麗句は並ぶけど、現場は煽られて疲れ切っているようだ。 そんな中、株主総会の資料を見ると、「限りないリードタイムの短縮、コストダウンの推進」 という見慣れた文言が並んでいる。 こういう資料を株主は喜ぶのか。。。今会社の調子が良いから誰も今の疲弊しきった社員の状態に気づかない。。。 先日テレビで、その工場での様子を放映していた。 各生産工程のタクトを数秒でも縮めるために、涙ぐましい努力をしている様子が紹介されていたが、 螺子締める人の横でストップウォッチを持った人が厳しく監視して、一挙手一投足にあれこれ注文をつけている。 効率は確かに大切で、私も少しでも安いモノを買いたい、というのは分かる。 でも、この放送を見て、株主さんは喜んだかどうかしらんけど、 少なくとも私はやはり「これじゃすぐ壊れそうで、怖くて買えんな。」というのが正直な感想だった。 最近、私の友人たちも、大勢の方が製品を買ってくださっている。 でも、ほとんどの友人から、「電子音がならなくなった」「色がちょっとおかしい」「電池がすぐなくなる」などなど、、、 連絡がよく来るようになった。シールが斜めに貼られてる、なんて可愛いもんだ。。。 確かに、ライカやコンタックスやコダックなどの外国メーカーは、こんなことやってるのかどうか分らんが、 品質は間違いなく良い。といってもライカはライカで、昔より現在は全然だめだけどね。笑 私のテレビは15年経って、ようやく変な色になったり調子が悪くなってきた。 何とか地上波デジタルチューナーが安くなるまで持って欲しいのだが、、、 でも、次買うテレビは絶対にこんなに長くは映らんだろなあ。。。 (2005/06/26)
・久しぶりに洋服を買うのと、父の日のプレゼントを買いに伊勢丹に行った。 父の日ということもあって混みあってて大変だった。 今まで気づかなかったのだけど、とにかく疲れてしまい、ちょっと休もうと思ったら、 無い。。。休むとこが無いんですよ。 よく、階段の踊り場やトイレのそばあたりにベンチとかありそうなものだけど、 このデパートには、全然なかった。。。 それに気づいてから注意深く観察してみると、売っているモノも雰囲気も若い人寄りにシフトしているようだ。 喫茶コーナーなども少なく、とにもかくにも他のデパートよりも「座る場所」が少ない、 と痛感し、同時にそれが無いことが凄く負担に感じた自分が情けなかった。 (2005/06/19)
・今回も Kodak Signet 35 ですが、US AIR FORCE 版です。 ミリタリーグッズとかあまり興味はないのですが、たまたま入手する機会に恵まれました。 US ARMY の緑色のものはよく見かけますが、こちらは初めて見ました。 ロシアカメラ系によくあります貼り皮の糊の「ヌカミソ臭?」がちょっと鼻につきます。 まだ実写する機会がなく、インテリアと化しています。 きっとEktar44mmですから素敵な描写を写し出すでしょうに勿体無い。。。 最近、何かとり憑かれて狂ったように無駄な寫眞を撮っている。 ま、環境に影響しないからいっヵ。 寫眞をやめたいと思ってから2ヶ月、色々あってすっかり逆転してしまった。 立ち直った、というよりも、逆行しているという感じですか。 犬猫や飛行機はもちろん、表紙をご覧のように使用機材を撮り集めている。 あ汽車電車は全然撮ってないなぁ。。。 その他にモデル撮影会、私は「釣堀」と呼んでますが、ときどき行くようになった。 そして、ついに先週、「AVアイドル撮影会」ってのに潜入?することに成功した。 ま、お金出せばいい話で潜入とは大袈裟だけど、、、これは「高級ツリボリ」と呼ぶことにした。笑 私の好みが偏っているのか、20名募集のところを8〜12人しか集まらなかったのは幸いだった。 EOS 20D と EOS New Kiss Digital の2台体制で、レンズラインナップは、 Distagon 28mmF2(Contax これは使わなかったけど) Distagon 35mmF1.4(Contax) EF 50mmF1.8(Canon) Pan Tachar 75mmF2.3(ASTRO BERLIN) EF 85mmF1.8(Canon) Planar 85mmF1.4AEG(Contax) Planar 110mmF2(Hasselblad) EF 300mmF4LIS(Canon) という贅沢なものだった。 