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★匍匐行進(ほふくこうしん)

★密着の2日間

★若き探検隊長

★ナオミチ、空を飛ぶ

Photography by Wisteria Field
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2005年6月
匍匐後進(ほふくこうしん)(6月1日)










息子も退院して10日以上が経過し、かなり落ち着いてきた。もう保育園にも通っている。


赤ん坊の成長の順番は、寝返り、お座り、ハイハイ、伝い歩き、アンヨ という具合のようだが、ウチの息子は寝返りができ、もう少しでお座りをマスターという段階。お座りはまだ不安定で、バランスを崩して横や後ろに倒れてしまうことがある。うっかりすると後頭部を床に激しく打ち付けることになる。でも両脇と背中にクッションを当ててやれば大丈夫だ。
ハイハイはまだできないのだが、移動はできる。不思議だができるのだ。私も最初は直遥の位置が変わっているので驚いてしまったが、観察してみると、彼は匍匐前進ならぬ匍匐後進をしているのであった。つまり後ずさりだ。うつ伏せの状態で腕を使って状態を起こし、そして腕をぐいとつっばり足を後ろにすべらせて後ろに進む。言葉にするとわかりづらいのだが、とにかくそうやって彼は後ろに進めるのだ。さらに方向転換(うつ伏せ状態で下半身を使って向きを変える)と寝返りを組み合わせて移動していくのだ。何やら自分の行きたいところに意思を持って進んでいくようなのだ。

彼がたまに入り込むのが椅子の下。ここが好きなようで何度か後ずさりをして入り込んだ。
まるでヤドカリみたいである。意図的に入ったのだろうが、大事なことを忘れているのだ。そう、後ろは行き止まりなので、そこから出ることができないのだ。入ってしばらくはニコニコしているが、最後には出られないことに気づいてギャーギャーと騒ぐことになる。
やっぱりまだまだ赤ちゃんだね。(笑)

密着の2日間(6月4日、5日)
一昔前だと子供が生まれても旦那は連日の残業や飲み会、休日はゴルフや寝貯めということで、まあ済んでしまった。(らしい)しかし、女性はじっと我慢していただけで、けっして満足していたわけではない。それで、最近は熟年離婚という形でそのときの恨みが晴らされているのだ。女性は根に持つので怖い。(笑)

女性が強いこの現代において、子育てに対する男性の関与はずっと大きくなっている。(女性からするといつの時代も協力が足りないのであるが。)
この週末はアクセサリー職人である女房が久々にフリマに出店することになったので、当然ながら私が子守をすることになった。

初日(土曜日):9時に女房が出かけてしまったのでこれからは2人の世界。するとラッキーなことに息子は寝てしまい、とても幸先がよい。これまでの経験で「息子が寝たら自分も昼寝をすべし」ということで、私も昼寝。起きたのは11時。そろそろ息子も起きたので、ミルクと離乳食をやる。息子は大満足。そして、しばらく親子のふれあいということでいろいろとかまって遊んでやる。
土曜日の午後は池袋に所用があるので、午後1時から5時まで保育園に息子を預けることになっている。もちろん女房の了解済み。12時半になり、そろそろオムツを替えて出発しようとしたところ、まさかまさかの大量ウンチ。さっき遊んでいるときに「コイツは子供のくせに口臭がきついなぁ」と感じたのだが、それはウンチだったわけだ。
ウンチ処理の経験の浅い私だが、何とか処理をしてようやく出発。保育園までは歩いて15分ほど。
預けてしまうと4時間は私の時間。久々にスポーツクラブで汗を流し、池袋で用事を済ませた。
亀戸に戻ってくるともう16時半。駅に着くとぽつぽつと雨が降ってきた。やばいぞと思いつつ保育園に急ぎ息子を引き取る。ベビーカーに乗せ家路を急ぐが、次第に雨足は強くなってくる。これで風邪でもひかせてしまったら女房に怒られること必至。自分のシャツを息子に被せ、走るようにして我が家に到着。
念のために息子と一緒に入浴。だいぶ体も温まったようでご機嫌だ。そしてミルクをやると息子が眠そうにしている。と思う間もなく、息子は寝入ってしまった。時刻は19時半であった。
まあまあ順調な初日であった。

