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魔王の世界征服日記
第128話(最終話) 強引g はっぴーえんど


 本当は滅びるはずだった。そこを、あの『這い寄る混沌』がチャラにした。
 簡単に説明すればそうなのかも知れない。
 実際には騙されたような気もするんだが。
 ナオは信じていないようだし。
「……しんじないよね?」
 当事者であるまおも同意の視線を向けてくる。
「信じないも何も。……あのさ。それで、キリエはどうなるんだよ」
 マジェストがあっはっはといつものように誤魔化す笑いをすると、すっとウィッシュが側に寄ってくる。
「普通、死者を蘇らせる事は出来ません。でも勇者が魔王を斃すことにより、女神とか女神とか女神とか女神とかが、こう天の声で囁く訳です『良くやった、勇者ナオよ』」
「え?その、あの?」
 既に書き割りや科白稽古のレベルではない。
 ぶっつけで無理矢理、何の演出も何のくだりもなく、それこそとってつけたように。
 というか、ウィッシュは自分が女神だといわんばかりの口調でもあるのだが。
「『良くぞ魔王を斃し、世界に平和をもたらした。さあ、お前に望みの物を与えよう』」
 ウィッシュだけが妙に声色を変えて得意げに言う。
 意外と小振りな胸を反らす感じは、まおにも似て少しかわいいかもしれない。
 ナオは困って周囲を見渡す。
「え、えと、えと」
 まおは困っている。
 ユーカは苦笑いをして見つめてるだけだし、ミチノリはいつものようににへらーとしてるだけ。
 ヴィッツは何故か顔を赤くして沈黙してるし、フユは彼の背中に回って彼を抱きしめるだけで満足しているらしい。
「つまり俺に言えと」
 ナオは眉根を押さえて、フユに支えて貰わなければきっとその場にしゃがみこんでいただろうが、そのままむうと唸ると顔を上げた。
「ええ」
 にっこり。
 ウィッシュが言うと再び『女神』の時の貌になって続ける。
「『勇者よ、何を望むのか』」
「キリエを返せ馬鹿野郎」
 シーン。
 ウィッシュも顔を変えない。
 マジェストも生暖かい眼差しをしたままで。
「ちょ、何だよ。そりゃ。だ、大体それだってお前らが言えって迫ってきた癖に」
「『勇者よ、そんなものでいいのか』」
「そんなものって、おい!ちょっと待てよそりゃ何だよ、大体、俺、ここでキリエに生き返って貰わないとさ……その」
 じー。
「……あのさ」
 まずやっぱり真っ先に気がついたのはフユだった。
 フユの視線の方向、ナオから見て左手、後ろの方。
 ぽんぽんとナオの肩を叩いて、フユは彼に視線を促す。
「あ、えーと、その。久しぶりー♪」
 顔を真っ赤にして手を振るキリエの姿。
 ち、と舌打ちして右手で指を鳴らす悔しそうなマジェストと、非常に哀しそうな顔のウィッシュ。
「……出てくるの早すぎですよ、キリエさん」
「ってなんだよ、俺、これ以上待たされるの怖いよ!お前らナオに何を言わせる気だったんだよ!」
「とかいって、本当は聞きたかったんじゃないですか?」
「て、てめっ」
 がーっと頭から蒸気を噴き出しそうなほど真っ赤になって、ウィッシュにくってかかるキリエ。
 いつの間にかシコクで一緒だったメンバー全員と、フユとマジェストがそこに揃っていた。
 キリエがウィッシュに絡むのも、それを冷ややかに睨むヴィッツも、どうして良いか困っているまおも。
 やっぱり取り巻きになってるユーカとミチノリも。
 ナオの一番側で、彼を手放そうとしないフユも。
 結局何のために戦っていたのか判らないまでも――魔王が世界征服を止めるという何らかの偉業?に立ち合う事になったのだ。
 フユはナオが無事で側にいればそれ以上何も理解するつもりはないようだし。
 初めから最後まで仕掛け人だったユーカ達と、マジェストは一番落ち着いた今を安心しているようだし。
 まあぶっちゃけると。
 まおとキリエとナオの3人と、これを見ている読者だけが納得できていないのだった。
 まおが困った顔でナオを見て、ナオは肩をすくめて両掌を空に向けて天を仰ぐ。
「まじー。あんた、ぜんぶしってるの?」
 マジェストは彼女の言葉に微笑みを浮かべたまま応える。
「知らなくても良いことは、私は全く存じ上げません。ただ、魔王陛下が率いていた魔王軍という勢力は今後最小限度に留めなければならない、という一点だけお伝えします」
「それって」
 魔王という存在そのものはこの『世界』に残すということ。
 全てを縛り付けていた人間を更正するプログラムから、人間を解放するということ。
「人間の行動は、今回の魔王陛下の行動で既に或る程度予測可能な範囲に留まった。と、にゃるらとー様からの御伝言です」
「……つまり?」
「陛下の活動を停止して、人間を自由な状態で『教育』する方がむしろ今後は効果的であると」
 そしてマジェストは真面目な顔をしてじっとまおを見つめる。
「魔王陛下。猿も木から落ちて、かにに挟まれ灼けた栗を顔にぶつけて臼に踏まれたのですよ」
「なんのたとえだ」
 はっはっは、と笑うとむくれたまおの頭を撫でて、マジェストは人間達を眺める。
「今後はお一人ではないということです。予定通り『魔王』は終わりを告げて、人々は解放される。尤も、本当の『解放』の為にはまだまだ働かなければいけないのですが」
 既に変わり始めていた人間というもの。
 幾つもの迷信と、間違いと、そして世界に訪れている危機と。
 ともかく、人類はまだまだ生きるための戦いを残している。
「だったら、まだまだ私も色んなところでがんばらなきゃいけないの?」
 嬉しそうに言うまおに、マジェストはどう答えようと考える暇も与えず。
 まおは彼の手を思い切り引っ張る。
「じゃあじゃあじゃあ!取りあえずすぐ動けるようにしなさい!命令よ命令!魔王軍再編のための仕事はまじーの仕事よ!」
 マジェストはまおの上気した顔を見て、幾つも浮かんでいたからかう言葉やネタも取りあえずほっぽり出そうと思った。
「御意で御座います、陛下」

