面白荘だより(7) 文=土岐浩之

   
 仲良しの犬マルとお母さんたち    晩のおかずが泳いでいた      夏の面白荘のバルコニー


              晩のおかずが泳ぐ海

                 東京から転勤してきた人

                  元気な野菜たち



 面白荘に夏が来た。バルコニーに椅子を並べると、途端に夏らしくなる。
風がなければビ−チパラソルも開く。バルコニーに来たお客は、たいていはこの椅子で
ぼ〜っと海を眺めている。お茶ですよ〜っと呼ぶと、は〜いと答えるけれど、
相変わらず海を見ている。
確かに海は刻一刻と色を変えるから見飽きない。でも、人は海を見ているというより
流れゆく時間を眺めているのかも知れない。

              ★イカの追い込み漁

 きょう、夕方浜を歩いていたら仲良しのマル(犬の名前)に逢った。
『マル!』と呼ぶと、遠くにいてもすぐにしっぽを振る。
こないだ屋上から呼んだら、いっしょに散歩しているマルの飼い主は気が付かないのに、
マルはすぐに気が付いて、しっぽを振っていた。

マルは海が大好きだ。
魚も好きで、生魚でも食べる。
釣りに行って、ついでにマルの餌も釣ることがある。
『マルの餌ですよ』と持っていってやる。

マルの前にはモカという犬がいた。そのころのモカがちょうどいまのマルぐらいの大きさで、
マルはまだよちよち歩きだった。
でも、ある日モカは踏切事故にあって死んでしまった。モカのお母さん(飼い主)は、
しばらく落ち込んでいた。

いまはマルがすっかり大きくなり、いつも散歩に連れて行って貰っている。
マルは甘えん坊で、わたしが近くに行くとすぐにひっくり返って、お腹を見せる。
なでてくれ・・・と言っているのだ。

最近は少し大人になったからか、あまりお腹を見せなくなったが、その代わり
顔を舐めに来る。

いま夏毛に生え替わるころだから、毛が抜ける。衣替えをしているのだ。
あ、そうそう、わが家も衣替えをしなくては。冬・春の洋服をしまわなくてはならない。

マルとしばらく遊んで『じゃあね』と別れようとしたら、マルのお母さんが
海の中を指さして『あれはキスですかね、それともボラかしら?』と言った。
見たら、ボラの子が3匹泳いでいた。

『ボラですね』と言ったら、またマルのお母さんが叫んだ。
『あっ、イカがいる』
見るとヤリイカが二匹泳いでいた。

ここらでヤリイカが波打ち際まで来るのは珍しい。
さっき釣り人が捨てて帰ったキビナゴが海底に沈んでいる。
これを狙って来たのかも知れなかった。イカはたいていカップルで行動している。

ルアーも網も、何も持っていない。素手で獲るしかない。
無手勝流の追い込み漁をやってみよう。

わたしは、ビーチサンダルを脱ぎ捨てると、遠回りしてそ〜っとイカの背後に回った。
沖から浜へ向けて追い込もうという作戦だ。水の中で見るイカは美しい。
透き通って、虹色になったかと思うと、怒って赤くなったりする。

中腰になって両手を水の中に入れ、膝上まで入り、静かに浜へ向けて追い込んでいく。
頭をこちらに向けたときは無理をしない。逃げられたらイカのスピードにはついて行けない。
頭を浜に向けたときに1歩、2歩と追い込む。浅いところへ来た。
待ちかまえていたマルのお母さんが、サッと跳ね上げた。イカは砂の上に転がった。

もう1匹を追う。
こちらの方がやや小さいが、すばしこそうだ。
さ〜っと墨を吐いて逃げようとする。なかなか浜の方を向かない。
マルのお母さんがぱっと捕まえようとしたが失敗。

もう一度、最初から追い込みをやり直す。
浅瀬に追い込んだ。マルのお母さんは、今度は見事にはすくい上げた。

『追い込み漁ですね』見ていた釣り人が驚いていた。
イカはマルのお母さんと、1匹ずつ分けた。
ヤリイカは30センチあった。これで今晩のおかずが出来た。

イカは,げそと耳を煮付けにして、胴は刺身にした。
刺身は甘みがあってコリコリと旨かった。

鍋に入れて酒を注ぐと足をくねらせた。火をつけるとまた暴れた。しょうゆを入れると観念した。
げぞは軟らかくて、やっぱり甘みがいっぱいだった。

いっさい道具を使わず、手づかみでやる漁ほど楽しいものはない。
この浜では、晩のおかずを手づかみするのは珍しくはない。ヤリイカは珍客だが、
『クッゾコ』は、ときどきやってくる。クッゾコ=靴底=シタビラメのことを、ここらではそう呼んでいる。