Hektor 125mmF2.5(Leits)も持って行ったのだけど、マウントアダプターを忘れる、という大失態をした。笑 人数が少なくて、とても沢山視線を貰えて、RAWデータだったのもあるが、たちまち8GBも撮ってしまった。 ファインダーは、20DよりもむしろNew Kiss Digitalの方がデキが良いようで、 ピントのヒット率は後者の方が高かった。う〜ん。。。 参加者の平均年齢は高く、私は平均値に近かったかな。 みなさんエロエロ光線出しまくりでも、ちゃんと最前列は譲り合ったりと紳士的で、 とっても不思議な雰囲気での撮影会となった。 中途半端なアイドル・RQ撮影会なんか行くと、マナーって何?って感じですので、 このような撮影会の方が、じっくり寫眞撮れそうだな。ただコストが高いなぁ。。。 10時スタートで、1時間×4部構成、夕方5時に終了したときは、なんか放心状態だった。 万世橋の向こうの夕陽がいつもより眩しかったな、「燃え尽きた!」と言う感じ。。。笑 で、寫眞は??っということが、みなさんのご興味の中心でしょうが、 残念ながら「第三者への閲覧、公開は禁止します。」の書類にサインしてから入場したのでした。 (2005/06/12)
・久しぶりの更新です。 いろいろとドタバタしていて、なかなかうまく進みませんが、なんとか頑張っていきます。 6月1日は寫眞の日。 ただ、ここ数日は、寫眞に携わる者にとっては、いろいろあったでしょうね。 5月27日、世界3大フィルムメーカーのひとつのAGFA PHOTOが破産した。 これは、寫眞に携わる多くの人が大きな衝撃を受けただろう。 1800年代から歴史のあるメーカーだけに感慨深いものがある。 そして先日、日本カメラグランプリが発表されて、 グランプリ:コニカミノルタα−7D 特別賞:ニコンF6、エプソンRD−1 これは、明らかに審査員が意図してキヤノン以外のメーカーに入れたものと思う。 逆に、業界がキヤノンの独り勝ち状態を認めたとも言えると思う。 審査員たちが、他のメーカーがアグファの後を追うのを恐れているのが痛いほど判る。 と同時に、カメラグランプリとカメラの販売数(市場の反応・評価?)は、 必ずしもリンクしているものではないことを証明することになってしまった。。。 この他に、5月25日はロバート・キャパ、5月31日は木村伊兵衛先生のそれぞれ命日である。 これも何かの偶然か、感慨深いものがある。 で、6月1日、寫眞を撮りに行く余裕がなかったので、会社の昼休みに自席でカメラを撮ってみた。 Kodakも世界一のフィルムだけじゃなく寫眞総合メーカーであるのは誰でも知っているが、 この会社でさえ、先日デジタル一眼レフからの撤退を表明した。 京セラがコンタックスブランドを捨てて、コンタックスレンズの中古価格が暴騰していたが、 どうやら少しずつ落ち着いてきたようだ。 これから、ある程度まで価格が落ちて落ち着くと思われるが、 F-1、T90、EOS-1などのキヤノンのフィルムカメラの価格暴落と見るに、 京セラコンタックスのカメラ、レンズも果たしてどうなることやら。。。 この先いったい寫眞文化はどのように展開していくのだろうか、 フィルムは生き残ることができるだろうか。 寫眞の日に色々と思いを巡らした。 (2005/06/04)
・今から大分旅行です。 なぁ〜んか、明朝から工場の新プロジェクトの発足式に出なきゃいけないらしく、 とぉ〜っても気分がおもぉ〜いです。。。 で、表紙の寫眞は、今週も新ネタもなく、撮影機材シリーズです。 ニッカカメラは、ヤシカに吸収合併され、ヤシカは京セラに吸収合併され、 その京セラはカメラ事業から撤退する。 Leicaは、その資本は転々としているが名は残っている。 ContaxやCarl Zeissには、それだけのブランド力がないのかな。 長野のコシナあたりがブランド買い取るのかな。 とすると、またまたContaxとVoigtlanderが出会うことになるのか。 いろんな意味で感慨深いものがある。 (2005/05/15)
