高尾一日亭
けもの道で出会った正体不明の物件
石原靖久(エッセイスト)

 国立市から中央線でわずか20分の高尾に引っ越して三年半になる。わずか20分とはいえ、この差はでかかった。引越しの日、駅前の2軒のみやげ物屋を見て、子どもは軽いカルチャーショックを起こしたようだった。夜、隣家を訪れた連れ合いもまた、隣家の人の言葉にカルチャーショックを受けた。

「オクサン出るんです、この辺」

「出るって、幽霊とか?」

「違うのよ」

「じゃ、まさか痴漢(こんな山奥で・・・?)」

「タヌキよ、タヌキ!」

 事実、反対側の少し離れた隣家ではタヌキの餌付けをやっていた。

  
 東京の外れとはいえ、ここは文字通り関東山地の東端である。つまり左に一歩踏み出せば関東平野の端、右に一歩踏み出せば山梨、信州に連なる山地の端ということになる。

 ひまなときは体力作りをかねて山道を散策する。野ウサギやリス、ムササビを望見することがある。けもの道を歩いていると、コロコロした野ウサギの糞はもちろん、正体の知れない動物の大きな糞に出会うこともある。落とし主はタヌキなのか、イタチのか、それともシカとかイノシシ、まさかクマではあるまいな。ぼくの糞ウォッチングはだんだん想像が肥大していくようだ。

  けもの道で落とし主不明の湯気の立つ物件を眺め、それから小1時間後には都心のビル風に吹かれていることもある。この落差感もまた東京そのものなのだろう。東京の楽しみは意外なほど奥深い。

(地球人通信1996.7)