「旦那、何か靴についてやすぜ」
足元を見ると牛のフンのようなモノが、横から投げつけられたようにベットリと付いていた。
「うわ、何だよコレ……」インドに来て初日の、出来事。
「ノォープロブレム!」
ニカッと笑った彼は、マイ=テクニックを見ろと言って、脇に抱えた箱から自分の道具をいそいそと取り出して靴磨きの準備を始めた。おそるおそる値段を聞くと、
「ベリーチーパル、50ルピー!」
……多分、高いんだよなァ。値切ってみよ。
「マハンガハイ、マハンガハイ」
「……オッケーミスタル。2ルピー!」
あまりの落差についカッとなった。
「何やねんそれ、なめんのもエエカゲンにせえコラぁ!」
踵を返し、足早にその場を去る。
ぷんすかぴーと怒りながら歩いていて、ふと忌々しげに彼を振り返ると、彼は荷物を手早く片付け、オレめがけて駆け出そうとしていた――
うわ、やべぇ。オレも走って逃げる〜。
その後……、道に迷った。
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靴磨きの大道商人から逃げて迷子になったものの、なんとか宿に戻ることができた。 今度はメインバザールを探そうと出かけたのだが、なかなか辿り着けなかった。
途中道売りのライム水を飲んだが、とてもマズイ。ヤムナー川の水でも汲んできたのかと思うほどマズかった。
で、口直しにバナナを買った。はァ〜、バナナなら安心できるねェ。
「うぐぐっ」
このバナナ、味がヘンだ!――売っていたおばちゃんは、ナイフでバナナに香辛料をすり込んでいた――。
……バナナまでマサラ味かいっっ!
(でもこれ、後で考えると、ちょっと珍しかったかも。)
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アグラで一緒にエライ目に合った一人、マラリア君と、カジュラホに行くことにした。
カジュラホに着いたのは夜も更けた頃だったが、何十人という子どもが寄って来て、口々に宿への客引きを繰り返す。
二人ともトラブルや喧騒にウンザリし、この地を選んで来たのに……。
「うるせぇ!!」
ついにマラリア君が叫ぶと、
「なーんでウルサイ、どーしてウルサイ!?」
と返してきた。日本語で。
思わず二人、顔を見合わせた。
「うるせぇからうるせぇんだ!!」
と言いつつも、二人とも声は上づっていた。
「(……なんでそんな日本語を知ってるんだ……?)」
「(……さぁ、なんでだろ……)」
一層イライラを募らせたのは言うまでもない。
しかし、カジュラホは本当に穏やかなイイ所だった。オレは旅に出て初めて、安らいだ気持ちになれた――。
宿泊客の我々を相手に、宿屋の兄弟がみやげ物の売り込みを始めるまでは。
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