「どう?違和感はありませんか?キリエさん」
 キリエは腕をぶんぶん振り回して、少しその場で駆け回ってみて、首をぐりんぐりんと動かしてからウィッシュを見る。
「もしかしてウィッシュさん、子供好き?」
 ぎく。
「えーと、それは何故でしょうか?」
「猫被ったまま応えられてもなぁ……ねぇ?」
 ヴィッツに視線を向けるとただくすくすと笑うだけ。
 ちぇ、とウィッシュは肩をすくめ、両手を腰に当てる。
「何だよ、これでいい?全く。そうだよ、少し若くしてる。元より少なくとも二つは若いはずだよ」
「だよねー。俺こんなに背が低くなかったはずだし。胸……は、この際良いとして」
 良いらしい。
「便利よねー、ウィッシュさん。もしかして凄いヒトだったんだ」
 この期に及んでである。
 だが、キリエにとっては、訓練後に少し出会って、ほんの僅かお願いされたという意識しかない。
 『ちょっとだけ、ヴィッツと入れ替わってくれないか』と。
 その間に殺されてたりしたことは彼女は知らない。
 彼女の体は、あとから新しく作られた物だと言うことも気付いていない。
「やっぱ魔法使いなんだねー。錬金術ってこんなに便利だったんだ。俺も憶えようかな?」
「止めときなさい。それは錬金術じゃないし、キリエさんには無理な話ですから」
 ヴィッツの言葉にきっと眦を吊り上げる彼女。
 でも、ウィッシュはすぐに言葉を継ぐ。
「ボクも同じ事を言うよ。キリエさんは今のままで今のまま生きて欲しい。詳しいことはきっとユーカさんやナオさんが教えてくれるよ」
 真相は闇に落とし込んで。
「良ければ、みんなとお別れの時間だよ」