そして問題の日曜日。今日は保育園に預けずに一日ずっと一緒に過ごすのだ。
まずはミルクをやる。そして当然私は昼寝を期待する。しかしなかなか寝てくれない。ようやく寝たかと思っても30分くらいで起きてしまう。かまってやらないとギャーギャーと泣くのでお座りさせたり、抱いてやったりたいへんである。こうして何とか15時くらいまで過ごしたが、私はもう気力が続かない。いい加減うっとおしくなってくる。そこで意を決して、女房が出店している三軒茶屋のフリマに行こうと思い立った。錦糸町まで歩いて15分。そして半蔵門線の乗ってしまえば30分だ。
だが事はそう簡単ではない。息子をベビーカーに乗せて錦糸町に向かうが、今日は天気がよく西日が暑い。息子もベビーカーの中でぐったりしている。冷静に考えると地下鉄に乗るのはけっこうしんどい。下りのエスカレーターなどないので、かなりの距離をベビーカーを抱えて階段をてくてくと歩いていかねばならない。ようやく地下鉄に乗り込んだとしても混んでいたらたいへんだ。そんな中で息子が泣き出したら。。。なんて考えているうちに三軒茶屋に行くのはあっさり断念。
結局公園(錦糸公園)でのんびりすることにした。日陰で休んでいると気持ちのよい風が吹いてくる。息子も物珍しそうに周囲をきょろきょろと見ていて手がかからない。私もほっとして読書をすることにした。
こんなに落ち着いた気分で子守をするのは初めてのことだ。うん、子守は公園に限る。
しばらく公園で過ごした後、スーパーで買い物をすることにしたが、これも正解。息子にとっては遊園地のようなものなのだろう。ベビーカーから身を乗り出してきょろきょろとしている。うん、子守は公園もいいが、スーパーもいい。
ちょっと得した気分で家に帰るともう18時。ミルクをやったあとちょっとぐずったが、そうこうしているうちに女房が帰ってきた。

やっぱりこの2日間は疲れた。こんな日々を毎日過ごしている世の母親たちの偉大さを痛感してしまう。でもサラリーマンもたいへんだ。明日からはまた会社の日々が始まるのだから。(泣)

若き探検隊長(6月10日)
 
この前の子守(密着の2日間)で気づいたのだが、息子はベビーカーに乗っているのが好きなのだ。きっと多くの赤ん坊がそうなのだろう。ベビーカーに乗っているといろいろな物が見えるし、そして景色がどんどんと変わっていく。好奇心旺盛な赤ん坊にとってはたまらなく楽しいのかもしれない。

息子はベビーカーに乗ると、上体を起こし、そして前のめりになって前方を注視する。この様がまるでアマゾン川を船で下っていく探検隊のような雰囲気なのだ。未知なる世界をわくわくと見つめる眼差しが共通しているのかもしれない。私は息子のこうした姿が一番好きなのである。

興味のある物を見つけるとすぐにわかる。顔をそちらにじーっと向けるのだ。だが、探検隊(ベビーカー)は先を目指して進んでいく。そして、探検隊長は思い直したようにまた前方を注視する。

ナオミチ、空を飛ぶ(6月17日〜22日)
ナオミチタビビト化計画の第3弾国内線航空機をGWに計画したのは、あえなく挫折してしまった。その後軽い肺炎にかかって入院したりもしたが、その後落ち着いてきたので、タビビト化計画を再始動することにした。場所は北海道富良野、4泊5日の旅である。

出発の日(6月17日)の1週間前くらいからだろうか、息子は元気ではあるが、コホンコホンと咳が出るようになった。嫌な予感もする。先月もこんな咳から始まって入院につながってしまったのだから。
その後咳はほんの少しづつ悪くなっていったが、まあ旅行できないほどではない。そんなで当日の朝を迎えたが、女房が暗い表情で息子に熱があるという。計画中止という言葉が頭をよぎる。聞くと熱が37度8分あるという。子供の平熱は37度くらいだから微熱の部類である。ところが私が体温計で計ってみると36度8分、全くの平熱である。もう一度計ってみても結果は同じ。どうして熱が下がったのか不思議ではあるが、熱はない。妻は不安げな表情。「やっぱり今回も中止にしましょう」と言いたげな表情だ。うーん、どうしたらよいか迷った末に私はこう言った。「仮にもし今が万全な健康状態でも向こうに行けば熱を出すかもしれない。子供の体調は変わりやすいからあまり神経質にならずに行ってしまおう。向こうにだって病院はあるのだから。」
そういうことで何とか出発することになったのだ。