これは手づかみというより足づかみだ。
素足で波打ち際を歩く。足裏と目に全神経を集中して、1歩1歩あるく。
砂の微妙なふくらみを見逃さないようにしてあるく。もし、砂煙を上げて潜ったら、
その潜ったところを素早く足で踏みつける。

足の裏でもぞもぞとクッゾコが、もがくのが分かる。くすぐったい。腰をかがめて手のひらを足裏に
潜らせ、下から捕まえる。クッゾコは手のひらと足の裏の間でバタバタ暴れる。
捕まえて袋に入れる。だいたいは20センチ以下の小さいものだが、バタ焼き、ムニエル、唐揚げ、
何でも旨い。

浜辺を歩くときはポケットにビニール袋を入れておくことだ。いつ晩のおかずに巡り会うか分からない。
捕まえたら袋に入れて持ち帰るのだ。そして服装は出来れば短パンがいい。

        ★面白荘のお客
 
きょうは面白荘に客が来た。東京から最近転勤してきた若い男性。
若いといっても30代ぐらいだろう。

ボートを借りて魚を釣っていた。昼前に帰ってきたので聞いてみると、あまり釣れなかったという。
クーラーにキスが数匹入っていた。
一休みしたら午後からまた釣りに出るという。

キビナゴを持ってきたから、カサゴを釣ってみるつもりだという。
『カサゴは釣れますか』関東ではカサゴ、関西ではガシラ、ここ九州ではアラカブと呼ぶ。
『ああ、釣れるよ。ポイントがあるけどね』

気のよさそうな青年だったから、お茶に誘った。
シャワー室で足を洗い、面白荘までエレベーターで。

まだ、お昼を食べてないというので、にぎりめしとスープを作ってあげた。
手作りの昆布の佃煮、蕗の葉とじゃこの炒め煮もぺろりと平らげた。
N君というこの青年は、単身赴任だそうだ。子供が中学1年になったばかりなので、
奥さんと子供を連れては来られなかったらしい。

昼から彼はまた釣りに行った。ベラを釣っただけだった。
『きょうは小潮だしね。大潮のときにまた来ればいい』というと、
『ここの海はこれでもう3回目なんです。すごく気に入っちゃいました。これから月に
何回か来ようと思います』と言っていた。

なんでも、博多に転勤を言い渡されたとき、東京を離れるのが嫌でよほど会社を辞めようかと
考えたが、この海を見つけてから、しみじみ博多に来てよかったと思ったそうだ。
『なんか、ゆったりした時間が流れているんですよね』と、彼はバルコニーから180度の海を
見てそう言った。

N君は、もともと銀行マンだった。ヘッドハンティングされていまの会社で経理をやっているという。
『銀行に入った当時は銀行、証券が花形でした。それがいまでは・・・』
事実上の国有化と言われる金融機関にいたのだという。
『残っていれば、いまごろどうなったか分かりません』と笑っていた。

『夏休みにはお子さんも連れてくればいいよ』
『はい、大濠の花火大会のころに呼んでやろうと思っているんですよ』と言う彼の顔はいいパパだった。
『釣りにも連れて行けば?』
『はあ、でも釣りはあんまり得意じゃなさそうなんです。可哀想で釣れないと言うんです』

『やさしいんだね』と言ったが、都会で暮らすとそんな風になるのかも知れない。
ここでは魚を釣らないとクラスの中でも話が出来ない。

わたしは都会っ子だから、ここに住むときも都心から1時間以内という距離で選んだ。
海と山ばっかりの所にはわたしは住めない。

電車で1時間以内の距離に町の中心があり、そこへ行けば美術展やコンサートなどに
いつでも出会える。そして博多は東京、大阪、京都に次いで文化的な催しの多い都市だ。
おまけに、ここから空港まで電車で1時間15分以内。東京まで3時間かからないのだ。

それでも、魚が釣るのが可哀想だと思ったことはない。
小さいころから魚を捕って遊んでいたからかもしれない。
いまは、ともかく食べ物がなくなると海へ行く。むかし、海辺で暮らしていた人もやはり
同じだったに違いない。

海辺の子供たちは、釣った魚を可哀想だとは言わない。
その代わりきれいに護岸工事された川を見ると『魚が可哀想だ』と言う。
都会の子には、釣りが嫌なら、イカの追い込み漁を、体験させてやりたい。
やみつきになるかも知れない。

       ★ ラッキョウを漬けてみた

きのう、ラッキョウを漬けた。
唐津に行ったら、あまりにきれいなラッキョウを売っていたので衝動買いしてしまった。
2kgも買って、全部漬けた。半月もすれば、食べ始められる。

