面白荘だより(9) 文=土岐浩之

  
 逃げたヒラメ         ヒトデを見つけた少年たち  ヤツデスナヒトデ       定番の朝食 定番の散歩スタイル
               

           元気印のスープやチーズ

             海はは生きた教材だ

                逃がした魚は大きい

                          

 短パンにTシャツ、スウェーデンで買ったインド製の綿のベスト、素足に白いエスパドリュー。
帽子とグラサン。これが私の夏の散歩スタイル。
 冬はカシミヤのアランセーターにグレーのズボン、白い長靴に赤いダウンベストというスタイル。
散歩は出来るだけ欠かさないようにしている。特にパソコンに向かっていた後は、
歩かないと体調を崩しがちだ。
 80過ぎのおばあちゃんが『座ってやる仕事はダメですねエ』と言っていたが、ホントにそうだ。
人並みに健康管理を考える年になった。食事も昔から気をつける方だったが、いっそう
気をつけるようになった。

        ★朝飯の定番

年を取って食べ物に気をつけている人は多い。しかし、わたしはなぜか昔から食べ物には
気を配っていた。中学生のころ、栄養分析表を暗記していた。
いまは、そんなものはすっかり忘れてしまったが、それでもおおよその栄養素は見当が付く。

面白荘の朝飯はパン食がほとんどだ。それも、一年中何種類かの定番メニューを繰り返している。
あまり工夫がないと言われればその通りだが、飽きの来ないメニューとも言える。
その定番の朝食メニューは、食パンの上にそのとき旬の青野菜をちぎって載せ、その上にジャコを
パラパラ、とろけるチーズを載せてトースターで焼くだけ。

いまごろだと、野菜は大葉だったり、春菊だったり、ほうれん草だったり、レタスのときもある。
変わらないのはジャコとチーズ。

青野菜の代わりにプチトマトとモッツァレラチーズを載せ、バジルを散らして塩コショウをふるのもある。
残った炒め物にイタリアンパセリやコリアンダーを散らしたり、いろんなバリーエーションを楽しめる。
これらのオープンサンドに、Coffeeとブルベリー(冷凍)を入れたプレーンヨーグルト。
朝食にこれだけは欠かさない。博多はチーズの種類が少なく高いのでチーズは東京から取り寄せている。

ゴルゴンゾーラのような青カビ系、ウオッシュタイプのチーズが好きだが、ノルウェーのチーズにも旨いのがある。
いずれも博多では手に入りにくい。入っても高い。博多では無理にチーズなど食べなくても、タンパク質なら
美味しい魚がいくらでも手に入るから需要が少ないのだろう。

タンパク質と考えれば、魚でもいいのだが、子供のころからチーズを食べ慣れてきたわたしは、おやつにも
デザートにもチーズが欲しくなる。わたしの元気の源はチーズとジャコかも知れない。
チーズのほか、以前は、パンもときどき神戸のフロインドリーブから取り寄せていたが、さすがに送料を考えると
無駄が多いのでやめた。年金暮らしには贅沢すぎるからだ。でも、あそこのパンは美味しい。

夕食によく作る定番と言えば『元気印のスープ』がある。
牛すね肉、または牛すじ肉を出汁にしたポトフみたいなもので、タマネギ、セロリ、ニンニク、ニンジンなどを
おおざっぱに切ってコトコト煮る。ジャガイモはあまり入れない。入れたいときは後から入れる。

ローリエ、ブラックペッパーで香りを付けるが、味は付けないで、アクを取りながらひたすら煮込む。
たいていは寸胴鍋か、深鍋で7〜8人分いっぺんに作る。これをわたしは『元気印のスープ』と呼んでいる。

このスープを1日目は、そのままポン酢でいただく。2日目は、小さな鍋に小分けして、カットトマト(缶づめ)を
半分加えて、コンソメのスープの素で味付けし、隠し味に薄口しょうゆを入れてトマトスープにする。
3日目はジャガイモを加えて、塩、コショウ、バターを加えていただく。
4日目はカレー味のスープにする。5日目は、ガラムマサラやクミンシード、ターメリックなどを加えて、
本格カレーにする。カレーは少し余分に作り、6日目も食べる。

こうやって、一つのスープをいろいろに使い回し、1週間近く食べる。何も作りたくないときなど、
このスープがあると至極便利だ。何より使い回しが利くのがいい。そのとき食べた味に変身させる
”着せ替えスープ”でもある。ほかにも常備菜がいくつかあるから、献立に困ると言うことはない。

             ★怪物ヒトデ

 面白荘の前の海は、大物こそ少ないが、いろんな魚がいる。夏、シュノーケリングをすると
珍しい魚に出会うことが多い。小さなエイがデルタ翼を揺らめかせて泳いでいる。砂に潜って
じっとしている魚がいた。ハゼかな?と、近づいたら、サッと鮮やかなコバルトブルーの翼を広げて
飛び立った。ホウボウだった。銀色の魚体をきらめかせているのはコノシロの群れだろう。

 海面近くを太陽の光を浴びながら漂い続ける未確認飛行物体。あれはミズクラゲだ。
透明な銀色のさざ波、と思ったら、カタクチイワシの群れが何かに追われて騒いでいた。
追ってきたのはスズキかサワラか?

