ヨーロッパ帝国主義の謎

―エコロジーからみた10〜20世紀―

アルフレッド・W・クロスビー (佐々木昭夫 訳、岩波書店、1998)

 

15世紀以降、ヨーロッパ人は船に乗って大洋を渡り、世界各地に広がっていきましたが、多くの植民地の中で今日まで残っているのは、案外少ない。最終的にヨーロッパ人の国となったのは、米国、カナダ、ブラジルやアルゼンチンを初めとする南米大陸のいくつかの国、そしてオーストラリアとニュージーランド。シベリアも加えた、これらのヨーロッパ人居住地を、著者は「ネオ・ヨーロッパ」と呼び、いくつかの「謎」を提示します。

これらの土地で、なぜヨーロッパ人は自分たちの国をつくることができたのか。それ以外の土地では、なぜそれができなかったのか。誰でもすぐに考えつくのは、これらの土地がみな温帯にあり、ヨーロッパと同じように気候が穏やかで暮らしやすいことですが、しかしそれは被侵略者にとっても同じ条件です。逆に最終的にヨーロッパ人の国ができなかったアフリカや中近東、南アジア、東南アジア、南北アメリカ大陸の赤道付近などは、厳しい気候ではありますが、大昔から多くの人が住んでいました。さらに、同じ温帯でも東アジアはヨーロッパ人の手に落ちなかった。一時はほぼすべてが列強の植民地となったアフリカは、しかし粘り強い抵抗の末、ついにヨーロッパ人を追い出した(少なくとも政治的には)のに、インディオたちはなぜあっけなく負けたのか。

これらの謎に、政治や経済や宗教や、軍事力や教育程度や愛国心などだけで答えるのは困難です。これらの勝利や敗北の原因は、人間や国家の力関係のみにあるのではなく、人間を含めた生態系の力関係が大きいからです。人間とその家畜、狩猟の獲物となる動物、栽培植物と家畜の食物(雑草)、これらと食物連鎖の関係にあるさまざまな動植物、人間や家畜に寄生する微生物(原虫類、細菌類)。著者が「二重混交生物相」と呼ぶこの生態系(「二重」というのは、人間とその他の生物という意味)は、地球上の大文明圏ごとにそれぞれ独自に発達しましたが、ヨーロッパにおいて最も大規模で緊密・強力なものになりました(特に家畜と、多くの種類の病原微生物)。そして、ヨーロッパ人は海外に乗り出したとき、はっきり意図してかどうかはともかく、その二重混交生物相全体を伴っていたのです。

だから、今日ヨーロッパ人の国となっている地域(ネオ・ヨーロッパ)では、ヨーロッパと同じ雑草が生え、ヨーロッパと同じ家畜がそれを食べ、ヨーロッパと同じ作物が栽培され、ヨーロッパと同じ病気があるのです。これらの生物が根付かなかった土地ではヨーロッパ人は結局そこを立ち退かざるを得ませんでした。しかし、ネオ・ヨーロッパにも、かつては別の人種が住み、別の動植物と別の微生物が生きていました。なぜ、彼ら(それら)は侵略者に抵抗できなかったのか。

本書はこのような問いに答えようとしたものです。人類の文明史全体を視野に入れた、スケールの大きな話です。そしてこの「謎」には、今日の人類にとっての、大きな教訓が隠されています。

 

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