第1子 かずん編
出 産
12月25日。シンザンは6時に実家をでて、仕事に行きました。陣痛は全然来なくなっちゃいました。
家族が学校・仕事に出ていくのを見送った後、「めざましテレビ」を見ていたら、イブに生まれた赤ちゃんの
ドキュメントが放送されて、なんか、感動しちゃって涙が出ました。
一方でこの子も生まれていたはずなのになぁと思っちゃったりして。
9時の診察開始に合わせて母が病院へ連れていってくれました。内診をした後
先生 : 「子宮筋が伸びきってるわ。23日に一回来たんでしょ?
その時に疲れてしまったんだろうね。もう、自力で陣痛はこんじゃろうね。
・・・・・薬使うね?」
私 : 「・・・・・お願いします。」
先生 : 「今日か明日あたりかな。どうする?」
私 : 「今日でお願いします。」
それから、レントゲンで産道を赤ちゃんが通れるかどうかを計って、10時10分、陣痛促進剤の投与が
始まりました。でも今日中に生まれる保証はないよ、とも言われていました。分娩監視装置をお腹に付
けているので、胎児の心音が絶えず聞こえています。陣痛の波に合わせて胎児の心拍が早くなったり
戻ったり、「この子も一緒にがんばっているんだ」と思うと勇気が湧いてきました。
昼食はスープとロールパン1コ。食欲はなかったけれど、ムリヤリ押し込みました。
波が来る度に腰が砕けそうな痛みに襲われます。
ずっと付き添ってくれた母と、母の連絡を受けて午後有給をとって帰ってきた父とが、交代で
腰を押してくれたので、ずいぶん楽になりました。
胎児の心拍は波が来るのに合わせて120が160位に上昇します。
そのうち、体に力が入ってくるようになって、いきみたくなってきました。
いきみって最初想像が付かなかったけれど、ん〜〜っっって出したくなる感じ。
でも子宮開口は3cm。まだいきんでは胎児が産道で詰まって窒息してしまうので、いきんではダメ。
母に肛門をギューッと押してもらうとこらえることが出来ました。
17時半頃、投与を初めてから8時間という頃、それまでモニタを通して絶え間なく「トクトク・・・」と
聞こえていた胎児の心拍が突然聞こえなくなりました。
私はてっきり機械がはずれたのかな?と思ってモニターを見てみると心拍70まで下がっていました。
後から聞いた話では母は40まで下がったのを見たそうです。看護婦さん達は慌てて
両親に陣痛室の外へ出るように促し、私に酸素マスクを装着しました。
陣痛室を出ていくとき父が小声で「がんばれ」と言ってくれました。
促進剤の投与量を減らしたりなどの処置のおかげで胎児の心拍低下は落ち着いたものの、
陣痛の波がくるとやはり低下してしまいます。時には心拍0になったり。
先生も「むずかしいなぁ」と言っていました。σ( ̄∇ ̄;)ワタシもかなり不安。
後から分かったことですが、この言葉は帝王切開に切り替えるかどうかの判断をしていたようです。
その後内診時に破水。パンッと袋が破けて水が流れるような感触がありました。
陣痛室のベッドで産ませようかと試みておられましたがうまく力が入らず、18時15分、分娩台へ移動。
ほんの3,4mでしたが途中で波が来て座り込みました。
丁度、看護婦さん達の日勤と夜勤の入れ替わりの時間で、緊急オペに備え、
日勤の看護婦さん達は帰れずにいたので看護婦さんだけで6・7人いらしたと思います。
先生の「よし、行けそうだぞ。」との言葉で、帝王切開ではなく経膣分娩でがんばる事が決まり、
先生と助産婦さん、看護婦さん2人、先生の奥さんという体制になりました。
看護婦さんの1人が私の横に立ち、上からグーで私のみぞおちの下当たりを全体重をかけて
ギューッと押しています。
ホントはいきみたい波ではなくても赤ちゃんを早く出すために息を止めていきむ上に、
お腹を押されているので無意識のうちに「ぐえーっ」とスゴイ声を発していました(笑)。
何度目かのいきみの後、目の前が真っ暗になり、先生の奥さんの
「ハイ、6時55分っ」
と言う声でぼんやり目が覚めました。そして、Happy Birthday to you〜♪
と音楽が流れてきて・・・・。←深夜以外に赤ちゃんが誕生すると音楽が流れるんです。
赤ちゃん誕生!!
