天下夢奏
〜戯曲『無銘の御剣』より〜
幕間 ―過去―
「ねぇ兄様、今日はいつお帰りになるんです?」
兄様と言われた少年は少女を見返した。
何故か僅かに仕草が奇妙な少女は、少年の服を整えながら聞く。
言葉遣いやその語調は、決して兄に対するものとは思えない程甘ったるい。
「…御免、今日は分からない」
少年は―─いや、幼さの残る青年はそう答えて可愛らしい顔立ちを少なからず歪め、曇らせる。
その理由は、帰って来れない事だけではないらしい。
「今回の仕事は少しかかるんだ。大丈夫だよ、いつものようにいい子にしていればちゃんと帰って来るから」
青年は自分になつくように側にいる妹に、先刻から哀れむような目を向けている。
―─不憫な…
軽く抱き締めるように後ろ頭を優しく撫でる。
「じゃ、もう行くから」
青年、カイは妹を離して言う。
─―畜生…ミューをこんなにしちまいやがって…
ネティアスには少し特殊な環境がある。それが、“天を支える処”と呼ばれるに相応しい六門の塔と、張り巡らされた堀が湛える水だった。
そして言うまでもないが、それだけではない。
今は使われていない奇妙な物が街のあちこちにある。
それがまさか地下に広がる空洞に通じていようなどとはよほどの馬鹿か妄想家でもない限り考えつきはしまい。
アルフの話だけでは確かな証拠とははっきり言えないが、少なくともかなり大規模な物がここに眠っていると考えられる。
─―街の規模を考えてもガルカナの約半分…
地下二十四層、地上二層、広大な面積をもつ有名な巨大遺跡、ガルカナ。
規模はおよそこのネティアスを軽く飲み込むほど。そしてその広さ故に探索し切っていないという珍しい物だった。
と言ったって、今更入った所で何がある訳ではない。
ある意味では重要な部分はほとんどと言って良い程探索され尽くしたはずだ。
古い建物やそれなりの宝物があったらしいが、
言う程も即物的に価値のある物があった訳ではなかったようだ。
しかし確かに価値ある物はガルカナには少なかったが、代わりに量だけは多かった。
それだけでもかなりの金になるのだ。それ以上と思って差し支えない。
ガルカナは有名になっていて、今では観光する事もできるため、馬車が通ってさえいるのだ。
危険はある程度なくなったが、未だに未作動の罠や相変わらず住み着いている猛獣などもいるので、
命知らずな若い連中ぐらいしか利用していないが。
それ以上の物があるかどうか分からないが、まだ誰も手をつけていない遺跡なら
財宝はもちろん罠も生きているだろう。
「もう少し調べて回ろうか」
ネティアスについてから数日。
邂逅の日を挟んで都市の周囲を様々な角度から調査を続けている。
外縁を一周すると徒歩ならそれだけで一週間はかかる。
規模は大きいが、何の遺跡だったのか、今でさえ通常の都市として機能しているだけに
多分ローでなくとも理解できないだろう。
だが、ただ一つ考えられるのはこの地形からするとここは『要塞』でも『砦』でもないと言う事。
だだっ広いだけの平野の真ん中に存在するのだ。
だが、だからと言ってただ人間が住むために存在した物とは思えない『匂い』がする。
そう、遙かな過去の戦乱の『匂い』だ。
─―…なんだ…一体何だったんだ?ここは…
今でこそ要塞都市と働いているが、それは改造を施したリギィ国王の仕事だ。
本来の姿を見ない事にはここが何であったかはわからない。
が、地下が存在するとすれば入り口はどこにあるのだろうか。
「いや、取りあえず『潜る』準備を整えよう」
ローの提案にテータはぱっと明るい顔をした。
ここについてから一切の他人との交流を避けて、都市の外周を調べて回っていただけなので、この提案は『街に入る』事を意味していたからだ。
「うん@」
ネティアスは巨大な都市である。ここ一帯を占める最大の都市
――首都なのだから当然ではあるが――で、当然商人の集中の度合いも高く、
非常に様々なものが市場に並んでいる。
果物、一般雑貨、日用品、武器、鎧、呪法具その他諸々ないものはないとも言える商業都市である。
通りに満ちる人人人。物も溢れているが、人間の数も半端ではない。
「うわぁ」
テータは目をきらきらさせてその様子を見つめた。
彼女はこんな場所に来たのは初めてなのだ。
ローは彼女の様子を見て、取りあえず街を回ることにした。
このまま用事だけ済ませても良いのだが。
しばらくテータはあっちの店こっちの店見ては興味深そうに覗いている。
「初めてか?」
ローの言葉にテータは無言で頷いた。
「ボク、こんなに人のいる場所には来たことがなくて。凄いね」
と言ってからくるっと振り向いてにっこり笑う。
「で、まず何から買おうか?」
ローは思わず微笑んだ。
こいつには分かっているんだ。
彼が気を利かせた事も、自分がそんな素振りを見せてしまったことも。
だからこうして逆に彼女の方が気を利かせてくれる。
無言でも十分なコミュニケーションがとれる。
「取りあえず雑貨から」
彼の答えに、テータは嬉しそうにローに抱きついた。
彼は数件の店に入り、幾つかの必需品を購入した。
保存食、麻縄、ハーケンやら何やら。
冒険者取扱などというふざけた店があるはずもなく、自分の知識で必要な野外での行動に必要な物等を仕入れなければならない。
昼間の混雑が終わる頃、一通りの買い物は終了していた。
買い物袋をがさごそと調べるテータと並んで歩くロー。
「えーと、油でしょ、松明でしょ、ランタンでしょ…ね、他、何かいったかな?」
『ラファエル様。他に何かご入り用ですか?』
一瞬テータの姿がだぶる。
――…そう言えば…懐かしい
ローは目を少し細める。
「??ろー?」
彼が返事をしないので眉を顰めてもう一度彼の名を呼ぶ。
彼女の怪訝そうな表情に、ローははっとする。
「あ、…ああ、これでほとんどだと思うが」
取り繕うような彼の態度に、テータはいつか見せたような意地悪な目をして言う。
「…何?何かボクにあるの?」
彼女はついっと背伸びして彼の脇に首をなでつけるようにする。
甘えているような仕草でも、彼女が人間ではないことに気をつけなければならない。
「それとも、何か思い出していたみたいだけど…」
「まぁな。別に…お前に関係ないさ」
そう言って、ローは掌をひらひらとさせて彼女を追い払った。