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文章の書き方

第3回 小説の書き方 2

※ このコラムは全くずぶの初心者のために捧ぐ。

 前回までで、一応ながらSSの形が出来上がるところまでは説明した。
 少なくとも、もうこの段階で『語り』ができるようになっている。
 嘘ではない。
 自分の書きたいことを表現する能力を磨けば、どんな文章だって書けるはずなのだ。
 著者など、国語の点を上げるためだけに小学生から小説を書いていたのだから。
 話がそれるが、実際に文章を書けば書くほどその能力は上がっていく。
 自己表現の一つの手段だと思って間違いない。
 少なくとも高校生程度の論文なら書けるはずだ。
 腕試しに『自分にとって○○とは?』というタイトルでも何でも、書いてみると良い。
 おさらいに文章の書き方をざっと流してみる。

1 動機の獲得
2 目的及び目標の設定 
3 プロット作成
 ※ 目的の具体化(一文で要旨を形成)
 ※ 起承転結の構成(説得力の構成)

 ここまでで少なくとも骨組み(プロット)は構成できているだろう。
 小説でないならば言いたいことを並べればいいのだからこれでいいだろう。
 だが、小説と論文の差は、その文章表現にある。
 論理的に言いたいことを並べるのが論文だが、小説ではそんな必要はない。
 目的が明確に違うからだ。
 ということで、今回は小説のための文章表現について語る。

 『表現』と一言で書くと簡単だが、実際にはいくつもの障害がある。
 遠回しな形容、逆説的な使い方、繰り返し、体言止め等詳しくは国語の教科書でも読めば腐るほどある。
 だが、『詳しい使い方』は載っていない。
 それを語るのがこのコラムの趣旨なのだ。
 とはいえ、概要をさらっと流しておく。実際には「習うより慣れよ」の色が非常に強い。

形容(動)詞
 通常、その場面場面の状況を説明するのに使う。
 状況説明を詳しくするのは冗長になり過ぎるので避けた方がよいが、素人は逆にここに重視してもよい。
 何故なら、意外に素人では『文章が短くなりすぎる』からだ。
 短い文章というのはわかりやすく、非常に的確に内容を伝えることが可能だ。
 だが逆に、短い文章というのは含みがなく非常に『面白み』を書いた文面になってしまう。
 よく考えても見たまえ。
 教科書の文面のような小説など、面白いだろうか?
 但し、長すぎる文章はわかりづらいだけになりよろしくない。
 特にWEBでは、一文の長さを調整する必要があるので使い方には注意した方がいい。

比喩表現
 誰にでも判りやすくするために一般的なたとえを用いるのが通例だが、場合によっては判りにくくすることもある。
 その効果は、『より深みを出す』という目的に用いられる。
 たとえばファンタジー世界であれば、現実世界にないたとえを持ち出すことで世界観をだせるのではないだろうか?
 〜のようだ、と、直接的に比喩するのを『直喩』といい、『あの瞳は大海原だ』、というように表現するのを『隠喩』という。
 気をつけなければいけないのは、読んでいてそれが確実に『比喩表現だ』と判る使い方を試みなければならないことだ。
 これは状況説明及び心情描写に使用できる。
 特に隠喩は心的世界を描くにはうってつけである。

擬音
 特に重要な状況説明が可能なのがこれ。
 直接『音』を刻み込めるのはこれが唯一だ。
 だが、特にWEBでは見にくくなるためその使い方に気をつけなければならない。
 著者の例では、文章の間に1行かませて『これは擬音だよ』と明確に分けている。

 なお蛇足になるが、一文一文の長さの調整というのもHP、WEB小説には必要なテクニックになる。
 形容詞や副詞、また同じ文章を二つに分ける手段を用意しておいた方がよい。

 これで著者が使用している物を羅列したことになる。

 ここで、第1回目に出した例文をだして効果について実例で示してみよう。

<例>
「ねえ、あれ見た?」
「…畜生、判ってるよ」

 見ただけではただの意味のない文の羅列であろう。
 では若干形容詞(形容動詞含む)を使ってこれを小説化してみよう。
 上の科白は少女、下の科白はその彼氏という設定で。