私は会社をフレックスタイムで15時に退社し、浜松町で妻と待ち合わせた。息子は元気で問題なさそうだ。
夕刻出発の飛行機は意外にもかなり席は埋まっている。航空会社の受付の方の配慮もあって3人用の席を2人で使わせてもらい、夫婦2人の間の席に息子を寝かせてしまう。これなら楽チン。10kg近くある息子を膝の上に乗せるのはとても重労働なのだ。

離陸すると同時に息子は寝入ってしまい、とてもラッキー。起きた頃には飛行機はそろそろ着陸態勢に入るところである。このときギャーギャー、ヒャーヒャーという赤ん坊の泣き声が周囲に鳴り響いた。泣いているのはウチの息子ではない。斜め前に座っている男の子(2歳くらい)が大泣きしているのである。母親が何とかなだめようとしているが、泣き声は一向に収まらず大きくなるばかり。
やばい、ウチの息子ももらい泣きしてしまうのではないか、と私と妻に緊張が走る。息子はというと、その泣いている男の子を不思議そうに見つめている。しばらくそうしてから自分のおもちゃに視線を移し、我関せずという風情で遊び始めた。
その男の子の泣き声は着陸まで止まなかったが息子は静かに一人遊びしていた。偉いぞ、ナオミチ、男は黙って勝負だぞ、と息子が頼もしく見えたのであった。

どうも文章が長ったらしくなってしまってきたような気がする。
思い切って旅行の内容は省略。
以下は旅を終えての親子の会話である。

父親「ナオミチよ、今回の旅行はどうだった?」
息子「うーん、結局咳が悪化して病院通いの日々だったなぁ。」
父親「そうだな。温泉に着いたら咳がひどいので市内の病院にUターンなんてこともあったね。咳はつらくはなかったかい。」
息子「旅行の後半はちょっとしんどかったよ。父さんのほうも毎日育児でたいへんだったんじゃないの。」
父親「わかってくれるかい。お前にも女房にも気を遣い、家族サービスという言葉の意味がようやくわかったよ。(泣)せっかく持ってきたゴルフクラブも結局握ることがなかったしなぁ。」
息子「今回の旅行で父さんが一番印象に残っていることは?」
父親「そうだなぁ。北海道の自然の雄大さもあるが、小児科の医者がお前の腹を見て『立派なおなかだねぇ』と褒めてくれたことだね。お前の太鼓腹はすごいよ。お前の一番の印象はなんだい?」
息子「赤ん坊の場合は食事を楽しむわけでもないし、景色だってまだそこまでの視力はないからなぁ。まだ視力は0.2くらいなんだ。そうそう、ペンションのデザートで出た寒天を少しだけ食べたけれど、変な味なんでブルブルって身震いしちゃったよ。」
父親「そうか、赤ん坊にとって旅行ってそんなに楽しいことじゃないんだね。無理矢理連れてきて悪かったね。」
息子「父さん、そんなことないよ。大人になって憶えているわけはないけれど、いろんな経験をさせてくれるのは大歓迎だよ。飛行機にも乗ったし、北海道の空気も美味しかったよ。いろいろなお医者さんにも行ったし。」
父親「息子よ、泣かせてくれるな。父さんは嬉しいよ。お前の人生は始まったばかりだ。長く険しい道かもしれないが、頑張ってくれよ。」
息子「合点承知だよ。僕の名前はナオ、ミチ(未知)だからね。」
父親「ちゃんとオチまでつけて、たいしたもんだ。」

今回の旅は息子の体調が悪くなり、息子のみならず私も妻もしんどかった。もちろん一番たいへんだったのは妻だろう。家に帰ってきたらくたくたでぐったりだ。
でも飛行機での息子の様子もわかったし、旅先でともかくも5泊できたというのは大きい。計画第5弾、国際線航空機につなげたいものである。

「三つ子の魂、百まで」というではないか。息子にいろいろな経験をさせつつ、自分も楽しみたいものである。
  


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