・ (2005/05/08)
・ (2005/05/01)
・ (2005/04/24)
・ (2005/04/10)
・春は出会いの季節であり、別れの季節でもある。 前回は、私がヤシカ時代から応援していた京セラのカメラ事業部撤退の話と 新人のときから応援していた女子アナの結婚引退の話をした。 そして、今回の表紙の寫眞は、先日3/31に廃線になった岐阜県の名鉄黒野線の寫眞である。 この3/31にはこの他にも、名鉄の岐阜市内線、田神線、美濃町線のいわゆる600V区間が全滅、 石川県の「のと鉄道」、茨城県の「日立電鉄」がそれぞれ終焉を迎えた。 もう一度訪れてみたいところばかりだったが、特に今年はひどい花粉症であったことと、 時間が都合つかなかったことで、とうとう再会を果たすことができなかった。 昔、もっと一所懸命に「鉄」に励んだり、寫眞にのめり込んでいた頃だったら、 とっても悔しい気持ちになっていただろうが、 人生もおそらく折り返し点に来つつある現在、 淡々と自分の前にある現実を受け入れることができるようになってしまった。 久しぶりに、昔の寫眞を掘り出してきて、国鉄時代の能登線や名鉄線や日立電鉄の寫眞を眺めてみた。 そこには、とても懐かしい景色に古臭い電車がぴったりはまった素晴らしい光景が展開されていた。 きっと、慌てて廃線前に訪れても、こんな素敵な光景はなかっただろう。人も多かっただろうし。 と、妙に納得してしまう、これもなんか寂しいことだな。 そろそろフィルムスキャナを購入しようかな、と思ってますので、 もし買ったら、このあたりの寫眞も随時アップしていきたいです。 (2005/04/02)
・1ヶ月ぶりのご無沙汰でした。大分出張とかカメラショー見学とかいろいろ行事はあったけど、 やはり、土日も全然休まずお仕事したのが一番たいへんでしたね。笑。久しぶりに頑張っちゃったかな。 大分出張は、出発前に羽田でM月さんとばったりお会いしたりと、ドラマチックな流れだったなぁ。 往きも還りも最後部の席に座れて、B737の最後部というと、CAとすぐ隣合わせで座れる幸せな席で、 当然、寫眞撮らせてもらう予定だった。だけど、、、 往きは、すごっく話がはずんで無事寫眞を撮らせてもらう了承まで得たとき、 よそのおばさんが割って入ってきて「すみませぇ〜ん、うちの子が揺れがひどくてモドシちゃいまして、、、」 これでおじゃん。。。 還りは、機内販売でホワイトデーの家人へのお土産まで買ったんだけど、イマイチ噛み合わなくて断念。 カメショーでは、京セラのように事業から撤退して出展してないメーカーや、 立原さんのように隠居してやめちゃったりとか、かなり出展ブースが減っていたなぁ。 ショー自体は、タレントさんとか沢山来てて、カメラ小僧の祭典と化して一見盛り上がってはいたようだけど、 量販店に行けば触れる新機種をわざわざ見に来る必要性はなく、滅多に見れない撮影機材業者のブースは、 イマイチやる気が感じられず、かつて程トキメクことがなかったなぁ。 午前中の楽しみにしていたシラハタ先生の講演会も、花粉症の薬が効きすぎて半分寝ちゃったし。。。 夕方、何とか携帯でつかまえた岡山のおじさん先生と1時間ほどお茶できたのが、唯一楽しいひとときだったな。 昨年、5/21のこのコーナーで、スキャンダルでお休みしてたある女子アナの復帰を喜んだことを書いたが、 結局、29歳の若さでそのスキャンダルの相手である私と同じ歳のお笑い芸人と、あろうころか結婚までしてしまった。 もう世の中何も信じられない心境、私も夢を追う歳ではないが、なんかやりきれない。 夢を追う気持ちを表現しようという今回の表紙の寫眞は、私の虚無感の表現でもある。。。 (2005/03/27)