 ナオとまお。
 まおの後ろにウィッシュ、ヴィッツ、マジェストが並び(今ここにいるのは彼らだけだし)。
 ナオの背中にフユ、ユーカとミチノリはその後ろにいて、ナオの隣に少し小さくなったキリエが居る。
「お別れ、だね」
 まおがどこか恥ずかしそうに笑う。
「色々楽しかった。めーわくばっかりかけて、最後はなんだか生き死にの話になってたけどさ」
「全くだ。魔王だって知らなかったから大変だったぞ」
 とはユーカの言葉。
 ナオは苦笑いして肩をすくめ、後頭部をかりかりとかく。
「お前さ、何で俺のとこに来たの」
 え、と彼女は息を呑むように声を上げる。
 周りが一気にしらけた空気に包まれる。
「魔王だったんだろ?俺が勇者だったんなら別にさ、ああいう形で会ってなきゃもう少しさ……って、なんだよ」
 まおは顔を真っ赤にしていて。
 周囲から妙にとげのある視線が跳ぶ。
「お前な」
 キリエは何故か嬉しそうだし。
 ユーカが頭を掻きながら呟いて、すぐに生暖かい顔をする。
「魔王は勇者を捜してたんだよ。――早くこの話を終わらせたくて、さ」
「おわったんだよ。私は、これで。……ホントはね、ナオ。私、居なくなる予定だったんだけどねー」
 どき。
 一瞬ナオはにゃるらとーとの会話を思い出す。
「どっちにしてもさ。私はキミに助けられたようなものだしね」
 最後のシナリオを終えて。
 魔王は『魔王』であることから解放された。
「……ホントは幾つも話しちゃいけない事もあるし、話したいこともあるけどね。……ね」
 つぅっと目を細め、ナオを見つめる。
 それは先刻までぎゃーぎゃー騒いでいた子供の貌ではなかった。
 ナオはどきっとして貌を一気に真っ赤にした。
「……む」
 フユが顔をしかめる。
 キリエが無言で眉を吊り上げる。
「会えて良かった。――『次』も会えたら。また、会いたいな」
 その時の魔王の貌は、何も喩えようがない程明るく。
 ぱっと華が開いたような綺麗な笑顔だった。


 勇者ナオご一行様が魔王を斃した御陰で、魔王は世界征服を辞めた。
 世界を覆い尽くしていた魔物は姿を消した。
「ナオ。手合わせを」
「姉ちゃん、いい加減に訓練に戻させてよ」
 狩りに行くことが少なくなって、フユはもてあました時間でナオをもてあそんで、もとい訓練していた。
「カキツバタはもう歳と体力から外したのだから、戻る理由はないはずでしょ」
「でしょって、あのね!第一姉ちゃん、その言い方だったらキリエが歳くったみたいだからやめて。お願いだから」
 キリエは二歳若返ったせいで、体力が若干が落ちてナオとは釣り合わなくなりパートナーから外された。
 外れただけであって基本的には同じ軍内にいる。
「が〜んば〜ぁれぇ〜」
 割り込んだり邪魔される事なく最後まで言葉が話せるのも、ここで仕事をしている時だけ。
 訓練場の端でぽやーっとした空気をまき散らしながら、声援をするミチノリ。
 ちなみにユーカはいつものように自宅で奇妙な実験を繰り返し。
「『魔王』は終わったが、世界の全てを教えてくれた訳ではないんだな」
 多分それはシコクも同じで。
 そしてまだまだ広いこの世界の端で。
「ねー、次はどこいこーか?」
「どこって魔王陛下、次はクシロでございますよ。なかなか『勇者様』はおられませんねー」
 『勇者』になるべき人材を捜して、魔王は世界を練り歩く。
 人類全体を覆っていた『魔王』はその姿を変え、未だに人類を救おうとしている。
「だったらさ、取りあえずおんせんー」
「ダメです。そんな暇はございません。ささ、クシロへ急ぎますぞ」

 だから多分、きっと、背の高い男と小さな女の子の組み合わせを見かけたら。

「えーやだよーそんなのー。おんせんーおんせんー!さけほっとー!おーさーしーみー!」

 次の勇者はきっとキミかも知れない。


 魔王の世界征服日記
続く?


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