すぐにお腹の上に乗せてもらうと、赤ちゃんは少しまぶしそうに右目を開けて私を見ました。
”一番近くにいるのに会えなかった”赤ちゃんとやっと会えた瞬間です。
感動というよりは、びっくりして、信じられないと言うのが第一印象でした。
前から、初めて赤ちゃんにかける言葉はなんだろう?「はじめまして」かな「こんにちわ」かな
と考えていましたがそんなのぶっ飛んじゃって、私は思わず「ごめんね、苦しかったねぇ」
と赤ちゃんに声をかけていました。
そして心の中で「シンザンそっくり〜」と思っちゃいました(笑)
赤ちゃんはへその緒を首に巻いていたために出るに出られなかったことが分かりました。
ただ、幸いだったのはへその緒が普通50cm程だけど、私の場合78cmあったんですって。
看護婦さんも思わず「長っ」と言っちゃうほど(爆)胎盤も普通500gのところが800gあったもんだから、後産が大変。
しかーも、切開も間に合わなかったらしく、裂傷(2ケ所)となったので、縫合が痛いのなんの(笑)
誕生の瞬間、シンザンは定時で仕事を終えて、病院へ向かう車の中だったそうです。
処置に1時間ほどかかったので、その間に到着し、一番最初に分娩室に入ってきたのは彼でした。
以前から「一番最初に赤ちゃんに対面するのはシンザン君」って言っていた母の気遣いもあったようです。
入ってきたシンザンは涙ぐんでいました。その顔を見て、私もそれまで泣いてなかったのに涙があふれてきて・・・。
「クリスマスプレゼントに間にあったよ」という私に、彼は黙ってうなづきました。
続いて入ってきた両親も泣いていました。
私の「ぐえーっ」が待合室まで聞こえていたんですって(笑)
最初にシンザンが我が子を抱っこしました。
生まれて初めて首のすわっていない赤ちゃんを抱っこしたんですって。
恐る恐る抱っこしてて、ちょっと可愛かった(笑)
我が子を見つめる彼の顔をみて、なんともいえない幸せな気持ちになったことを覚えています。
その後、初乳を飲ませました。
母の連絡を受けた弟と妹が来て、初めての甥っ子と初対面。
それから30分ほど赤ちゃんと2人きりになったとき、泣き声が心地よかったです。
出産してから2時間後、陣痛室のベッドに戻った頃、シンザンの弟が宮崎から来てくれました。
実は母から連絡を受けたシンザンは会社のデスクにサイフと免許証を忘れてきてしまい、
当時、シンザンの会社でバイトをしていた義弟が後を追って届けてくれたというわけ。
落ち着いているような振りして、実は大慌てだったのね。(* ̄m ̄)プッ
私はその夜、気分が高ぶって眠ることが出来ませんでした。
一度赤ちゃんをとりあげて下さった助産婦さんに赤ちゃんを連れてきていただいて
初めてまじまじと我が子の顔を見ることが出来ました。
生まれたての我が子は、フワァ〜とあくびをしてみせたり、薄目を開けて見せたりしてくれました。
でも、今こうして我が子の手に触れていることがいまだに信じられなかったです。
赤ちゃんが新生児室に戻ってからもシンザンが帰る前に撮ってくれたビデオを
何度も何度も繰り返して観ました。
ベッドが開いてなかったのでその晩は陣痛室で過ごすことになりましたが、その夜分娩2人入って、
苦しむ声を聞くのが怖くて、円座をもってロビーに逃げました(爆)