・カメラネタが続くが、昨日はどうしても休日出勤しなくてはいけなくなり、 不貞腐れた気持ちを解消するために、出勤前に銀座松屋の「世界の中古カメラ市」に向かった。 開店前に着いてしまったので、久しぶりに銀座をぶらぶらしていたら、キヤノンサロンの前に着いた。 キヤノンフォトコンテスト入賞作品展ってのをやってたので、ふらふら入っていった。 メーカー側の意図が入っているのかどうかは分からないが、作品の2/3はフィルムで撮影したものだった。 しかも、デジカメで撮った作品よりもフィルムで撮った作品の方が、私の琴線に触れるモノが多かった。 それは、私の視神経と脳細胞がフィルムの色で刷込まれているというのもあるが、 デジタルの作品は折角の良いシーンも、プリント処理がヘタクソだというのもあると思った。 デジタルはまだプロとアマに、いや、プロアマ関係なく、判る人と判らない人の間に技術の差があるのか、、、 私が一番感じ入ったのは、 Kiss + TS-24mm(いわゆるシフトレンズね) + E100VS で、 夜明け前の暗い中、飛び立つ1羽の鳩をドアップでストロボシンクロさせたものだった。 この発想、このアングル、この撮り方、そしてこの道具の組み合わせ!! これは絶対「たまたま通りかかって撮った」のではなく、すべて計算されたモノだからか、妙にツボにはまってしまった。 で、中古カメラ市だけど、これはまあ博物館を見学する感覚だから、 特に何を買うとか目的を持っていったことは過去ほとんどない。 だけど、ここ最近の仕事が思う通りに進まないストレスが「買え、次はいつ見つかるか分からない貴重品だょ。」と囁いてくる。 結局、数寄屋橋交差点傍の教会の上に引っ越した柑橘系のお店ともあわせて、 なんかごちゃごちゃとレンズ数本やアクセサリー類を購入してしまっていた。。。失笑 会社に到着したのは13時半前で、今月は申請した残業時間を越えてしまっていたので、 22時までに7時間半以上は会社に「存在して」いないと、代休処理できなくなっていたので、ギリギリセーフだった。 全然時間とお金の管理がされていない。。。 これを書いている間にも、通販でレンズが2本も送られてきている。。。 (2005/02/27)
・先日、ニコンからSPの復刻版限定2500台発売が発表された。 「ニコンSP体験フェア」というのが、新宿ニコンプラザであったので参加してきた。 「写真工業」誌の編集長の市川氏による、SPの魅力と生産ラインである水戸ニコンの紹介が主な内容であった。 今月の「写真工業」と内容はほぼ同様であったが、 ・生産ラインおよび各調整工程の写真での紹介 ・シャッター秒時の規格 ・青焼き図面の公開 などなど、秘密主義というイメージのあった会社だっただけに、 現在の機種じゃないからか、随分意外な印象を受けた。 最後にいよいよSPをイジル時間になり、たった2台のSP(1/2500台のうちの製品??)を 参加した8人で交互にいじった。(後で気が付いたが、シリアル番号が入ってなかった) 私の順番に回ってくるまで、だめもとで市川さんに「オリジナルのSPと操作感は変わらないですかね?」 と聞いてみたところ「どうぞ、触ってみてください。」って、ご自身のお持ちになった『本物のSP!』を 触らせてもらった!! 何という滑らかな操作感!何という心地良いシャッター音! 残念ながら今回のSPは、かなり完成度は高かったが、少しオリジナルには及ばなかった。 最後に会場を出るときに、市川さんから「あなたの持っているバッグ、私も持っていますよ。」 「あぁ、これANAの機内限定販売のトートバッグですよね。」 「おぉ、そうだったね。これカメラを持ち歩くのに丁度良い大きさなんだ。」 「そうなんですよね!私もいつも持ち歩いてますよ!」と言って、かばんからEOS20Dを出しそうになったが、 自分のいる場所をふと思い出し、ぐっと堪えて家路についた。 (2005/02/19)