容器に漬けた日付を書き入れておいた。
1ヶ月以上置いてから食べてみようかと思っている。
広島の黒酢を使って漬けてみたのだけれど、どうなるか楽しみだ。

3年前には、豊後梅を大分の人から貰ったので、梅酒を造った。
まだ飲んでいない。いま3年ものだ。もう少し置こう。

梅干しは、作らない。九州では南部の南高梅みたいないい梅干しが手に入りにくいから
作っても仕方がない。最近は九州でも南高梅を栽培しているらしい。

わたしは本来、漬けもの作りなどは苦手だが、ラッキョウは別だ。
よくカレーを作るけれど、カレーのときにはラッキョウが欲しくなる。
だから、自分で作ってみることにした。

初めて作るのだからあまり期待はしていないが、新鮮で旨そうなラッキョウだったから、
巧く行けば美味しいのが出来るかも知れない。

少し琥珀色した黒酢の中で静かに眠っている。
冷暗所に貯蔵したから、しばらくはそこで眠っていてくれ。
美味しく漬かったら教えてくれよ。そういって寝かせた。
どうなるか?

午後6時半だというのにまだ海面は明るい。

これから、夕食の支度。といっても、大半は作ってある。
あと1品、ブロッコリーの辛子和えでも作ろうと思っている。

いまは、新タマネギがやたらに美味しい季節。
新じゃが、レタスもうまい。タマネギもジャガイモも、最近は買ったことがない。
いつも魚と交換している。

ときどき佐賀県の山の中にある産直の販売所に野菜を買い出しに行くことがある。

この販売所は山菜にいいのがある。春先はタラの芽や山ウド、ツクシ、フキノトウなどを売っている。
普通の野菜は近所の産直店で買うことが多いが、山菜をこれだけそろえている店は少ない。
季節の香りを食卓で楽しむと、心豊かになる。

近所の産直店『福々の里』の野菜も美味しい。同じレタスでも、春菊でも、スーパーで買った野菜の
数倍は長持ちする。それだけ鮮度がよく、元気なのだ。
元気な野菜は見るだけで嬉しくなる。

中国野菜が安く出回っている日本だけれど、我が家はほとんど買うことがない。
例えばネギの値段も地元の方が、はるかに安いし、鮮度が違うから味も違う。
中国製で安いのはニンニクだが、中国産は日持ちがしない。

日本の野菜はまだまだ元気だ。
機械を導入したり、ハウスを建設して冷暖房完備の中で野菜を作ったりすれば
中国の安い野菜にかなわないだろうが、地元の農家はそんなことはしない。

そういうことをしてJAに出荷している農家もあるが、わたしは、生産者から直接買う。

最近、福岡のお茶の産地八女で、JAが八女茶と偽って他の産地の茶を混ぜて売った。
このため八女茶の産地は大損害。偽装食品はJAを中心にあとを絶たない。

JAは、機械を農家に売りつけ、肥料を売りつけ、金がないと言えば融資をして無理矢理
農業機械や化学肥料を売りつけてきたといわれる。
一方では、それらの農産物を独占的に集荷販売し、もうけても来たという。

田舎に行くと必ずJAがあり、組合マーケットというスーパーがある。
しかしその組合マーケットはいま、次々とつぶれていく。近所でも、もう3軒つぶれた。
長年の殿様商売のツケが来たのだろう。

JAの野菜は高くて鮮度が落ちると評判が立った。そこしか店の無かった時代はそれでも売れた。
でもいまでは信用もない。無農薬でもないどころか肥料漬けだ。だからだれも買わなくなった。
農家の人も次第に無農薬に取り組み始めた。

相変わらず農薬漬けの野菜を作る人もいる。だが、そんなことをやっていれば中国産に勝てるわけはない。
ただ中国産の野菜が、かつての日本の農協と同じ道を歩んでいるから助かる。
だから、われわれは中国野菜もJA野菜も買わない。

道を自転車で歩いていて、おばあちゃんが畑仕事をしていれば、ちょっと声を掛け、
『きれいなニラやね。おばあちゃんが作ったと?少し分けちゃらんね』などと言って、
100円分貰ったりする。
『100円分でいいよ』というと、食べきれないほど包んでくれたりする。
嬉しい限りだ。

冬は滅多に釣りに行かないから、魚を買うこともある。

しかし、魚も漁港で買うことが多い。船が港へ帰ってくる時間帯を狙って行く。
より分けて出荷する前の魚。ちょっとサイズが小さかったり、鯛ばかりを
出荷しようと箱詰めしているのに、鯛以外の魚が混じっていたりする。それを
分けて貰う。だから安い。

漁協も通さないし、魚屋さんも通さない。漁師のおばさん直接だ。
漁師のおじさんでなく、おばさんと言うのには訳がある。
おじさんは黙って仕事している。そのおかみさんに話をした方が話が早い。
『ああよかよ。もういくらでんよかたい』と、さばさばしている。

オレは漁師の一家や、畑をやっている人たちとも仲がいい。
ずいぶん顔見知りが出来た。

田舎暮らしのいいところと言えば、野草を摘んだり、小魚を捕ったり、
そうでなければ産直で買える。それが便利なところだ。

(2003.6)