一度はクジラもやってきた。このクジラはその後保護されて、現在はマリンワールドという水族館にいる。
タマちゃんは来ないが、ときにはイルカもやってくる。イルカも小魚を追って迷い込んでくるのだ。
カモメが騒ぐからすぐにそれと分かる。いつかはマンボウも流れ着いた。
 沖縄・八重山の海にはかなわないが、さすが玄海国定公園の海は見る人を飽きさせない。
     
 海辺を散歩していたら、見知らぬ少年に声を掛けられた。
『おじさん、これ何ですか?』と少年は手にしたペットボトルを掲げて見せた。
ボトルには水が入っていて、底の方に何かがいる。

『ん?』近づいてみると透明なエンドウ豆みたいなものだった。何かの卵だろう。
『どこで見つけたの?』
『そこの所です』少年が指さしたのは小さな川の河口だった。汽水というより海水に
近いところだから、蛙ではなさそうだ。ここらにはいろいろな魚が産卵に来る。

イカもタコも産卵に来る。
『蛙じゃないだろうから、イカの卵かなア? 飼っていれば分かるかもしれないよ。
そのかわり、いつも水を換えてやらなくちゃならないな。先生に聞いてみたら?』
『はい、そうします』少年は礼儀正しく頭を下げて帰っていった。

 数日して、その少年にまた出会った。
『こんにちは。あの、こんなの見つけました』。手にしているのは大きなヒトデだ。
『わあ、すごいね。クモヒトデみたいだな』そんなヒトデがいるかどうか知らないが、
クモに似ていたから、とっさにそう言った。

『クモヒトデですか?』
『いや、クモに似てるだろ?足も多いし、怪物だね』
『はい、8本はありそうですね、え〜と、あ、9本だ』少年は驚きの声を上げた。
数えてみたら本当に9本あった。足を広げたところは30センチ以上もありそうだった。

帰ってから図鑑で調べたら、ヤツデスナヒトデだと分かった。
日本では房総半島から南、インド洋、大西洋に住むヒトデらしい。
足の暗褐色の雲斑が特徴だと書いてあった。今度少年にあったら教えてやろう。

豊饒の海は、生きた教材の海でもある。

      ★ヒラメ逃げた

 きょうは漁師するぞ! ヒラメ釣りに行こう。ぐうたら漁師は珍しく張り切って早起きし、
愛用の竿を持って出かけた。

ヒラメを釣るには、まず小アジを餌に釣らなくてはならない。キスでもいいが、アジの釣り場と
ヒラメの釣り場が近いのでアジを釣るのだ。小アジを釣り、それを餌にして底をゆっくり引く。
当たりは微か。ぐ〜と重くなる感じ、そこで合わせてはダメ。

1.2.3.4.5.・・・・・10ぐらい数えて、ちょっと聞いてみる。
ぐ〜っと竿先に重みが来たら初めて軽く合わせる。乗っていれば、ぐいぐい持っていく。

40センチオーバーなら手網が必要だけど、ここらで釣れるのはたいてい30センチ以下。
ぐいっとごぼう抜きするのだ。

小アジはすぐに釣れた。10センチちょっとの小さなアジが、7本張りの仕掛けに、
4,5匹ずつかかることもある。20匹も釣ったら充分だ。あとはこれを餌にして
ヒラメを狙おうと思っている矢先に、ぐぐぐ〜っと竿先がしなった。

慌ててリールを巻いた。重い。すごい手応えだ。ヒラメか?
姿が見えた。ヒラメだ。それもかなり大きい。手網は? きょうは持ってきていない。
水面から7,80センチの所まで来た。慎重に、引き上げれば何とかなるだろう。
そう思いながらたぐり寄せようとした瞬間、ブツリとハリスが切れた。ヒラメは悠然と去っていった。

うーん、残念。その後は一度もアタリはなかった。
逃げた魚は大きいと言うが、30センチは超えていただろう。ああ刺身を食べ損なった。

腕が悪いから逃がした魚は数知れない。

午後からまたキスを釣りに行った。

保存食として小さなアジとキスの南蛮漬けを作ろうと出かけたのだ。
餌が余ってたからでもある。だがキスはあまり釣れなかった。やっと9匹。
あと小鯛が少し。小鯛はまだ、ホントに生まれたて。親指ほどしかない。
逃がしてやりたいが、釣り上げてしまうとすぐ死ぬから、食べて上げるのが一番。
やはり南蛮漬けにする。

この鯛が真夏になると手のひらぐらいになる。
秋にはもう少し大きくなって刺身や塩焼きサイズになる。

アジは釣ったアジと網で獲ったアジではひと味違う。
釣ったアジの方が近場で釣ったものだから、新鮮。

網で獲ったものは傷つきやすいし、遠くは東シナ海あたりから運んでくる。
冷凍ではなく、冷蔵で来るが、やはり鮮度は落ちる。

博多の海辺に住んでる人たちは、魚屋さんにいっても、
『これは釣りアジね?』と言って買っている。

西新のリヤカー部隊で買い物をしているおばさん達は、
ほとんどそう言って買っていた。さすがよく知っている。

浜辺にはバーベキューセットを持ち込んでいる家族連れや、
お弁当持参でピクニックに来ている親子連れもいる。

ボートを引き上げようとすると、手伝いましょう・・・と言ってくれる。
『釣れました?』
『いいや、あんまり釣れないね』

『おじちゃん、お魚釣れた?』と、4つぐらいの女の子。
『ん? そこにあるから見てご覧』
『ワー、生きてる〜。お母さんホラ、お魚泳いでるよ』

母親もバケツの中をのぞいている。
『ボートだア』と寄ってきたのは6、7歳の男の子。

『ぼく、ボート乗るかい? 乗るんならお父さんに漕いで貰えよ。
 乗りますか? 乗るならオールもあるし・・・』
『いやあ、きょうはいいです』

『お父さん、今度釣りしに来ようね』
『うん、そうだね』

いい親子だった。

(2003.6)