・いよいよであるが、この次にこの編集後記を書くときには、既に大台に乗った年齢になっている。 久しぶりにちょっと走ってみた。息が切れる、胸が締め付けられるような苦しみ、つらい。 職場は5Fにあるので、毎日階段で昇るようにはしているが、そこまでの体力しかついてないようだ。 つい5年前からは想像もつかない体力の衰え、思えば仕事が忙しくなり始めて6年、テニスを完全にやめて3年。 5年前は、体力測定で23歳という判定に鼻高々だった。 撮影に行くにも、徹夜の運転で現地到着即撮影体制、というのは当たり前だった。 今や、飛行機で移動、現地でレンタカー、早めに宿に入って呑みにでかけ、翌朝のんびり、、、がスタイル。 レンズも買うばっかりでどんどん増えるが、比例して寫眞がヘタクソになってるのは間違いない。。。 悲しい話ばかりになってしまったが、この機にまた新鮮な気持ちで、、、とはいかないだろうが、 も少し「大人らしい生き方」、、、買物などの金使いの荒さだけでなく、よく働き、休みはゆっくり趣味な生活、 格好良い生き方を心がけたいですね。 ではでは。 (2005/02/05)
・お久しぶりです。今回は、何処で誰が見てるか、、、というお話。 昨日は、月曜日だったが、月末精算の代休を取った。 夜に知人と横浜で会うことになっていたので、午後から横浜方面にでかけた。 4時半頃だったか、東横特急で綱島を通過したとき、ふと目に飛び込んできたのは、 このHPからリンクも張っている、私の寫眞のお師匠さんがホームの端に立っていたのだ。 あの立ち位置は間違いなく「駅撮り」であろう。 急いで携帯で電話したが、駅撮りに集中していたのか出てもらえなかった。 というか、携帯変えたばかりだったので、知らない番号の電話が鳴って出なかったのだろう。 連絡が取れなかったので、そのまま終点の横浜中華街駅まで乗って、みなとみらい線を完乗した。 この線が開通して丸一年になるが、初めて乗った。(電車チン高けぇ!) 思えばこの辺りまで来たのは、このHPの表紙でも度々紹介した反町−桜木町を撮り歩いて以来かな。 早いものでもう1年経ったかぁ。。。 少し戻って馬車道で降りて、久しぶりに横浜を散歩した。 ディスクユニオンっていうレコード屋のチェーン店の前を通りかかったら、 ゴールデンカップスや村八分などのポスターが貼ってある。 ちょっと癖のあるものがありそうだなぁ、と、ついふらふら入ってしまう。 予想通りパンク系などが結構充実していた。 Dr.FeelgoodのライブDVDと連続射殺魔の1978年の渋谷屋根裏というライブハウスでの録音CDと ルースターズのデビュー当時の未発表曲集CDという、随分片寄った3枚を購入した。 次に、そのレコード屋さんの近所の千曲商会というカメラ屋に寄り、 ここでも、コンタックス−EOSマウントアダプターを衝動買い。 そのまま関内から伊勢佐木町を通り日の出町まで歩いて大貫カメラに行った。 ちょっと冷やかしで立ち寄ったつもりだったのに、以前から探していたFA77mmF1.8を\55kという格安で 見つけてしまい、即ご購入。。。 2時間であっという間の\72kの散財だった。 綱島で電話が通じなかったのが悔やまれる。笑 その後、知人と知人の連れてきた女性たちや会社の友人らと呑み会に突入、久しぶりに結構盛り上がった。 この一連の衝動買いや女の子たちとの談笑も、どこからか誰かにチェックされていただろうか。。。 (2005/02/01)
・今回の表紙の寫眞も一部の方には喜んでもらえたのではないでしょうか。 数年前に廃止になってしまった下北交通大畑線の終点大間駅跡は、 駅はバス乗り場として使われていますが、鉄道施設もそのまま残っていて、 現在、現役パイロットやJRの職員の有志のみなさんによって、 とても大切に保存されている。 この日も年末の休日を利用して、おひとりの方が3両ある車輌のメンテナンスを行なっていらっしゃった。 私が見ていたからかどうか分からないが、「上手に撮ってくださいね」と言って、 整備を確認するために構内を一往復してくださった。 春からは、お休みの日に走らせるイベントを定期的に行なうそうだ。 本州の最北端で、とても行きにくい場所ではあるが、私も是非訪れてみたい。 この寫眞を撮ってから、まだ2週間ほどしか経っていないのだが、 もう数年前のような気がする。 いろんなことがあり過ぎて、もう遠い昔の想い出のように感じる。 (2005/01/16)