<例>
 少女はにこにこしながら彼の側まで来る。
「ねえ、あれ見た?」
 彼はそんな彼女の様子を見て心底嫌そうに眉を顰める。
「…畜生、判ってるよ」

 想像できたかも知れないが、これだけで誰が見ても一目瞭然な会話になる。
 さらに比喩表現を加える。

<例>
 少女はまるで猫がにじり寄るようににこにこしながら彼の側まで来る。
「ねえ、あれ見た?」
 彼はそんな彼女の様子を見て、往年の敵を見る目で嫌そうに眉を顰める。
「…畜生、判ってるよ」

 こうなると、彼氏は彼女に何か約束をしていたようだというところまで容易に想像できるだろう。
 このようにその場の雰囲気を『画像』として表現する手助けをしてくれるのである。
 そして、前後に文章を僅かに加えてこのキャラクタに命を吹き込んでみよう。

<例>

 ぴょん ぴょん

 彼女は今朝はご機嫌な様子でスキップしながら彼氏の家まで来た。
 彼氏の方は相変わらず眠たそうな顔で、丁度家から出てくるところだった。
 彼が門柱をくぐるのを待たずに(少女は)まるで猫がにじり寄るようににこにこしながら彼の側まで来る。
「ねえ、あれ見た?」
 彼はそんな彼女の様子を見て、往年の敵を見る目で嫌そうに眉を顰める。
「…畜生、判ってるよ」
 彼は吐き捨てるように呟き、鼻に皺を寄せる。
 何も寝不足で機嫌が悪いだけではないようだ。

 どうだろうか?
 これが何らかの参考になれば幸いである。

 最後に、著者が多用する表現技法について若干だけ説明しよう。
 著者は洋楽ばかり聞いているが、『歌詞』や所謂普通の詩も良く見る事がある。
 (ちなみに一番好きなのは『漢詩』だったりするのだが)
 そこで詩の技法を取り入れたりするのだ。

リフレイン

 繰り返し、の意味。本来は同じ文章を繰り返すことで強調する物だが、著者は若干手を加えている。
 同じ言葉を並べるのではなく、同じ意味の違う文章を並べるのだ。
 こうすることでより『文章の意味を制限して確実に意志を伝える』事が可能になる。
 同じ言葉を並べる事ももちろんあるが。

体言止め

 良く『名詞を強調する』と言われているが、著者が多用する理由は二つ。
 一つはWEBだからできる限り『文章の長さを調整するため』。
 もう一つは歯切れの良さから文章の調子をつけるアクセントとして、である。

 最後は若干応用的な技法を紹介した。
 論文と小説の差はこの『表現』にかかっている。
 論文が直に意見を叩くためのものであるとすれば。
 小説はキャラクタ達の行為、思い、そしてその性格でもって間接的に意見を訴える物なのだ。
 この差は大きい。
 サブカルチャーの限界を極めようとするゴーマニズム宣言を見れば判るように、一目瞭然な『たとえ』でもって意見を呈することができるのだ。
 もちろんこれが『娯楽』の一つであることも忘れてはならない。
 何も表現したい物ががちがちに堅い物である必要はなく『愛』だろうが『冒険』だろうが構わないのが論文との違いなのだ。
 もちろん格好良さを語っても良い。
 直接文面にするとチープな内容でも、キャラクタ達が動くことで間接的に表現できる。
 大きな『喩え』として使うというと正しいかも知れない。
 むしろ小説でなければ語りにくい言葉だってあると、著者は考えている。

 これで小説の書き方についてのコラムを終わる。
 書いてみたことがなくて書けなかった方々へ。
 一度でも書いてみて、書き方を覚えたら好きな小説という『先生』に習って、さらにより良い小説を書いてみるのだ。
 書いたことがあるけど、オリジナルはまだという方々。
 オリジナルを書きたいと言うのであれば、『素材』をオリジナルにすればいい。
 次のコラム『設定マニアの語り』で著者のオリジナルな素材をどう作ったのかを語る。
 これで著者は完全に丸裸にされたも同然。
 このコラム以降、新たな気持ちでやり直してみようかと考えているので、期待している方はお待ち下さい。


 はい、第3回です。
 これだけあれば、大抵の文章は何とかなるでしょう。
 文法とか下らないものについては今回語っていません。
 喩えサブカルチャーでも『芸術』は美しければいいのです。
 形にこだわるのは『完全に丸裸では難しいから』です。
 あくまで初心者向けに作った『文章の書き方』でしたが、SSに行き詰まった時など基本に立ち返るのも必要ではないでしょうか?