・今日は「買い初め」ということで、2軒のカメラ屋を訪問した。 しかし、ここのコーナー的にはオイシイ・ネタなのだが、買い初め的には厳しい買物となった。 1軒目は四谷三丁目にある、昨年暮に婚約を発表した現在日本一有名な公務員K氏が通うカメラ屋に行ったのだが、 日本一有名な公務員が訪れる店ということで、困ったことが起こっていた。 10畳一間ほどの狭い店内に人が溢れかえっているのである。 中の様子を聞くに、ウルトラマン、ウルトラセブンと共に地球の平和を守ってきた 「クソババア!」が殺し文句の毒舌で有名なタレントDがラジオの生中継で来ていたのだ。 放送終わって、後片付けが終わるまで、店内は全然落ち着かず、 結局1時間近く、階上のカメラ博物館で時間をつぶす羽目に遭った。。。 いよいよ買物に入っても、ラジオを聴いた人の問い合わせ電話がひっきりなしで、 全然相手にしてもらえず、仕方なしに手ぶらで店を後にした。 2軒目は、この1/23にご家庭の事情で店じまいしてしまう表参道のお店に行った。 ここも10畳一間ほどの狭い店内だが、祝日の午前中なのに珍しく3人もお客さんがいる。 入ってみてびっくり、前述の日本一有名な公務員K氏がクラカメを物色しているではないか。 どうやら他の2名はSPのようだ。 どんなカメラを買ったかは敢えて書きませんが、 エキザクタマウントの国産カメラという、それにしても何てシブイ選択なんだろう、 テレビでの報道から想像した以上に、この人は本物のクラカメ好きなんだな、と痛感した。 それにしても、テレビのイメージとは全く逆で、カメラについて熱くよく喋る人だなぁ。。。 結局、K氏が買物を終えて、近所のマンション(結婚して引っ越してもほとんど移動なしじゃん!) に帰っていってから、私はゆっくりと買い初めを終えたが、 帰宅は予定よりも数時間遅れてしまい、またまた部屋の片付けが先延ばしになってしまった。 ま、話としては、とってもオイシカッタのだが。。。 (2005/01/10)
・仕事納めの28日、泥酔状態で帰宅したら、この末尾に掲載した寫眞の書類が届いていた。 ほんとは『こんなの今更受験してんじゃねぇよ!』と突っ込まれそうで、 とっても恥ずかしいので、この場での発表をためらったのだが、 栄えある?第一回の合格者になったということで、敢えて報告しておく。 ただし、今後受験を希望する人に一言注意しておきます。 はっきり言って「難しかった!!」 受験対策本まで買ってきて、ひととおり目を通して「ナンダ楽勝じゃん!」と思っていて、 「満点取れるかなぁ、、、」とか思いながら、会場に向かったのだが、 受験対策本に出てない、もっと高度な問題が連発。。。 一瞬「まじでやばい、、、」と思ったけど、7割くらいが合格ラインと言われていたので、 なんとか、落ち着いて一問づつさばいて、やっとの思いで乗り切れた。 年末から家人の実家である秋田県横手市の隣町の雄物川町に行ってきた。 ちょっと寄り道で、八戸、大湊と回ってきた。(『♪風雪流れ旅』みたいですね) 『はやて』は帰省ラッシュの影響で【グリーン車】に乗れてしまった。 それとは対照的に、その後は極寒猛吹雪の中での撮影、 そして夜は、またまた大間のマグロを食すという、とてもメリハリのある?旅となった。 そんなこんなで、3日の深夜に帰宅となった。ということで、このページの更新が遅れてしまった。 随分アクセスカウントが増えていたのは驚きだった。 何回もアクセスしてくださった方には、申し訳ありませんでした。 お詫びというわけではありませんが、表紙の寫眞から入っていけるスペシャルなリンクページを用意しました。 この他にも今回の旅行では、予想外の収穫があったので、 機会を見つけて、表紙の寫眞として小出しにしていく予定です。 (実は、表紙の寫眞も昨年内に用意されていたものがあったのですが、急遽変更した次第です) 昨年は年始の抱負どおりに、がんがん寫眞を掲載することができました。 今年はもう少し慌てないで、ゆっくりペースで、もうちょっとマシな寫眞を掲載して行きたいな。 本年も花小金井通信ともども、宜しくお願いします。 (2005/01/04)
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